☆★ リュシェロドラ冒険記(2) ★☆
* 青空に乾杯♪・もう一つの#52 ミルフィー兄のお話ですf^_^;*
-- キートとティナそしてミルフィア --

 

 「こんにちは。」
「あ・・・・・・・」
目指した村に、キートとティナの兄妹は実際に存在した。そして、あとは、本当にミルフィーの身体を奪っていったのかどうかを確認するのみ。
心臓がバクンバクンと飛び出しそうなほど激しく、そして早く打つのを感じながら玄関をたたいたミルフィーの目の前に姿を見せたティナが顔色を変えて小さく叫んだ。


「どうぞ・・・」
カタカタカタと小刻みに震える手でティーカップの音をさせて、ティナがテーブルに紅茶を置く。
ミルフィーら3人は、無言のティナに家の中へと案内されていた。
そして、3人の見つめる中、自分もテーブルについたティナは、決心したようにゆっくりと口を開いた。
「話は・・・兄のキートから聞いてます。」
「聞いてる?」
「は・・い。」
青ざめたまま、ティナはミルフィーに力のない悲しげな微笑みを向けた。
「いつかこの日が来ると・・・覚悟してました。」
その言葉は、間違いなくキートがミルフィーの身体を持っていることを示していた。

「で、キートは今どこにいるんだ?」
し〜〜んとしてしまった沈黙を破り、レオンが口を開く。
「キートは・・兄は・・・・もうそろそろ戻る・・かと・・・。」

−バタン!−
「だだ・・・い・・ま・・・・・」
ちょうどその時、勢い良く玄関のドアを開け、その本人であるキートが入ってきた。
いつも通り元気にかけた声は、ミルフィーの姿を見つけると同時に沈む。
全員に見つめられたキートは、ごくん!と唾を飲み込むと、慌てて駆け寄り、ミルフィーの前に膝をついて床へ頭をつけた。
「・・あ、謝って・・・謝って済むことじゃないけど・・・・」
「キート・・」
「すみません・・・」

「と、とにかく頭をあげてくれ。自分がしてるようで・・・・。」
まぎれもなくそれはミルフィーだった。目の前に自分自身が自分に頭を下げている。その不思議な感覚に、ミルフィーは落ち着きを失っていた。
「でも・・・」
「いいからあんたも座れよ。」
「は、はい・・・。」
そろそろと顔を起こして立ち上がると、キートはティナの横、テーブルを挟みミルフィーの目の前のイスに座った。
その光景に、思わずレイミアスもレオンもそしてティナも2人を見比べていた。キートの方が多少背も高くそして体格もがっしりとし、短い髪のせいかその顔つきにもどこそこ男らしさがあるように思えた。が、確かにそっくりだった。髪型を同じにすればどっちがどっちだか分からなくなる。そう3人は思っていた。

「この日が来たら、お返ししようと思ってました。」
再び覆った沈黙を破ったのはキートだった。
思わずミルフィーら3人はティナを見る。真っ青になったままうつむいた彼女を。
「ティナにも話してあります。・・・覚悟はできてるはずです。ぼくは・・してはいけないことをしているんですから。」
その3人の気持ちを悟り、キートは付け加えた。
「気がかりだったティナもこうしてここまで成長してくれました。もう・・・大丈夫だと、ぼくがいなくても・・・・」
「う・・・・」
ガタンとイスを蹴るようにして立ち上がり、目頭を手で覆ってティナが奥へと駆け込んでいった。
ミルフィーは、そんなティナとそして、膝の上に置いた両腕を震わせてうつむいているキートに、言葉を失っていた。確かにキートが一度はこの世から去った人物なのだという事は事実だった。が、自分の身体ではないにしろ、現にこうして生きている。そして、当然だとも思えたその身体を返してもらうことは・・・・仲の良い兄妹を、この二人を引き裂くことになる。その事実にミルフィーはここにきてはっきりとその残酷さを理解した。当然だと言った自分の言葉がいかに考えがなかったのか、気遣いがなかったのかと、自分を恥じていた。

しかしだからと言ってこのままの状態でも、何ら解決はしない。
それはわかっているが、どうしたらいいのか、そして、どうすべきなのか、誰もが迷っていた。


「う・・?」
そして、3度目の沈黙の中、不意にミルフィーの意識が遠のく。
「な、なんだ・・・?」
まるで何かに引き寄せられるような感覚を覚え、ミルフィーは焦る。
−パタ・・・−
そのままミルフィーはテーブルに顔をうつぶせにして気を失った。


「気が付いたか?」
「あ、あれ・・・どうしたんだ、オレは?」
きょろきょろと周りを見回しながらベッドにいたミルフィーは上体を起こした。
「レオン・・オレ、どうしたんだ?」
傍らにいたレオンに声をかけたミルフィーは、その自分の声が聞き慣れたものではなく、半オクターブほど下がっているのに気づく。そして、はっとして自分の腕や手そして身体を見る。
「オ、オレ・・・・?キートは?」
いつの間にかミルフィーは自分の身体に戻っていた。思わず心配になったキートの事を聞く。
「ここに。」
レイミアスがペンダントをミルフィーに見せた。それは銀龍の涙の結晶の残り。
「そこに?」
「はい。部屋で彷徨っていたものですから・・・つい、このペンダントを近づけたら・・・。」
「その中へ入ったってわけか。で、これは、レイムの術か?」
躊躇っている間に、レイミアスが勝手に術で戻した?とミルフィーは思っていた。
「あ、いえ・・・おそらく本来そこにいるはずの本当の魂だったミルフィーを、自然と身体の方が引き寄せたんじゃないかと思います。もしくは、身体を見つけた魂が、ミルフィーの意志とは関係なく元に戻ったか、ですね。」
「それで、フィアは?」
「・・・眠ったままです。」
「・・そうか・・・・。」
短く呟くと、ともかくミルフィアが心配だったミルフィーは、ベッドから下りる。
「大丈夫か、ミルフィー!?」
「あ、ああ・・・多少・・・今までより重い・・かな?で、レオン・・・フィアは?」
「隣の部屋だ。」

−カチャ−
そっとドアを開けその部屋に入ると、そこにはつい先ほどまで自分だった身体が、ミルフィアがベッドで静かに眠っていた。
「フィア・・・・」
まるで眠り姫のようだな、とミルフィアを見つめていたミルフィーは思った。
「どうしたら目覚めてくれるんだ?」
ティナの事も気にはなった。が、今は目の前のミルフィアがもっと気がかりだった。
「フィア・・・・・」
ベッドの横にあった丸イスに腰掛け、ミルフィーはミルフィアの手をそっと握りしめて彼女を見つめ続けていた。

「・・・・兄さん・・・・」
ミルフィーの後ろ姿を、ドアの隙間からティナはじっと見つめていた。兄だと慕い、頼っていた目の前の人は、もはや兄ではなかった。
「兄・・・」
涙がたまってきたことに気づき、急いでその場を離れよう振り返ったそこにレイミアスがいた。
「ティナさん、実は、ここにキートさんが。」
そっと自分に差し出された涙の結晶のペンダントをティナはそっと手のひらに抱き留める。
「この中に・・・・キート兄さん・・・・・」
身体を震わせて悲しみを堪えているティナにたまらなくなったレイミアスは、そっと彼女の肩に手をかける。
「わーっ・・・・」
そのペンダントを握りしめたまま、ティナはレイミアスの胸で泣き始めた。
「ティナ・・さん・・・・」


「私・・・ミルフィーさんやミルフィアさんと比べれば幸せなのよね?」
居間に戻り、ようやく落ち着いたティナは、レオンとレイミアスに話していた。
「兄は大罪を犯してまで・・幼かった私を守るために戻ってきてくれて・・・・。」
「そんな大罪だなんて。」
思わずレイミアスが声を荒くして言う。
「ううん・・そうよ。他人の身体を取るなんて・・あってはならないことよ。」
「だけど、そのおかげでミルフィーの身体は無事だったってことだろ?」
「あ・・そ、そうですよね?」
レオンの言葉にレイミアスがはっとする。
「でなけりゃ、悪霊にとりつかれたままか、中身がないんで消滅してるかだろ?」
「そうでしょうか?」
「たぶん・・だけどな。」
照れ笑いをみせ、レオンは頭をかく。
「兄は・・・」
「そうだ。君の兄さんがそうしてくれたからこそ、あの二人の兄妹は、無事再会できるんだ。」
ティナが言おうと思って断念した言葉を、レオンが言葉にした。
「でも、まだミルフィアさんは・・・・」
「そうだな・・・いつ目覚めるかだが・・・ここまで来たんだ、あとはなんとかなるだろ?」
「え、ええ・・・。」
ミルフィーが自分たち2人に重ねて見てしまったように、ティナもまた、ミルフィーとミルフィアを自分たちに重ねて見ていた。本当ならあの二人のものだった幸せで穏やかな日々。ようやく返すことができ、キートもこれで気が楽になったのだろう、とティナは自分に言い聞かせていた。


そして、ミルフィーがミルフィアの傍をつきっきりで離れない状態が3日続いた。
「ミルフィー、気持ちは分かるが、お前も少し休んだ方がいいぞ?」
「ミルフィー・・・・回復魔法はかけてあげられますけど・・でも、本当は食事や睡眠を実際に取った方が身体にいいんですよ。」
レオンとレイミアスが何を言ってもミルフィーの耳には届いていなかった。ミルフィーはただじっとミルフィアの手を握りしめて傍で見つめ続けていた。

「ミルフィー!いい加減にしろっ!」
4日目になっても同じ状態が続き、ついにレオンは怒りを噴火させた。
「お前がこんな風じゃ、せっかく取り戻した身体を壊してしまうぞ?・・それじゃ、その身体を無事に保ってくれていたキートに顔向けできないだろ?」
ぐいっとミルフィーの腕を握り、レオンが無理矢理見つめている方向を変えさせた
その先に、心配そうな表情のティナがいた。
「・・・ティナ・・。」
「お願いです、ミルフィーさん、食事を取ってください。でないと・・・・」
その手には、軽い食事を乗せたトレーがあった。

今にも涙がこぼれそうなティナに、ミルフィーは無意識にそのトレーを受け取ると、ゆっくりと口に運んだ。
そのミルフィーをティナはじっと見つめていた。それは、どこも変わらない兄キートだった。どこを見ても兄に違いなかった。
「ティナ。」
「ご、ごめんなさい、私ったら・・・」
ミルフィーの視線でいつの間にか涙が流れていた事に気づき慌てて服の袖でそれを拭おうとしたティナの涙を、ミルフィーは持っていたハンカチでそっと拭く。
「兄さ・・・・」
そのやさしさが、一層ティナの涙を呼んでいた。
「ごめん・・・・」
キートの変わりに身体に入ってしまったことをミルフィーは後悔していた。いや、後悔しようがないが・・・目の前のティナがミルフィアと重なり、ミルフィーはどうしようもない憤りと、そして、愛しさを感じ、彼女を見つめる。

「う・・ん・・・」
「フィア?」
その時、小さく呟くミルフィアの声がし、ミルフィーは慌てて傍に寄る。
「フィア?・・・・・聞こえる?・・ぼくの声が・・・フィア?!・・・」
「フィー・・?」
「フィアっ!」
ミルフィーは必至になって名を呼び、身体を揺すった。

「フィー・・・・泣いてるの?」
「フィア・・・・・」
うっすらと目を開けたミルフィアの目に映ったのは、涙を浮かべていたミルフィーの顔。
「フィー・・・元に・・戻ったの・・・ね?」
「あ、ああ、そうだよ、フィア。ようやく元通りになったんだ。もう大丈夫だ、フィア。」
「フィー。」
喜びで抱き合う2人に、レオンらは思わずもらい泣きをしていた。


「じゃー、フィーが元に戻るのと引き替えにあなたのお兄さんが?」
まるで自分の事のように真っ青になって言うミルフィアに、ティナは大丈夫だと微笑む。
「兄からはずいぶん前に聞かされていてました。それまで命が長らえたのだから感謝こそすれ、決して恨むことはないようにと、そして、その後は、自分の分まで生きるようにって。だから、私もその日がいつ来てもいいように・・。」
「ティナさん・・・」
ミルフィアはティナの心を思い、思わずぎゅっと彼女の手を握りしめる。
「ありがとう、ミルフィアさん。」


「妹2人も仲良くなったことだし、後はどうすんだ?」
ミルフィアとティナのその様子を見ながら、レオンがミルフィーにいたずらっぽく聞いた。ティナとのことをからかうつもりだったのだが、ミルフィーはなにやら真剣な表情をしていた。
「後は・・・・・」
「なんだ、手紙か?」
にやけた表情を消し、ガサゴソとレオンはミルフィーがポケットから取り出した手紙を開けて読み始める。
「『・・ということで、叔父であられる現ゴーガナス王は、快く妹君を迎えるであろう事は身をもって保証しよう。既に王子逝去という触れは国内及び近隣諸国には浸透しておる。後は、妹君であられる王女がご帰国あそばされれば、王夫妻もどれほど安堵されることか・・・・』・・・って、おい?」
「賢者でありオレの剣の師匠からの手紙さ・・・ちらっと聞いてみたら、国はまだ存続してて、叔父は本当にオレたちを探していてくれたらしい。・・・オレは戻る気はないが、フィアは・・・・」
「いいのか、それで?」
「今更オレは王宮に戻るつもりはないし・・。」
「しかし・・・・」
「オレは骨の髄まで冒険がしみこんでしまって、足を洗えそうもないからな。だけど、フィアはそうじゃないだろ?」
それはそうだ、とレオンも感じていた。深窓のお嬢様・・いや、お姫様そのもののようなミルフィアは、慣れた環境の方がいいのかもしれない。
「ティナもフィアの話し相手としてどうかな?と思ってるんだ。」
「・・・ミルフィー・・・・・・」
「それから、その先だけど・・・」
「ん?」
レオンは慌ててその先の文章へ目を飛ばす。
「『リュシェロドラ?』」
「ああ、師匠がオレの身体が見つからなかった時の事を思って調査していてくれたらしい。この大陸を離れ、ずっと南下したところにあるという人知未踏の大陸。そこにあるという龍族の国のどこかに泥人形を生きた肉体にするといわれるソルジェム、というものがあるそうなんだ。」
「泥人形を?」
「そうだ。だから、オレはそこへ行く。そして、ソルジェムを見つけて結晶の中に留まっているキートに肉体を返したいんだ。・・・オレのこの身体を悪霊たちから奪って守っていてくれたお礼に。ただ・・・場所が場所なだけに、それが本当のことなのか分からないし、龍人の国なんだ・・・・無事で見つけられるかどうか、皆目見当はつかない。龍人と比べれば、オレたち人間なんてちっぽけなもんだろうしな。」
「な、なるほど・・・・。そんな危険なところにミルフィアやティナを連れてはいけないしな。」
「そうだ。」
「二人のことは師匠に頼んでおけば大丈夫だ。間違ってもおかしな事にはならないだろ?」
「おかしな事?」
「つまり・・・命を狙われるとか、適当に嫁がせてしまうとか、権力争いに巻き込まれるとか。」
「あ・・なるほどな。そういや、上流階級にはそんな心配もあったな。」
日々の生活には困らないが、・・とレオンはミルフィーに苦笑いする。
「まーな。それに、まさかそんなところにいるとは奴も思わないだろ?」
「奴・・・ああ、カルロスか。」
「他に誰がいるってんだよ?」
「あ、いや・・・・。そうだな、安心だよな。」
レオンの言葉に、ミルフィーは大きく頷く。
「それに、フィアのことは、師匠にしっかりと頼んであるしな。・・もしオレに断りもなく嫁がせてみろ・・・・ぎっちょんぎっちょんのギッタギタにしてやる!」
拳を作り力を込めたミルフィーに、レオンはぼそっと言った。
「賢者でしかも剣の師匠をそんなことできるのか?」
「う・・・・・・」
しばらく見つめ合っていた後、2人は明るく笑いあった。

 


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