☆★ その103 怒りのミルフィー ★☆


 そして、そんな中傷の嵐の中、日は過ぎていった。
婚儀のあるその朝。
「わーー・・お綺麗だわ・・・・」
15歳になったばかりだというテサモール国の姫君は、衣装も装身具もあでやかで、その上、噂通り美人で、歳の割にグラマーでもあった。
彼女は後宮の最も広く全てが最高級品で整えられていた部屋から出、王宮から差し向けられた煌びやかな馬車へと向かって、うらやましげに見つめる女官や召使いの間を、自分に付き従ってきた女官に手を引かれて誇らしげに歩いていた。
「やっぱり彼女に決まったのよね。」
「当たり前でしょう?」

−ガラガラガラガラ−
そして、そんな羨望の眼差しの中、彼女を乗せた馬車は走り去っていく。

−ブッツン!−
人影の後ろの方でそれを見ていたミルフィーの中の何かが切れた。

「ミルフィー様・・・急いでこちらへ。裏口に馬車を用意してございますので、それで。」
しばらくして、怒りでわなわなと震えていたミルフィーにジルが声をかけた。
「裏口?」
ジルを振り返ったミルフィーの目は据わっていた。数日前から少しずつ大きくなってきていた怒りの炎が心の底からメラメラと燃え上がってきていた。
「ミ、ミルフィー・・・様?」
その見えない炎を全身から燃え立たせているようなミルフィーに、ジルは恐怖を感じ、ぞくっとする。
「なぜ、私が裏口から行かなければならないの?」
「あ・・い、いえ・・・・ですが・・・・」
「どうせ私は持参金も嫁入り道具も何もないし・・・グラマーでもない・・・若くもないわよ!・・・・歳なんてカルロスとそうたいして違わないんだから・・・。」
「え?あ、あの・・・・・」
ジルはその怒りにすっかり後込みしていた。

−バン!−
勢いよく部屋のドアを開けると、ミルフィーは持ってきていた鎧を身につけ始めた。
「あ、あの・・・・・」
一体何をするのかとジルは戸惑っていた。
そして、ミルフィーは着替えを終わると最後にぐっと力を込めて腰に剣をさす。それら身に付けたものは、万が一のためにと持ってきたもの。ミルフィー愛用の、そして、黄金龍からもらった太陽の剣と鎧。


−ザッ−
「え?何?・・・あの方?いよいよ嫉妬で狂ったのかしら?」
中庭にその格好で出たミルフィーに、女たちは笑う。
ミルフィーはそんな女たちなどまるっきり無視し、炎の指輪を外すと、中庭の中央に燃えているたいまつの中へと投げ入れた。

−バボン!−
「ギャオーーーーーーン!」
「き、きゃーーーーーーーーーー・・・・・・・・・」
女たちは悲鳴をあげて腰を抜かす。中庭の中央には、巨龍姿のミリアが雄叫びを上げていた。指輪が投げ入れられた瞬間にミルフィーの意識を受け取ったミリアは、通常ならその全身に纏っている燃えさかる炎を消し、飛龍姿で現れていた。
「え?」
ジルは初めて目の前にした自分の仲間に思わず声をあげて見つめる。

−キーーーーーン−
太陽が陰る・・・・・薄暗くなって行く中、ミルフィーの鎧にその輝きは集中する。
「え?・・・え?・・・・・」
後宮の女たちもそして、アシューバル家の使用人たちもその姿に驚いて、ただただ見つめる。
一見、薄汚れているかのように見えるその鎧は、徐々に光り輝いていく。

−バサッ−
大きく羽ばたいたミリアの背に乗り、黄金の剣士は空へと舞い上がった。
「あ・・・・・あ・・・・・・・・」
後に残された人々は・・・大きく口をあいたまま身動き一つできず、ミルフィーを乗せて飛び去ってく飛龍を呆然として見つめていた。


「まったく・・・・お姫様奪回ならわかるけど・・・・・これじゃ逆じゃないの?!」
ミリアの背の上で、ミルフィーは怒っていた。
「で、そのカルロスは何してるの?」
ミリアも同調したように、怒りの口調。
「さあ?・・・・今頃隣にいるのは私だと思って婚儀でもあげてるんじゃない?」
「何よ、それ?」
「帰って来ないのが何よりの証拠でしょ?」
もっともだった。婚儀をあげる相手がミルフィーでなければ、カルロスは怒りと共に帰ってくるはずである。ミルフィーを迎えに来るはずである。それは・・・・そのことは、ミルフィーは心から信じていた。ミルフィーに心変わりがないとカルロスが信じているのと同様、ミルフィーもまたカルロスの心を信じていた。
『何があってもオレを信じていてくれ。』ミルフィーはその言葉を思い出していた。


その少し前、王宮内の神殿に向かうべく、婚礼衣装に着替えたカルロスとベールをかぶった花嫁は、ゆっくりと庭を進んでいた。
その神殿には龍が祭ってある。神龍を信仰の対象としていたその地方では、どこでも入口に龍の彫像があった。2頭の龍の彫像の間を2人はゆっくりと進む。

「なんだ?」
と、その途中で、辺りが薄暗くなったことに、カルロスも、そして周りの人々も驚く。
「どうしたんだ?」
が、すぐに太陽はその輝きを取り戻した。
「まるでお前が太陽の剣を使った時みたいだな。」
カルロスは横の花嫁に小声で言った。
「・・・・」
「珍しいな、お前でも緊張することがあるのか?」
が、隣の花嫁は何も言わない。
(ミルフィーでも女だからな。それなりに緊張もするんだろう。)
カルロスはそんなことを考えていた。そして、嬉しさの方に心を占められ、今の太陽の陰りが何を意味していたのか深く考えもせず、歩を進めた。


そして、神殿の入口。王と最高神官が2人と共に中へ入るためそこで待っていた。
「王・・」
「うむ、カルロス。めでたいの。」
共に中へ入ろうとしたその時、頭上が何かの影で覆われ暗くなる、と共に龍の雄叫びが辺りに響く。
「ぎゃおーーーーーーぉぉぉぉぉ!」
「な・・・・・・」
「ま、まさか神龍が、この婚儀の祝いに?」
最高神官が、腰砕けになりながらも呟く。
「は?」
カルロスも王も花嫁も・・・そして周りの貴族諸侯も揃って見上げていた。
−バサッ−
そしてゆっくりと舞い降りてきた龍の背に乗っている黄金の剣士に驚く。
それは、古より伝えられてきていた神話の通りだった。世界が窮地に陥ったとき、神龍の背に乗った黄金の剣士がその危機から救った。今は窮地でもなく、そして剣士の男女の差こそあれ、その光景は、まさにそれだった。
「・・・・は、はーーー・・・・」
王を始め、そこにいた全ての人々は、その前にひれ伏す。
ただ、一人、カルロスを除いて。
「・・・ミ、ミルフィー?・・・とすると・・・」
カルロスはぎくっとして隣でやはり畏れ額づいている花嫁のベールを取る。
「ミルフィーじゃない?!」
そこにいたのは全くの別人だった。
「あ、あの・・・・」
震えている彼女から、カルロスはゆっくりと龍の背に乗った黄金の剣士、ミルフィーに視線を移す。

−ズズン・・・−
地響きをたて舞い降りた龍の背から、ミルフィーはさっと飛び降りる。
そして、人々の見つめる中、ゆっくりと王の前に近づくと、剣を抜いてその面前に向ける。
「な・・・・・何を?・・・・そ、そちは・・・?」
「我が夫を返してもらいに参った。」
「は?」
恐怖の中、王はその見覚えのある顔とそしてその青い瞳に一層恐怖を感じる。その顔と瞳は確かにカルロスが妻だと紹介した姫だった。が、その時と違ってその瞳に穏やかさはなく、怒りに燃えている。
「い、いや・・・・こ、これは・・・・この事は・・・」
「ミルフィー・・」
彼女の傍に歩み寄ったカルロスを、ミルフィーは思いっきりきつい視線でにらんだ。
「おおっと・・・・」
思わず後ろへ下がるカルロス。
(や、やっぱりミルフィーの睨みは・・・・生半可じゃない・・・。)

−キーーーーン・・−
そして今また太陽が陰る。それは少し前より一段と光を吸収して辺りは暗くなる。
その集中した太陽の光は、剣に吸い込まれ・・・辺りに明るさが戻った頃、光り輝く黄金の剣となる。

「おい、ミルフィー・・・それはいくらなんでもやばい・・・ぞ?・・」
小声で言ったカルロスは、今一度ミルフィーのきつい視線を受けて、口ごもる。

たっと再びミリアの背に乗ると、ミルフィーは大きく剣を降った。
−シュッ!−
太陽の剣は、自らの刀身をその光で大きく延ばし、その光の刃で触れられた所から、神殿の入り口にあった巨大な神龍の彫像の片方は、音も立てずに消滅していく。
「んぎゃーーー!」
−ごおおおおおおおお!!!−
もう片方の彫像は、ミリアの吐いた炎でみるみるうちに融けていった。
辺りは燃えこそしなかったが、サウナのごとく熱くなっていた。一応それなりの結界を張ってからというミリアの配慮があったからそのくらいですんだのだが。
「ヒ、ヒェ〜〜〜〜〜〜・・・・・・・・・」
神龍の、そして、神龍の黄金の剣士の怒りに触れたと、人々は畏れおののき、恐怖に打ち震えながら地に伏していた。

「王よ・・・」
「は、はーーーーー・・」
ミリアの背から静かに見つめ、威厳を放つミルフィーの口調に、王は全身を恐怖で震わせながら、それ以上できないほど地にひれ伏す。
「カルロスは返していただく。アシューバル家はそなたの采配で新たなる主をたてるがよい。」
「は、・・・・は、はーーーーーーーーっ。」

−バサッ−
そして、カルロスを乗せ、神龍と黄金の剣士はそこを後にした。
人々は、その姿が遠く空のかなたに見えなくなってもその後を見つめ、呆然と座り尽くしていた。


「い、いや、すまん、ミルフィー、この通りだ。」
「本当にだらしないんだから!」
人型を取ったミリアがミルフィーに謝るカルロスを睨んでいた。ミルフィーは・・・向こうを向いてそしらぬ顔をしている。
「普通ならお姫様奪回がホントでしょ?・・・・何やってるのよ、カルロス?」
「い、いや・・・ミリア・・そう言われると立つ瀬がないというか・・・」
一言も言わないミルフィーの代わりに、ミリアが山ほど文句を言っていた。

「カルロス様は悪くはありません!」
「え?」
不意に響いたその声に驚いて声のした方を見る。
そこには、ジルが立っていた。
「カルロス様はだまされただけなのです。横にいるのは、ミルフィー様だと信じて・・ですから・・・」
「あ、あなた?」
普通に人型を取っていたジルは男の姿だった。
「ですから・・・」
「あなた・・・火トカゲ?」
「あ、はい。」
彼が同族であることを瞬時にして判断したミリアは、カルロスへの怒りなど忘れる。
「・・・・迷い種ね。・・・・成人の洗礼受けてないでしょ?」
「あ・・は、はい。」
にっこり笑ってミリアは続けた。
「私と一緒にサラマンダーの国へ来ない?あなたは火トカゲに終わらないわ。洗礼さえ受ければ、私と同じ火龍になれるはずよ。」
「え?・・・あ、あの、私が・・龍に・・・・・ですか?」
「そう。私の感に間違いないわ。」
「ミリアが言うんなら間違いないわ。彼女は正統な火龍の王族よ。」
ようやくミルフィーが口を開く。その表情に怒りはもうない。
「え?・・・お、王族?」
「いいでしょ?」
「あ、は、はい、願ってもない光栄です。」


そして、帰りはいたって簡単。藍の神殿の一室とそこにある篝火を思い浮かべたミルフィーの意識をたどり、ミリアは瞬時にしてそこへ転移する。

「じゃー、ミルフィー、今日は・・・結構楽しかったわ。最高のパフォーマンスっていうの?」
「そうね・・・・偶然とは言え、神龍と神龍の黄金の剣士だものね。」
「ふふっ。助けたのはお姫様じゃなかったけど・・・。」
ちらっとまだばつの悪そうな顔をしているカルロスを見て、ミリアはジルを伴って姿を消した。


「お母様!お父様!お帰りなさい!」
「早かったんですね、ミルフィー。まだ数時間しかたってませんよ?私なんてつい先ほど着いたばかりで・・・。」
レイミアスがフィーとフィアを伴って部屋へ入ってきた。
「え?」
思い浮かべた篝火のせいだったのかどうかは分からなかったが、神殿を後にした時からほんの少ししか時間はたっていなかった。

「お父様ったら・・約束はいつ果たしていただけるの?!」
「あ・・いや・・フィア・・あのな・・・」
「知らないっ!」

怒って走っていき、しばらく口をきいてくれなかったフィア。そして、やはり怒っていたのか、口どころか寝室を共にしてくれなかったミルフィーに・・・カルロスは、完璧に落ち込んだ。

「ミルフィー・・・愛してる。何があろうと、そして、どれほど年を重ねようと、オレにはミルフィーだけだ・・・。」
「カルロス・・・」
が、すぐ許してしまったのは、やはりミルフィーもカルロスにぞっこんだということなのだろう。

心から2人の末永き幸せを祈る。
そして・・・フィアの為に少しでも早く2人目の姫を、でもってその姫のためにその次の姫を・・・そしてまたその姫のために・・・・・(以下省略。



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