☆★ その101 アシューバル公爵家 ★☆


 「それでは行って来ます。」
「行ってらっしゃいませ。」
「お母様、お父様、行ってらっしゃい。」
「行って来ます。」
「お父様!」
「ん?なんだ?」
フィアがカルロスにかけよって耳元でささやく。
「お土産は『妹』ね。」
「フィ・・・」
カルロスは、またか・・・と軽く笑う。難しい土産だと思いながら。
「ふふっ!お願いね、お父様。それ以外は何もいらないわ。今度こそ約束守ってちょうだいね。」
「フィア・・・あのな・・・・」
「どうしたの、カルロス?」
「あ、いや・・・何でもない。ちょっと土産を・・」
「あら・・・フィア、お土産頼んだの?」
「ええ、お母様もお父様に協力してさしあげてね。」
「え?・・・」
「ね♪」
「はい、わかりました。」
お土産がなんなのかミルフィーは知らなかったが、フィアの笑顔に、ついそう答えていた。
「じゃー、フィーも。」
「はい、お母様。フィアは何があってもぼくが守るから大丈夫です!」
「お願いね、フィー。」
「はいっ!」
「それでは行ってまいります。」
「行って来る。」
改めて挨拶すると、カルロスとミルフィーは水鏡の回廊を通って、迎えに来た女性と共にそこを後にした。


そして迎えの女性が出たという泉から入り、青く透き通った水鏡の回廊を通って、彼らは澄んだ滝壺へ出た。
−ザッ−
「大丈夫か、ミルフィー?」
「ええ、大丈夫。」
岸へ上がった3人を、知恵の賢者が待っていた。
「よく来られましたな、藍の巫女殿。」
「え?」
「あ・・いや・・・元がつくかの?」
「なぜ、それを?」
「世界が違っても水は流れ、吹く風も流れておる。巫女様を迎え、水精と風精が喜び、緑が生き生きと輝いております。」
「そうなのですか?・・・私はもうそんな力はないと思いましたが。」
「いや、座を下りられても多少は残っておるというもの。自然が喜んでおります。巫女様の全身からにじみ出ておられるオーラを受けて。」
「そういうものなのですか?」
「そうです。」
穏やかな微笑みを持つその老人は、ミルフィーからカルロスへと視線を移す。
「アシューバル家の跡継ぎ殿・・・まっことすばらしい女性を得られましたな。決して手放すのではありませぬぞ。」
「勿論です。」
カルロスはにこやかに、そして満足そうに微笑んだ。
「おお・・・そうでした、まずは着替えを。」
質素な住まいではあったが、清潔に片づけられた賢者の石造りの家に案内されると、彼らはまず着替え、お茶にした。
「巫女様とは伺いましたが、そんな方だったなんて。」
迎えの女性も賢者から話を聞いて驚いてミルフィーを見つめる。
「いえ、もうその座は下りましたし。」
思ってもみなかった賞賛に、ミルフィーは頬を染めていた。
「無理矢理下ろしたのであろう。のー、カルロス殿?」
「あ・・・い、いや・・それは・・・・」
頭をかいてカルロスは照れる。

ひとときそこで和やかに談笑すると、彼らはアシューバル公爵家の領地へと向かった。
通常ならば山の中の道ならぬ道を下り、なんとか人の通る道まで出、そこから村々をたどり、いくつもの山や川、野を越え町を越えて行かなければつかない道程を、賢者の好意で領地内にある森の湖へと、彼らは再び水鏡の回廊を使って出た。


「ヒ、ヒェ〜〜〜・・・・み、水の女神様が〜〜〜」
ちょうど湖の淵で一休みしていた木こりが、水の中から出てきたミルフィーに驚いてしりもちをつく。
「あ・・驚かせてごめんなさい。」
「ひ、ひ〜〜・・・・・あ、あっしは単なる木こりでごぜーやす・・・ど、どうかお許しを〜・・。」
「別に私は・・・・」
「は?」
「大丈夫だ。オレたちはどうこうしようと言うんじゃない。」
「は?」
後から出てきたカルロスと迎えの女性を見つめ、男はまだ口をぱくぱくとしていた。
「着替えたいんだが、近くに小屋か何かあるか?」
「は、は、はいっ!ご、ご案内しますだ。」
そして、案内してもらった小屋で着替え、ミルフィーたちは公爵家の屋敷へと向かった。
「は、は〜〜・・・・オラ、女神様見ちまっただよ・・・・・・・女神様と強そうな騎士様と・・・たぶん召使いだな、あれは・・。」
噂は瞬く間に広がっていった。


途中で馬車を拾い、彼らは街道を進んだ。そして、5つの村を越え、2つの町を過ぎてようやく屋敷へ着いた。

「カルロス・・・」
「なんだ?」
「お屋敷というより・・・宮殿なんじゃ?・・・」
門のところで馬車を下りたミルフィーは驚いて見上げていた。
ミルフィーの故国であるゴーガナスの城より立派にみえた。
「がらんどうだけはな。」
苦笑いをしつつ、ため息混じりにカルロスは呟いた。


−ギギギギギ・・・−
門がゆっくりと開く。そして、そこにずらっと居並ぶ数十人の召使いたち。
その行列は宮殿の入口まで続いていた。
「さ、カルロス様、ミルフィー様。」
迎えの女性が恭しく2人を先導してその真ん中を歩いていく。
カルロスはミルフィーを守るように彼女の肩をそっと抱いて歩いていた。

「どうぞ、こちらが旦那様と奥方様のお部屋になります。」
「え?・・・・・・」
その広さと調度品に、ミルフィーはまたしても驚く。ゴーガナスもそれなりに整ってはいるが、明らかに田舎の城とは段違いに煌びやか・・・。
質素な神殿生活に慣れてしまっているミルフィーにとって、それは派手すぎて落ち着かない。
「少しの間だ。我慢してくれ。」
「え、ええ・・・・。」
慣れた宮殿内。平然としているカルロスを思わず見つめる。
「なんだ?」
「あ・・いえ・・・・ただ・・」
「こんなたいそうな家じゃないと思ったか?」
「あ・・・・そうじゃなくて・・・」
「そうだよな・・・要は・・・住んでる人間の問題だ。」
寂しそうな瞳を見せ、カルロスはミルフィーを抱きしめ、口づける。
「オレにとって宝はミルフィーだけだ。信じられるのは・・・目の前のお前だけだ。」
「カルロス・・。」
初めてみたカルロスの心の傷。ミルフィーは自分を抱きしめるカルロスをぎゅっと抱き返していた。


その日は特に何もなく、ただ普通に旅の疲れをいやし、食事を取って休んだ。
そして、翌日。王夫妻とそして主立った貴族に対面するため2人は用意された正装で宮殿を後にし、王宮へと向かった。


「カルロス・・・元気でなによりじゃ。」
「はっ、陛下もお変わりなく恐悦至極にございます。」
居並ぶ貴族諸侯の中、2人は王の面前に額づいていた。
「うむ。して、後ろに控えておる女性がそちの妻というわけか?」
カルロスは、彼らの冷たい視線が、ミルフィーに向けられているのを感じた。まるで値踏みでもしているかのような彼らの視線に、カルロスは怒りと失望を感じていた。
「はっ。ミルフィーと申します。」
「ふむ・・・・アシューバル家の女主人が務まる女性か?」
「陛下!」
「いや、長年仕えてくれておるアシューバル家じゃ。それなりの姫を紹介しようと思っておったのじゃが。」
「お言葉ですが陛下、私はこの女性以外、妻を持つつもりはございません。」
「そうか?・・・が、今回のようにたとえ一時的とはいえ、当主不在などという事態があってはならぬ。跡継ぎはそれなりにいなくてはの。」
「しかし、私は・・・」
「わかっておる。兄弟が争うようなことはあってはならぬ。あのようなむごいことは繰り返してはならぬ。が・・・・アシューバル家は存続してもらわなくてはならぬのじゃ。王国の半分の領地を占めるアシューバル家。その当主といえば、王家も同様。そちは、わしの兄弟と言えるのじゃぞ?当然その妻は、我が妃と同じ立場じゃ。」
「王・・」
「なんじゃ?」
「申し上げたいことがございます。」
「なんじゃ。申してみよ。」
「は。先ほどからのお話ですと、王、並びに諸侯には誤解があるかと。」
「誤解・・とな?」
「は。・・ミルフィー、・・・我が妃は、さる王家の第一王女。私のたっての願いで貰い受けた大事な姫君。その姫を侮辱されるような事は、たとえ王といえども、私は断固として・・・」
怒りを抑えて努めて静かに言うカルロスに、逆に王は彼の怒りを悟る。
「あ・・い、いや、わかった。わしが悪かった。王家の姫だったとは・・・・それはそれは・・。いや、それなら文句はない。いやいや、めでたいというものじゃ。では早速披露の場を設けることとしよう。」
「は?い、いえ、そのような仰々しいことは・・・」
「仮にもアシューバルの当主が、妻を娶った披露もせずにどうするのじゃ?しかも王家の姫君なら当然のこと!」
「は、はっ・・・・。」
「大臣!」
「は。」
「1週間後に正式な婚儀をあげる旨、国中にふれを出し、近隣諸国へもその旨書状を。」
「は、はっ。」
「して、ミルフィー王女とやら。・・面を上げよ。」
「はい。」
すっとミルフィーは顔を上げ、王を見つめる。
「む・・・・・」
しばらく王は鋭い視線でミルフィーをじっと見つめていた。
「なるほど・・・さすがカルロスじゃ。いや、めでたい!三国一の花嫁じゃ!」
ミルフィーの静かなそして穏やかだが、その澄んだ青い瞳の底にある何にも動じない意志の光に思わずのまれそうになった王は、慌てて仰々しく声を上げる。


「悪かったな、ミルフィー、あまりいい気持ちじゃなかっただろ?」
アシューバルの宮殿に戻り、カルロスはミルフィーを気遣ってやさしく言葉をかける。
「ううん、カルロス。どうってことないわ。・・・それより、私、笑った方がよかったのかしら?」
「王にか?」
「ええ。」
「いや、あれでいい。愛想笑いをする姫君なら山ほどいる。それより、圧倒させるくらいの睨みでちょうどいいのさ。」
「いくらなんでも、私、睨んでなんかいないわよ?」
「ははは。そうだったな。・・・悪い。ミルフィーの睨みはもっとすごかったな。」
「もう!カルロスったらっ!」
「ミルフィー・・」
ぐっと力を込めて自分を抱きしめるカルロスに、ミルフィーは少し戸惑っていた。こんな気弱になっているカルロスは初めてだった。
あくまで落ち着き、何にも動じない態度のミルフィーが、カルロスには頼もしくそして、嬉しかった。
「カルロス。」
「大丈夫だ、何があってもオレが守る。だから、何があってもオレを信じていてくれ。いいな?」
「ええ、カルロス。」
ミルフィーも雰囲気は心底気に入らなかった。それと少なくとも後1週間はいなければならなくなった事も少し気がかりだったが、こうして2人でいられる事に、不安は何もないと自分に言い聞かせていた。



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