☆★ その100 カルロス、里帰り? ★☆


 「カルロス様・・・・・」
藍の神殿にある一般用謁見室。そこに一人の女性の来訪を受け、硬直したカルロスがいた。
「し、しかし・・・どうやってこの世界へ?」
しばしの沈黙後、どもりながらカルロスは涙で瞳を潤ませた女性に声をかけた。
「知恵の賢者様にお力をお借りしてまいりました。」
「そなた一人で?」
「はい。次元を越える水鏡の回廊は・・・一人でないと行き先を違えてしまうことが多いとかで。」
「そうなのか?」
「はい。出発点ははっきりしておりますので、帰りは心配ないのですが・・・行きは定かでない場所ですので。」
「つまり、オレを迎えに来たと?」
「はい、カルロス様・・・もっと早く来たかったのですが・・・賢者様をお捜しするのに時間がかかったのと・・・それから・・・」
「それから?」
「公爵閣下が、お父君様が・・お亡くなりになられまして、その事後処理にいろいろと。」
「そうか、父上が。で、家は誰が継いだんだ?」
悲しみも感じず、カルロスは淡々と聞く。
「それが・・・公爵様のご遺言で・・・あなた様を、カルロス様をお迎えするようにと。」
「は?・・・兄はどうしたのだ?2人の兄と3人の弟は?」
「・・・・・皆様・・すでにお亡くなりに。」
「亡くなった・・・・?」
「はい。」
「馬鹿な・・・あのままあの醜い争いを続けていたというのか・・・?一人も残らずに?」
「は・・・い。」
「・・・・馬鹿な・・・」
悲痛な表情でカルロスは吐く。
「カルロス様・・・」
しばらく考えていたカルロスは重く口を開く。
「悪いが帰るつもりはない。」
「そんな!カルロス様!?」
「オレのいるべき場所はここなんだ。愛しい女性と我が子と。」
「え?お子さま?」
「そうだ。だから諦めてくれ。家は・・ゆかりのある家で適当な人物をたてればいいだろ?」
「それでは・・それでは、また同じ事が繰り返されてしまいます。」
「しかしオレは・・・」
「嫡子のカルロス様だからこそ皆、納得して従うのでございます。それを他の方へなど・・・・同じ悲劇が繰り返されてしまいます。しかも、今度は一族で・・・」
「馬鹿馬鹿しい!」
「カルロス様、奥様とお子様がいらっしゃるのでしたら、ご一緒に・・・。」
「オレは・・あんなところへミルフィーを連れていきたくない!」
「ミルフィー様とおっしゃるのですか?」
「そうだ。」
「こちらの神殿の巫女様?」
「そうだ。」
「ならば神事もまかせられます。ちょうどよいではございませんか?」
「いい加減にしてくれ。オレはそのつもりはないといったはずだ。」
「でも、カルロス様・・・・それでは・・・避けられる争いも・・・」
「とにかくダメなんだ・・・オレはここを離れるわけにはいかない・・・離れたくない。」
「・・・カルロス様?」
ようやく手にした愛しい女性ミルフィーとそしてかわいい我が子。しかも普通の人物ではない。この世界に不可欠な3人。帰るとすればカルロス一人となる。愛するミルフィーらを残して一人で帰ることは苦痛でしかなかった。
が、帰らなければ醜い争いが、血で血を洗う争いがまた始まる。・・・カルロスは困惑していた。
「とにかく・・・今日は帰ってくれ。」
「カルロス様・・・では、明日もう一度参ります。」
女は深々と頭を下げると、謁見室から出ていった。
「馬鹿な・・・今更・・・・・・・」
唐突に降りかかってきた話に、カルロスは窮地に立たされていた。


その日の夜遅く、緋の神殿へ行っていたミルフィーが帰ってきた。
「・・・カルロス?どうしたの?」
どこか沈んでいるカルロスの表情に、ミルフィーは心配そうに顔をのぞき込む。
「カルロス?」
「あ・・いや、なんでも・・ない。」
「嘘!」
「ミルフィー・・・」
ミルフィーの視線を避けたカルロスは、きつく言われ、ミルフィーを見つめ直す。
「ダメよ、カルロス。私に隠し事するな、といったのはあなたでしょ?あなたにも隠し事はしてほしくないわ。」
「ミルフィー・・・」
しばらくミルフィーを見つめていた後、カルロスは、ぎゅっっとミルフィーを抱きしめる。
「カルロス?!」
そしてそのまま無言でミルフィーをベッドに運ぶ。
「カルロス?どうしたの・・?・・・カル・・・」


「ミルフィー・・・・」
カルロスは横で眠っているミルフィーを見つめていた。
離したくない、離れたくない、カルロスはそう思いながらじっと見つめていた。
醜い争いをするなら、それはそれで互いに殺し合って滅びてしまえばいい、そうとも思った。が、中にはまだ幼い子供もいる。きれいな心の人間も・・いる。
「ふ〜〜〜・・・」
カルロスは、そっとベッドを抜け出すと、窓から夜空を見つめる。
世界まで越え、新しい地で愛しい人を見つけようやく手に入れた幸せなのに・・なぜ今頃になって・・と迎えを呪いたい思いだった。
が、もし無視してここに留まっても、後悔が、そして、気がかりは消えることはない。
(結局・・オレは・・・なんだったんだ?)
悲しみがカルロスを包んでいた。


「ミル・・?」
ぼんやりと夜空を見つめていたカルロスを、不意に後ろから抱きしめる手があった。
「ミルフィー・・」
カルロスはその手にそっと自分の手を重ね、ぎゅっと握りしめる。
「悪かったな、起こしてしまったか?」
「起こしてしまったのはいいわ。」
「ん?」
「だけど、話してくれないのは・・・悪いわ!」
カルロスの全身がびくっと震えた。
「・・・ねー、カルロス、私はあなたにたくさん助けてもらったわ。だから・・・もし、私の手が必要なら言ってほしいの。・・・ね?」
「ミルフィー・・・」
カルロスはゆっくりと向きを変えると、ミルフィーと見つめ合った。
「カルロス・・・私はいつでもあなたの為に全てを捨てられるわ。でも、あなたを失ったら・・・私は・・・・。」
「ミルフィー・・」
カルロスはミルフィーのその言葉に感極まって彼女を抱きしめ、唇を重ねる。
「カルロス。」
ミルフィーの真剣な瞳と思いに、カルロスはそれ以上隠すことはできなくなった。
「悪かった。・・聞いてくれるか、ミルフィー?」
「ええ。」

そして、カルロスは自分の生家の事、そこを捨てた理由を話した。それは、できたら一生話さずにおこうと思った醜い身内の争い。生家でのそれぞれの母親を、その肉親を巻き込んでの異母兄弟で命を狙いあった醜い跡目相続の争奪戦。その気がなくても否応なく巻き込まれ、その結果カルロスの母親は彼をかばって死んだ事など。
そして、前日迎えが来た事とその理由。

「そう。」
初めて聞いた悲しい出来事、カルロスの心の傷にミルフィーも心が痛む。慰める言葉は思いつかなかったが、彼女はカルロスの両手をぎゅっと握りしめ、そして、力づけるように微笑んだ。
「ミルフィー・・」
その微笑みに、カルロスは勇気づけられる思いだった。
「でも、カルロス・・」
「なんだ?」
「迷うことないわ。とにかく一度帰ればいいのよ?」
「しかし・・・」
「だってそうでしょ?カルロスが一度向こうへ行って、爵位と家を継ぎ、あなたが選んだ人物に渡せばいいんでしょ?それとも思い切って王家に全てを返還しちゃうとか?」
「あ・・・・」
ミルフィーの言葉に、カルロスの瞳が輝いた。
「そうだ・・そうだよな・・・なぜ今まで気づかなかったのか・・・」
「でしょ?」
「あ、ああ・・・・。」
「じゃー、そうと決まったら支度しないと!当分の着替えでしょ?それから・・・何があるか分からないからやっぱり剣は必要よね?」
ガタガタガタとクローゼットから衣服を出し始めたミルフィーをカルロスは後ろからぎゅっと抱きしめる。
「カルロス?」
「すまん、用が済んだらすぐ帰って来るから。」
「あら、カルロス?・・私をおいていくつもりだったの?」
「は?」
振り向いたミルフィーに軽く睨まれ、カルロスは聞き返す。
「さっき言ったでしょ?カルロスがいないのなんて考えられないわ。」
「し、しかし・・ミルフィー・・・」
「大丈夫。クシュリには話してあるし、ここの神殿のことは神官たちに任せておけば間違いないし、緋の神殿の方は、シャンポワールの大僧正様やレイムに頼んであるから。それに、フィーやフィアは、きちんと話せば分かってくれる子よ。まだ幼いけど、その点は歳以上にしっかりしてるわ。留守の間レイムが来てくれることになってるから、フィアには何かあったら何でもレイムに相談するように言ってあるの。それにそんなに長く留守にするわけでもないでしょ?」
「は?」
全て準備ができているような口調のミルフィーに、カルロスは唖然とする。
「ミ、ミルフィー?」
くすっと笑いをこぼすと、ミルフィーは付け加えた。
「私が誰だか・・ううん、誰だったか忘れてない?」
「は?・・・・誰って・・・ミルフィー・・・藍の巫女・・のことか?」
「そうよ。藍の巫女よ。」
「ま、まさか・・・遠見で知っていた・・・なんて言うんじゃ・・・?」
「あ・た・り!」
「ミルフィー!?」
あれほど悩んで苦しんでいたのに・・なぜ知っていたのなら教えてくれなかった?と驚きそして、非難するような表情のカルロスにミルフィーは微笑みながら付け加えた。
「ごめんなさい。でも、事情まで分からなかったし、いつなのかも分からなかったの。ただあなたのところに何かせっぱ詰まった理由で迎えが来るということしか。」
「ミルフィー・・・」
「だから私はその日がいつ来てもいいように準備をしてたの。それに、あなたの口から話してほしかったから。」
「で、無事解決して戻るということも?」
「さあ?そこまで見てないからわからないわ。」
がくっ!・・・期待したカルロスから力が抜けた。
「まー、いいか・・・なんとかなるだろ?・・・いや、なんとかしてみせるさ。ミルフィーが一緒ならならないのもなるような気がする。」
「カルロス。」
「ミルフィー。」
カルロスにはミルフィーのその温かい微笑みが何よりも心強く感じられた。



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