夢つむぎ

その26・降臨の時



 気がつくと、あたしたちの前には時の書が開かれてあった。時の書の間に、あたしたちの時代に、戻ってきていた。
時を越えてきた影響なのか、未だ放心状態のあたしたちの目の前で、時の書はゆっくりとその表紙を閉じ、そして、消えて無くなった。
「も、戻ってきたんですね?元の城の中に・・・」
ヒースが確認するかのように呟いた。

知識の間の管理人室。あたしたちを見つめるマイスターの瞳の中には、安堵に似た表情が浮かんでいた。
「わしの役目はもはや終わったようだ。わしが道を示す者は、お前たちが最後となろう。これでやっと、眠りにつくことができる。」
「眠りにつく?」
「そうだ・・・わしがここに留まる理由はなくなったのだ。後は、お前たちに任すのみ・・・」
「あたしたちに任すって言っても・・・最後までどうなるか分かったもんじゃないよ?」
・・・そう、あたしたちを待っているのは、軍神との戦い。今までの惨状を見てきたんだ、何も言わないけど、例え、アッシュだって軍神を祭り上げるような事はしやしないさ。・・・・もっとも・・ルオンは、やばい感じが・・しないでもないけどさ・・・・・。
「後は・・お前たちを信じるしかないのだ。・・・行くがよい、アッシュ、そして、その仲間たちよ。己の信ずるままに進むがよい。これより先の標は、お前たちの心の内にあろう。」
マイスターはほんの少し微笑むと、静かに目を閉じた。
するとマイスターの姿が次第に薄れ始め・・・やがてそれは、霞のように消え、後には何も残らなかった。
「・・・ったく、どいつもこいつも俺たちに尻拭いばっかさせやがって!」
ランディが何もなくなった台座を見つめて呟いた。
「どの変にあったんでしょう、あの塔は?」
しばらくの沈黙後、ヒースが一人呟くように言った。
「確か、南東とか言ってたよね・・・じゃあさ、この地下からの階段を上がったところから外壁に出れたじゃないか?あそこじゃないかい?最もあそこにゃなんにもなかったけど。」
「そうですね・・・多分、塔はあの時、崩壊したんじゃ・・炎に包まれて・・・」
戻ってくる時、炎が上がったように見えたのは、あたしだけじゃなかったらしい。とにかく、行ってみよう・・なんとなくフォルナが呼んでいるような気がした。

その外壁を進むと、あたしたちの前に白い蝶が現れた。蝶は、あたしたちを誘うように、外壁沿いに真っすぐ飛んでいく。
「フォルナ姫?」
ランディが呟く。
『例え、どのような姿に変わろうとも、あなた方の為に道を示しましょう。』
・・・フォルナの言った言葉があたしたちの胸に響いた。
蝶は崩れた外壁の上で旋回していた。やがて、蝶の旋回している下のほうから、何か、緑色の球体が現れた。
その球体はゆっくりと浮かび上がり、アッシュの前に静かに落ちる。アッシュがそれを手に取ると蝶は、空気に溶けるかのように消えてしまった。
「その球、あの姫さんの持ってた球じゃないかい?」
間違いなかった。確かに緑水晶だった。

 先を急ぐべきなんだけど、あたしたちは一旦町へ戻った。勿論、魔法のアイテム、糸巻きで4階に一瞬で戻れるようにしておいたことは、言うまでもない。
「ついに時が満ちたようですな、アッシュ殿。あなたを必要とし、あなたが必要とするものが、城の最も高きところで待っております。もはや我らの申すべきことは、何もございませぬ。さあ、お行きなさいませ。猛き神が、あなたの訪れを待っておりましょう。」
長老は、嬉しそうな笑顔であたしたちを出迎えてくれたよ。
さて、最後の決戦、何かいい武器でもないかと久しぶりに行商人に会いに行った。
だけど・・ぜんぜん、ないんだ。アーケディア城で見つけた武器やアイテムとじゃ比べ物になりゃしないよ!
その夜、なかなか寝つけれなかったあたしは、宿の裏庭の岩の上に腰掛けて、遅く迄考え事をしていた。・・・今までの事、軍神のこと・・・いろんな考えが頭の中でぐるぐる回っている。
お互い一面識もなかったあたしたちは、軍神に呼ばれてここザムハンにやってきた。
何の為に?軍神は封印を解き放ち、完全なる復活をする為に。そして、人々は、もしかすると、あたしたちが軍神を受け入れやしないかという不安を持ちながらも、多分、永遠に軍神をこの世から葬り去ってくれること・・・まぁ、一部にはそうじゃないものもいたけどさ。姫さんの封印が完全のものでない限り、いつかは復活する、それを阻止してもらいたかったんだろうね。悲劇を繰り返さない為に。この惨劇を世に広げない為に・・・世界を守る為に。決して召喚してはいけない神、決して欲してはいけない力だったんだ・・・・。だけど、長老たちは・・・?
「こんな所にいたのか、ヒルダ?探したんだぞ。」
振り向くと、ランディが微笑みながら立っている。
「なんだ、ランディか・・」
「なんだとは、なんだよ、ヒルダ?」
ランディは、気のない返事をしたあたしに、少しふくれっ面をした。そして、再び微笑むと、あたしの横に座った。
「明日だな・・・」
「そうだね・・・」
「ヒルダ・・・」
「何?」
あたしは、ランディの方を向いた。
「その前に・・・今一度、お前を感じたい・・・」
飲み込まれるばかりの微笑みとその雰囲気。あたしはやばいと感じた。
−−メキッ!−−
ランディの顔面にあたしの拳がクリティカルヒット!!

そして、再び城へ、ルオンに言われるまま、4階の青い炎の部屋へ来ていた。目の前には燭台に灯された青い炎が光を放っている。
・・・なんでこいつは、こうもよく知ってるんだろう?・・・疑念は以前より大きくなってきていた・・・
「アッシュ、カンテラにこの炎を移して下さい。魔導書の通りだとすれば、おそらく精霊の塔に入るには、これが必要となりましょう。」
炎の前にカンテラを差し出すと、炎はまるで吸い寄せられるようにカンテラの中へと移る。

バルコニーから開かなかった扉の前へ。多分ここから精霊の塔へ行けるんだろう。その前に一階までワープしちまう部屋だとかあったけど、糸巻きでワープできるから、どうってことなかったさ。
その扉はすんなりと開き、あたしたちは中へと入った。そこにはまた扉がある。扉の前まで行くと、アッシュが頭を抱えて苦しみだした。
「ど、どうしたんだい、アッシュ?」
「あ・・頭の中に・・・」
頭によほどの激痛が走っているのか、アッシュは苦痛に満ちた表情で言った。
「頭の中に?」
しばらくアッシュはそのまま座り込んでいた。そうして苦痛から開放されると、少しよろけながら立ち上がった。疲れきっているみたいだ。
「何があったんだい、アッシュ?」
「軍神が俺に語りかけてきたんだ。」
「軍神が?」
「ああ・・・『我を解き放て!緑の封印を去らしめよ!我と共に、だらけきったこの世に、あの生命の叫びを、再び呼び戻そうではないか!』・・・と。俺には、その資格がある、とかなんとか・・。」
「ふ〜ん・・・・」
ルオンがアッシュを回復させると、アッシュは緑水晶を取り出した。すると、それはエメラルド色の光を放った。そして、アッシュの手を離れると浮き上がり、扉へと向かい、そして、その前でまばゆい光と共に砕けてなくなってしまった。
その扉を開けて、精霊の塔への階段を駆け上がる。塔の中にはひんやりとした風が流れていた。その冷たさと、張り詰めた空気とが、あたしの神経を刺激し、一瞬ぶるっとしちまった。
「よぉ、アッシュ、あの青い炎のカンテラを使ってみちゃどうだ?この塔で使うもんらしいじゃねえか?」
アッシュは黙ってカンテラを取り出し、前に差し出す。
だけど、何も起こらない。さっきと同じように冷たい風が吹いているだけ。
「くくく・・」
「なんだよ、くそ坊主?何か言いたそうじゃねえか?」
「いえ・・何でもありませんよ。魔法使い。くくく・・・」
気に入らねえな、という顔つきでランディはルオンをちらっと見ると、アッシュの後についた。アッシュはいつもの如く、黙々と歩いていく。

「あれ?もう精霊の間かい?」
モンスターも何にも出ない。ほとんど一本道のような通路を通って、すぐ4階にある精霊の間まで来てしまっていた。
精霊の間は、その部屋の中だけが妙に暗かった。いかなる光もその部屋の中では、吸収されてしまうかのようにさえ感じた。
ルオンが部屋の壁の一ヶ所をじっと見ているんで、あたしたちもそこへ行く。
その壁には文字が刻まれていた。
『古えの神官 最も神の国に近き所に集い 神の助けを得ん
 これぞ 精霊の塔の始まりなり』
その下にも何か書いてあるんだけど、まるで、闇がその上に張りついてるように、文字を読むことができない。
「あのカンテラは、ここで使ってこそ、意味があるものなのですよ、魔法使い。」
ルオンは例の独特の笑みを浮かべランディからアッシュに視線を移す。
「試されてはいかがですかな、アッシュ殿?」
アッシュがカンテラをかかげると、青い炎が光を放った。すると、壁の文字が鮮明に浮かび上がった。
『そして 最も狂おしい光携えし者現れし時
 光は影を作り 闇を呼び 塔は 今ひとつの姿を現すだろう』
と、その時、カンテラの炎で長く伸びたあたしたちの影の向こうから、人ではないもののざわめきが聞こえてきた。
「な・・なんだ?こいつら?」
妖魔とでも言うんだろうか?真っ黒な人の形をした異形のものがいくつかそこにいた。そいつらは、あたしたちを飲み込むかのような勢いで襲ってきた。

「・・・ったく冗談じゃねえぜ!こいつの言うことをきくと、ろくなことはねえぜ。」
そいつらを全てやっつけると、ランディはルオンを睨みつけながら吐く。
「恨まれる覚えはないですな。先に進めば分かることですよ、魔法使い。」
ルオンはいつもの通り、ランディなど相手にもしていない風だ。
「なんだい?ここが頂上ってわけじゃないのかい?・・それにしても、あんた、随分と詳しいじゃないのさ?」
「今に分かることですよ、今に、ね。」
にやっとしたルオンのその不気味な表情に、あたしは全身に寒気を覚えた。

「あれ?ここにこんな扉、あったかい?」
さっさと部屋を出ていったルオンについて出ると、来た時はなかったはずの通路の行き止まりに、いつのまにか扉が現れていた。それも両側とも。
「・・・軍神がお呼びってわけか?・・・おもしれえ!受けてたってやろうじゃねえか!」
それからは、迷いっぱなし!ダリウスの塔の上をいく迷路状態だったフォルナのいた塔・・・それ以上の迷路だったのさ。
落とし穴、ワープする部屋。あるわ、あるわ、仕掛けが一杯!それに付け加えて、化け物共のすんごいこと!
自分の首を抱えてお出ましのアンデッド剣士、デュラハン。そいつらの剣技は、アッシュ並み、それに付け加えて魔法返しの術。一度、ランディがそれに気づかずに冥府の王を放っちまったもんだから、直撃くっちまってさ・・・死ぬところだったんだ。
「俺の魔法のすごさが身に染みて分かったぜ。」なんて真剣な眼差しで、言ってたよ。
アンクレットも敵の魔法攻撃は無効にしてくれても、自分の魔法が跳ね返ってくるのは、消せれないみたいさ。それからデュラハンと会うと慎重に行動するようになったんだ。魔法返しの結界をはってるときは、攻撃補助に徹してね。攻撃は、魔法じゃないあたしとアッシュの剣技、それとヒースの歌でってわけさ。
死神や妖魔はわんさか出るし、目の玉やピエロ剣士も相変わらず出る・・手強い奴ばかりだ。

 ぞっとするような気を滲み出しているその扉は重く閉ざされていた。
いくらあたしが必死でやってもにっちもさっちもいかない。諦めてそこを離れようとした時、入れ代わりにルオンがノブに手を押しあてた。
決して動くことのないように思えたその扉が、鈍い音をたて、微かに動く。
あたしは意外なものを見、ついつい驚きの表情でルオンを見てた。
「おや?みなさん、どうなさいました?中に入らないのですか?」
どうやらみんなも同じ思いだったらしい。ただルオンをじっと見つめてた。
「へえ・・こいつは驚いたね。意外な才能を見たような気がするよ。」
「・・・どうもうさんくせえな・・・。アッシュ、お前、どう思う?」
「・・・・・」
アッシュも疑いの眼差しでルオンを見つめている。
絶対そうだよ!・・もしかすると、こいつは・・・軍神の手先・・?あのダリウスと同調しちまった・・・ううん!こいつは最初から、そのつもりだったのかもしれない・・・・あたしの中にずっと渦をまいていた疑念が、大きく膨らみ、今や確信とも言えるようになっていた。危ないぞ・・・頭の中で警鐘が鳴り響いている。
だけど、結局は入らなくっちゃならない。あたしたちは、内部とそしてルオンに注意を払いながら中へと踏み込んだ。
その瞬間、あたしは何か異様な空気が身体にじっとりと、張りついてくるのを感じた。
「・・・・おい、見ろ!なんだよ・・・あれは・・・?」
そこには人の形をした巨大な像がそびえ立っていた。4本のその腕は、まるで何かを求め、あたしたちに手を伸ばしているかのように見える。
その不気味な巨像の前にルオンが歩み寄る。
「おぉ・・・なんと美しい異形の神よ。あなたの望みは、このルオンが来き届けましょう。そして、御身の力をこの私にお与え下さい。」
ルオンは像からあたしたちの方を向いた。
「輝かしき復活を祝し、この者たちの血を、あなた様に捧げましょう。」
「な・・・・・くそ坊主・・・まさか・・・」
・・やっぱり!こうきたか!・・あたしはそのルオンの行動に納得しちまった。
「くくく・・・言ったはずでしたがね・・あの魔導士と私は意気投合していたと。あの男が私の内より出た時、私は、あれの意志と力を受け継いだのですよ。」
「な、なんだと?!」
「くくく・・・私が憎いですか?恨んでよいのですよ。さあ、恨みなさい。我が神は人の憎悪の心を、何よりもお喜びになる。」
ルオンは嬉しそうに再び像を見上げる。
「神よ、今こそ我が前にその姿を現したまえ・・『ルク・ミーサ・ル・ヴァルバー』」

その声と共に塔全体が叫びを上げたかのように揺らぎ始めた。
−−ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・−−
像がほのかに光を発し始めてきた。軍神がその巨像に宿ったのか、生気が感じられるようになってきた。
『我は・我は・我は光
 我は・我は・我は闇
 我は・我は・我は力』
その瞳がうっすらと開かれ、不気味な声が塔全体に響き渡る。
『我は戦を司り、人の生業を司るもの。
 我、今再びこの地に甦らん。』
その視線をあたしたちに落とす。
『我が呼び声に応えし、我が子らよ、我もまたその呼び声に応えん。
 西から来た民は、民族の血を侵し、異教の神は慈愛といわしむものを説き 誇り高き部族の高潔な精神、汚されん。
 我は、偽りの世を廃し、古き世を、この地にもたらす者なり。
 見よ、我が力を。』

「な・・なんだい・・これは・・・?」
目の前になにやら光景が浮かんだ。戦の後なのか、破壊されつくした町並みの風景が目の前に広がった。
『我は呼ぶ。地を揺るがし、風を起こし、水を呼び、天に叫ぶ龍の姿を。
 異教の神を信じる者たちは、神の名を唱えつつも、災いを逃れようと、
 弱き者を谷へ突き落とすだろう。
 そして、見よ!』

その光景が変わった。一人の男に人々が手に武器を持ち群がっている様だ。
『また我は呼ぶ。あらゆる田の稲を刈り、焼き払い、灰をまく大農夫の姿を。
 己の飢えをいやす為、子は母の肉を食らい、夫は妻の肉を食らう。
 そして、見よ!』

再び光景が変わる。それは、やせ細り、苦しみに喘ぐ人々が山のように重なりあい、お互いを食べようとしているおぞましい光景。
『また、我は呼ぶ。災いの国を起こし、屍を越え、
 汚れを大地に染ませしむ、炎の馬の姿を。
 人の心は、もはやその身体と共に腐れ、
 残された者だけが、取るべき道を知るであろう。
 そして、見よ。』
今度は、修羅場と化した戦場の光景が移った。
『そして、我は呼ぶ。赤き衣をまとい、
 血の杯をその胸にしたたらせる不和の女王の姿を。
 人は争いの中で生をなし、また、苦しみの中で生を終わらせるもの。
 人は所詮、借り染めの姿では生きられぬ。
 争いこそが、人をあるがままの姿にし、人は、その中でよりよく生きる。』

ふっとその光景が消えた。
『古きよき時代が、今、我が手により、再び訪れん。
 これぞ、我が理想郷。
 そして、我が子らよ、お前たちの求めた世なり。』
ふいに軍神はその手を降ろし、地に響く声でうなだれた。
『・・・うぅ・・・足りぬ・・力が足りぬ・・
 まだ、我が力は戻ってはおらぬ。
 贄は、どこだ?贄の血は、どこなのだ?』
「我が神よ、今しばしお待ちを。今、この者たちを御前に・・・」
その時、軍神の手がルオンの頭上に落とされた。
「ぎゃあっ!」
ルオンは断末魔の悲鳴を上げて床に倒れる。軍神は、その屍をむんずと掴むと持ち上げ、その血で口を染めた。
・・・ち、ちょいと・・・な、なんてことを・・・自分を召喚した者さえも・・・

『足りぬ・足りぬ・まだ足りぬ・・
 だが、伝わる・・感じる、汝らの心
 怒り、恐れ、憎しみ、その心、その血』
軍神は、そのするどい両目をカッと見開いた。恐ろしい眼光があたしたちを縛る。
『血を!血を!血を!血を!
 それこそ我の求めるもの!我が力の源!
 いざその猛き血を、我が身体に流し込ましめん!』

−−ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・−−
軍神はその巨大な身体を持ち上げ始めた。激しい振動が床を伝わり、足元を震わせる。その鋭い眼光は、あたしたちを放そうとしない。
「来るっ!」
あたしたちは、ぐっと身構えた。

 


**続く**


Thank  you  for  your  reading!(^-^)

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