夢つむぎ

その25・緑の意志


 

そして、迷いに迷ってようやく最上階の中心にある部屋。そこにアリエルがいた。
その傍らのイスでは、祈るかのように両手を胸の上で組んでいるフォルナが、悲しげな眼であたしたちを見つめている。
「よぉ!来てやったぜ、さっさとフォルナ姫を返しな。」
ランディが前へ進み出る。
「くくく・・緑水晶はどうした?言ったはずだ、それと引き換えだとな。」
不敵な笑みを浮かべ、アリエルはぐいっとフォルナを引き寄せる。
悲しげな表情の中にも気丈な瞳のフォルナは、悲鳴も上げず、だまってアリエルのされるがまま、脇に抱えられる。
「その球が緑水晶か。くくく・・・知っているぞ、フォルナ。お前はこれを使い、あの軍神を精霊の塔の中に封印するつもりなのであろう。だが、その緑水晶無くして、あの神の息吹を止めることは、お前にはできまい。そして、歴史は変わり、このアリエルに味方する。」
アリエルは、アッシュが袋から出した緑水晶を見るとにやっとした。
今まで沈黙を保っていたフォルナが呟く。
「・・・おろかなことを・・・正気であれがあなたなどの言うことを聞くと思っているのですか?あれの為に多くのものが失われ、そして、時を越え、なお失われ続けているのを、あなたはご覧になってきたのでしょう?」
りんとしたその口調は、その強固な意志を示す。
「構わぬっ!我が願いは唯一つ。熱き血潮の通った身体を得、戦場を駆け巡ること。その為には、いかなる災いをも恐れはせぬ。」
アリエルは、悲しげな目で自分を睨むフォルナをイスに投げるように座らせると、あたしたちの方に目を向け手を差しのべる。
「さあ、その球をこちらによこせ。」
そして、大きく歩を進める。
「よこすのだっ!緑の魔法など、力の時代には必要あるまい!」
剣を抜き、すさまじい形相をし、襲いかかってきた。
−−キン!ガキン!−−
アリエルには剣技が全く効かない。雷鳴も、紅蓮も、防御の技も・・アッシュの直接攻撃とランディとルオンの魔法での攻撃での戦いとなった。あたしの剣技なんてとてもとても・・・・ヒースは歌で援護し、あたしは、距離を取ると矢を放った。

ダリウスほどではなかったけど、結構手強かったさ。断末魔の叫びと共に、アリエルは倒れ、その身体は、塵となって消える。
あたしは、緑水晶をフォルナに渡そうとアッシュから受け取った。フォルナがゆっくりとあたしに歩み寄る。すると、緑水晶はすっとあたしの手を離れ、フォルナの手の中に納まった。花のような微笑みを浮かべ、フォルナはそれを大切に抱きかかえた。
「わたくしの為に危険な目にあわせてしまいました。今度はわたくしが、あの軍神と戦う番ですわ。この緑水晶と共に。あの方の為に・・・。」
フォルナは決意に輝く瞳をあたしたちに向けた。
「戦うって・・・あんたがか?おい、ちょっと待てよ!」
ランディが焦る。そりゃそうさ。だってこんなにか弱そうな、いかにもお姫様って感じの娘なんだよ。
「これは予言でなされていたことなのです。わたくしは、あの軍神を封じる運命と共に、このザムハンの地へとやってきたのです。
『黒き羽舞う時 緑水晶の力を解き放て
その意志は 時の彼方より来るものに
受け継がれるであろう』
という・・・ただ、わたくしの封印は完全なものではないのです。あれは、封印の中でもなお、生き続け、いつの日か、よみがえりの兆しをみせましょう。その時こそ・・・あれを打ち破る者が必要となるのです。軍神を忘却の時の中に葬り去る者が・・・」
フォルナは今一度あたしたちに微笑みかけた。それは気高く美しかった。
と、その時、塔が激しく揺れ、塔の外では、不吉な叫び声が聞こえた。
「封印の時が近づいているのです。ひとたび緑水晶の力を開放してしまえば、この塔などひとたまりもないでしょう。これ以上、この地におひきとめしておくわけにはまいりません。今は一刻も早くお戻りください。元の世への道は、マウアが知っております。」
「んなこと言ったって・・・」
ランディだけじゃないさ。そう言われて、「はいそうですか。」なんて、言えるはずないだろ?
−−ゴゴゴゴゴ−−
塔の揺れが一層激しくなった。
「これ以上この地に留まるのは危険です。わたくしに構わず、どうぞ、マウアの元にお急ぎ下さい。」
−−バタン!−−
誰もいないのに、扉が勢いよく開いた。
ーーヒュウゥゥゥゥゥゥ−−
「きゃっ!」
「うわっ!」
疾風があたしたちを部屋の外に吹き飛ばす。
・・・姫さんの魔法?
部屋に戻ろうとするあたしたちの足を、風がその風圧で押しとどめる。
その疾風の音の中、フォルナの声がした。
「時を越えても、わたくしはあなた方の側におります。例え、どのような姿に変わろうとも、あなた方の為に道を示しましょう。」
−−バタン!−−
そして、冷たく扉の閉まる音がした。扉はもはや開くことをしなくなった。
低くうなだれたヒースが悲しそうに呟く。
「僕たち・・・何故ここに来たんでしょう?あの人を救ってあげることもできなかったのに・・・」
「・・・だけど・・あたしたちには、あたしたちの世に戻って、しなくちゃならない事があるんだ。姫さんだって、それを望んでるのさ。・・・ここでは、もう、できることは・・何もないのさ・・何も・・・。」
それ以上、誰も何も言わない。あたしたちは、黙って下へと向かった。
途中のモンスターには気の毒だった。あたしたちのその何処へもやり場のない憤りのさや当てで・・・めっちゃめっちゃのぎったぎた!しっちゃかめっちゃかにやられたのさ。特にランディなんてさ・・・まるで鬼のような顔をして、冥府の王を唱えまくってたよ。

下に戻ると、フォルナのいた部屋でリンが顔を伏せて泣いていた。
「・・・ありがとうございました。マウア様がお待ちのはずです。どうぞ、マウア様の元へ行って下さいませ。」
彼女はあたしたちに気づくと、涙に濡れた顔を上げ、精一杯の微笑みを作った。

奥の部屋でも、マウアがうつむきかげんに座っていた。彼はあたしたちに気づくと、ゆっくりと顔を上げる。
「・・・何も言わずとも分かります。姫様は、ご自分の運命を受け入れられただけ。さあ、元の世界に帰るお手伝いをいたしましょう。」
あたしが口を開けようとしたその時、背後で扉の開く音がした。
そこには、怒りで興奮したような顔のカイルが手に剣を持ち、立っていた。
「何が運命だ!もうたくさんだ!あの人は、戦に負けたというだけの理由で、愛してもいない奴の元に嫁がなければならなかった。来たくもないのに、この地へ来たんだぞ。それなのに、何故、あの人がそんな奴らのために、命を犠牲にしなければいけないんだ?」
「血迷ったか、カイル!?お前は、我ら緑の一族の掟を忘れたのか?」
「説教はやめてくれっ!むしろ遅すぎたくらいさ!あの時、武器を手にしていれば、ユーレイルはザムハンに滅ぼされずにすんだ。そうすれば、あの人も苦しみはしなかった。こいつらをこのまま帰すわけにはいかない!あの人の苦しみは、もう、終わらせたいんだ!」
カイルは泣き叫びながら、その剣をあたしたちに向けて突進してきた。
「ちょっと待っておくれよ!」
そう叫んでも、もはや聞き入れてくれる状態じゃなかった。
・・・あたしたちは、またもや、どうしようもなく、カイルを倒した。
マウアはゆっくりと近寄ると、カイルの亡きがらにそっと手を乗せた。
「愚かなことを・・・このような事をして、姫様がお喜びになると思っていたのか?・・・カイルよ、緑の掟に従い、大地に帰れ。そして、遠き世にて、姫様のご意志に従うがよい。」
カイルの身体はみるみるうちに小さくなり、甘い匂いを漂わす、金色の実に変わった。マウアはそれを大切そうに手に乗せた。
「あ!」あたしは思わず小さく叫んじまった。そうだよ、あのバラだよ。倒したら金色の実になった、あの、中庭であたしたちを襲ってきた・・。・・時を越えても、なお、憎しみが残ってたってことかい?
「どうか、この者の無礼をお許しください。この者はこの者なりに姫様を大切に思っておりました故・・・・」
・・・それはあたしたちの言う言葉・・・殺す必要なんかなかったのに・・・そうするより他なかった後悔と憤り・・・
誰一人として口を開こうとしない・・・・・
「もはや時間がございません。時の法を執り行うことにいたしましょう。あなた方に、緑の恵みがありますように・・・」
その手のカイルの化身を見つめているあたしたちの気持ちなど全く気にしてないかのように、それがしかたのない事かのように、マウアは一切その事には触れず、静かに呪文を唱え始めた。
すると、目の前の景色が少しずつ薄れ、次第に意識が遠のいていった。
不思議な感覚だった・・・身体が空に浮いているような感じがし、混沌とした意識の向こう側で、火柱が立つのを見たような気がした。

 


**続く**


Thank  you  for  your  reading!(^-^)

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