夢つむぎ

その24・時の彼方


 

 めまいがしたように思った後、光は消え失せていて、あたしたちは今まで見たこともない部屋にいた。造りからいって、どうやら塔の中らしい。
「・・・塔の中か?・・だが、一体ここはどの塔の中なんだ?」
ランディが辺りを見回しながら呟く。

「きゃっ!」
目の前にあった扉を開けると、そこに立っていた一人の若い女があたしたちに驚いて叫んだ。
「おっと安心しな、かわいこちゃん。俺は女の子にはとびきり優しいんだぜ。」
ランディはそのどんな女もぽおっとするという、とびっきりの笑顔を彼女に見せる。
その笑顔のおかげかどうかは、知らないけど、とにかく彼女は落ち着きを取り戻した。
「・・・よく見れば、ザムハンの兵士とは全く違ったご様子。でも、この塔の扉はダリウスの魔法によって固く閉ざされているはず。一体、どこからいらしたのですか?」
「あんたに会う為に、時を越えてやってきたのさ。おとぎ話の国からね。」
女殺しの笑顔はまだ続いている。もっともあたしはそうは思わないけどさ。
それを聞いて、彼女の表情がぱっと明るくなった。
「では・・・あなた方が・・・。私はフォルナ様のお世話をしておりますリンと申す者でございます。フォルナ様がお待ちでいらっしゃいます。どうぞ、奥のお部屋までおいでください。」
彼女は奥の扉を開くと、先に立った。
「おい、聞いたか?女が俺たちをお待ちかねだとさ。こいつは、行かぬが損ってもんだぜ。」
・・・はーあ・・・もう、ため息しかでないよ。

回廊の途中に1人の青年が立っていた。その瞳は憎しみをも感じさせる冷ややかな目だった。
「へえ・・こいつらですか?フォルナ様のご意志を継ぐ者というのは。ただのこ汚い無頼者ではないですか。」
「カイルっ!口がすぎますよ!お前はお召しがあるまで下がっていなさい。」
リンにそう言われ、その突き刺すような視線で睨みながら、カイルはあたしたちの横を擦り抜け、回廊を去って行った。
「なんだ、あいつは?生意気な奴だな!」
とことんランディは男には、辛い点をつけるね。
「ご無礼をいたしました。口の聞き方を知らぬ子供ゆえ、お許し下さい。さあ、参りましょう。」
リンは、ていねいに頭を下げると、再び奥へと歩いて行く。
そして、行き止まりになっている扉、その扉を開けると、そこは、豪奢な調度品が置かれた広い部屋だった。
部屋の中央には美しい娘が花のような笑みを浮かべて座っていた。
「ヒルダさん、この人、いつか見た肖像画の女性ですよ。」
ヒースが小声で言った。そう、確かにそうだ。ヤール王の妃となるはずだった姫さんだ。
「ようこそいらっしゃいました。旅のお方。わたくしは、フォルナと申します。理由あってこのザムハンにとどまっております。」
「こちらの紹介はあとにして、教えてもらいたいもんだね。ここは一体どこなんだい?」
「ここはアーケディア城の南東に位置する塔の中。わたくしは、王との婚礼の日までこの塔で過ごすよう、言われております。この塔は緑の結界で守られており安全ですが、今、塔の外では、かつてなかった厄災がこの地に訪れようとしているのです。古えより招かれたものの力によって・・・」
「ふん・・・なるほどね・・あたしたちは、過去に来たってわけかい?ザムハンがあんなになる前の?」
フォルナはあたしの言う事には答えず、あたしたちに微笑みかけながら、自分の言葉を続けた。
「時のかなたを越えていらした方々よ。あなた方にお頼みしたいことがあるのです。」

その時、フォルナの背後に黒い影が現れた。
「きゃあっ!」
「ひ、姫様っ!」
リンが叫ぶ。
影はフォルナを掴みあげていた。それは、あの四剣士の一人、アリエルだった。
「くくくく・・この私が死んだと思っていたか?真に強き者は、収穫だけを得ればよい。お前たちは、実によき案内人となったわ。この女の命が欲しくば、緑水晶を持ってこい。ここにあるのは分かっておるのだ。この塔の最上階で待っておるぞ。」
アリエルはフォルナを脇に抱え、あたしたちが行動を起こす前、一瞬のうちに姿を消した。

「ああ・・なんということでしょう。マウア様の結界のない塔の上の層には、化け物たちが彷徨っているというのに・・・。後生です。フォルナ様をお救い下さい。・・・そうだわ!マウア様なら、何かよい知識をお貸し下さるはず。ユーレイルの緑の宰相、マウア様にお会いになっていただけませんか?マウア様は、この奥の部屋にいらっしゃいます。」
リンは半分泣き叫ぶように、あたしたちに懇願した。
「アッシュ、どうする?俺としては、あの死にぞこないを墓にぶちこんで、あのかわいこちゃんをものにしたいんだがね。」
「やれやれ・・持病が始まったようだね。まったく、進歩しない男だよ、あんたは。」
「なんだ?妬いてるのか、ヒルダ?」
「誰が!?」

リンに案内され、奥の部屋に行った。そこには緑のローブをまとった、かなりの歳とみられる男が座っていた。真っ白な髪と長い髭、男は目を細めてこちらを見、にこやかに微笑んだ。
「ようこそ、おいでなされた。私はマウア。ユーレイルの宰相を努めております。時を越えての旅は、お疲れでしたでしょう。はて、フォルナ様は?」
マウアはあたしたちから、悲しげな表情のリンへと視線を向ける。
「連れていかれちまったよ、アリエルっていう死にぞこないにね。緑水晶とかを塔のてっぺんに持って来いとさ。」
「緑水晶ですと?何故その者は緑水晶のことを・・・?」
驚愕した表情で、マウアはあたしを見た。
「・・・その緑水晶って、なんなんですか?」
ヒースが聞く。
「緑水晶とは、ユーレイルの緑の魔法を司る水晶球のことです。姫様の御身は大事。ですが、緑水晶をむざと邪悪な心の持ち主に渡すわけにもいきますまい。お願い致します、どうか、姫様をお救い下さい。我が一族は、争いを禁じられておるのです。それ故に、自然はユーレイルに味方したのです。姫様のお命をお救いしたくとも、我らでは・・・・」
「いい機会じゃねえか、アッシュ?あの死にぞこないをおねんねさせてやろうぜ。」
・・・ランディの事、本当の目的は、あの姫さんさ、きっと。
マウアはゆっくりと立ち上がると、部屋の奥へ行き緑色の水晶を持ってきた。
「これが緑水晶でございます。もしもの時の為に、お持ちください。塔の上層には、化け物共がおります故、扉を封印しております。カイルに申して封印を解かせましょう。姫様のことはしかと頼みましたぞ。何か困ったことがございましたら、いつでもお寄りください。」
「姫様のこと・・どうか、お願い致します。どうか・・・」
あたしたちは、心配顔のマウアとリンに、必ず助け出すと約束し、部屋を後にした。

上層へ行く通路の扉の前には、さっきのカイルがあたしたちを睨んで立っている。
「・・気は進まぬが、マウア様のご命令だ。化け物共の餌食になって、緑水晶を奪われぬようにしてもらいたいものだな。」
カイルが首にかけていたペンダントを扉にかざすと、それは、ほのかに光を放った。
そして、カイルは、それ以上一言も話さず、きびすを返すとどこかに行ってしまった。
「ったく!本当ににくったらしいガキだぜ。」
・・・なんかすっごく思い詰めてるみたいだったけど・・・・なぜだか知らないけど、あたしたちを憎んでいることは違いなかった。

ま、何はともあれ、例によって、あたしたちには、進むしかない。何となく、重い気分で、2階へと上がった。

「ガルルルル・・・・・・」
「な、なんだい?こんな所に犬でもいるのかい?」
・・・それとも狼・・・?
あたしたちは警戒しながらうなり声のした後方を振り返った。
「ガオッ!」
その途端、数匹の大型犬が、その鋭い牙を剥き飛び掛かってきた。
「ヘルハウンドのようですな。」
ルオンが静かに言った。
「炎も吐きます。お気をつけて。」
・・・炎?犬が?・・・まさか・・と思いつつ、攻撃を交わしながら、剣技を放つ。
「ギャンッ!」
「なんだ、案外あっさりと倒れたじゃないのさ?!」
森の猛獣リンクスと違い、どうやら闇の世界から召喚されたか、ここへ引き寄せられたかの化け物だったらしい。あたしとアッシュの雷鳴の刃で、案外簡単に消え去った。
だけど、その後も別のそいつらが襲ってきて分かったんだけど、ヘルハウンドに噛み付かれるとマヒしちまうのさ。先手必勝だね!だけど、どこから飛び掛かってくるのか、全然わからない。一瞬たりとも気は抜けやしないよ。

「ち、ちょいと・・何だい、あれは?」
グロテスクなもんが集団で飛んでくる。それは、目ん玉の親分、プーピルだった。じろっとその目で見られると、頭がおかしくなっちまって、最初の時、アッシュが混乱しちまって・・・まいったよ!だって、あたしを本気で攻撃してきたんだよ!
・・・今思い出しても寒気がするさ・・・焦点の定まらなくなった目で、あたしに向かって剣を振り上げてくる・・・アッシュのすごさをまともに見たっていう感じだね・・・避けようにもその隙が全くないときてる・・あたしは、覚悟しちまったよ・・したら・・・ランディが庇ってくれたのさ・・・あたしの代わりにランディは・・・・目の前に倒れてる。今ルオンが『奇跡』の術で復活させてるところさ。
えっ?復活剤はって?・・・あれは・・直接飲ませないとだめだろ?ルオンが精神力を使いきっちまってるんなら仕方ないけど・・・何も好き好んで口移しする必要ないじゃないのさ?
プーピルは催眠波も出してくる。まぁ、混乱しちまって仲間を攻撃してくるよりはましだけどね。やっぱりアッシュが寝ちまうと・・・倒すのにちょいと手間どるのさ。混乱した時も寝ちまったときも、奴らを倒せば、効力が消えるから、どっちにしろ、少しでも早く倒しちまうことだね。なんと言っても雷鳴の刃が効きゃしないからね、ちょいと時間がかかっちまう。
それとあいつらの放つ精神波は結構きつい。でもリフレックスシールドやアンクレットのおかげで、随分助かってる。リフレックスシールドは、ダリウスの塔で手にいれたのさ。ヒースとアッシュしか持てないけど、魔法を跳ね返してくれるんで、あいつらは、自分の術をまともにくらうってわけさ。アンクレットは、城西館で手に入れたのさ。女剣士のアンデッド、ピンクのねえちゃんがよく落としていったんだ。こいつは跳ね返しはしないけど。魔法を無効にしちまうんだ。ここにきて、随分アイテムにお世話になってるってわけさ。最初、ランディは女みたいだからいやだ、なんて言ってアンクレットを着けなかったんだけどさ、この塔に来てから、その必要性を切実に感じたらしく、持っていたあたしにちょっと照れ臭そうに着けるから出してくれって言ったんだ。
ま、ランディはいいさ・・結構似合うって感じだからさ。だけど・・・ルオンなんて・・じじいのくせに、「これはいいものを見つけましたな。」なんて言ってさ、手にいれたと同時に自分の足首に着けたんだよ!おげげ状態・・・・・・。みんなも呆れたんじゃないかね、きっと。
今でもルオンの足首にアンクレットがついていると思うと・・・・おぉ、いやだ、いやだ・・・思っただけでもぶるっときちまうよ・・・・。着けてるのが見えない事がせめてもの救いだね。

あと、コールベインなんていうピエロのようなふざけたカッコしてる剣士。外見で判断すると痛い目に合う。剣の腕は結構いい線いっててさ・・・こいつらも雷鳴は効かないし・・なんで紅蓮の刃の剣技は、敵2体のみなんだろう?・・・ランディやルオン、ヒースのなんか敵全体に効くのにさ・・・・。

塔の中は迷路だし・・・部屋の真ん中を横切ろうとすりゃ、くるくる床が回っちまって思う方向に進めないし・・・・・空間感知の魔法で、調べながら進んだけど、結局行き止まりで、また戻ったり・・・・一方通行の扉も多いしね。慎重さと忍耐が重要不可欠さ。せめて感知魔法が、今いる階全て感知できたら・・途中まで行って、わざわざ引き返す事もないのにさ・・。前にも言ったけどね・・・・ないよりは重宝してるさ。
だけど、あの姫さんは、今ごろ、どんなに不安で心細い思いをしてるか・・・・心配だね。
気ばかり焦っちまうよ。

 


**続く**


Thank  you  for  your  reading!(^-^)

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