夢つむぎ

その23・時 の 書


 

 あたしは暗闇の中を浮遊していた。身体の自由が全然きかない。それともこれは意識だけで、身体があるような感じを受けてるだけなんだろうか・・・?何も見えない・・動けない・・ただ空間に浮かんでいる・・・

「ねずみ取りにねずみが引っかかったようだ。復活の儀式の準備が整うまで、そこにおるがいい。お前たちの血を新たな贄として捧げることにしよう。」
いきなりルオンの声が意識に響いてきた。そして、少しの間の後、ランディの声。
「よぉ、アッシュ。最初に断っておくが、俺はあのくそ坊主に負けたわけじゃねえ。むさい男とひからびた死体になるなんて俺様の美学が許さないだけのことさ。・・ヒース、お前もよく覚えておきな。本当に力のある奴ってのはな、ここぞと言うところで実力の出せる奴なんだぜ。」
ランディの意識と繋がってるのか、そう聞こえてきた。
「ラ、ランディ・・駄目だよ!あんたまで死んじゃ・・・!」
あたしは方向さえもわからないのに手を延ばして叫んでた。
何も見えないはずなのに、眩い白い光があふれ出るのが見える。その中心の影は、ランディ・・・そして、光が消えるのと同時にランディの影も消える。その一瞬、ランディがあたしに向かって微笑んだように見えた・・・・・

そして、再びあたしの周りは、何もない暗黒の空間・・・
・・・もう意識も消えかかってるみたいさ・・・・何も考えられない・・・・

「ヒルダ!おいっ、ヒルダってば!」
どのくらい浮遊してたんだろう、あたしは耳元のランディの声で気がついた。
「ランディ・・・?」
目の前のランディは半透明・・・それに、私の浮遊感はさっきと同じ。だけど、身体があるような気がして、思わず腕を目の前に差し出てみた。・・・・それはランディと同じ透明だった。
・・・そっか・・・これが霊体・・魂ってやつか・・・・
「ヒルダ、心配したぞ。ほとんど消えかかってたもんな。」
「消えかかって?」
「そうさ。気をしっかり持ってねえと闇にとけてしまうぞ。」
「闇に・・・・そうだ!ランディ、あんたまで死んじまわなくてもいいだろ?」
いきなりランディが死んだときのことを思いだし、つい叫んじまった。
「・・んなこと言ったってしょうがねえだろ?あの場合、そうするしか手はねえんだからな。それに・・・」
「それに?」
ランディの顔があたしの顔にぐっと近づいてきた。
「お前がいないあの世なんて・・未練はないさ。」
あたしはさっとランディの顔を避ける。
「全く!死んでもその性格は治らないんだね!その手にはのらないよ!」
すかを食らってランディは少し怒った顔をしている。
「・・・あのなあ・・・・」
「何?」
「俺たちは今、霊体なんだ。」
「だから?」
「だから・・・魂と魂で触れ合ってるんだぜ。嘘はつけないってことさ。」
そう言えば、肉体はないんだから、声を出して話してるわけじゃない。これは、心の声。魂と魂の会話。
「・・・・・・ってことはだね・・・あたしは心底あんたを疑ってるってことになるのかい?」
「・・・なんでそういう結論を出すんだ?・・・ったく、お前って女は?」
「ははは・・かわいげがないだろ?」
「そう思ったかもしれないな・・・生きてるんなら。」
「?・・・どういう意味だい?」
「今はよく分かる。肉体というベールがないからな。お前が・・単に照れてるだけだって事が。」
「じ、自分の都合のいいように解釈しないでおくれよ!」
「照れるなって。もっと自分に素直になれって・・こんな時くらい・・」
「ラ、ランディ・・・?」
「ヒルダ・・・」
ランディの顔が少しずつ近づいてくる。今度は・・避けようとは思わなかった。

「えっ?」
無意識に目を閉じていたあたしは、なにかがすり抜けていったような感じを受けて目を開けた。
「・・・ぶっ・・・あははははっ!け、傑作だよ!あははははっ!」
もう、これ以上のおかしいことはないだろうさ!そう、霊体なんだよ、あたしたちは!口づけするつもりが・・するっとお互い通り抜けて・・・・はははははっ!
「ちぇーっ!」
ランディが口を尖らしている。
「ったく・・・・せっかくのチャンスだったってのによ!なんでこんな時に身体がねえんだ?」
「残念だったね、ランディ?」
もうおかしくて涙が出そう・・・
「ヒルダ・・・」
真剣な眼差しであたしの前に立つ(といってもお互い浮かんでるんだけど)ランディに、あたしの笑いが止まった。
「手さえ触れれないのなら・・・それなら・・・」
「・・・それなら?」
「せめてこうしてお前の傍に・・・もし、生まれ変わる時があるんなら・・その時、近くに生を受けれるように・・・」
「ランディ・・・・」
・・見つめあったまま時が過ぎていった。静寂の中、お互いの想いだけを感じて。
・・・このまま闇に溶けてしまうのか、少しずつ意識が薄れていく・・・

−−ポロロロ・・ポロン・・ポロン・・・・−−
やさしい琴の音と歌声に、ふと消えかかっていたあたしの意識が再び甦る。
「ヒルダ!あれ!」
ランディの見つめる先、そこには、白い光が見えていた。
引き付けられるように、あたしとランディはその光目指して走った。(正確には飛んだんだけどね。)
近づくと、光の中にあたしとランディの身体があるのが分かった。
・・・戻れるんだ!生き返れるんだ!
「こうやって見ると、やっぱ俺っていい男だなあ・・、そう思うだろ、ヒルダ?」
「あはは!何、バカな事言ってんだよ?このナルシスト!」
「事実なんだからな、しょうがねえだろ?」
「勝手に言ってなよ!」
「お前もな。」
「・・・・・」
「じゃな、ヒルダ、肉体に戻ってから会おうぜ。」
「ん!」
ランディと笑みを交わす。
「そんとき、さっきの続きな!」
ランディがウインクする。
「ははっ!覚えてたらね!」
あたしは、自分の身体に向かって直進していった。

「ヒルダさん!」
「ヒース!」
あたしは、顔を覗き込んでいるヒースを、起き上がると同時に思わず抱きしめた。
「おい、抱きつく相手が違やしないか?」
ランディがぶすっとした顔で突っ立っている。
そして、ランディの足元にはアッシュが倒れていた。身体中ずたずたに引き裂かれたとみえ、衣服はそこら中が裂かれたまま。きっと怪我はヒースの歌で治したんだろう。後は、あたしたちのように魂が戻るのを待つばかりというとこらしい。
「アッシュ!」
あたしは急いで駆け寄り、顔を覗き込む。

「う・・・・」
しばらくして、アッシュはようやく気がついた。
「よっ、大将、遅いお目覚めじゃねえか?」
事の成り行きをまだ理解しかねているのか、アッシュは不思議そうな顔をしている。
「多分、あたしたちもあんたも同じところにいたのさ。竪琴の音とヒースの歌が聞こえてきただろ?とっても素敵な音楽が?」
「ああ。」
アッシュの視線があたしからヒースに移る。
「みんながいなくなって出来ることを考えたんです。でも僕は歌うことの他にできなくて・・・」
「ヒース・・風の竪琴はどうしたんだ?」
アッシュのその言葉と視線であたしは今ごろ気がついた。そういえばあたしが気がついたとき、すでになかった・・・いつも大事そうに抱えているはずの竪琴が。
「消えちゃったんです。白い光と共に。でも、いいんです。手に入れた時に夢は終わってしまう。僕はまた夢を見ることが出来るんです。ユリウスさんだってきっと分かってくれると思います。」
「そうだね・・そうだよ!」
ヒースは本当にいい笑顔をしてる。
「それにしてもあのくそ坊主!礼は倍にして返してやらなきゃならねえな!」
みんなの無事にほっとすると同時に、ランディが忌々しげに吐く。
「悪いのはルオンじゃなく、ダリウスとかいう魔導士の方だろ?」
「だが、あのくそ坊主をやらなきゃ、あいつも死なねえんだぜ?どの道、あいつとは決着をつけなくちゃならねえんだ。」
・・・それは・・そうなんだけど・・・・・・・・
とにかく進もう・・道はそれしかない。後は、あたって砕けろってことさ。こうなったらとことん突き進むしかないのさ!・・だけど・・本当にルオンをやっつけれるんだろうか?・・・アッシュの攻撃も全く受けつけなかったというじゃないか?こりゃ、もう一度死を覚悟しなくちゃならないね・・・
迷路のような塔の中を駆け回りながら、敵と戦いながら、その思いは確実に膨らんでくる・・・・・だけど・・やるっきゃないっ!

「忌々しいことよ。マイスターの入れ知恵を受けておったか!だが、もはや力は残っておるまい。お前たちの相手にはこれが相応しかろう。身の程を知るがよい。」
その扉を開けた途端にルオンの声が響いた。そして、再び闇の魔導士がわんさと襲ってきた。
「身の程を知るがよいって、そいつはお前の事だろ?」
ランディはもう怒り最高潮!さっさと一掃しちまったよ。
そして、その奥の扉の前に進む。
「奴さんの慌て振りを見ると、どうやらこの扉の向こう側ってわけだな。」
しばらく静寂があたしたちを包む。アッシュとランディがあたしを見ている。まるであたしだけ帰れとでも言ってるように。
「あたしも一緒に行くよ。かまわないだろ、ランディ?」
あたしはランディに近づくと、目をまっすぐ見て自分の強固な意思を伝える。
ここで別れちゃ、今まで一緒だったのは、一緒に苦労したのは何だったんだい?例え死が待ってたとしても・・・一緒に行くさ!でなきゃ女がすたるってもんさ!
「なんだ?何処までも俺について来たいってか?」
「もう!ちゃかすんじゃないよ、ランディ!」
ぐっと睨み付ける。冗談言ってる場合じゃないんだ!
「・・・さっきの続きじゃねえが・・どうだ?ここらで本気で俺といっしょになるって話、考えてみねえか?」
しばらくあたしを見つめてた後、ランディは真剣な眼差しで言った。
「あはは!なんでそうなるんだい?」
恥ずかしさも手伝ってか、それがあたしの口からでたセリフだった。
「リスクが大きすぎだね!生きていたらゆっくり考えさせてもらうさ。それにさ、ランディ・・どうせなら、そういう事はもっとムードある時に言ってほしいもんだね。あたしだって一応、女なんだからさ。」
「そうさな・・じゃ、生きてたらゆっくりと2人っきりで、ということにしとこうか?・・・だけどよ、その時になっていやだなんて言うんじゃないだろうな?」
「さあ・・・・?それに、今だっていいとは言ってないだろ?ま、その時になってみなきゃ、わかんないさ。」
あたしは悪戯っ子のように笑った。
「ったく・・こいつは!」
あたしの額をチョンとはじくと、ランディは苦笑した。
「行くぜ。」
緊張感の中、ランディがゆっくりと扉を押し開く。と、部屋の中から激しい風が吹き荒れ、あたしたちはみんなその風に巻き上げられ、部屋の中へと叩きつけられた。
部屋の中には、思った通り、ルオンが立っていた。だけど、ルオンの顔は死人のような土気色をしていて、目だけが異常にぎらぎら輝いている。
その目に見つめられ、思わずぞっとしちまった。
「結局の所、俺たちは運命共同体らしいな。このくそ坊主からは逃れられないって事か・・・。」
ランディがあたしを引き起こしながら呟く。アッシュもヒースもすでに立ち上がって、いつでも戦える状態さ。
「英雄気分に酔っておるらしいな。だが、思い出してみるがよい。この地に来る前の自分の姿を。お前たちは無力なのだ。目の前の苦しみと戦い得ることもできずに死んでいくのが相応しい生き方なのだ。」
ランディがルオンの姿のダリウスに歩み寄る。
「だが、俺様にもやりてえことはあるぜ。死体の上に乗っかって天下を取った気でいる貴様をぶっ殺すことさ。」
「これ以上話すのも無駄な労らしい。私の前より、永遠に消え去るがよい!」
「その言葉、そっくりお前にかえすぜ!」
ダリウスとランディは同時に両手を広げると、お互いに魔力を集中させ始めた。
その時、アッシュが手にしていた剣が白い光を放つ。
アッシュがダリウスに突進していく。白い剣はまるでアッシュの一部と化したかのように見える。
あたしもぐずぐずしちゃいられない!できる限りのことはしなくちゃ!
すばやく剣を抜くと技を放つ為に力を溜める。
ヒースが歌い、あたしたちは、一斉攻撃を開始した。
「やあーっ!」
「我は指す冥府の王!」「紅蓮の刃!」
勿論、ダリウスの繰り出す精神波は物凄い衝撃だ。あたしなんて簡単に吹き飛ばされちまう。癒し手がいないってのは本当に苦戦するね。もっとも、みんなどっさり回復剤を持ってるけどさ。おかげで所持金は底をついちまったよ。ハハハ・・・

白い光の剣を一太刀受けたダリウスは、あたしたちの攻撃も確実にその身に受けるようになった。
そして、多少長く感じた戦いの後、そこには、むごたらしいルオンの死体が転がっていた。

「なかなかの健闘だったぜ。お前にとっちゃ、面白くない結末だったろうがな。」
「ランディ・・そんな言い方ないだろ?」
「へん・・・」
アッシュがその亡きがらを持ち上げようとした。だけど、まるで石のように重くて持ち上がらない。
「これじゃ置いてくしかないね。」
「こんな奴、ずっとほかっておけばいいんだって!」
ランディが苦虫を噛みつぶした顔で呟く。だけど、悲しそうな感じもその表情から見受けられる。
根っから恨んでるわけじゃないってことだね。そりゃそうさ、口が悪かったとは言え、一緒にここまで来た仲間なんだから・・・・・。

その部屋の奥にあった扉から行ったところで魔導書を見つけた。けど、あたしたちじゃさっぱり読めない。持ってこようと思ったんだけど、それは、そこから出せれないように術でも施してあるらしく、駄目だった。それと、古びたカンテラが大事そうにしまってあった。こんなもの何に使うんだろ?と思ったんだけどさ、大事にしまってあるってことは、何かに必要なんだろう、と判断して、一応、いただいておいた。

そして、ルオンのむごたらしい死体をそのままにして、そこを後にした。すっごく後味が悪かったけど。で、1階の開かなかった部屋で、なんとあのサークレットを見つけたんだ。そしたら、いきなり頭ん中にラスムスの声がして、それを、倒れたルオンの額にはめろって言うんだ。わけが分かんなかったけど、またダリウスの部屋まで上がってきたのさ。

ルオンの死体を前にして、ランディはサークレットをその手でもてあそんでいる。しばらくして、ようやくルオンの額にそれをはめた。
「俺はダリウスとかいう魔導士と戦ったんだ。お前の始末は後でゆっくり考えるさ。聞こえてるか?くそ坊主?」
・・・ランディらしい台詞だね・・・。
額のサークルはきらきらと輝き、やがて吸い込まれるように消えた。すると、ルオンの身体中につけられていた悲惨な傷が癒され、すっかり無くなった。
静かにその目が開かれる・・ゆっくりと起き上がると、ルオンは2、3度軽く頭を振り、そしていつもの表情に戻った。
「形通りの礼は申し上げておきましょう。あの魔導士と私は、相性がよかったのですよ。まあ、余計なお節介とまではいいませんがね。」
いつもの嫌味を含んだ笑みでそう言ったルオンに、頭にきたのはあたしだけじゃない!
「こ・・・この・・くそ・・坊主ぅっ!」
ドッカァァァァン!火山はもう大噴火!怒りに燃えたランディが拳を震わせてルオンの前に出る。
「勝手に言ってな!誰もあんたに恩を売ろうなんて思っちゃいないさ!」
今にもぶん殴りそうなランディと、そんな事もどこ吹く風とばかりに素知らぬ顔をしているルオンの間に入り、あたしはなんとかランディのそれ以上の行動を阻止した。
だけど・・散々悩んだ事や今までの心労はなんだったんだい?頭にきてるのはあたしも一緒さ!・・・ほ・ん・と・う・に・・・く・そ・坊・主!!
さすがのアッシュもむっとした表情を、ほんの一瞬だけど見せた。

「軍神についての禁断の書だそうですよ。どうです?読んでみますか?」
奥の部屋で、ルオンは例の本を読んでくれた。だけど、まるで知っているかのようなルオンに、あたしはなんとなく危機感を覚えた。
『至高の力を求めし者 青き炎を携え 神の国への道をたどれ
 最も気高く美しい獣を この世にもたらせ
 赤き河は 高き扉を押し開くだろう そして 唱えよ・・・』
そこまでで文は途切れているらしい。

 そして、次は何をするべきか・・再びあたしたちは知識の間のマイスターに会いに来た。
マイスターの瞳には、どことなく悲しげな表情が浮かんでいるように思えた。
「ダリウスは・・・倒れたか・・。愚かな男よ。あれはあの折りに死すべき者であったのだ。これでようやくラスムスの真の意志を、お前たちに伝えることが出来る。いいか、よく聞くがよい。知識の間の奥に時の書と呼ばれる魔法の書を納めた一室がある。今こそ、あの書物の紐をとくがよい。時の書はお前たちに過去を教え、今を示そう。さあ、行くがよい。行って己の存在の意味を知るがよい。」
「存在の意味?ここに呼ばれた意味かい?」
「そうだ。存在の意味、己の運命だ。さあ、行くがよい。時の書の力を借り、この城の古く悲しい記憶を見てくるがよい。」

 時の書の間、その部屋の台座の上には1冊の白い本が置かれていた。
閉じられていたその本はあたしたちが近づくと、ひとりでに開き、本から眩いばかりの虹色の光が放たれた。その光は徐々に広がり、ついには部屋中を包み込んだ。その光の中、あたしたちは一瞬、意識が遠のくのを感じた。

 

**続く**


Thank  you  for  your  reading!(^-^)

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