夢つむぎ

その21・異 空 間


 

 暗闇が裂け、気づくとあたしたちは、生まれてこの方見たこともない場所に立っていた。
「ここは・・・何処だい・・・?」
「さあ・・・何処なんでしょう・・?」
ヒースが不安気に応える。
「お〜星さ〜ま、き〜らきらってか?・・・なかなかしゃれたとこに飛ばしてくれたじゃねえか?ルオンの奴?」
「やったのはルオンじゃないだろ?ルオンにとりついたダリウスとかいう奴だよ!」
「どっちでもおんなじじゃねえのか?違和感が全くなかったぜ。顔つきは除いてよ。」
「・・・と、とにかく出口を探さなくちゃ・・」
「でも、出口なんてあるんでしょうか?」
「入って来たんだから、あるだろ?」
「ルオンのやったことだろ?空間を裂いて、ここへ飛ばしたんだ。奴にしかできない事じゃないのか?」
「だから・・ルオンじゃないってば!」
「馬鹿に奴の肩を持つんだな・・。」
「だって・・仲間に違いないだろ?」
「まあな。・・そんじゃダリウスがやったとして・・・結局一緒じゃねえか?出られないってことにゃ変わりはねえよ。」
ランディは大げさに手を広げて肩をすくめる。
「・・・だけど、じっとしてても何だろ?」
「そうだな・・・」
ランディは改めて回りを見回す。
「ちくしょう、あのくそ坊主め!ただでさえたちが悪いってのに、この仕打ちかっ!」
あたしも同感だけどさ・・・どうしたらいいものかね?満天のお星様ってのはなんともムードがあるけどさ・・・星の光だけが頼りの暗さ。どこまでも続く荒野・・「ったく・・・何処まで行っても同じ景色じゃねえか?」
ランディが悪態をつくのも分かる。自然と焦りが出てくるってもんさ。

それからどのくらい歩き回っただろう・・・出口らしきものは何処にも見当たらない。ワープはするわ、化けもんはいっくらでも出るわ・・それもアンデッド系の強い奴とくる・・全くまいっちまうよ!雷鳴の刃の技が効かないから紅蓮の刃で二匹ずつ攻撃するか直接攻撃しか手はないしね。ま、ランディとヒースは敵全部に効く呪文や歌があるけどさ・・・一番の痛手は、やっぱり癒し手がいないってことかな?ルオンのくそ坊主でもいてくれないと、結構困るって思い知らさせちまったよ。ヒースの持ち歌の中には回復の歌もあるんだけど・・仲間は回復してもヒース本人は回復しないからね・・あまり歌わせたくないし・・。ユーリアスタッフじゃ一度にぁあまり回復しないしさ。一人ずつだし・・・・ちょいとやばいのさ。回復剤も随分減ってきたしね。ランディの守護方陣で結界を張ったり、ヒースのノクターンの歌で化け物どもが近づけないようにしたりしてるんだけど。・・・休憩ばかりってわけにもいかないし。
「どうせなら、満天の星空の下、ヒルダと二人っきりだったら、ムードもあってよかったのにな。」
尻軽兄ちゃん、ランディは、いつもと変わりないけどさ。
・・ああ・・いったいいつになったらここから出れるんだろう・・・のんびりお湯にでもつかりたいよ・・・・もう埃だらけだよ。

「ん?」
先頭を行くアッシュが何かに気づき歩みを早める。
そこには温和そうな初老の男が目を細めてこちらを見ていた。男はにっこり笑うと話しかけてきた。
「ほぉほぉ、驚いた。お客がみえるとはな。わしの名はラスムス。しかし、珍しい事よ。このような地に他の者が来るとは思わなんだ。」
「よほども何も、仲間の気が狂っちまったのさ。自分の事をダリウスとかほざきやがって。挙げ句の果てがこのざまだ。」
ランディが警戒しながら男に言う。
「・・・ダリウスだと?」
男の顔が曇った。
「・・あの魔導士め!性懲りもなく生き延びておったのか・・・」
「あんた、ダリウスってのを知ってるのかい?」
「ダリウスとは我が終生のライバルよ。わしがここのおるのもあいつの仕業。不覚にも奴の策にはまってしまった為にな。」
「終生のライバル?」
「ああ、そうだ。わしとダリウスは共に王の補佐としてザムハンを栄えさせていくはずだった・・が、奴は己が力に酔い、王をそそのかして古えの荒ぶる神の一人を召喚しようとしたのだ。いかなる者にも力と栄光を勝利を与える神だ。だが、あまりの気性の荒さゆえ、古えよりその召喚は禁断とされ、わずかな者を除き、存在すら知らされてなかった。王はあまりにもお若かった。そこへあのダリウスめがつけこんだのだ。その後の災いの事は・・・この異次元にあっても、かすかに感じておった。ユーレイルの姫もお可哀相なことをした。」
「ユーレイルの姫?」
「ああ、そうだ。王の妃となるはずだったユーレイルの巫女姫であられるフォルナ姫だ。」
「その姫さんがどうしたんだい?」
「自らの命をかけてその軍神を封印なされたのだ。」
「命をかけて・・・」
『乙女の心は鋼より強く、その光は名剣に勝る・・』・・・あたしはユリウスの歌を思い起こしていた。
「ダリウスが甦ったのが事実であれば、性懲りもなくあれの復活を再び試みよう。この場にいることが今となっては口惜しい。」
男ははがゆそうな表情で俯いた。
「ラスムスで思い出したんですけど・・」
「何をだい、ヒース?」
「ええ、ラスムスの間ってところで手にいれた鏡、ありましたよね?あれってもしかしてこの人の物では?」
「・・そうだ・・そうかもしれないね。確かあたしの袋ん中に・・・」
あたしは鏡を袋から取り出すと、沈んで俯いたままの男に渡した。
「これ、ひょっとしてあんたのかい?」
鏡を見た途端、男の瞳が輝きを増した。
「・・・この鏡はまさしく我が力を宿した鏡。・・おお、なんという導きであろう。これがあれば現世へ通路を渡すことができる。」
男、ラスムスはすっと立ち上がると威厳のある力強い声で言った。
「現世へ戻るがよい、旅人たちよ。困ったことがあらば知識の間のマイスターを訪ねるがよい。助言を施してくれよう。」
「待ちなよ、じいさん。あんたはどうするつもりだよ?」
ランディの質問にラスムスはほほ笑んで答えた。
「わしの事は案ずるな。ザムハンが滅びたとき、わしもまた死んだのだ。だが、わしはもはや王を恨んではおらぬ。あれは来たるべくして来たものなのかもしれぬ。」
視線をランディからアッシュに向け、ラスムスは厳しい口調で諭すように言った。「だが、この先を決めるのは、お前たちだ。そのこと、しかと心に止めよ、アッシュ。」
「あの、一つだけお聞きしたいことがあるんです。ダリウスって人に身体をのっとられた人は・・元に戻れるんですか?」
ヒースが心配気な顔で聞いた。
「案ずるな。人の中にある意志とは強固なもの。もし仲間を取り返したくば、ダリウスの中の仲間に語りかけるのを忘れぬことだ。」
「はい。わかりました。」
「では・・」
ラスムスは鏡を手にすると、ひとしきり何かの呪文を唱えた。それは聞いた事のない呪文だった。
すると、鏡が向けられた方向にまばゆい光が現れ、あっと思う間にその光はあたしたちを包み込み、気づくと城の1階のラスムスの間に戻っていた。
「おっ、後ろにあるこの鏡、見覚えあるぜ。城の1階の鏡の間だな。どうやら無事戻って来れたみたいじゃねえか。」
「ああ、そうだね・・じいさんはそのままだけどさ・・・」
「仕方ないですね。あの人は覚悟してるようでしたし・・」
「おっ、ぼうず!知った風な口きいちゃってよ!お前もようやく一人前になったってか?」
「およしよ、ヒースをからかうのは!で、どうする、アッシュ?できたらあたし一旦町に戻って、宿に泊まりたいんだけどさ・・埃だらけでたまんないんだよ・・先を急ぐべきだって事は分かってんだけどさ・・駄目かい?」
「そうだな・・懐も多少余裕ができたし、回復剤や復活剤も仕入れた方がいいんじゃないか、アッシュ?」
「ああ。」
アッシュが短く答えると、ランディは空間転移の魔法を唱えた。

町へ戻るのはなんだかずいぶん久しぶりのような気がする。アッシュはいつものごとく、律儀にもまず村長のところへ行った。
「ついにあのヤール王を倒されたようですな。これで封印されたものにさらに近づけましょう。我らも安堵しておりますぞ。しかし、あなた方があれに近づくのをよく思わない者はあの城の内にいくらでもおるはず。ゆめゆめそのような者どもにお心の内を乱されぬよう、お気をつけくださいませ。我らだけがあなた方の味方。どうぞそれをお忘れなきように。」
「アッシュ、妙だと思わないかい、ここは?いくら狂った王だったとはいえ、王が死んでこんなに平静だなんてさ。それもあたしたちにそれを望んでたみたいじゃないか・・・。それにさ、あの王も邪魔はしてくれたけど、気が狂っていたようにはみえなかったよ。自分の過ちを悔い、軍神の復活を阻止しようとしてただけなんだよ・・・そうだろ?」
「・・・・・」
「どうなってんのやら、この町はよ?さっぱりわかりゃしねえぜ。でもま、結局は行き先が決まってるみたいだが・・まずは、あのくそ坊主をやっつける事だな。」
「そうだね。そうなるんだろうね・・・でも・・・」
でも、ルオンは一応仲間だろ?・・そう言おうとして口を噤んだ。分かってる事だしね・・・。

その夜、あたしは城であったことやルオンと戦わなくっちゃならないこと、それと相当強敵らしいダリウスの事などを考えて、ついつい杯を重ねてしまっていた。多分メーターは随分上がっていただろう・・その酔いの勢いで、あたしはアッシュに迫りまくってた・・・ような気がする・・・・。

朝の日差しが窓からベッドを照らす。そこはちょうどあたしの顔。
「う、う〜ん・・・まぶしいなぁ・・朝・・・?」
−−ズキン!−−
起きようとした途端、雷のような激痛が頭を走る。
「痛っ!・・・」
どうやら二日酔いらしい・・・あたしとしたことが・・
そう思い、起き上がろうとして、すぐ横にある温かい感触にびくっとした。
まさか・・・そう思いながらも、横を見れない。
「なんだ?もう朝なのか?」
まだ少し眠そうなその声は、確かにランディの声・・・アッシュではなく・・あのランディの・・・。
さあっと血の気が引いていくのが分かる。同時に、ようやく頭が働き始めた。
そして、ようやく気づいた。自分がその身に何もつけていない事を!
・・ちょ、ちょっと待っとくれ・・昨夜は・・・
あたしは必死で昨夜のことを回想していた。酒場でみんなと呑んでいたこと。それもかなりの量。それと・・いくらアッシュに迫っても反応がないんで、頭にきて、一段と呑んでしまったこと・・・まったくあの朴念仁!据膳喰わぬは男の恥って事知らないのかね?・・・まぁ、今はそれは、置いといて・・・それから・・・・?
そうだ!それで、酔いつぶれちまって・・・・誰かがあたしを部屋まで運んでくれた。・・・ん、そうだ!ふわふわ、ゆらゆらと誰かの腕に抱えられて、気持ちの良かったのを覚えてる・・・それから・・・?それから・・・
あたしは必死で考えてた。
・・・思い出した!・・あ、あたしは、それがアッシュだと思い込んじまってて・・・・じ、自分からベッドに・・誘っちまった・・・んだ・・・。泥酔していたとは言え、な、なんて事をしちまったんだい?!・・そ、そりゃ、あたしだって何も初めてっていうわけじゃないし・・そんな事はいいさ・・だけど・・・相手が・・・
「どうしたんだ、ヒルダ?」
横のランディが起き上がる。
「べ、別に・・・」
あたしはまだ横を見れないでいる。上体を起こし、シーツでしっかりと身体を包んで硬直したようになったまま。
「ルオンの事でも考えてるのか?まあ、あまり気にするなって。あいつの事だ、案外ダリウスを倒すとけろっとして元通りになるかもしれないぜ。」
「そ・・そうだよね・・・」
「それはその時として・・・」
ランディはあたしの顔に手をかけ、ゆっくりと自分の方に向けると、その顔を近づけてきた。
「ヒルダ・・・」
途端に、昨夜のことが記憶と共に鮮明に脳裏に写った。
ランディの顔・・時には緑にも見えるやさしそうなその青い瞳、熱い口づけと抱擁・・・確かに、身体が覚えている・・・・まるで異空間に漂っているような感じがしてた・・・・それは、酔いのせい・・・・?
−−バッシーーーーンッ!!−−
恥ずかしさと怒りで、あたしの手は勢いよくランディのその横顔をひっぱたいていた。
「っいってえなぁ・・・・何すんだよ、ヒルダ?」
驚いてランディは叩かれた頬を抑える。
「・・・・」
あたしはランディにそっぽを向け、シーツにくるまったまま横になる。
「おい、ヒルダ?!」
あたしのその行動に驚きながらも、心配した声でランディはシーツの上からあたしの肩に手をかける。
−−ズキン!−−
急に動いたせいで、またしても雷が頭の中を走る。
「痛っ!」
思わず頭を抑える。
「なんだ・・ヒルダらしくもない、二日酔いか?・・・にしても叩くこたないだろ?ったく・・昨夜の従順なヒルダは何処へいっちまったのか・・・」
仕方ないという顔をして、ランディはぶつぶつ文句を言いながらベッドを離れ、身支度を始めた。

−−リン、リン−−
廊下から朝食の支度ができたことを知らすベルの音が聞こえる。
「もうそんな時間か?・・先に行ってるぞ、ヒルダ。」
−−ギィ・・・バタン・・コツコツコツ・・−−
扉を開け、ランディが階下へ下りていくのを確認してから、あたしは、もそもそと起き上がる。
・・・ったく!ヒルダの大馬鹿やろうっ!!・・・
二日酔いによる酷い頭痛と自分の最悪の失態に、どうしようもない怒りを覚え、自分を罵っていた。
金輪際、酒は呑まない・・もとい!深酒はしないゾ!と決心しながら・・・・



**続く**


Thank  you  for  your  reading!(^-^)

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