夢つむぎ

その20・選ばれし者


 

あたしたちは、再びあの女の子のいる部屋の前に来ている。ユリウスが行ってしまったと涙顔で怒ってあたしたちを追い出した女の子。このオルゴールで少しでもあの子の寂しさが和らげばいいんだけど・・・。
−−ガチャ−−
「もうっ!おじちゃんたちまた来たの?出てってよ!ユリウスをいじめる人なんか嫌いっ!出てってってばあ!」
女の子は再び竜巻であたしたちを追い返そうとその両手を合わせた。あたしはオルゴールを急いで取り出すと、少女に近寄りその蓋を開けた。
オルゴールの静かな調べが部屋中に響く。
その調べを聞いて少女は金縛りにあったかのように呆然と立ち尽くしている。
「これ・・ニーニャちゃんのでしょ?」
大粒な瞳から涙が溢れでて、少女の頬を伝い始める。
「・・・ママ?・・・ママなの?・・ママ、そこにいるの?ニーニャ、寂しかったんだからぁ・・・」
そう言うと、少女はオルゴールに向かって走り寄ってきた。
「えっ?」
てっきりオルゴールを抱き締めると思ったあたしは驚いた。少女は、すうっとオルゴール吸い込まれていったから。
「・・・・やっぱり、あの女の子の霊だったんだね・・・。」
「そうですね・・これであの子もやっと帰る場所がみつかったんですね。お母さんのオルゴールの中に。・・・よかった。」
「そうだね。」
「くくくくく・・・先ほどまでいやがらせを受けていた亡霊に同情ですか?都合のいいもんですな?まったく皆さん、お優しくなったものです。」
「な・・何もそんな言い方しなくても、・・・。僕はただ・・・」
「気にするこたあないさ、ヒース。ルオンのいやみは今に始まったことじゃないさ。・・・ただね、この中はきれいごとだけじゃやってけないってことは、今までで骨身にしみて分かっているだろ?」
「・・・そうですね、酷いけど・・でも・・そうですね。一体ここは僕たちに何を望んでいるんだろう・・・?」
「何を望んでいるか分からないけどさ・・あたしたちは進むしかないんだよ。」
「そうですね・・・」
「亡霊の仲間入りしないように気を引き締めることですな。甘さは禁物です。」
「そんな事言われなくっても分かってるよ!」
・・ったく・・ホントにいちいちルオンは!頭にきちまうよ!
−−ガチャ−−
扉を開ける音ではっとした。アッシュは早くも奥の扉をくぐっている。あたしたちは急いでその後に続いた。

迷路のような通路をあちこち彷徨い、それでもなんとか四階まで辿り着く。そこは前上がった階段からと一緒の注意書きがあった。壁の側を通ると下へ落っこちてしまう。あたしたちは感知魔法で調べながら一歩一歩慎重に進んだ。途中、安全な通路の役目を果たす部屋の扉を開けると、そこには風が吹いてて、その風にのって塔の一階で聞いたあの歌が聞こえていたんだ。そしたら、あのオルゴールが突然鳴り響いた。歌は止み、静かになった。多分あの女の子がお礼のつもりでそうしたんだよ。道を教えてくれたんだろうね。いじらしく思えちまったよ。

そして、ようやく風の塔の最上階、中央の部屋へとやってきた。
部屋の中では一人の色白の青年が竪琴を抱き、それを奏でながら遠くを見つめていた。あの歌の主らしいことはすぐ分かった。青年はあたしたちに気づくと手を止めその美しくも悲しげな顔をあたしたちに向け、じっと見つめた。
そして、あたしの手にあるオルゴールに気づくとふっと悲しげにほほ笑んだ。
「それは、ニーニャですね。あの娘の魂は救われたのですね。よかった・・・」
それはあの歌と同じ声。不思議な余韻をかもしだす透き通った青年の声だった。それはまた悲しみの韻も含んでいる。まるで魂に染み込んでくるような不思議な声だった。
「どうやらこの塔に亡霊を呼び込んだのはあなたらしいですな。あなたの竪琴の音は呪いの音がしますからね。」
ルオンがいつもの調子で言った言葉にあたしは少なからず驚いた。
「なんだって?」
ユリウスは肩から竪琴を下ろし、より一層悲しげにうつむいた。
「おっしゃるとおりかもしれません。竪琴弾きは純粋な心を保たねばならないのに私は、己の運命を怨むことのみに琴の音を動かした。私の竪琴の音が塔の下に眠る死者たちを操り、かつて私が歌った反歌は呪いの歌となり、そして、ニーニャのような娘を呼び覚ましてしまった。・・・返す言葉もございません。私のしたことは王たちと何ら変わりはない。ああ・・いっそ私も消えてなくなりたい・・・」
ユリウスの姿は急に薄れ、見えなくなってしまった。
「ま、待って下さい、ユリウスさん!僕は風の竪琴のことで聞きたいんです。でてきてくださいよぉ。」
ヒースが慌てて叫ぶ。
「なんだい!女々しい男だね!あんたが今更隠れたところでどうなるもんでもないだろうに!」
・・頭に来てた。ああいううざったらしい男は一番嫌いなんだよ。平手でもくらわせたくなっちまうよ。済んでしまったことは仕方ないさね。要は、これからできることを考えなくっちゃ。
部屋の中はユリウスのすすり泣く声がまるで風のようにこだましている。
「・・ったく!どうしようもない奴だね!伝説の竪琴弾きだかなんだか知らないけどさ・・だらしのない!」
ヒースが何を思ったのか自分の袋から地下墓地で託された土笛を取り出すと、静かに吹き始めた。
すると、再びユリウスがその姿を現した。
「・・・ローランの土笛の音・・・。どうしてあなたがそれを?」
じっとヒースを見つめるとユリウスは言った。
「地下墓地で彷徨っていた亡霊にもらったんです。ユリウスさん、あなたの友達だったんでしょう?あなたのことをとても心配してましたよ。」
「そうですか・・ローランが・・・。ローランがその笛を託したのなら、あなたはさぞや腕のある詩人なのでしょう。ならば・・これをお持ち下さいませんか?もはや私には不用のものです。」
ユリウスは大切に抱えていた竪琴をヒースに差し出した。
「あなたにこの竪琴・・・風の竪琴を継承します。ただし、この竪琴は弾く者の心に反応し、いかなる技を持ってしても、心がなければこの竪琴の音は鳴ることはありません。しかし、あなたなら大丈夫でしょう。ローランの土笛をあれほど見事に吹いたのだから・・・。」
「そ・・そんな・・僕は・・・僕にはそんな・・・・・」
ヒースに竪琴を手渡すとユリウスは満足げな微笑みをたたえて消えていった。
ヒースは震える手で竪琴の弦に触れてみる。が、弦は音を醸し出しそうもない。
「・・・駄目だ・・僕にはとてもこの竪琴を弾きこなすなんて事は・・・。」
「ま、今のお前じゃ無理なんじゃねえか?自分の腕を全く信じちゃいねえもんな。そのままじゃ一生無理かもしれねえぜ?」
「ランディ、何もそこまで言わなくっても・・・」
「へいへい・・ヒルダは坊やびいきだもんな。ま、頑張ることだな、ヒース坊や。」
「ランディ!」
「おお怖!・・これ以上言うとこわーいあねさんに仕返しされるからな・・退散退散っと。」
少しおどけたようにランディは言うと扉に向かった。
「ヒース、気を落とすんじゃないよ。そのうちできるようになるさね。気楽にいけばいいよ!ね!」
「は・・・い。」
それでもヒースはうつむいている。両手にしっかりと風の竪琴を抱えて。
「なんてっても天才魔導士とかいう誰かさんでも空間感知がなかなかできなかったんだからさ・・気にしない!気にしない!」
「ヒルダさん・・・」
「そんな情けない顔をしない!大丈夫だって!ヒースなら、ね!」
「・・・」
「ったくもう!そんなすぎたことをいつまでも引き合いに出すんじゃねえよ!行くぞ!」
そして、あたしたちはそこを後にした。階段までの道が面倒だからわざと落とし穴に落っこちてね。最短距離ってわけさ。

塔から出るとき最初に会った風の精霊にまた会った。というよりいきなり攻撃してきたんだ。「畜生っ!兄貴を殺したな!」って言ってさ。「人間なんてみんな同じだ。王と変わらない。信用した俺が馬鹿だった。」ってさ・・・仕方なく倒しちまったけど・・・あの風の精霊は、あたしたちにこれ以上首をつっこんでほしくなかったんだろうね。もしも、軍神を復活させるようなことになったら、って思ってたんだろう。
「お前たちの運命だってこんなものなのさ。逃げられやしないんだぜ。」
彼はそう言い残して消えていったけど・・・どうしようもないよ。逃げられないんなら進むしかないし、そうするには引き止めようとする彼らを倒さなければならないんだからさ。・・・矛盾してるってもんさ。逃げれないのに進むな、なんてね。
それに、どうしてここにいる奴らは、こっちの意思も聞かずに戦いを挑んでくるんだろうね?・・それでいて、倒したとかいって恨まれちゃ、割りが合わないよ。
あたしたちは・・・これからどうなるんだろう?

そして城本館の3階、あのセイレーンのいる回廊へとやってきた。
まだまだ不安そうなヒースだけど、それ以外方法がない。後はヒースの気持ち次第。扉を開けると、セイレーンたちは相変わらずその美しい微笑みと笑い声で迎えてくれた。そして、次にカン高い声で歌い始める。
「来たぜ、ヒース。とっとと弾けよ!ぐずぐずするんじゃねえぞ!」
頭にキーンと鳴り響いてくる・・・ヒースはまだ竪琴を弾くのをためらっている。
・・・しかなたい・・これはヒースが自分で乗り越えなくちゃならない事なんだ。
傍が何を言ってみても始まらない。ヒース自身が出口を見つけなくちゃ・・・・。
やっぱり駄目なのか?と思い始めた時、ヒースが意を決したような表情で、そして震える手で弾き始めた。
−−ポロロン・・ロロロ・・・・・−−
やったっ!音が出たっ!・・人ごとながら手を叩きたい思いだ!やさしさが風に乗り心に響いてくるような音色・・その音色は回廊の奥深くまで響き渡り、セイレーンたちは悲鳴を上げながら地に倒れ、そして消えていった。
「や、やったんですね!弾けたんですね!セイレーンに勝ったんですね?!」
ヒースのほっとした顔はなんともいえないほど嬉しそうに見える。
「その竪琴のもつ力のおかげでしょう。あまりご自分の力を過信なさらないことですね。」
「・・・・」
「気にするな。こいつのいやみは恒例行事みたいなもんだ。ま、お前にしちゃよくやったぜ、ヒース!」
あたしが言ってやろうとしたらランディの方が先に言った。
「僕の力だなんて思ってもいません。・・あの人の・・ユリウスさんの声が聞こえたような気がしたんです。後は、夢中で・・・でも、よかった・・本当に。」
「あんたの力だよ、ヒース!自信をお持ちよ!」
あたしはとびっきりの笑顔をヒースに向けた。

その回廊を少し進んだ時だった。何かが足元に食らいついてきた。見るとそれはさっきのセイレーンたちだった。だけど、さっきの美しい姿はもうなく、それは醜いモンスターと化していた。
そのしつこさと言ったら普通じゃない。女は怖いもんだとつくづく思っちまった。
ははっ!そう言うあたしも女だけどさ。食らいついて離さないって感じですごかったよ。結局は倒したけどね。

その先に四階への階段があった。
その中央あたりにある部屋の扉には警告文が貼ってあった。
『いかなる者の立ち入りも禁ず ダリウス』
「へっ!上等じゃねえか!過去の妄執がな〜にを言ってんだか!」
勿論あたしたちはさっさと扉を開けて中に入ったさ。そこには地下祭室にあったのと同じ青い炎の燭台があった。不気味な光を放ってたんだ。
そして、その奥にある小部屋の床に何か光るものを見つけたのさ。
「やったね!ようやくお宝らしいものにお目にかかったよ!」
色とりどりの宝石と見事な装飾で飾られているサークレット・・あたしが見過ごすわけがない。さっそく手を延ばしたさ。
「きゃあっ!」
あたしが手をかけた途端、サークレットから雷光が放たれ、電流が身体を走った。
「大丈夫か、ヒルダ?」
ランディが慌てて駆け寄ってきた。
「あ・・ああ・・・大丈夫みたいだ。・・・なんだい、こいつは?」
ランディの腕を払いのけ、あたしは立ち上がるとサークレットを見た。
「あっ!ルオン、触らない方がいいよ!」
サークレットに近づくルオンにあたしは注意した。だけど、ルオンは素知らぬ顔。
ま、どうしようとルオンの勝手だけどさ。
あたしたちが見ている中、ルオンはしばらくじっとそれを見ていた。そして、おもむろにそれを手に取る。
「えっ?・・大丈夫なのかい、ルオン?」
あたしのときは電光が襲ってきたのに、ルオンの時はなんともならない。
「ちぇっ!なんだい?美女よりそっちを取るのかい?見る目のないサークレットだねぇ・・・」
「・・・・・・・・・大したことではありません。これは、私が持って構わないという事ですな。いえ・・私が持つべきというのでしょうか・・・」
まるでそれに魅入るようにルオンはサークレットを手にしている。
「ふ〜ん・・・そうかい。」
ま、そのうちまたお宝に出くわすだろう、人の物をどうこういうあたしじゃないさ。他には何も見つからず、あたしたちは四階の探索を続けた。

バルコニーを通って北にある部屋に来た。そこは部屋の中にまた扉があった。突き当たりのはしっかりカギが掛かっていて開かない。その横にある扉を開けると、そこには片隅に杖が立て掛けられていた。
「なんとなくどこかで見たような杖だね?」
「俺もそう思ってたんだが・・どこでだったか・・・?」
漆黒のその杖は、どこかで見た覚えがあるんだけど、思い出せない・・・まあいいか、そう大した事じゃないだろうし・・・。それにあまり価値のあるものでもないみたいだし・・・。
その杖をほかって素通りしようとしてた。と、ヒースがすっとんきょうな声を上げた。
「ル・・ルオンさん・・・?」
その声に何事かと振り返ると、そこにはその杖を持ったルオンが仁王立ちしていた。
「ル・・ルオン・・・あ、あんた・・・?」
「な、なんだ?どうしたってんだ?」
目の前のルオンはいつもの静かな嫌味を含んだ笑みの彼ではなかった。顔色はどす黒く、両目は吊り上がり、全身から異様な気を発していた。凍りついちまいそうなこの気は・・確か・・・・地下祭室で逢ったダリウス・・・そうだ・・あの杖は奴が手にしていたものだ。過去の妄執だか亡霊だかが持っていたものと同じだ。そう思い出した時さ、ルオンの口からおぞましさをも感じさせる声が出てきた。
「私は大魔導士、ダリウス。我が神の呼び声に応え、眠りより目覚めたる者。お前たちの仲間は、我が器に選ばれたのだ。」
「何とち狂ってんだよ、ルオン?いいかげんにしたらどうだ?」
ランディがルオンの肩に触れようとしたとき、雷光が二人の間にほとばしる。
「痛っ!」
「愚か者め、なれなれしく私に触るでない。私は間もなく我が神の力を得、この世に君臨する王となるのだから。」
「な・・・?」
激痛が走ったその腕をさすりながらランディが驚きで目を見開く。
勿論、あたしたちもだけどさ。
「お前たちの役目は、もはや終わった。私の力で再び復活の儀はなされるのだ。お前たちには、お前たちにふさわしい冒険の地を与えてやろう。」
ルオンがゆっくりと手をかざした。
「きゃっ!」
「な、なんだ?」
「わあっ?」
足元に黒い大穴が開いたと思った次の瞬間、あたしたちはその穴の中に吸い込まれていた。
真っ黒な闇の中、あたしたちはそのまま下へと引き込まれていった。

 

**続く**


Thank  you  for  your  reading!(^-^)

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