4階はまだ奥があった。だけど、どうしてもその奥へは行けない。壁に囲まれたその通路には、落とし穴が仕掛けてあって駄目なのさ。仕方なく、あたしたちは中庭へと出た。あの女の子はどうあっても通してくれないしね。
「この前でルーンの剣を使えと言ってましたね。くくく・・どうです、アッシュ?この凶々しい短剣を使う勇気がおありかな?」
中庭にある巨大な白い石の前でルオンが短剣を差し出しながらアッシュに言った。
差し出された短剣をアッシュが手にし、石に向けた時、剣はひとりでに踊り出し、アッシュの腕に一筋の傷をつけた。
アッシュの鮮血は白い石に落ち、石は血の赤で染められる。
「な、何か文字が・・・?」
石の表面に文字らしきものが浮かび上がってきた。
ルーン文字みたいな・・・と思って見つめていると、石は音を立てて動き始め、まるで地面に吸い込まれるように消えた。その後に、階段が現れる。
「ほっほっほ・・・なるほど、なかなかしゃれた指向ですな。」
ルオンが気味の悪い笑みを浮かべる。
「ひゃっほぉ!地下への入り口か?面白くなってきたじゃねえかよ?」
・・・ランディは単純バカ!
階段を下りるとむっとするような血の臭いが鼻をつく。
「これ、血の臭いでしょ?おまけに空気も生暖かいし・・なんかいやだな・・」
ヒースが一人呟く。
「ヒース、これからなんだからね。気を引き締めるんだよ。」
「は、はい・・。」
ヒースは心細そうな顔であたしを見た。
「そういうお前は大丈夫なのか、ヒルダ?」
「もちろんさ、ランディ。血の雨をくぐり抜けた経験だってあるんだからね。あたしをバカにおしでないよ!」
「そっか・・ならいいんだけどな。ま、無理すんなよ。」
遥か前方を影のようなものが列を作って歩いている。よく見るとローブのようなものを着ている。
気味の悪い声だ。耳を澄まして聞くと、低い呟きのような声で歌のようなものだってことが分かった。
『三の扉をくぐり抜け、三度振り返れ。神の国との間に標を灯し、至上の杯をかたむけよ。それは力・・それは栄光・・・』
声はしだいに遠ざかり、行列は闇の中に消えた。
「なんだよ?行っちまったぜ。そっけない奴らだな。」
「焦らずともいずれ会うこととなりましょう。あの方たちはあまり我々がここに来たのを歓迎していないようですからね。」
「・・・分かったような事言うじゃねえか、ルオン?」
ランディがルオンを睨む。が、素知らぬ顔をしてルオンはアッシュの後について歩き始める。
「ちっ・・」
三の扉?三度振り返れ・・・?何の事だろう?三べん回ってワン!じゃあるまいし。
まるで外回りをぐるっと回っているような感じの通路が続く。
「ヒルダさん、なんだか妙な気がするんですけど・・・」
ヒースが何か感じたのか、真っ青な顔をして立ち止まった。
あたしも感じていた。横の壁から何やら一層怪しげな空気が漂って来る。
「アッシュこの壁を押してみておくれよ。」
−−ギギギギギ・・・−−
扉はゆっくりと回り、あたしたちは中に入る事ができた。この扉に気づかなかったら、永遠に通路を回っていただろうね。
「うっ・・・・」
通路の先を見た途端、あたしは凍ってしまった。
そこには、ムキムキマンが四体、ポーズをとって並んでいた。
ぶ・・不気味だ・・・不気味すぎる・・・
「大丈夫か、ヒルダ?」
何かあったのかと最後に中に入ってきたランディがあたしの横に来る。
「・・・おい・・・・・・・」
ちょうどその時四体全員がにかっとし、そのムキムキマンを指差したままランディも言葉を失った。あたしもその笑みを見て一層凍りついちまってた。
「雷鳴の刃!」
何とも思わないらしいアッシュが、技で攻撃した。だけど、普通の敵なら(雷鳴の刃が効く)それだけで消滅させるのに、さすがムキムキマン・・煙こそたってるけど、倒れる気配はない。
「俺様の美学に反する者はなあ、俺様の前に現れちゃいけないんだぜ!さっさと消えな・・・我は指す冥府の王!」
−−パッキーーーーーン!−−
ムキムキマン、もとい、リビングスタチュは粉々に砕け散った。
「へん!ざまあみろ!」
小部屋で石板を見つけた。それにはこう刻まれていた。
『おぉ、今まさに大魔導士ダリウスの手により、古えの奇跡は行われん。この偉大な事業をここに記しとどめよう。』
ダリウスっていうと風の塔の精霊が言ってた奴だ。それとあたしたちが手にいれたもう一つのカギの名前もその名前がついていた。王と同等の力、あるいは、それ以上の力を持つ、軍神に関してのもう一人の黒幕ってところなんだろうね。
「あ・・あれは?」
ヒースが震える声で前方を見ている。
「ん?」
目の前ににわかに黒い影が立ちこめる。影は次第に人の姿を型どり、やがてローブをまといすさまじい形相をした男が現れた。
「神の聖域に近づく愚か者め。だが軍神こそ、血の気のある者を喜ぼう。お前たちを栄えある死者の列に加えてやろう。血は我らが神に宿り、ザムハンに栄光をもたらすのだ。このダリウス自ら引導を渡してやろう。」
手にしていた杖を振りかざし襲ってきた。
「危ないっ、ヒルダ!」
ダリウスの毒気に当たっちまってたんだろうか?それとも、奴の呪術にでもかかっちまったんだろうか、あたしは身動きできずにつったっていた。奴の放った闇の波動をまともに受ける直前、ランディがあたしの前に庇うように立った。
「ぐっ!・・・」
「ラ、ランディッ!」
その驚きで身体が動いた。あたしの代わりにまともに衝撃波を受け、傷を押さえるように前にかがんだランディの肩に手をかける。
「ランディ、大丈夫かい?」
「大丈夫なわけないだろ?・・・だけど、そんな事も言ってる暇はねえしな。」
振り向いたランディは、痛みを堪えた笑いをし、ダリウスに向き直る。
「くらえっ!・・我は指す冥府の王!」
「紅蓮の刃!」
あたしも負けてはいられない!剣をぬきざま技を繰り出す。勿論アッシュたちもぼおっとしてるわけじゃない。
でもそれはダリウスも同じなんだけどさ。なかなか手強いよ。
ま・・だけどね、そこはほら・・みんな結構腕が上がってるしさ・・アッシュが何人分かの働きをしてくれるし・・なんとかやっつけたさ。
最後の一撃を加えると、それはまるで霞のように消え去り、後には何も残らなかった。
「この場所の過去の妄執のようなものでしょう。しかし、あれだけの力のある者でしたら、実際に会ったら、さぞ面白かったでしょうな。」
ルオンが感慨深げに言う。
な〜に言ってるんだか・・まるでダリウスを褒めているような感じだよ。ひょっとしてあいつの肩持つんじゃないだろうね?
ヒースは消え去ってしまった後もまだ顔面蒼白、身体は凍っているかのように震えている。確か、戦闘中も声が震えていた。
「大丈夫かい、ヒース?」
「あ・・・ごめんなさい。なんでもないんです。なんだか、あの男の顔を見てたら急に寒気がしてきて・・・変ですね。」
「ううん・・ちっとも変じゃないさ。あたしもしばらく術にでもかかったみたいに凍りついちまってたからね。あいつの雰囲気は普通じゃないよ。無理ないさ。」
「そうそう。坊やじゃあるまいし、まさかヒルダがって思ったんだが、やっぱり女だな。強がっていてもな。」
「わ、悪かったね!」
きっとランディを睨む。
「悪いなんて言ってねえぜ。意外な面を発見したってやつだ。」
「どうせあたしは気の強い跳ねっ返り女だよ。」
「でなきゃこんな城を探索しようなんて気は起こりゃしねえぜ。気の強い裏にさっきみたいなか弱さもあるって事さ。かえって惚れ直したんだぜ、俺。」
「ラ・・・!」
顔が火照ってくるのが分かる・・何もみんなのいる前でそんな事言わなくても!!「ナイト振りも発揮できましたしね。」
「ル、ルオン・・あんたまで、そんな事・・・」
あたしはアッシュが気になってちらっと彼を見た。アッシュはあたしたちが何を言ってても素知らぬ顔だけど・・聞こえていないはずはない。
「お前に言われたくねえぜ、ルオン。」
「あっ!アッシュ・・ちょいと待っておくれ!そいつには絶対何か罠がしかけてあるよ!」
アッシュが奥にある宝箱を開けようとしているのを見つけたあたしは、ランディたちの会話から逃れるため、大声を出して、アッシュに近づいた。
「そうか?」
短く答え、あたしに場を譲ったアッシュは普段と全然変わらない。
結局・・あたしの想いは糠に釘なんだろうか・・全然気にしてないみたいだ・・・。
「ふう・・・」
思わずため息が出る。アッシュの感心は只今この箱の中のもの。状況から言って単なる宝じゃないってことは容易に推察できる。多分、祭室へ行く重要アイテムってとこだろう。
ちょいと開けるのに手間取っちまったその宝箱の中には、祭室の入り口へ行く者の印と書かれた木の札が大事そうに布に包まれて入っていた。勿論、罠は上手く外したよ。そこはプロ中のプロ、ヒルダ様だもんね!
「ちょいと・・なんか、や〜な雰囲気だね?」
その部屋の中にはローブを着た男たちが何人かいた。彼らはこちらの様子を伺い、何かこそこそと話しているようだ。
「俺の後ろに下がってな、ヒルダ。」
「ふん!余計なお世話だね!さっきはちょいと油断しちまってただけさ。」
「そんなに突っ張ることないんだぜ。俺がついててやるから、気を楽に持って・・な。」
「うるさいよ!おしゃべり男!あたしは男のおしゃべりが一番嫌いなんだよ!ほら、奴らこっちに向かって来るよ!」
ランディと余計な事を言ってるうちに、奥でじっとこちらの様子をうかがっていた男たちはぶつぶつと呟きながらこちらに歩み寄ってき始めた。
「血を!血を!我がザムハンに栄光をもたらす大いなる力に、血のともしびをかざせ。」
その祭僧らしい男たちは、同時に声を上げながら、手に手に短剣を握り、襲いかかってきた。
「大丈夫か、ヒルダ?」
「大丈夫だって!あたしをあまりバカにおしでないよ!」
数が多けりゃいいってもんじゃない。短剣は短剣さ。こっちの懐に飛び込んでくる前に剣技で、はいさよならってなもんさ。案外と呆気無かったね。
そして、奴らもダリウスの時と同じように跡形もなく消え去っちまった。
「ふん!手ごたえのない奴らだぜ。こいつらも過去の妄執って奴らなのかね?」
ランディがルオンの顔を見ながら言う。
「でしょうね。ここには様々な人の想いが篭もっているんですよ。様々な人の、ね。」
なんとなく意味ありげに笑みをみせながらルオンは応えた。
『祭室へと通ずる道はここより十歩。但しダリウスの許しがなくてはならぬ。』
祭僧たちがいた部屋からあまり離れていないところの扉にはそう書いてあった。
「よぉ、さっき札みたいのを手に入れただろ?あれを試してみちゃどうだ?」
ランディに言われるまでもなく、アッシュは札を出していた。
札をかざすとそれは赤く変色し、それに呼応するように扉も赤い光を放った。そして、札は燃えて、消えた。
扉を開けて中に入る。そこはちょうど十字架のような形になっていた。出口はどこにもない・・・。
「ふん・・妙な感じの部屋だね。ちょいと調べてみる価値がありそうだよ。」
あたしの第六感が囁いてた。ここの造りは尋常じゃないってさ。
「あっ!」
十字の隅の壁に触れた時だった。一瞬にして別の所に移動した。
「よっ!」
あたしがまだきょろきょろしてる時にランディを先頭にみんな同じようにして移動してきた。
「どうやらはじっこが全部移動するような仕掛けがしてあるみたいだな。」
「そうらしいね。感知魔法で調べながら進んだ方がいいみたいだね。」
「それくらいお安い御用さ。」
移動してはランディに周囲を感知してもらいながら、進んでいく。ここへ入る前に祭僧たちが歌っていた歌を思い出した。『三度振り返れ』・・まさにその通りだったのさ。移動してはくるっと振り返って突き当たりの壁にぶつかる。そうするとお次の部屋にいたってわけさ。
そして、祭室。部屋の両はじの燭台に青い炎が灯されている。青い炎に照らしだされた床は、他の床と比べると、どす黒く不気味な色をしていて、なんともいやな雰囲気だ。二つの燭台の中央に扉がある。その扉に向かって足を踏み出した途端、燭台の青い炎が巻き上がり、あたしたちを包みこんだ。と、その途端、すさまじい脱力感に襲われた。体力も気力もさあっと波が引くように無くなっていく・・・。
「大丈夫か、ヒルダ?」
ランディがあたしを支えながら青い炎を睨む。ランディだって同じなのに、無理して踏ん張ってるんだよ。
「ふざけやがって!このランディ様を脅すとは、景気のいい炎じゃねえかよ?」
「どう景気がいいんだい、ランディ?」
あたしは思わずくすっと笑っちまった。
「どうって・・な、何でもいいじゃねえか・・それより、大丈夫か?」
「・・もう大丈夫だよ。ありがと。」
あたしはランディの腕から離れると下腹にぐっと力を入れ、踏ん張る。
このくらいで倒れるあたしじゃないさ。
「なんならずっと寄りかかっててもいいんだぜ。」
「はっ!冗談!そんな柔じゃないよ、あたしは!」
「遠慮しなくっていいんだぜ。」
「誰が遠慮してるってんだい?誰が?!」
「遠慮じゃないなら・・もしかして、ヒルダ、恥ずかしがってんのか?そんな必要ねえって・・俺とお前の仲だろ?何を今更?」
「ランディ、この際はっきり言っとくけど、あたしはあんたの事なんてこれっぽっちも頭にないんだよ!」
ランディを思いっきり睨みつけながら、指で一ミリくらいを表す。
「ったく・・正直じゃないんだからなあ・・もっと自分の心に素直になれって、素直に!」
「あたしはいつも素直だよ!」
もう!頭に血が上ってくるのが分かる!大噴火寸前だ!ランディの自惚れにもほどがある!
「いい?ランディ?あたしはねえ・・」
「お二人とも続きは宿へ帰った時にしていただけませんか?今はこの先に進む事の方が先決だと思いますので。」
「・・・・・」
ルオンの静かなもの言いは、ほこり押さえにはちょうど良かった。あたしたちはお互いの口を噤んだ。ちょっと場違いな会話だったと反省しながら・・・。もっとも原因はランディだけどさ。
「アッシュさん、あの紋章を使いましょう。だって、あの炎の魂を開放するのは、それしかないんでしょう?」
あたしたちが黙るのと同時にヒースが言う。
「へえ、お前も少しは人に意見を言うようになったじゃねえか。アッシュ、坊やの願いを聞いてやるか?」
「そうだな。」
あたしが渡しておいた風の紋章を袋から出し、アッシュがそれを開放すると青い炎は燭台から巻き上げられ、部屋中に満ちあふれた。すると、炎の中に無数の顔が浮かび、襲いかかってきた。
「おおおおおおおぉぉぉぉん・・・・・」
怨霊の叫びというんだろうか、全身が凍りついちまうような叫びを上げながら、次々に襲ってきた。
そしてそいつらを一掃すると、部屋を満たしていた青い炎は次第に消えていった。
不思議とその炎に熱さは感じられない。消え行くその炎の中で悲しげな叫び声がこだましていた。
『・・・苦しい・・苦しい・・悲しい・・悲しい・・死にたくない・死にたくない・・なぜ、私たちが死なねばならぬ・・・口惜しい・・・』
やがて青い炎は消え、再び静寂だけが部屋の中を包む。
「・・・なんだったんだい?今の叫びは・・・?」
「断末魔の叫びというやつですよ。それがあの炎に封じられていたというわけです。くくく・・・まさに素晴らしいエネルギーですな。」
「まったくな・・特にお前みたいな奴には気ちがいに刃物の力になるぜ。」
ランディの意見に大賛成。
「これでよかったんですよね?塔の男の人はこれで安らげるんですよね?」
少し安堵した顔のヒースが呟く。
「ああ・・完全とはいかないだろうがな。一応ってとこか。」
ランディがヒースにほほ笑んだ。
ようやく通れるようになった燭台の間を通り階段を下りる。そこにあった部屋の中にはおびただしい数の人の死体が転がっており、床のすき間も見えないほどだった。
ある者は、四肢を切り刻まれ、ある者はかさかさにひからびており、部屋の中は死臭で満ち溢れている。それも老若男女構わずといったところさ。酷いもんだ。
「ただの地下室だとは思ってなかったけど、ここまで徹底的にやられると、言葉も出ないね・・・」
軍神の贄・・・・これはもう神じゃないさ。悪魔だよ。何故封印されたのかよく分かったね。なんてこったい・・あたしたちはそんなものに呼ばれたってわけかい?あたしは、そんな事を考えながら吐き気を必死で押さえていた。弱気を見せちゃまたランディの思うつぼだからね。本当はこんなところ、一秒でも早くおさらばしたいんだけどさ。
そして、その奥で生きていればまだ幼い女の子の死体を見つけた。女の子は手に小さな木の箱を持っている。手にとるとそれはかすれた音で調べを奏でた。
「オルゴールか・・・」
木箱の底にはこう書かれていた。『かわいい私のニーニャへ ママより』
「ニーニャって・・確か塔にいた女の子がそんな名前を言ってませんでしたか?」
のぞき込むようにしてあたしが持つ箱を見ていたヒースが思い出したように言う。
「ああ、確かそう言ってたような・・」
他にこれといったものは何もない。見るに耐えない無残な死体が折り重なっているだけ。オルゴールをあの女の子に持っていってやろうというあたしの意見をみんなが聞いてくれたんで、再び風の塔へ戻る事になった。
・・それ以上そこにいたら、あたしは卒倒しちまってただろう・・・助かったよ。 |