夢つむぎ

その18・嘆きの精霊


 

 「あっ!!」
風の塔の扉を開けると同時に一陣の風が横切り、アッシュのほほに傷をつけていった。
「くくく・・嫌われたようですな、アッシュ?」
ルオンがにやりとする。
毎回、毎回、こいつはあっ!まったく張り倒したくなっちまう・・。でも、そこは理性でなんとか・・なる・・・・(いつか爆発するかも?)
ぐるっと囲むように扉がいくつかある。あたしたちは、順に回ることにした。

「うおおおお・・・・!ぐおおおおおお!」
「おおおぉぉぉぉぉん・・・」
「おいおい、ここは風の精霊に守られた聖なる塔なんかじゃなくって、怨霊に守られたって言った方がいいんじゃないのか?」
ランディが呟く。それもそのはず、襲って来るのは、怨霊、亡霊といった類ばかり。ぞっとするような、悲しみと憤りと苦しみにさいなまれているような声を上げながら、奴らは襲って来た。
中でも女の子の霊ようなシャンブルズと恨みを持って死んだ人の首だけの集合体、ソロゥには相当てこずった。雷鳴の刃が効かない!シャンブルズは次から次へと仲間を呼ぶし・・・おさげの女の子なんだけど、その顔は悪霊そのもの。目を剥き真っ赤な唇から鋭い牙を出し、耳に響くたまんない声を上げる。全く・・この塔にいるのは並みの化け物じゃないよ!それもいっくらでも出てくるんだから!その上、中は入り組んでいるときてる・・もう最悪の状態さ!随分戦闘にも慣れたけどさ、ため息が出そうだよ。・・そんな事言ってられないけど・・・。

一階のとある部屋で見つけた石版に風の竪琴の事が記されていた。
『名だたる詩人、塔の上にて竪琴をかき鳴らす。風の精、これを聞きて塔に降り立ち祝福を与えん。これ、風の塔の由縁なり。』
ヒースの喜び様ったらなかったね!その伝説は聞いたことがあるんだってさ。

その部屋のあった通路を奥へ行くと、二階への階段があった。
階段を上がるとすぐ扉があり、少女の笑い声と微かな竪琴の音が聞こえて来る。
(こんな物騒な塔に女の子?・・それとも、亡霊?)
扉を開けると、そこには後ろ向きの小さな女の子がいた。奥にあるもう一つの扉を見ている。
その子はあたしたちの方を振り返った。なかなかの美少女だ。
「可愛い子じゃないか。後何年かたったら、さぞいい女になるだろうな。」
「まったく・・・あんたのそれは、ほとんど病気だね、ランディ。」
あたしはもうあきれ返っていた。
「ばかぁっ!」
少女はこっちを睨んで叫ぶ。
「ユリウスが帰っちゃったじゃない!せっかくここまで下りてきてくれたのに・・おじちゃんたちユリウスをいじめにきたんでしょう?ここに来る人たちたちは、みんなそうなんだって、ユリウスは言ってたもの。帰ってよ!ユリウスはニーニャと遊ぶのよ!おじちゃんたちなんか、大っ嫌い!」
少女がその可愛らしい両手を前にかざすと、竜巻が起こり、あたしたちは扉の外に押し出されてしまった。
「よぉ、おじちゃんってのは、俺のことじゃねえよな?当然お前の事だよな、アッシュ?」
憮然とした顔つきでランディが言う。アッシュは何も答えない。
「そりゃ、ヒース以外全員じゃないのかい?あの歳ごろから見ればさ?まぁ・・・当然あたしもおばちゃんだろうね?(言いたかないけど)だって、10歳かそこらだろ?あの子?」
「ちぇっ」
「それとも何かい、ランディ?あんた、ロリコンの気もあったのかい?」
「ば、ばか言っちゃいけねえぜ!俺は美女専門!ヒルダのような、な!」
「ホントかねぇ・・・?」
「お前なあ・・俺がいつ・・・」
「お二人とも、仲がいいのは結構なんですが、漫才は時と場所を考えていただきたいものですね。」
「ちょいと、ルオン、あたしが、こいつと仲いいなんて事、冗談でも言わないでおくれよ!」
あたしは少し焦って、アッシュを見る。
「おいおい、ヒルダ、その言い方はないぜ?」
「はん!うるさいね!・・アッシュ、先を急ごう!」
その部屋は何度行っても、少女の竜巻で追い返されてしまった。あたしたちは仕方なく他を回る。

「あれ?・・風の音と一緒になにか歌のようなのが聞こえてきますよ?」
塔中に吠えるような風の音が響いている中、耳を澄ますとヒースが言うように、確かに風の音に乗って歌声のようなものが聞こえて来る。
「ホントだ。」

『ヤール王はお強いお方。
 無敵の王と言われるお方。
だが、乙女の心は鋼より強く、その光は名剣に勝る。
王よ、王よ、嘆きの声をお聞きなされ。
白い月夜に銀の剣。赤い花が供えられ、
栄光の道は開いたか、鳥さえ歌わぬこの大地に。』

「誰が歌ってるんだろうね?」
「精霊でしょうか?透明感のある素敵な声ですね。・・・でも、あまりにも嘆きと悲しみに満ちていて・・こっちまで堪らない気持ちになってきます。本来歌は、そういう気持ちを慰める為にあると、僕は思うんですけど。・・・」
「そうだね・・・」
「乙女の心は鋼より強し、か・・・ってことは、ヤールはあの姫さんに振られたってことか・・・ま、無理矢理連れて来ても、心まではなかなか、な。」
「な〜にを柄にもなくメランコリックしてんだよ、ランディ?」
「な、何を言ってんだ?俺はただざまあみろって、思っただけさ。」
「はい、はい・・だけど、白い月夜に銀の剣、赤い花が供えられ、って?」
「・・・さあな・・・?」

そこは、二階のわりと広い部屋。暗がりの中、いくつもの小さな光が、くるくる回りながらこちらを見ている。
「ねえねえ、ひょっとしてこの人たちのこと?・・ニーニャが言ってた人って?」小さな女の子の囁く声が聞こえる。
「ユリウスのお兄ちゃんをいじめる人?」
「でも、今まで来た人たちとは、少し違うみたいだよ。」
−−くすくすくす・・・−−
「ねえ、遊んでもらおうよ。だって、ずっとずっと退屈してたんだもん。」

「またお子様かよ?やってられねえぜ。よお、アッシュ、外に出ようぜ。」
ぶつぶつ文句を言いながら、ランディが向きを変えた時だった、暗がりの光がこちらに向かって集まって来た。近づくにつれ、それが歯をむき出した女の子の亡霊だというのがわかった。ものすごい形相で首元を狙い、飛び掛かって来ようとしている。
「ちっ!こいつらもそうかよ?」
ランディが振り向きざま舌打ちする。
「こんな物騒な所にガキがいるなんておかしいと思ったんだ。」
「ギギギギギ!」
声にならない叫びを上げて向かってくる。さっきまでのかわいらしい囁き声が嘘のようだ。
「仕方ねえな・・雷鳴の刃は効かねえし・・・俺様の出番だな。お前たち、下がってろ!」
あたしたちを後ろに下がらせると、ランディは両手を交差し、必殺の呪文、『冥府の王』を唱える。
すばやい精神集中と術の発動。なんたらかんたら長い呪文を言う必要のないのもランディの魔法の特色だ。それだけ集中力は必要だけどね。よく瞬時にして、あれだけ強力な魔法を発動させるだけの気が集まると、感心するね。
「我は指す冥府の王!」
ランディのりんとした声が部屋に響く。
次の瞬間、部屋の空間が激しく振動し、亀裂が走る!
「ギヤアアアア・・・・!」
光の呪文なら聖なる黄金、もしくは銀の光で切り裂くといったところなんだろうけど、ランディのは冥府の王だから赤黒い雷のような亀裂が走る。
女の子たちは瞬時にして塵と化した。が、部屋中にはヒステリックな声が残った。
「寒いんだもん・・暗くって怖いんだもん・・・」
「お友達が欲しかったんだもん・・」
「遊んで欲しかったんだもん・・・」
やがてその声は、泣き声と共に消えた。

「なんか・・可哀相みたいですね?」
ヒースがぽつりと言った。
「ったく!お前は甘ちゃんなんだよ。そうやって同情を続けると、いつか殺られるぞ。少しは俺様を見習ったらどうだ?」
「私からみれば、ランディ殿もずいぶん情の深い方になったような気がしますが、気のせいでしょうか?」
「はんっ!余計なお世話だぜ!あんたほど陰険になろうとも思っていないぜ、ルオン!」
「そうだね、最初の頃と比べりゃね。」
あたしは笑いを堪えていた。確かにそうだ。最初会った頃のとげとげしさは、もうどこにもない。それはアッシュに対してさえなくなっているみたいだ。いわゆる、連帯感?仲間意識ってのかい?そんなものがあたしたちの間に生まれてきてるみたいなのさ。えっ?・・ああ、そうだよ、勿論!あんな奴にそんな感情があるもんかね!一応、仲間ってだけさ、ルオンは。たとえ、こっちがそう思っても、あいつは絶対思ってないさ。なんか利用できるものは、利用しなくちゃ損だと思ってるみたいにしか感じられなくってさ・・・ははっ・・悲しくなっちまうよ、仲間が信じられない自分がさ・・・・。

−−ヒュウウウウウウ−−
三階へ上がると同時に、にわかに一陣の竜巻が起こった。そして、その中のかすかに見える黒い影がひそやかに話しかけてきた。
「なんだよ?せっかくの人の忠告を無にしてまだいたのか?早く戻った方がいいぜ。俺はともかく、兄者は人間嫌いになってるからな。」
「こいつの3枚目の顔にそえものをしたのはお前か。」
ランディが顎でアッシュを指しながら、その影に言う。竜巻と共に現れたことが、何よりも彼が風の精霊であるということを物語っている。
「ま、俺様にしなかったのは、賢明だったがな。」
ったく!自分以外は全て三枚目だと思ってるんだから!
−−ひゅうううぅぅぅぅ・・・・−−
竜巻が止むと、影はその姿を現した。頭からつま先まで真っ白で、向こうが透き通って見える。やはり透き通った白色の長い髪が風もないのにやさしげになびいている。異様に思えるその白い目を細め、感情のない声が響く。
「あんたたちの事は知ってる。『あれ』に呼ばれたんだろう?だが、『あれ』の為に王が何をしたか知ってるか?・・兄者はそれを怒ってるのさ。兄者だけじゃない、この塔に住む意志全てが、王とダリウスと『あれ』を憎んでる。悪いことは言わない、早く消えたほうがいいぜ。兄者に八つ裂きにされるかもしれねえぞ。」
そういうと再び風が巻き起こり、その姿をそれで包んだ。
−−ヒュウウウゥゥゥ・・・−−
消え行くその風の中でかすかに叫ぶ声が聞こえる。
「亡者の声を聞いてみたらどうだ?ルーンの探検で白い石に印を残すのさ。」

「亡者の・・・?」
あたしはぞっとしちまった。
「白い石って、確か中庭に大きな奴が道を塞いでいたっけな?」
ランディが少し考えこむようにして言う。
「ちょ、ちょっと待ってください・・白い月夜に銀の剣って・・もしかしたら、その石とルーンの短剣のことじゃ?」
ヒースと顔を見合わせ、あたしは素早く頭を回転させていた。確かに、ルーンの短剣は銀だ。・・赤い花って・・・?
「赤い花・・・バラなんてロマンチックじゃないよね、この場合・・てことは・・もしかしたら、生贄の血?」
「こ、怖いこと言わないで下さいよ、ヒルダさん。」
ヒースが気持ちの悪そうな顔で言う。
「ですが、この場合、そう推察するのが妥当でしょうな。」
しれっとルオンが言う。
「あんたなんかと合わせたくないが、」
ランディがルオンからあたしとヒースの方に視線を移しながら言う。
「俺も同意見だな。だが、あそこにゃ祭壇がなかったって事は、生贄とまでいかなくっても、そこで誰かの血を流せばいいって事なんじゃないのか?」
「この城全体が祭壇じゃないのかい?」
「この城とまでいかなくっても、中庭全体だったりして・・・な?」
ランディがあたしの冗談を受けてにやっとする。
「いえいえ、それを言うのでしたら、このザムハン全体と言った方がよいのではないでしょうか?」
「・・・・・・・」
冗談に聞こえないルオンが怖い・・・本人はいたって真剣な顔で言うんだ。あたしたちは言い返す言葉が見つからなかった。

ま、白い石とルーンの短剣は、それはそれで、確かめるとして、とにかく一旦、順番に一番上まで行ってみることにした。

その階の北西に狭い部屋があった。そこには泣き叫ぶ男の姿が隅にあった。男はあたしたちの姿を見ると、悲痛な顔で何か言いたげに口をぱくぱくさせている。
「何か言いたいんだろうけど・・あたしにゃわかんないよ。声に出してはっきり言ってくれなきゃ・・・」
「可哀相に・・でも、僕には唄うことの他には、何もしてあげれない。・・ごめんなさい。」
ヒースは静かにレクイエムを奏でた。ヒースの澄んだ歌声が部屋中に響く。
男は泣くのを止め、しばし呆然とする。
そしてレクイエムが止むと、男の口からかすれた声が漏れた。
「助けてくれ。熱いんだ・・苦しいんだ・・俺たちの魂を開放してくれ。・・・青い炎の中に『汚れなき風』を送り込んでくれ。」
男は下方を指し、そして、霞のように消えた。

「青い炎?汚れなき風・・・?送り込む・・・?」
訳が分からず、しばらく顔を見合わせていた。

四階に上がったすぐの踊り場にある扉に、小さな字で何か書いてあった。
「なになに?・・『通路の壁には近づかぬ事だ。』・・ってことは・・壁に近づくと何か悪い事でもあるのかい?」
「さあな?」
「何なのでしょう?敵が出るとか・・壁が倒れてくる、とか・・?」
「爆発っていう手もあるぜ。」
「もう!ランディさんったら脅かさないで下さいよ!」
「なんだ、ヒース、もうすっかり度胸がついたと思ったんだけどよ。まだまだぼうやってか?!・・・はははっ!安心しろって!そんなことはないと思うぜ。」
「そうだね・・ま、近づいてみわかるりゃ、ことさね。」
「ま、またあ・・ヒルダさんまでそんな過激な事を・・・」
ヒースが少し恨めしそうな顔であたしを見た。
「あはは!そんなに心配するこたないって!」

あたしたちは注意深く壁に寄らないように進んだ。壁じゃないから扉の前は何ともなかった。だけど、何もない部屋ばかりだ。

「この部屋から風が吹いているような音が聞こえるんですけど・・。」
耳のいいヒースがそう言った扉を開け、その部屋に入る。
部屋の中には竜巻のようなものが渦巻き、それは、叫び声にも似たような声で吠えていた。
「さっきの風の精かい?」
「いいや、違う・・もっと荒々しい気を感じるぜ。」
「あの風の精霊が言ってた兄貴ってことかい?」
「多分な。」
「誰だ?」
その風の精霊は、竜巻を止めようともしないで、話しかけてきた。
「ユリウスとニーニャを脅かしているのはお前たちらしいな。一体何の用があってここにいる?この塔は世に悔いを残して死んでいった者たちの集まる嘆きの塔。生ある者がのこのこと来る所ではないわ!帰れ!」
ヒースが一歩前に出て遠慮がちに言った。
「か、風の竪琴を探しているんです。この塔にあるって聞いて・・・」
「・・・風の竪琴だと?ユリウスの竪琴が目当てのこそ泥どもか!なお腹立たしい!お前たちは知らぬであろう、王は自らの勝利を焦り、人の心を失ったのだ。そのために、かつて多くの民の血が流された。ユリウスはその民の嘆きを歌にした。王はそれを怒り、ユリウスまでもこの塔に幽閉した。ユリウスは我ら精霊と人とを繋ぐ糸であった。その糸を自ら切った人など、これ以上話を交わしたくもない。」
風の叫びは一層激しさを増し、立っているのがやっとだ。
「ま、待って下さい・・僕は何も取ろうなんて思ってないんです。ただ、伝説の竪琴を一目見たいと思って・・・」
ヒースが部屋の奥へ進もうとすると、さらに激しい風の音が響き渡った。
「忌ま忌ましい人間共め!もはや堪忍ならぬ!四肢を切り裂かれ、亡者の列に加わるがよい!」
−−ビュウウウウウ!!−−
すさまじい風が襲って来た。
「ちょ、ちょっと待ってください!ぼ、僕たちは、なにも戦いに来たわけじゃ・・」
「よせ、ヒース!何を言ってもこいつにゃ通用しねえぜ!」

またしてもあたしたちの意志に反して、やっつけなくっちゃならなかった。
そいつが消えると、一枚の風の紋章が床に落ちていた。それを拾いながら、ルオンがにたにた笑っているのに気がついた。
「ちょいとルオン、今度は何を笑ってるのさ?」
「くくく・・・所詮、時の流れに忘れ去られていく精霊など、取るに足りぬものだと思っただけですよ。」
「ふんっ、なんだっていつかは忘れ去られちまうのさ。あたしたちだって同じさ。いつかはゴミみたいに消えちまうのさ。」

それでいいじゃないか?精霊と人の糸が切れる?・・それが時の流れなら、どうしようもないさ・・寂しいから怒れるんだろうけど、それは甘えってもんさね!時の流れに勝とうなんて、無理な事だからね!グリムも言ってたし・・。過ぎた事を悔やむより、今できる事をしなくちゃ!・・だけど、取るに足りないものだなんて、思わないよ。だからこそ、今、その瞬間を大事にしなくっちゃ!
そう!そうなんだよ!自分で言って気がついた!明日は我が身かもしれないんだ、アッシュにもっと積極的に迫らないと!!


**続く**


Thank  you  for  your  reading!(^-^)

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