夢つむぎ

その16・悲しき龍族(2)



 不眠不休で作ってくれたそのスケルメイルをヒ−スに装備させ、二日後、あたしたちは再び龍の洞窟に来ていた。ヒースは遠慮して、あたしに着るように言ったけどさ・・あたしはなんと言っても年上だからね。
行き止まりになって、進めない所、そこでまたしても足止めをくっていた。他に行くところはもうない。よく見るとそこは岩が崩れてできた壁のようなんだけど。
「困っちまったねえ・・・魔法で関知はできるのに・・分厚い壁で行けないなんてさ・・・グリムは絶対そこにいるはずだよ!」
しかたなく、そこで結界を張ってあたしたちは休むことにした。
「クキュゥ・・・」
風を切る音がしたと思ったら、以前助けた仔龍が舞い降りてきた。
可愛い目をくりくりさせ、嬉しそうにあたしたちを見ている。
「お前、覚えててくれたのかい?」
「クキュウ!」
仔龍はあたしに応えるかのように一声鳴くと、その向こうに洞窟が広がっていると思われる壁に突進した。
「な・・何をするんだい?怪我するじゃないか?」
驚いて見ている中、仔龍はぶつかる事を止めなかった。何度突進しただろう、いつしか分厚い壁も少しずつ崩れ、人間が一人、なんとか通れるくらいの隙間ができた。
「クキュウゥ・・・」
「お、お前・・・そんな怪我をしながら・・」
「ありがとう、お前はやっぱり優しい龍だったんだね?」
ヒースも嬉しそうに仔龍を見る。
「と言うより、お前に似てお人よし・・もとい、お龍よしだな。」
ランディが笑う。
あたしは、あれからまた汲んでおいた泉の水をかけてやろうと、袋の中の銀の杯を慌てて探した。
「クキュッ」
「あっ!」
仔龍は、翼を広げると、さっと飛び去ってしまった。
「くくく・・・龍の恩返しというわけですか?これは・・なかなか洒落た指向ですな。」
「まったく!もう少しなんとか言えないのかい、ルオン?」
「いえいえ・・恩は売っておくものですな・・と思いましたよ。」
「ルオン?!」
「よせ、ヒルダ。くそ坊主の相手なんかするなって。何言ったって、ぬかにクギだぜ。」
ランディの言う通りだ。くってかかってもルオンは何とも思わない。一人でカッカするのが落ちだ。あたしはアホらしくなって、それ以上言うのはやめた。

龍が、いや、龍兵が、と言うべきなんだろうね、グリムのところまでひっきりなしに襲ってきた。あたしたちは、火脹れを治しながら、毒を中和させながら、進んだ。
ヒースなんか自分だけが火傷をしないもんだから、すまながっちゃって・・。そんな事気にしなくてもいいのに。可愛いね、ぼうやは。火を吐くくせに奴らは、雷に弱い。えっ?火と雷とは違うからそうだろうって?・・・そう言われりゃ、そうかもね・・でもおんなじような気もするんだけど・・まぁ、とにかく効いてくれりゃ結構な事さ。

そして、グリムとご対面。こいつは、『雷鳴の刃』でってわけにもいかない。でも、サンダーブレードは効くはずだ。精神力がなくなってからの切り札!それまでは、紅蓮の刃かな?勿論、ランディの術は、『冥府の王』だし、ルオンは『美しの門』さ。えっ?ヒース?ヒースは・・・また『BRAVE』かな?攻撃の歌は効き目がないかもしれない・・・。回復の歌とか・・?でもさあ・・ヒースの回復の歌ってヒース自身は全然回復しないんだよね!全員に効き目があるんだけどさ。ルオンの回復魔法の『祝福』なんて、ルオンも含めて全員だっていうのにさ。まぁ、必死で唄ってるから・・自分が回復しないのは、分かる気もするけどね。ひょっとして、吟遊詩人ってのは自己犠牲精神に富んでるのかも・・・?なんて、よそ事考えてる場合じゃないよね!へへへ・・・

「ついにここまで辿り着きおったか。年老いたと言えども、私もかつてはザムハンを守るべく、天空を駆けた龍兵。お主らごときひよっこどもには、まだまだ負けはせぬ。」
最後の命を燃やしつくすような勢いでグリムは突進してきた。

そして、激しい戦闘の末、グリムの身体は、重く鈍い音と共に地に伏した。グリムは、最後の力をしぼってあたしたちを見ながら言った。
「無理もないこと・・外の時は流れておる。我らの時代は既に終わって久しい。今となっては、あれも遠い昔の事。・・・」
グリムはそっと目を閉じる・・そして再び目を開けると続けた。
「戦いの、王にとっては全てをかけた戦いの折、ザムハンに伝わる古き偉大な力が呼び起こされた。それは、確かに、我らに一時の幸福をもたらした。だが、誰もあれを止める術を知らなんだ。ただお一人、身を犠牲にし、あれを封印した方がいた。
だが、遅すぎたのだ。あれの力は国中を取り巻いた。我らがあのような姿になっていたのも、それゆえ。あれの狂気を緩和できる唯一の手段こそ、テスタロッサの・・・聖剣の光だったのだ。・・・・あの光のお蔭で、我らはひとときの夢を・・・昔の我らの姿を取り戻す事ができた。・・・それが、長く続かぬと知っていても、それが宿願だった。・・・・王とておかわいそうなお方。何よりも純な心が、あの厄災を呼び起こしたのだ。今もなお苦しみ、悲しんでおられるに違いない。・・」
グリムはそう言うと静かに目を閉じた。

そして、グリムの姿は、ちりと化し、風と交わり、あたしたちの前から消えた。
「封印された古えの力ですか・・・くくく・・なかなか面白い話ではないですか?まったくこの城には、退屈させられませんな。」
「おい、ルオン、そんな事言ってないで早く解毒してくれ・・もう苦しくって・・」
ランディが苦しそうに言う。
そう、あたしたちも、もう倒れそうだったのさ・・毒が・・すっかり全身に回っちまっててね・・・なんといっても解毒してる暇なかったからさ・・・。解毒剤はもうきれちまってるし・・・。
「おい、ルオンってば!」
あたしの耳にはランディの声が遠くに聞こえた。もう相当毒が回ってるらしい・・でも、ランディのように自分の勝手のいいときばかり、ルオンに頼ってもさ・・あたしは、意地でもそんなみっともない事したくないんだ。
「少しお待ちいただけますか、ランディ殿?ここはやはりレディからでなくては。」
そのルオンの声も遠くに聞こえる。
あたしの横にルオンがかがむ。
「神よ、あなたのしもべに祝福を。清らかな神の息にて、この者の毒を消したまえ・・・『浄化』」
少しずつ頭痛が消え・・・吐き気も苦しみもなくなり、身体が嘘のように軽くなる。
「ありがとう、ルオン。」
「いいえ、どういたしまして。当然の事です。」
「あんたは、よかったのかい?」
「いいえ、私もみなさんと一緒です。ですから、一番に自分の毒を消しました。術者が死んでしまっては、元も子もありませんからね。解毒剤も底をついている事ですし、この強力な毒では、到底、町まで持ちませんからね。」
(・・ははっ!やっぱり死んでもただじゃ、死なないね、このおっさんは!この龍の洞窟は、転移の魔法は効かないんだ。だから、城の西館までどうしても歩いていかないとならないからね・・・そこまでだって敵はうじゃうじゃ出るだろうし・・・冷静な、そして、的確な判断だろうね。)
あたしの次にヒース、そして、ランディ、それから、一番体力があるってんで、アッシュの順に解毒していってくれた。勿論、アッシュが急かすはずはない。ヒースもじっとうずくまって待っていた。ランディだけ・・みっともないったら!

グリムがいたところの奥、そこにテスタロッサはあった。地中深々と突き刺さってたんだ。多分、この龍の洞窟全体にかけられた呪いを解く為にそうしたんだろうね?倒しておいて言うのもなんだけどさ・・なんだか、すっごく気の毒で・・可哀相で・・だけど、やっぱり情けは禁物。テスタロッサがなければ、あたしたちだって、どっこへも行けないんだからね!一生、老いさらばえるまで、ザムハンに捕らえられていなけりゃならないだろうから・・・それとも、今のままで、歳をとらずにいるのかもしれない・・歳をとらないのはいいけど、でも、ザムハンから外に出れなんじゃ・・・いやだね!

アッシュもそんな事を考えてるんだろうか?テスタロッサを見つめたまま、引き抜こうともしない。
「あなたには、その剣がお似合いのようですな。四の手に、災いと狂気と力と勝利を持つという伝説の戦神のように雄々しいですよ。くくく・・・」
「まったくルオン、あんたって人は!」
あたしはつい睨んじまった。
「・・・でも、その四の手を持つ戦神って・・・?よく知ってるね?勝利の神が封印された城に眠ってるってことは、知ってたけどさ・・・」
「蛇の道は蛇とでもいいましょうか?・・ともかく、私はよーく知っております。その神の信奉者とでもいいましょうか?」
「そ、そうなのかい?」
あたしは、いつにもまして、不気味なルオンのその冷たい笑みに、寒気を覚えた。

アッシュが、ぐっとテスタロッサを引き抜く。
と、突然、大地が大きく揺れ、どよめきが洞窟の中に響き渡った。
「な、なんだ一体・・・?いやだぜ、また寒い地下に落ちるのはよ!」
ランディも不安そうに見回す。
「きゃっ!」
天井が、壁が崩れはじめ、大きな岩が上から降ってくる。
「やばいぜ。早くここから出ないと!」
ランディが叫ぶ。
「早く!」
出口は遠いし、道も入り組んでいる。果して間に合うんだろうか?途中で道が塞がってはいないだろうか?
そんな不安を振り払い、落ちてくる岩を避けて、あたしたちは走り始めた。

 


**続く**


Thank  you  for  your  reading!(^-^)

前ページへ 目次へ 次ページへ