夢つむぎ

その15・悲しき龍族(1)



あたしとランディはヒースが投げ入れてくれたバラの茎を伝って、なんとか穴から出ることができた。えっ?どこにそんなバラの茎があったって?それはさ、空中庭園で手にいれたバラの種・・それをヒースが試しに投げ入れたんだ。最初それが投げ入れられた時は、なんでこんなものを?って思ったさ。そうしたらだよ、ジャックと豆の木じゃないけど・・ううん・・それ以上の早さだね。とにかく、芽が出たと思ったら、ぐんぐん延びてさ、あっと言う間に上まで届いたんだ。ぐいっと引っ張ってみても、しっかり穴の壁にくっついていて、びくともしないようなんで、それを伝って、よじ登ったってわけさ。
「おせえじゃねえかよ?この地下ってのは、寒くてたまんねえんだ。こいつじゃ、温めてもくれねえしな。」
「何バカ言ってんだよ?とにかくさ・・ありがとう、助かったよ。」
「本当によかった・・ずいぶん心配してたんですよ。」
ヒースがほっとした顔つきで言う。
「アッシュ殿も悪運のお強い方なのですが、あなたたちも、なかなかどうして、負けず劣らずの強運の持ち主ですな。」
ルオンは・・・毎度お馴染みの嫌味・・・。
アッシュは、少しにこっとすると、先を急ぐぞとでも言うかのように、向きを変えてもう歩き始めている。あたしは急いでアッシュに追いつくと、みんなに聞こえないように話した。
「機会があれば話そうと思ってたんだ。あたしさ、あんたと同じ境遇なんだ。昔、仲間を・・・見捨てて逃げちまったのさ。いつか奴らが迎えに来るって覚悟してた。あの穴に落ちたとき、奴らが地の底から手招きしてるのが見えたんだ。でも、あんたはあたしの手を捕らえてくれたね。嬉しかったよ。変な話かもしれないけどさ、あの一瞬、あたしの中で何かが変わったんだ。無事に戻れたら、話そうって決めたのさ。だけど、か弱い女の一人くらい、楽々と引き上げられるよう、もっと力をつけとくれよ!」
あたしは、笑いながらアッシュのみぞおちを軽く叩いてやった。
「何だ、何だ?アッシュに何こそこそ耳打ちしてんだ?」
「あんたに関係ないさ。」
「ちぇっ!」

「わあっ!地下水脈だ!」
しばらく進むと地下水脈にぶつかった。それは、激しい流れをつくり、地の底へ、底へと向かっている。
「渡れそうもないねえ・・・」
「へっ!どうやらランディ様の出番らしいな。そこらの影で震えながら見てな。」
(な〜にをごたいそうな事言ってんのさ?)
ランディが手を広げると、ランディの周りに冷気の竜巻が巻き上がった。そして、それが、水流の上をなめるように渡って行く。
「す・・すごぉい、ランディさん!」
どおどおと流れていた水流は、カチンコチンの分厚い氷となっていた。
「まっ、この俺様にかかれば、これしきのことは、たやすいもんだぜ。」
「はん!地下じゃ何にもできなかったくせに!」
「うるせえ!あれはあれ、これはこれだよ!」
「ふん!」

だけど、その先は行き止まりだった。まだ奥に洞窟はあるってのに!しかたなく、他を回る。

「グリムか?・・・いや、奴は怪我なんかしてなかったな・・・。」
洞窟の奥に一頭の傷だらけの老龍がいた。その龍は、閉じていた目を開けると、ゆっくりと首をもたげた。
「・・・お前たちがグリムの言ってた旅人か?なるほど・・お前の瞳はヤール王のそれと同じだ。」
その龍はアッシュを見てから、昔を思い出しているかのように遠い目をした。
「その輝きを見ていると思い出す。あの頃は良かった。この老龍ダウも、王の兵と共に野を駆け巡った。我らはザムハンを愛し、人々も我らを慈しんだ。・・・・・旅人よ、お前たちには何の恨みもない。だが、グリムも我らも他にとるべき道はなかった。・・・我らが憎いか?ならば討て。討つがいい。」
老龍はよろよろと立ち上がり、満身の力であたしたちに向かってきた。
「グアアアアッ!!」
・・否応がなしに応戦し・・・最後には、倒しちまった。
(ダウってたしか・・勲章があったっけ・・・・)
シュウシュウと音をたてて消えていくダウを見ながら、むなしくなってしまった。なんとなく、殺られる為に待ってたような気がしてさ・・・。
「おい、立派な鱗があるぜ。お土産のつもりか?」
ランディの声で、ダウの身体が横たわっていたところを見ると、そこには、龍の鱗があった。
アッシュは黙ってそれを背負い袋に詰め込むと、再び歩き始めた。

洞窟は、本当に入り組んでて苦労する。あっちこっちで行き止まり。・・あたしたちはランディに魔法で周囲の様子を確かめてもらってから、少しずつ進んだ。

「泉だよ!・・・きれい・・・・」
あたしは見とれていた。その透明な泉はきらきらと銀色に輝いている。
「ね、アッシュ、これがそうじゃないのかい?本に書いてあった、どんな怪我や病気も治してしまうっていう奇跡の泉は?!」
「多分そうじゃねえか?・・ってことは・・持っていって損はないわけだな?回復剤の代わりになるぜ。」
ランディが持っていた空瓶に入れようとした。
(どうせキャンプ中に一人でウイスキーでも呑んでるんだろ?)
「だめだ・・入らねえ・・・おっかしいな?」
泉の水は瓶の口で避けるようにして中へ入っていかない。
「手でもすくえないよ?」
すくおうとすると、銀の砂になって指の間から流れ落ちてしまう。
「・・・こうなったら意地だね、なんとかしてすくってやる!」
「そうだ!」
あたしは、ポケットに入れた銀の杯を思い出し、それを取り出した。
「お前・・その杯、どこで手にいれたんだよ?」
ランディがそれを見て言う。
「あは・・悪く思わないでおくれよ。勲章のあったあたりで見つけてね、ちょいときれいなもんだから、失敬しちまったんだ。いいじゃないか?」
「ったく・・・しょうがねえな。よこしな!」
ランディがそれですくうと、泉の水はすんなり入り、杯は、チリンと美しい音をたてた。
「じゃ、必要になるまでしまっておくんだな。」
蓋がしっかりしまってることを確認すると、ランディはそれをあたしに渡してくれた。
「OK!」
(さて、お次はどこへ・・・?)
あたしたちはまだ行ってないところを調べながら進んだ。でも、空間感知の魔法も、あれだね・・立っている周辺しか見れないからちょっと不便だね。どうせなら、その場所全部見えればいいのにさ・・・。

「い、今・・何か動きましたよ?」
ヒースが恐々として言う。
「ホントかい?」
その先に進んでみる・・そこには、一匹の仔龍がうずくまっていた。仔龍は悲しそうな顔をして、あたしたちをじっと見つめている。
「こ、この龍、怪我してますよ。可哀相に、歩けないみたいですよ。」
ヒースが届かない程度まで、そっと近づいて言う。
「いっそ殺してしまったらどうですか?何も今更ためらうこともないでしょう?」
「や、やめて下さい、ルオンさん。この龍、泣いてるみたいじゃないですか?それにこんなにおとなしいのに、酷いですよ!」
「いずれ成長すれば私たちを襲ってくるかもしれないのですよ。それならいっそ今のうちに殺してしまった方がいいと、私は思うのですがね・・・」
「そ、そんなの・・酷いですよ!」
珍しくヒ−スの口調が強かった。
「あたしもヒースに同感だね!」
ヒースは、ふと思いついたように、ルオンからあたしに視線を移すと遠慮がちに言った。
「あの・・ヒルダさん・・この仔龍にあの泉の水を使ってあげるなんてこと・・どうでしょうか?」
「ああ、いいね!いいだろ?みんなも?」
誰も反対はしない・・ルオンもそれ以上は言わなかった。
龍の足元に銀の杯の水をかけると、龍は身体を伸ばし、大きく翼をはためかした。
「クキュゥ・・・」
そして、嬉しそうにあたしたちの頭上を越え、飛んでいった。
「お優しいことですね。」
そんなルオンの言うことなど無視し、あたしたちは洞窟の探索を続けた。
でも、もう道がなくなってしまった。どうしても行けれないところを除いて。


「こんちはっ!親父さんいるかい?」
あたしたちは、町に戻っている。龍の鱗を交換所に持っていったら、だめだと言われちまったんで、なんとかできないかと、防具屋に来たんだ。加工できやしないかと思ってさ。

「おっ、旦那、そりゃ正真正銘の龍の鱗じゃねえかい?」
店の主人は、奥から出てくるなり、カウンターにのせた鱗に目をつけた。
「ああ、そうだ。」
「おお・・・まちがいなさそうだ・・・だ、旦那、これ、あっしに預からせてはくれねえか?・・こりゃあ、いい鎧ができるぜ。炎なんか簡単に弾いちまうぜ。」
「ホントかい?」
「そりゃ、龍の鱗だからね・・・だけど、結構重いからな、じょうちゃんが着るにゃ、ちょっと無理があるかも知れんがな。はははははっ!」
主人は、嬉しそうに鱗を触っている。
「な、旦那、いいだろ?このままじゃ何にもならねえ。宝の持ち腐れだからよ?」
「そんな事言って、えらくふっかけるつもりなんじゃないだろうね?」
「へ?あっしはそんなこたあ、しやーしませんぜ、じょうちゃん。ただでいいよ!スケルメイルが作れるってだけで、嬉しいってもんだ!職人の血が騒ぐぜ!」
「だけど、施術師なんかさ、あたしたちが城で手にいれた種子をただでもらっておいてだよ、それで調合した復活剤・・いくらだと思う?25000Gもふっかけやがるんだ!ったく!抜け目がないってんのか・・足元をみやがって!」
「ははは・・なるほどね。ですが、あっしは絶対そんなことありやせん!じょうちゃん方の苦労に比べりゃ、なんてことありやせんぜ。」
主人は、あたしの目をまっすぐに見て、強く言い切った。
「どうする、アッシュ?」
「ああ。頼むか。」
「じゃ、頼んだよ、親父さん!」
「へい、ようがす!まかせておきなって!」
主人は鱗を持つと、意気揚々として奥へと入って行った。

不眠不休で仕上げても、早くて2日はかかるって事だったんで、たまにはいいか、ということで、町で命の洗濯としゃれ込むことにした。えっ?どこがしゃれてるんだって?あはは・・まぁいいじゃないか?固いこと言いっこなし!敵と戦い詰めのあたしたちにとっては、のんびり過ごすのもいいってもんなのさ!分かるだろ?あんたも、たまにはゲームを止めて、ゆっくり過ごしてみちゃ、どうだい?時の女神の子守歌が聞こえるかもしれないよ?

なんて言ったけどさ・・なかなかゆっくりしてられないね。ランディなんか時間がもったいないからって、無理矢理ヒースに魔法を教えてるんだよ!ヒースも断れなくってさ・・・あたしは、あたしで、アッシュに今一度、剣の扱いを見てもらってる・・・最高の技も繰り出せるようになったけど、威力がいまいちなんだよね。アッシュは女としちゃ上等だって言ってくれるんだけどさ・・・。えっ?アッシュと上手くいってるじゃないか?って?・・まあ、上手くと言えばそうだけど・・相変わらず弟子と師匠ってとこだね。最も前より話してくれるようにはなったけどさ。
ルオン?・・あんな奴知らないね!どこかで誰かを呪ってるんじゃないか?・・と言うのはいい過ぎだけど・・そういう感じだもんね・・・どこで何をしてようと、あたしには関係ないさ。出かける時になりゃ、何処からともなく現れるさ。まったく何者なんだか・・・?

「よお、ヒルダ!」
ランディがやってきた。
「いいとこ見つけたな?」
あたしは町の片隅の大木の下で涼をとってたんだ。ベンチやテーブルがあって、町の人たちもよくここで過ごしてる。憩いの場所ってとこだね、きっと。
「いい風だな・・・」
そう言いながらランディはあたしの座ってるベンチ座る。
「おい、ちょっと貸せ。」
「な、なんだよ?ち、ちょいとランディ・・・?!」
あたしは焦って、立ち上がろうと思ったさ・・だけど、そうしなかった。
「う〜ん・・・最高の気分・・・」
「勝手に言ってな!」
ランディはベンチの上で横になった。それも、あたしの膝枕で!
(強引なんだから・・・ったく!)
膝の上のランディの頭の重さが、気持ちがいいような気がしてた・・・んだ・・・。だけど・・何を言ったらいいのか分からない。
「ヒースはどうだい?」
あたしはランディがそうしてることなんか、全然気にしてないというように聞いた。ランディの顔が見れない。あたしは前を向いたまま。ちらっと見たランディは目を閉じてたけど。
「ああ・・なかなかすじがいいぜ。やっぱり歌も魔法の一つだからな。」
「ものになりそうかい?」
「ああ、すぐ上達するだろ?やり始めりゃ何にでも真剣なぼうやだ。岩場で練習するとか言ってたぜ。」
「ホントかい?・・ついてってやらなきゃ!」
慌てて立ち上がろうとするあたしの膝の上から、ランディは頭を退かそうとしない。
「大丈夫だって!サンダーブレードを持ってったからな。あのぼうやもなかなか抜け目がないぜ。」
「そ、そうかい?」
「そう言うこと。」

「こうしてると、嘘みてえだな?」
あたしが何を言おうか考えていると、ランディの方から話し始めた。
「ああ、そうだね・・・平和な、何処にでもある町だね。」
「のどかすぎるな・・・町ってのは、ガキの笑い声やはしゃぎ声があるべきなんだぜ。」
「そうだね・・静かすぎるね・・ガキなんてものは、こうるさいとばかり思ってたけどさ・・ここじゃそれがないだけ、普通の町じゃないって感じちまうね。」
「ああ・・・・」
再び、会話が途切れる・・・・

「ランディ・・?ランディったら・・寝ちまったのかい?」
いつのまにかランディは、寝入っていた。穏やかな寝息が、あたしの耳に囁く・・まるで幼子のように安心して、あたしの膝の上で眠っているランディの顔は、ついつい見とれてしまうほどだ。
「まったく!しょうがないねえっ!」
その乱れた前髪を手で直そうとしてる自分に気づき、あたしは、その手を止めると苦笑した。

大木の下、あたしたちをそよ風がやさしく撫でて行く。時が止まったみたいな感じがしていた・・・・・

 


**続く**


Thank  you  for  your  reading!(^-^)

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