夢つむぎ

その14・地底2人(2)



もう・・どのくらい経つんだろう?・・・・なんか、待ってるだけってのが、続くよ・・・だけど、外壁で待ってたときは、寒くもなかったし・・みんなと一緒だったから・・・。今度は、よりにもよって、女たらしのドすけべランディと二人っきりなんて・・・もう、最悪だよ!・・・寒さと・・眠気と・・・そして、最大の敵ランディ・・気が抜けない・・抜いたら・・おしまいだ・・・でも・・眠いよ・・アッシュと一緒なら良かったのに・・・寒い・・眠い・・気をはってるつもりでもまぶたがくっついちまう・・ダメだったら・・ヒルダ・・寝ちゃぁ・・・・・・・・・・・

「ヒルダ、おい、ヒルダ!寝ちまったのか?ヒルダ!?」
誰かがあたしの頬を叩きながら、名前を呼んでる・・・?誰だっけ・・・?眠い・・あったかい・・・誰かがあたしを抱いている・・?アッシュ?・・・
「う・・ううーん?・・・?」
ぼんやりとランディの顔が見えくる。・・・それもドアップで!
「・・ランディ・・?」
頭が働いてくるにつれ、あたしは、その事実に驚愕し、眠気はいっぺんに吹っ飛んでしまった!
「ラ、ランディ?・・何してんだい?」
大声を出し、がばっと上体を起こした。不覚にもランディの腕の中。
「何って・・・お前が寝ちまったみたいだから、やばいと思って・・・」
「そ、そうだったのかい?・・ご、ごめんよ。眠らないように自分に言い聞かせてたんだけどさ・・・・」
慌ててランディの腕を払いながら、立ち上がる。
「・・・俺って、そんなに信用がないのか?」
「そ・・」
そんなことない、と言おうとして、あたしは続けれなかった。事実は事実。今までのあたしの態度からみて、この手の社交辞令は通用しない。分かりきってるからね。ランディもその事は、知ってんだから・・・。
「ほらよ!」
ランディは自分のローブを脱ぎ、それをあたしにかけると、壁の反対側に行き、身体を動かし始めた。
「よっとっはっ・・・!」
身体を屈伸させたり、跳びはねてみたり・・・忙しく動くランディ。
ローブはランディのぬくもりが残ってて、とてもあたたかい。あんな態度をとったってのに・・あたしは思いっきり後悔してたよ。
「ランディ・・そんなカッコじゃ寒いよ!」
あたしは急いでローブを脱ぐと、ランディに近づいた。
「大丈夫だって!こうして動いてりゃ、多少はあったまるってもんだ!」
「だって・・・・そんな薄着じゃ・・・」
薄緑色のローブの下は、真っ白な絹のシャツ。おしゃれなランディらしく、銀糸で袖口や襟に刺しゅうが施されてある。真っ白なシャツの上で束ねたランディの金髪が踊る。いつもアッシュと一緒にいるせいで、ひ弱に見えたんだけど、結構がっしりしてるんだ、と初めて気がついた。まぁ、アッシュの前じゃ、たいていの男共はひ弱にみえるさ。
「ランディったら!・・ちっともあったまってなんかいないよ!」
動きながらも震えてるランディの身体に触って、ランディの身体が完全に冷えきってしまってることに気づいた。この程度の動かし方じゃダメなんだ。・・・かえって冷風によけい体温を奪われちまったみたいだ。
「ランディ・・・」
あたしは、受け取ろうとしないランディのローブを羽織ると、その裾を上げ、一緒に包まろうと目で合図した。
「いいのか、ヒルダ?ドすけべランディだぞ?」
「あ・・あたし・・そんなこと口走ってたのかい?」
「さあ・・・?」
「もうっ!・・いいから入りなよ!凍えちまうよ!」
ランディは黙ってローブの裾を掴むと中に入ってきた。だけど身長の差で、うまいとこ羽織れない。
「座った方がいいみたいだな?」
あたしたちは、そこに腰を下ろした。
「いいかい?もしちょっとでもおかしなことしたら・・・」
「へいへい・・分かってます・・」
あたしたちは、横に並んで座ってローブに包まった。さっきよりはあったかいけど・・まだ寒さは感じる。よほどの冷気だ。
「ヒルダ・・」
「ん?何だい?」
あたしたちは、お互い前方を見ながら話し始めた。
「お前さ・・ホントにアッシュ一筋なんだな・・」
あたしの額がちょうどランディの首の辺り・・ランディの声がすぐ上の方から聞こえる。
「・・・全然気にも止めてもらえないけどさ・・」
「ぼんくらだからな・・アッシュの奴・・」
「剣一筋だからだろ?」
「まぁ、そう言えば聞こえがいいがな・・単に鈍いだけだろ?」
「鈍いっていうより・・全然その気がないんじゃないかい・・・?」
「まあな・・・そう言えば・・・」
「そう言えば?」
「何でもない・・」
「ずるいよ、ランディ!言い掛けた事は言わなきゃいけないんだよ!」
「・・・昔の事を思い出したんだ。」
「昔の事?」
「ああ・・・昔の事さ・・ちょっと昔の事・・」
「それってもしかして・・城で姫さんの壁画を見たとき言ってた女の事?唯一、ランディを振ったっていう・・・?」
「よく分かったな?」
「へへん、こういうことにゃ、女の感はするどいんだよ。」
「そんなもんかね?」
「・・・どんな女だったんだい?あの姫さんから言うと、結構美人だったんだね?」
「まあな・・俺はめんくいだからな。」
「あはは!自分で言ってるよ!」
「だから、ヒルダも美人ってことだな。」
「・・・・・上手いこと言ってもなんにも出ないよ。で、どうなったんだい、その美人とは?」
「人の失恋話聞いて面白いのか?」
「退屈しのぎにはなるさ。」
「退屈しのぎねえ・・・・まあ、いいか・・・俺がそいつに出会ったのは、俺が師匠の元を出て、旅をし始めた頃だった。人があまり知らないような山奥にある、ちっぽけな村の娘で、最初出逢ったのは、その森の中にある泉だったんだ・・・・


「妖精か?・・・」
俺はすっかり迷っちまってた。うっそうと繁る木々をかき分けて出た所は、小さな泉のほとりだったんだ。その泉の中に一人の女の妖精が・・いや、娘がいたんだ。
水浴びの途中なのか、泉のほぼ中央にある岩にもたれ蝶と戯れていた。腰まで届くほどの長い黒髪。真っ青な瞳。さくらんぼのような唇。どれをとっても俺の好みだった。俺は、すっかり見とれてた。そのうち引き寄せられるように、泉に向かって歩き出していた。

−−ポキッ!−−
俺は小枝を踏んでしまったんだ。
「きゃっ!」
その音でこっちを見て、俺の姿に気づいた娘は、泉の中に潜っちまった。それっきり出てこない。人間がこんなに長く潜っていられるはずがないと思った俺は、やっぱり妖精だったんだ、と思っちまったのさ。
仕方なく、俺はその泉で喉の渇きを潤してから、再び森に入った。なんとかして夜までに人里に下りたかったんだ。だけど、反対に進んじまってたんだ。そのうち日が暮れちまって・・彷徨ってるうちに、偶然木々の間から見えかくれする明かりを見つけたんだ。俺は、小枝に服が引っ掛かって破れるのも構わず走った。
辺りは真っ暗・・闇夜だったその日は特に暗かった。明かりしか見てなかった俺は足をすべらして崖から真っ逆様さ・・・そして、気がつくと、目の前に彼女がいたんだ。

「こ、ここは?妖精の国か?」
思わず俺は聞いちまった。
「まあ・・・面白い事おっしゃるのね?私はエリス。ここは、私の家。この村は精霊使いが住む村なのよ。」
「精霊使い・・・じゃ、やっぱり君は妖精なのか?」
「ま・・お上手なのね。妖精と意志の疎通はできますけど、でも残念ながら私は人間よ。」
娘は微笑みながら言った。
「痛っ!」
起き上がろうとした俺は、足に激痛を感じた。骨が折れてたんだ。
「駄目よ、じっとしてなくては!添え木がしてありますからね。・・お腹がすいたでしょ?今お食事を持って来ますわね。」

娘の名はエリス。村長(むらおさ)である母親と二人きりの家族だと言った。村と言っても十件程度の小さな村だった。俺は、しばらくその家にやっかいになることになったんだ。

傷が治っても俺はまだそこにいた。同じ魔導の使い手。だけど、俺は召喚魔法は使えない。多少は違ったが、同じく修業中だというエリスと一緒に、しばらく修業させてもらったんだ。魔導の違う者と修業をするのも、刺激があっていいかもしれない、いい影響があるはず、と彼女の母親は、簡単に許可してくれた。実際、結構いい修業になった。普段はそよ風でも折れてしまうかもしれないと思う程のたおやかな娘なんだが、修業となると、真剣そのもの。結構きつかった。俺も真剣に相手をしたもんさ。

娘と一緒にいて、それも超俺好みの美人だ、俺が口説かずにいるはずがない。勿論、俺は口説いたさ。一緒に修業はするわ、いろいろやさしく気遣ってくれるわ、で、当然、エリスも好いていてくれてると思っちまった。こりゃ簡単に堕とせる、と、たかをくくってたんだ。だが、そうじゃなかった。エリスは誰にでもやさしい。やさしすぎるくらいにな。俺は焦った。ランディ様の名がすたるってね!意地になってエリスの後を追っかけたりしたんだ。だが、どんなに思いを打ち明けても、どんな事をしても、エリスは、俺の思いに応えてくれなかった。それどころか、俺の思いに応えられない自分が悲しい、とさえ言った。目に涙をいっぱいためてな。そんなエリスに俺は諦めた。どうあってもこの娘の心は動かない。今この娘が見つめているものは、彼女の生涯の友である妖精だけなんだ。少しずつ消えていく小さな友が心配で、他の事は、彼女の心に入る余裕など全くないんだ、と。・・結局俺は、エリスのそのやさしさに耐え切れず、そこを後にした。あれ以来、会った事はないし、会いに行こうと思った事もない・・・


「今思うと、初恋だったのかもしれんな。それまでや、それ以後も、結構そこら中で女にちょっかいは出してはいるが・・本当に惚れたのは、エリスだけだったかもしれん・・・俺の心の中にはあいつがずっと住んでいたのかも・・・な?どの女とも本気じゃなかった。いや、その事が知らず知らず、俺を本気にさせなかったのかもしれないな・・ま、一夜の愛に関しては本気だが。」
「ランディ!?」
「おいおい、そう怖い顔して睨むなよ!せっかくの美人が台無しだぜ。最も、そこがまたいいんだけどな・・・」
「上手く話をそらさないでおくれよ!」
「はははっ!けど、ホントだぜ、今の言葉・・・」
「冗談!」
「ホントだってば!俺の目を見なって!」
「・・・・・」
「そんな俺の心の奥の傷を癒してくれたのが・・ヒルダ・・お前さ。エリスとよく似てる。いや、あいつ以上に俺好みだ。」
「全く!よくそういう歯が浮くようなせりふが言えるもんだね?!」
「本当の事さ。」
「話を聞いた限り、あたしは、ちっともやさしくないし、妖精と友達でいるような、そんな純粋な女じゃないよ。盗賊なんだよ、あたしは!」
「いや、性格が似てるんだ・・芯のしっかりしたところが、な。」
「気が強いって言いたいんだろ?」
「美人で気が強い・・俺の一番の好みなんだぜ。」
「おまけに口が悪い・・むこうはお嬢さんなんだろ?全然違うさ!」
「お前は・・強がってるだけさ。本当は、やさしいし、純な魂を持ってるのさ・・」
「・・・・・買いかぶりすぎだよ、ランディ・・・」
「いいや、俺はそうは思わない・・少なくとも、俺には女神なんだ・・ヒルダ・・」
「そう言うわりには、女に声をかけまくってるじゃないか?」
「どんなに他の女に言い寄ろうと、俺の心に住んでいるのは、ヒルダ・・・お前一人さ・・・お前だからこそ・・・」
あたしの肩に回したランディの腕に力が入った。あたしはって言うと、なんだか、ぼおっとしちまってて・・・考える力が止まっちまったようだ・・・
「ヒルダ・・・」
ランディの手の導きで向きを変えられたあたしの顔の真正面に、ランディの顔があった。ランディのきれいな顔がぐっと近づく。やさしく見つめるその少し緑がかった青い目・・さらさらの前髪が、そよ風になびいてる・・・

「なっ!・・・何すんのさっ!」
危機一発、頭の中で危険信号が鳴り響き、あたしは、はっとして立ち上がった。羽織っていたローブが落ち、寒さが身体を包み込む。
「・・・ちぇっ・・もう少しだったってのに・・・」
「へん!おあいにく様!」
「だけど、ヒルダ・・俺は本気なんだぜ。」
「はん!どうだか!この女ったらし!・・危ないとこだったよ・・・!」
「ヒルダってばあ・・・俺はなあ・・・」
あたしは、上から声が聞こえたような気がして、ランディが何か言おうとしてるのを止めた。
「あ、あれは・・ヒース・・そうだよ、ヒースの声だよ!アッシュたちが見つけてくれたんだ!」
あたしは寒さも忘れ、上に向かって大声で叫んだ。
「おおーい!ここだよ!・・ヒース!・・アッシュぅ!」
「ちぇっ・・・」
横で舌打ちするランディの姿が、視界の片隅に入ってた。



**続く**


Thank you for your reading!(^-^)

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