夢つむぎ

その13・地底2人(1)



あたしたちは、今、龍の小像の前にいる。その横の扉はびくともしないんだ。空洞になっているその像の目に、手にいれた赤い玉を入れようとしてるとこなのさ。
えっ?沼はどうしたって?そりゃ、勿論、先に行ってきたよ。残念ながら、そこにはグリムはいなかったけどさ。その代わり、ニーラ神殿で手にいれた銀の玉が沼に近づいたら、突然輝いて・・・もう、あれにはびっくりしちまったね!あっと言う間に沼の水がザザザアアアと銀の玉に吸い込まれちまったんだ。そして、沼には一滴の水もなくなっちまったんだ。玉はその時、割れて消えちまった。・・・そうしたらさ、なんと、龍の白骨が枯れちまった沼の中に散乱してたんだ。そして、その白骨の中に赤い玉があったんだ。そう、城の三階で見つけたのと同じのさ。
書庫の本に『両の目が揃うと地下への扉は開かれる』とかなんとか書いてあったのを思い出してさ・・ランディなんか得意満面だったよ。俺様のおかげだな、なんて。

それから、二階の龍の紋章のあった扉を例のうさんくさいじいさんからもらったカギで開けて、ここまで来たのさ。途中には、じいさんが言った通り、龍とザムハンの王との契約の間もあったし、なんか、龍に贈る勲章なんかが飾ってある小部屋がいくつもあった。だけど、勲章なんかたいしてお金になりゃしない、もっと、こう金銀財宝っていうお宝はないのかね、この城は?まぁ、幻の武器やアイテムなんかは、よく見つかるけどさ。ランディなんか、あんまり勲章があるってんで、龍に勲章なんかやったって、喜ぶようにも思えん、なんて独り言言ってたよ。グリムへの勲章もあったんだ。どうやらグリムは龍一族の長らしい事がわかったんだ。あの蛇頭は本来の姿じゃなかったわけさ。龍の方が本当の姿ってことらしいのさ。なんでなったのか、どうしてテスタロッサを持っていったのかは、まだ分かってないけどね。グリムを褒めたたえる文句を読んで、またランディが言ってよ、「グリムってのはあの蛇頭のことか?今でこそ、ろくでもなしのペテン野郎だが、お偉い龍様だったみたいじゃねえか?」ってね。

後は、そうだね、聖杯の間なんて部屋もあった。扉の前で、『侵入者を入れるわけにはいかん。』なんて頭に声が響いたもんだから、よほどのお宝があると期待して入ったんだけど、勿論、兵士が襲ってきたけど、そんなのか〜るくのしてやったよ。な〜んにもないんだよ。ちっぽけな銀の杯が台座の上にあっただけ。でもさ、きれいだったから・・・エヘヘ・・みんなが気づかないうちにあたしが失敬しちまった。

「目・・目が光り始めたぞ。」
ランディの声に像を見ると、赤い玉をはめ込んだ両目がほんのり赤く輝いた。そして、その輝きがおさまると同時に、開かなかった扉がゆっくりと開いた。

「なんか、いやな空気だね・・・。」
扉の奥は階段になっている。下から生暖かい風が上がって来る。風の音は、何か悲しげなメロディーをかもし出している。
「地の底から吹いてくる風が、まるで、何かの鳴き声のようではないですか?そう思いませんか、アッシュ?」
ふう・・ルオンの氷の微笑は慣れっこになっちまったよ。

そこは、確かに書庫で見つけた本に書いてあった龍の洞窟だった。そこには、風としずくの音、それと、あたしたちの足音の他は、まったくの静寂に包まれてた。城の下にこれほど大規模な洞窟が広がっているなんて、想像できなかったよ。
階段からまっすぐ進んだ一角は、墓場だった。その広場は、白骨で埋め尽くされていたんだ。あたしたちが足を踏み入れた途端、白骨は起き上がって襲ってきた。なんとか倒しはしたけど、結構苦労しちまったよ。なんといっても数が数だからさ。
その奥に、小さな龍の骨の上に大きな龍の骨が覆いかぶさるようになってるのがあった。多分親子龍なんだろうと思う。ヒースはじっと悲しそうに見てたよ。・・でも、普通じゃない感じがした。普通に死んだんじゃない気が・・・周囲の空気は、息苦しくなっちまうような悲しさに覆われている。

龍の墓場というだけあってドラゴンは勿論、ドラゴンゾンビやタイニードラゴン、ワイバーンだとかがよく襲って来たさ。ここへ降りた来た時なんか、あんまりにも静かだったから、ランディなんか文句を言ってたんだけどさ。
「なんだよ?龍の棲む洞窟てえからには、さぞ、暴れがいがある所だと思ってたのに、墓場のような静けさだな。」
なんてね。事実墓場だったけどさ・・でも少し進むと、もう次から次へと敵が出て来てさ、暴れがいがあるなんてもんじゃないよ、まったく!それに、毒の息をふきかけるもんだから・・もう最悪だね。あれを吸っちまうと、回復しなくなっちまうからね。おかげでルオンが大活躍。僧魔法の『浄化』で、毒を中和するのさ。それと、あいつらは、火をごおごお吐いてくるしで、もう、大変!例え、回復魔法で、きれいさっぱり治っても・・いやだね。火で焼かれる気分は何とも言えないね!何度やられても慣れるもんじゃないね!

後は・・ゴーレムのようなラーヴァだとか人魚の化け物のようなムッドメインなんか・・・み〜んな、手強い奴ばかり・・・おかげで、回復剤がずいぶん減ってきた。ここに来るまでの城の西館には、あのピンクのねえちゃんと次々と何本でも剣を飛ばしてくるポゼッションがよく出てさ・・あれにもまいっちまったけど、それ以上だね。で、ここで大活躍したのが三階で手にいれたサンダーブレード!精神力が尽きてもサンダーブレードで雷雲をよんで、やっつけたのさ。重宝してるよ!

でも・・また行き止まりになっちまった。空間感知の魔法で見ると、確かに洞窟はまだあるのに・・・隠し通路なんてないようだし・・・どうやったら行けるんだろう?

−−ヒュウウウウ・・−−
不意に後ろで風が舞い上がる音がし、あたしたちは振り向いた。
そこには、龍の姿に戻ったグリムがいた。
「ついに、ここまで来おったか。あのままでは済まぬと思っておったが。どうやら我が同輩の墓場へも行ったらしいな。ならば分かろう・・我ら一族は呪われておるのだ。あの聖剣こそがそれを救う唯一の手段。あわれと思うて、ここより立ち去ってくれ。」
「勝手なことぬかしやがって!人の持ってきたもんを、横取りしやがって、よくもそう横柄な口が利けるもんだぜ!」
ランディが一歩前に出ながら文句を言う。
「お主らを利用したのは悪かったと思っておる。だが、このままテスタロッサを持てば、お主らも運命から逃れられなくなろう。これ以上の流血は我らとてしたくはないが、忠告を聞き届けぬと言うなら、考えねばならぬ。」

グリムはそう言い終わると、尾を振り回し、激しい振動を与えた。地は吠え、あたしたちの後ろの方に口を開いた。そして、大地が激しく揺れている中、グリムは姿を消した。
「きゃあっ!」
気づかない間に、その割れ目はあたしの足元に迫ってきていた。そして、不覚にもその割れ目に、あたしは引きずり込まれてしまった。

「ア、アッシュ・・・」
あたしは落下寸前の状態で、右手首をアッシュに捕まれていた。足元の遥か下には、底が見えない・・真っ黒な暗やみが広がっている。
「ちっ!見てらんねえぜ、アッシュ・・女を抱く時は、こうやるんだぜ。」
アッシュが少しずつあたしを引き上げ、もう少し・・もう少しで出れるという時、横から割り込むように、ランディがあたしの身体を抱き上げた。まったく!余計な事しなくてもいいのにさ!
すっとアッシュの手があたしの手首から離れる。
「よっと・・もう大丈・・・・」
その時だった・・大地が再び激しく揺れ動き、ランディの足元が裂け、崩れ落ちる。
あたしたちは、地中深く、真っ暗な闇を、下へ、下へと落ちて行った・・・・・

「ヒルダ・・・おい・・ヒルダ・・大丈夫か?」
真っ暗な地の底で、あたしは気がついた。目が慣れてくるにつれて、あたしを覗き込んでいるランディの顔が見えた。
「ここは・・どこだい?」
頭が重い。だけど、不思議と怪我はしてなかった。
「地の底って以外、な〜んにもわかんねえよ。」
「たくもおっ!あの時あんたが引っ張り上げなきゃ、こんな事にはなりゃしなかったんだ!・・痛っ!」
立ち上がろうとしたあたしは、痛みの走った足首に手を充てた。
「くじいたのか?どれ・・見せてみろ。」
「いいよ!・・歩けないほどじゃないよっ!」
あたしは、足首に伸ばしたランディの手をぱっと払った。
「ちぇっ・・可愛げのない奴だぜ・・人が親切に診てやろうと思ったのによ。」
「・・・・」
ちょっとやりすぎちゃったな・・とあたしは後悔した。
「ほらよ!自分で塗りな。」
ランディは傷薬を投げてよこした。
「あ、ありがと。」
それを受け取って、あたしは自分が傷一つないことを理解した。それは、ただの傷薬じゃなく、町の施術師で買った魔法の薬なんだ。浅い傷なら一瞬にして治っちまうのさ。
「ここまで、落っこちるのに、無傷って事なかったよね?」
あたしはカマをかけた。
「まあな。だけど、うまい具合に、俺の上に落っこちたからよ。それで、よかったんじゃないのか?」
「ふ〜ん・・・傷薬を持っててよかったね。」
「ああ。」
「ぬって治したんだろ?」
「ああ、そうだぜ。」
「あたしのも。」
「ああ・・・とと・・」
ランディは慌てて口を抑えた。でももう遅いよ!
「ランディ・・・薬をぬるついでに、変なことしなかっただろうね?」
「だ、だれがするってんだ?気を失ってたんじゃ、反応がなくてつまんねえだろ?」
「だけど、その事を隠してたじゃないか?」
「いらん心配かけたくなかったまでさ。」
「ふ〜ん・・・」
ま、こんなところで言い合ってても、はじまらないし、第一、そう、めくじらたてる程の事でもないさ。・・・あったとしても・・多分。
ランディは、あたしが薬をぬる間、辺りを警戒しながら横で座っていた。
「もういいか?」
「うん・・・」
「な〜に・・・それくらいで済んでよかったさ。骨折でもしてるもんなら、おぶっていかなきゃならねえからな。」
「そんときゃ、這ってでも行くよ、ご心配なく!」
「ははっ!そんだけの口が利けりゃ、大丈夫だな?」
「当たり前だろ?あたしがこのくらいの事でくたばるわけないだろ?・・・だけど、暗いね、ここ・・この洞窟はどこまで続いてんだろ?出口はあるんだろうか・・?」
「ちょいと見たところじゃ、奥に真っすぐ延びてるだけで、その先にゃ何があるか、わからねえな。まだそう先までは行ってねえし。お前一人、置いてくわけにゃいかねえもんな。・・それに・・この寒さ・・冷たさって言った方がいいな。奥から冷気が吹いてくるんだ。」
そう言えば、さっきからどうも寒いと思った・・身体の震えが止まらない。
「だけど、行くしかないだろ?上は塞がっちまってるし・・・」
真っ暗で上も見えない。けど、明かりが差してないということは、完全に塞がったってことだろう。
「そうだな・・」
あたしたちは、冷気が流れてくる真っ暗な穴をじっと見ていた。
「そろそろ、行こうぜ。いつまでもこうしてても始まらねえぜ。」
「そう・・だね。」
(もし・・もし出口がなかったら・・・)
返事をしたものの、あたしは、いろいろ考え込んじまってた。落ちる時のこと、この先になにがあるのか、それから、出口はあるのか、無事出れるのか?・・。
(ううん・・・そんなことないさ!それに必ずアッシュたちが助けてくれる!そうに決まってるさ!でも・・・・)
−−ぶるっ・・・−−
寒さだけじゃない、暗やみがあたしの不安をかきたて、あたしは思わず、身震いし自分の身体を両手で包む。
「どうした?行くぞ、ヒルダ。」
横にいるはずのランディの声が遠くに聞こえた。
「あ、ありがと、ランディ・・・」
差し出されたランディの手を取り、ようやくあたしは立ち上がる。
「おいおい、ヒルダらしくもないぜ。さっきの元気はどこへいっちまったんだ?」
「ここは、べつに地獄の底ってわけじゃないよね?」
「何言ってんだ?そんなわけねえじゃねえか?!」
ここへ落ちる途中、あたしの目には、昔あたしが裏切った仲間の手が見えたんだ。
気のせいだったかもしれない・・だけど・・あたしを地獄へ手招きしてるみたいに見えたんだ。
−−ブルルッ!−−
「大丈夫か?ヒルダ?」
ランディが心配顔で、あたしをのぞき込む。
「・・・・ランディ・・あたし・・」
「何だ?寒いのか?温めてほしいのか?」
「な・・・?」
手の事を言おうと思ってたあたしは、ランディの言葉に一瞬呆気に取られていた。ランディはそう言うが早いか、あたしの肩に腕を伸ばしてきている。
−−バシッ!−−
「なんでそうなるんだい?!」
あたしはその腕を叩き払うと、ランディの前に立って歩き出した。
だけど、おかげで頭も覚めたようだ。
「いってえなあ・・・何すんだよ?・・人がせっかく・・おお、さぶぅ・・」
ランディがぶつぶつ文句を言いながら、後についてくる。そんなランディを見て、あたしは、くすっと笑っていた。

どのくらい進んだだろう?手探りで洞窟を進むと、前方に明かりが見えた。
「ランディ、明かりだよ!」
「やった!出れるのか?」
その明かり目指して、あたしたちは走った。
そこは、再び行き止まりとなっていた。遥か上の方から明かりが差し込んでいたのさ。
「どうしようかね?・・ちょいと、世界一の魔導士、ランディ・・なんとかできないのかい?浮遊の術とかさあ?」
「ちぇっ・・言いたい事ばっか言いやがって・・・・怪我してた時の方が可愛かったな。」
「なんだい?」
「いーや、べつに・・。それにそんな魔法、俺様にはねえぜ。例え、あったとしても、これだけ高くちゃ、ちょっと浮くくらいじゃすまねえぜ。浮くと言うより、飛ぶ、と言った方がいいな。」
「そうだねえ・・とすると、アッシュたちがこの穴を見つけてくれるのを待つしかないっていうわけだね?」
「ま・・そういう事だな。それに、ここまで届くなが〜いロープかなんかが必要だしな・・・」
ランディは、しかたない、という顔をして壁に持たれて座り込んだ。
「・・・そんなのアッシュたちが持ってるわけないだろ?」
「ふう・・・何にしろ・・今しばらくは、ここで2人っきりってことさ。ま、化け物が出ないだけ、ましだろ?」
「そりゃそうだけどさ・・他に手はないんだし?・・・でも、こう寒くっちゃ、助けられる前に凍え死んじまうかも・・・?」
「だから、さっきから言ってるだろ?温めてやるって!」
ランディの目は、俺の傍に来いと言っている。
「あんたに温めてもらうんなら、死んだ方がましってもんさね!」
あたしは、反対側の壁に持たれると、自分の身体を両手でぎゅっと抱いた。
下心見え見えなんだって!ほら、ランディの後ろ!ぱたぱたと振れる狼の尻尾が見えるようじゃないのさ?!
きっとランディを睨むと、あたしは思わず心の中で叫んでいた。
(アッシュ、お願いだから、早く見つけておくれよ・・・)



**続く**


Thank  you  for  your  reading!(^-^)

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