夢つむぎ

その10・悲しき愛



ある種の虫に効果があるというアイナリアの胞子、持っていった種の中から、何かの役に立つから、と施術師が返してくれたその胞子を持って、あたし達は、蜘蛛の回廊の入り口、回転扉の前に来ていた。
「この胞子が効くかどうか分かりませんが、試してみましょう、アッシュさん。」
再びあたしたちを捕らえようと、音もなく寄ってくる糸を見ながらヒースは先に立ち、アイナリアの胞子を回廊に放った。胞子は回廊を吹くかすかな風に乗り奥へと運ばれていく。しばらくすると、蜘蛛の糸は、みるみるうちに回廊の奥へと引っ込んでいった。
「やったあ!効いたんですよ、胞子が!」
ヒースが嬉しそうにあたしたちを振り向く。
「だな・・ぼうず。」
ランディがヒースのそんな態度に、一応満足を表すように笑みかける。
「だが、まだ合格点はやらねえぜ。奥の蜘蛛さんをやっつけてからな。」
ここへ来るまで、勿論蜘蛛は襲って来た。でも前ほどの事はない。まだ少しは震えてはいたけどさ、ヒースなりに努力してるよ。それは、ランディも認めてるさ。
「は、はいっ!」
ヒースはあたしの顔を見ると、ほっとしたように、にこっと笑った。

回廊の奥まった部屋、そこには巨大な大蜘蛛が身構えていた。部屋一杯の大きさで三つの瞳を持つその大蜘蛛はひどく弱っているようだった。
「かっかっか・・帰りましょう。こ、こんな大きな蜘蛛と戦うなんて・・と、とんでもない・・・ぼ、僕・・できません・・・」
「おいおい、ぼうず・・さっきの勢いはどうしたんだ?」
ランディが真っ青になっているヒースを見て笑った。
「だ・・だって・・・・こ、こんなに大きいとは・・・・」
「それにどうやら、帰る事もできそうもないぜ。」
そう、大蜘蛛はゆっくりとあたしたちの方へ歩み寄って来ていた。後ろ姿を見せるわけにはいかない・・と思っているうちに出口の方が数匹の並みの大蜘蛛に塞がれてしまった。
「やるしかなさそうだぜ、ヒースぼうや?」
あたしはヒースの肩をぽん!と軽く叩くと大丈夫!と目を合わせて言ってやった。
「・・・・」

「蔦の絡ま〜るチャペ〜ルで、祈り〜を捧〜げた日〜(ふ、古すぎるぅ・・)なら、いいんだけど・・蜘蛛の糸が絡まるんじゃ、思うように攻撃もできやしない!やっぱりこういう時は、魔法がいいね。ランディに教えてもらおうかな?と、つい思っちまった。他の事を教えてくれそうで、ちょっと、考えちまうけどさ。
まぁ、ほとんどアッシュの独り舞台、それにランディとルオンの魔法ってとこかな?弱ってたってせいもあるけど、そいつは、案外あっけなく倒れてくれたのさ。

その蜘蛛は倒れると、あたしたちの頭に話しかけてきたんだ。
「おかしかろう、私もあの女と同じ種族。もはや力こそないが、三の瞳を持つ者だった。だが、あの女は私を嫌い蜘蛛に変えた。あの女がくれた唯一の口づけを甘んじて受けた。そして、財宝の守りとして役目を果たしてきた。だが、胞子に侵されたこの身体は長くはあるまい。・・・最後の願いだ、あの女を殺してくれ。心は通わなくてとも、あの女と共に冥府へ旅立ちたい。それが叶うなら、喜んで呪われた血をお前にやろう。三の瞳は三股の銀の矢でしか射ることができぬ。それも相手が油断した時しか機会はない。お前たちならできよう・・いや、やってくれ。」

蜘蛛は最後の力を振り絞って自らを噛み切った。傷口からどす黒い血が泉のように吹き出る。アッシュは、それをすくい上げ口に含んだ。
「我らが手をくだすまでもなかったようですな。心の弱い者の当然の末路でしょう。」
「ル、ルオン・・その言い方ないだろ?」
「そ、そうですよ、ルオンさん。悲しい心の人です、この蜘蛛は・・・」
「そのような甘い感情は捨てるべきでしょう。特にこの城では・・・いつか、その甘さが命取りになりますよ。」
「そ、そんなの・・ぼ、僕は甘いとは思いません。当然の・・」
あたしは、蜘蛛の後ろにあった宝箱から鷲の紋章の入った黒いカギを手にいれるとヒースに、ほほ笑んだ。
「ルオンに何を言っても始まらないよ、ヒース。そいつは、・・・そういう奴なんだからさ。」
「で、でも・・ヒルダさん・・・」
「おい、置いていかれるぜ。」
ランディのその言葉に弾かれるように、あたしたちは蜘蛛の前から立ち去った。

ちょうどよく、落とし穴から落ちた部屋で銀の矢も手にいれていたあたし達は、トリニトラのところへ行った。あの女はアッシュの首筋に蜘蛛の印がないの見ても、動揺するどころか、余裕の笑みをみせた。
「他の者の犠牲の元に呪詛を解いたのか?さぞや見物であったろう。あれに懲りてそのまま城より立ち去れば良かったものを。お前たちには分かるまい、邪視を持って生まれ、恐れられてきた者の気持ちを。そんな私を召し抱えてくれたのが、ヤール様だった。あの方はお強い。そして、深いお心をお持ちだ。私は全身全霊をかけてヤール様にお仕えしてきた。それを、あの女が・・・」
トリニトラは、昔を思い出しているのか一瞬寂しそうな遠い目をした。
「私はあの方の為なら冥府に落ちても構わぬ。それが、王に対する私の気持ち。王のお心を乱す者を許すわけにはいかぬのだ!」
トリニトラの額の瞳が光った。あたしたちは、ものすごい頭痛に耐え切れず、そこから飛び出した。

「冗談じゃねえぜ。あの銀の矢を使うことすらできねえのかよ?待てよ、あのうさんくさいじじいが言ってたな、宝であの女の鋼の心にひびを入れろとかな・・やってみる価値があるってもんじゃないか?」
「くくく・・・面白いですな。一度死んだ者が昔の思い出の品で動揺する?・・果たしてそんなに甘くいくかどうか・・・」
ルオンが半分嘲笑するように言う。
「うるさいね、他に手立てはないだろ?」
「まあ、そうですが・・・」
むっとして、感情も何も見られないルオンからあたしはアッシュたちに目を移した。
「じゃ、さっきの蜘蛛の宝箱から失敬したこのカギ、これで開かなかった扉が開けれるだろうから・・まず、お宝探しといこうか?」
「そうだな、な、アッシュ?忙がば回れってな?!」

「ここ、ここ・・宝物庫って書いてあるこの扉だよ。多分この黒いカギが・・・」
あたしはさっそくカギを試してみた。
−−カチャ−−
「やったねっ!さ〜て・・中はどんなお宝が・・・?」
あたしは、期待で胸が高鳴るのを押さえ切れなかった。

「ちぇーっ・・・しけてやがんのぉー・・・それらしきお宝なんて全然ありゃしない・・・」
あたしは頭にきていた。だって本当にこれと言った物がないのさ。

「な・・なんだい・・この部屋は?」
もう、驚いちまったね!蜘蛛はよく出たけどさ・・その部屋の扉を開けると、山のような大群がひしめき合ってたんだ・・・そいつらは、あたしたちを認めると、一斉に襲いかかってきた。あたしは、思わず、ヒースを見てしまったよ。
でも、ま、ヒースもずいぶん慣れたようだ、最初ぎくっとはしたようだけど、(そりゃ、そうさ、あの大群を見りゃ、だれしも一瞬ぎくっとするさね。)すぐ歌い始めたんだ。
でも、アッシュの『雷鳴の刃』は一段と冴えてきててさ・・あっと言う間に全部真っ黒焦げ・・おだぶつってわけさね。さすがだね。事実、アンデッド系のモンスターでなけりゃ、あたしたちの出番はなかったからね。本当にアッシュの剣技はすごい・・・ってんで、あたしは今気がついた・・何もランディに魔法を習わなくてもいいんだ。アッシュに一応基本は教えてもらったんだから、後はそれを使って修得しさえすりゃ・・あたしも剣技が使えるようになるはずなんだ・・・そうだよ・・って事であたしは、なるべく弓を使わず、剣を使う事に決めた。最も接近戦になるから、ちょいと危ないかもしれないけどね。それくらいは覚悟の上さね・・あたしにも意地があるからね!

その奥の部屋のテーブルには、漆黒の闇をあしらったような黒いベールがあった。
だけど、そのテーブルには特別強力な呪術がかけてあるらしく、近づこうものなら身体中に激痛が走って、到底手に入れれそうもない・・順番にやってみたんだけどみんな一緒だった。
「どうやら、そのベールは人間嫌いらしいぜ。それに手を触れられるのは、モンスターか畜生の類だな。」
ランディが舌打ちする。
「そんな事言っても、頼んでやってくれるわけないし・・・」
しかたなく他を回る事にした。

「まった蜘蛛かぁ?・・・」
ランディがうんざりしたように呟く。小部屋に入ると同時に、部屋の片隅にじっとうずくまる小さな蜘蛛が目に入ったのさ。ま、小さいと言っても30センチ位はあるね。なんて言ってもここの蜘蛛は大きいから、それに目が慣れちまって・・。襲ってくる様子はない。
「小さな蜘蛛だな。・・お前もキスを教えてもらったのか?だが、お前じゃとても呪いを解くには至らないな。」
ランディはその蜘蛛をからかっていた。
他には何もないようなんで、あたし達は、その部屋を出ようと扉に向かった時だった、ヒースが上ずった声で、叫ぶように言った。
「ヒ、ヒルダさん・・・こ、この蜘蛛、僕の後をついてくるんです。ど、どうにかしてください。た、戦うのは、少しは慣れましたけど・・でも・・嫌いって事が治ったってわけじゃないんですよ〜・・」
「懐かれたようだね、いいじゃないか・・この際だ、ついでにその蜘蛛嫌いも治したらどうだい?」
「そ、そんなぁ〜・・・ヒルダさ〜ん・・・」
「なかなかのお似合いのコンビだぜ。」
「・・・ランディさんまで・・・」
いくら追い払ってもその蜘蛛はついてくる・・ついにはヒースも諦めたらしい。
宝物庫も全て回った・・だけど相変わらず、トリニトラの大切にしているような物は見つからなかった。
「やっぱりあのベールかな?」
「そうだな・・・そうだ・・おい!」
考え込んでいたランディは、何かをひらめいたみたいにヒースの後ろにいる蜘蛛に向かって言った。
「おい、そこの蜘蛛公・・・お前、取ってくれねえか?」
すると、蜘蛛はランディの言葉が分かるかのように前に進み出た。
「こりゃいいぜ。アッシュ、早速行こうぜ。」
本当に言葉を理解したのか?と思いながらも、あたし達は、早速ベールのあった部屋に向かった。

「頼んだぜ、蜘蛛公。」
ランディがそう言うと、蜘蛛はさっとベールに近付き、それを身体にかけるようにして戻ってきた。そして、そのベールをアッシュの前に落とした。
「お前、ホントに俺の言葉が分かるのかよ?なかなかやるじゃないか、蜘蛛公。人間だったら、俺様の弟子にしてやるところだぜ。」
さーて、これで準備万端・・早速、トリニトラのいる通路へと向かった。

扉を開けてそこへ入ると、前と同じように、そこにはトリニトラが口元に笑みを浮かばせて立っていた。が、何かに気がついたようにはっとし、そして、一歩一歩ゆっくりとこちらに近づいて来た。その瞳からは邪気が消え失せている。
「その袋に入っているのは、月闇のベール・・・なぜ、お前たちにそれが手に入れられたのだ・・なぜ、それを知っていたのだ・・・ま、まさか・・アリエル・・・あの男か・・・」
トリニトラの顔つきが険しくなった。
「お前たちに月闇のベールを渡すわけにはいかぬ!それは、私が王より賜った大切な品。返せ・・・それを私に返すのだ!」
明らかにトリニトラは動揺していた。彼女は半狂乱になり、髪を振り乱して襲いかかってきた。

「ヒルダ、今だ!」
「あいよっ!」
部屋に入ると同時に銀の矢を引き絞っていたあたしは、トリニトラの第三の瞳めがけて放った。弓の腕には自信がある・・・あたしの放った矢は正確にそれを貫いた。
「ぎゃあっ!」
トリニトラは、その矢を引き抜くと投げ捨て、両手を広げてものすごい気を発しながら再び襲いかかってきた。
「きゃあっ!」
疾風があたしたちを引き裂く。
「『力場創造』!」
ランディが唱える。
「『祝福』!」
ルオンが全員の傷を癒す。
「やあっ!」
アッシュがトリニトラに突進し、切りつける。
ヒースが『BRAVE』の歌を歌う。
あたしも負けてはいられない・・必死になって矢を放つ。

トリニトラの呪文と召喚された巨大蜘蛛の攻撃はすさまじかった。
でも・・やはり、アッシュは強い・・・簡単にとはいかなかったけど、とにかく、トリニトラは地に伏した。
今や、恐ろしい光をたたえていた彼女の瞳に、その光はなく、涙が幾筋にも流れている。
「王よ・・・ヤール様・・お役目を全うすること、かないませんでした。・・どうか・・・どうか・・お許し下さいませ・・・」
その顔は、邪気のない娘のものとなっていた。潤んだ目の可憐な娘に。
そして、彼女の身体と剣は、まるで、地に吸い込まれるように消えた。
そんな彼女を見て、たまらなく思っちまったあたしは、アッシュからベールをもらうと彼女が消えた場所にそれをかけた。すると、ベールもまるで、トリニトラの後を追うかのように、いや、トリニトラが地の底へ吸い込んだかのように、すうっと消えた。
「トリニトラさんって・・・ヤール王を愛していたんですね・・・心の底から・・」
ヒースが沈んだ顔でぽつりと言った。あたしもたまんなかった・・やるせなかった・・・トリニトラを倒してくれと言った男もそうだけどさ・・・あの男は蜘蛛にされてでもトリニトラを愛してた・・トリニトラは・・多分ヤール王に妃が決まっても・・臣下としてしか見られていなくっても・・・・愛してたんだね・・・王からの贈り物を取られただけで、あんなになっちまうほど・・だけど、これとそれとは別もんさ!あたしは自分もその悲しみに引きずりこまれそうになるのを抑える為、わざと考えを変えた・・どうも、ティナの一件があってからというもの、あたしらしくない!盗賊ヒルダ様には、女々しさは似合わないのさ!・・
そうさ、あれじゃ、戦士としちゃ失格だね・・。男に惚れるのはいいけど、もっと自立心ってものを持たなくっちゃ!
「考えが甘かったのさ、あの女にしちゃ・・。そんな大切なもんなら、肌身離さず持ってればよかったんだ。ちょいと甘く見すぎてたってとこだね。」
「そ、そんな言い方しなくても・・・」
ヒースがあたしを少し非難するような目で見た。
「あんたも甘い事言ってちゃ駄目だよ!特にこの城ん中じゃね。別にルオンじゃないけどさ・・・」
あたしは、つい思った事とは裏腹のきつい事を口にしてた。甘ちゃんじゃ、この城の探索は続けられない・・・切実にそう思ったのさ。
「おい・・!」
ランディの声にはっとして、あたしとヒースは振り向いた。
そこには、あの小さな蜘蛛が変化し始めてた。その小さな身体は皮を破り、人の形になっていく・・・
「キ、キリーっ?!」
そう、確かにあの若い方の戦士、キリーだった。
「とりあえず礼は言っておくぜ、死神さん。俺はあの女と戦い、呪いを受け蜘蛛になってたんだ。だが、あんたは違うようだったな・・俺がいなければ、ベールを手にいれることもできなかったはずだ。所詮、他人の犠牲なしには、あんたは勝利を得られないんだろう?」
キリーは、あざ笑うかのように、そう言い捨てると、あたしが言い返そうとしてるうちに、振り返りもせず通路をかけて行った。
「仲間を踏み台にして・・・ですか・・図星ですか、アッシュ?」
ルオンがアッシュを見ながら目を細め、嬉しそうに言う。
「あ、あんたねぇ・・・・」
あたしは文句を言い掛けた・・だけど、そんな事はお構いなし、いつものように黙ってさっさと奥へ歩いていくアッシュ。そんな彼に、多少じれったさを感じながら、あたしは口をつぐむと、小走りでついていった。

 


**続く**


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