夢つむぎ

その9・蜘蛛の呪い



「ひひひひ・・アッシュが蜘蛛か・・俺様を差し置いて女とラブシーンなんかするからだ。どんな蜘蛛ができあがるか、楽しみだぜ。」
ランディがアッシュの首筋にできた蜘蛛の印を見ながら、にやりとした。
「ア、アッシュさん・・蜘蛛になるんですか?・・ぼ、僕、蜘蛛は苦手なんです。ど、どうしよう・・・?」
「馬鹿げたこと言うんじゃないよ、ヒース!」真っ青な顔をしたヒースを少し睨むようにあたしは言った。
「ふん!自分が無視されたもんだから・・アッシュにあたらなくてもいいだろ?ランディ?」
そう、アッシュは蜘蛛の呪いを受けた。ここ、二階へ上がるとすぐの扉を開けた時だった。通路の片隅に娘が一人うずくまっていたんだ。何とも言えない可憐な娘ってわけで、アッシュもランディもぼぉーっとしちゃったのさ!今、思えばあの女の術だったのかも知れない。最もランディはいつもの事だけどさ。森の薬草を採りに行ってモンスターに捕まってしまったと言ったその女は、ランディが自分の命に代えても守ると言った言葉を無視して、あろうことか、アッシュに迫ったんだ。いくら術に落ちてたと言え、アッシュもアッシュさ!鼻の下でれぇーっと延ばしちゃってさ、その女の色香に迷って口づけなんか受けるもんだから・・だらしないったらありゃしないよ!こんないい女が側にいるってのにさ!全く!最初からなんとなく怪しいと感じてたあたしは、アッシュにあの女が近づいてきた時、怪しいから気をつけろって言おうとしたんだけど、あの女の方が少し早かった。ぼぉっとなっちまってるアッシュの首に両腕を回したかと思ったら、いきなり口づけさ!・・・思い出しただけでも頭にくるよ!ったくっ!・・あたしが剣を教えてもらった時なんか、寄りかかっても全然反応なしだったのに・・・

口づけをし終わると同時に、可憐だった娘がみるみる間に妖しげな女に変わったんだ。そして、その女、確か、トリニトラとか言ってたけど、誇らしげに笑いながら消えてったよ。今後、もし、アッシュがトリニトラを手にかけようとしようものなら、アッシュは蜘蛛になっちまうんだってさ。・・・どうせなら、ランディかルオンにしてくれりゃよかったのに・・なんとかして呪いを解く方法を見つけなきゃ。

「あっ、アッシュ、待っておくれよっ!」
そんな事は気に止めてもいないとでも言うように、アッシュはさっさと奥へ入って行く。本当に何を考えて行動してるんだろ、この人は?無口すぎて理解しかねる。


「いい女だな。ちょっと俺が惚れた女に似てるな。エリスっていうんだけど、唯一俺になびかなかった精霊使いの女だ。」
その部屋には正面の壁に描きかけの婚礼の絵、右側に可憐で美しい姫君、左側に雄壮に馬を駆り剣を振るう王の絵が描いてあった。その姫君の絵を見てランディは一人呟く。
「ふ〜ん・・ユーレイルの聖なる巫女姫フォルナ、か・・・眼のあたりが似てるのかな・・・?それとも・・雰囲気か?」
「誰もあんたの昔話なんて聞いちゃいないよ。」
「こっちのは、ザムハンの偉大なる王ヤール、だそうです。」
反対側を見に行ったヒースがこちらを振り返って言う。
「そうすると、この真ん中のは・・二人の婚礼の絵ってわけだね?でも、どうして描きかけなんだろ?」
「さーてね・・俺様の知ったこっちゃないね。だけど、描きかけってことは、婚礼は執り行われなかったってことなんじゃないかな?」
「う・・ん、そうだね。」
他にこれといった物もない・・あたしたちは、そこを後にする。

二階は、ひっきりなしにモンスター共が出た。兵士達や兵士の亡霊、そして、巨大蜘蛛の大群。もうたまらなかったよ。で、三階への階段へ行く通路でトリニトラに会ったんだ。だけど・・戦いにならなかった。なぜかって・・それは、アッシュにかけられた例の呪いのせいさ。あたしたちが扉を開け、その通路に入ると同時に、あの女は不敵な笑いを浮かべアッシュに言ったんだ・・・仲間を喰い殺せってね!ぞっとするような瞳だった。第三の瞳ってんのかね?呪いのかかってないあたしたちでも身動きできなくなるような・・・だから、アッシュの苦しみ方といったら、尋常じゃなかったよ。その瞳が光ったと思ったらアッシュは頭を抱えてうずくまっちまったんだ。全身から冷や汗が吹き出ていた。きっとあの女の命令と必死で戦ってたんだろうね。あたし達は、必死の思いで気絶しちまったアッシュをそこから外へ引きずり出したんだ。アッシュの人並み外れた精神力だからこそ、蜘蛛にならずすんだんだと思う。もし、アッシュが蜘蛛になっちまったとしたら、あたしたち全員、喰い殺されてたかもしれないと思うと・・ぞっとするね。

あと、少し奥まった部屋に、なんともうさんくさいじいさんがいた。呪いを解くには同じ呪いを受けた者の血が必要だ。とか、トリニトラには大切にしている宝があってそれを手にいれれば、あの女の鋼の心にひびを入れる事ができる、とか言ってた。
ランディなんか敵意むき出しで言ってたよ、「あんたも仲間じゃないのか?」ってね。みんなそう感じてたみたいだったけどさ。トリニトラは、昔からそれで敵を同士討ちさせて喜んでいた、なんて事も言ってたからねあのじいさん!信用していいんだか悪いんだか分からないよ。ま、他に方法も知らないから、試してはみるつもりだけど・・同じ呪いを受けた者なんてここにいるんだろうか?・・それに、あの女の宝って・・・?どうせならもっと詳しく教えてほしいもんだね。

それから、回転扉を見つけた。他の壁と溝が違っててね、簡単に見つけたさ。あたしの目はあんな事じゃ、ごまかされやしないんのさ。足を踏み入れると、回廊の奥から何か透明な糸が音をたてて現れ、足に絡まってきた。その糸は多分蜘蛛の糸。それも太さから言って相当大きな奴だと伺えた。それの奥は、多分そいつの巣?そんな気がしたね。火事場の馬鹿力って言うんだろうか、蜘蛛が大の苦手だってんで、ヒースが信じられないような力でアッシュを引っ張って扉の外に出ちまった。
ランディなんか、笑いながら「今くらいの力を普段から出してもらいたいもんだな、ヒース坊や。」なんて嫌味を言ってた。まぁ、蜘蛛との戦闘の時なんか、真っ青になっちまって、リュートを弾く手だけでなく、全身ガタガタ震え、音程さえも狂って歌にならなかった事から考えりゃ、巨大蜘蛛の巣?なんて考えただけでもああなるのは分かる気がするよ。あたしだって、いい気はしないからね。

それで、とにかく二階の行けるところを先に行こうって事になった。でも北西は、カギのかかった扉で行き止まりだったし、それと反対の南東の部屋じゃ、落とし穴に落っこちてしまったんだ。落ちた部屋には、一体の死体が転がっていた。その死体は銀の矢を握ってたんだ。勿論、いただいたさ。ちょっと変わった矢じりでね、三つに分かれてるのさ。あたしが回転扉を簡単に見つけ、一見、密室にみえたその部屋からは無事出れた。そこは二階への階段に近い通路だった。でも、後は、蜘蛛の巣しか行けるところがなかったんだ。ヒースがどうしてもいやだってんで、仕方なく一旦町に戻ったのさ。宝箱から失敬した剣やガントレット、ヘルメットなど余分の物を売って軽くしたかったしね。それと植物の種なんかも散乱してたから、拾ってきたんだ。施術師が変わった種子を見つけたら持って来てくれってな事言ってた事を思い出してね。

「ヒース、お前も魔法を覚えてみちゃどうだ?お前みたいな奴は頭を使わねえとな。特別に俺様が教えてやるぜ。どうせ蜘蛛が出りゃまた歌えやしねえんだからな。」
宿で夕食を取っていると、ランディが突然ヒースに言った。
「ぼ、僕は、歌うのが好きだから・・・魔法なんて・・・いいですよ・・・」
ヒースは消え入りそうな声で答えた。
「何だよ?俺様の好意を無にするってのか?お前も案外と度胸がいいじゃないか?」
「余計なお世話ってなもんさね!ヒースの歌はあんたの魔法以上だよ!」
ランディのきつい目に狼狽え、いつにもまして小さくなってしまったヒースを、あたしは庇った。ヒースが可哀相だよ、いつも一生懸命やってるんだからさ。
「ああ、そうかい、そうかい・・・悪かったな・・後で教えてくれって言っても、知らねえからな!」
ランディは不満げな顔をして立ち上がる。
「いいか・・ヒース、今度蜘蛛と遭った時、またとちって歌も満足に歌えんようなら、容赦しないからな!」
立ち去ろうとして足を止め、ランディはヒースの方を振り向き、きつい口調で言った。そして、ヒースの答えも待たず、そのままテーブルを離れて行った。
「あ・・ランディさん・・」
慌ててヒースが追いかけようとするのをあたしは止めた。
「ほかっとけばいいって、あんな奴。自分が世界一強いって思ってるどうしようもない自惚れ屋なんだから。」
「で、でも・・・」
「いいから、いいから!だけど、そうだね、ランディの言うことも一理あるね。きつい事言うようだけど・・モンスター共はどんどん手強くなってくるし・・」
「は・・はい!ぼ、僕、頑張ります!」
真剣な表情で言うヒースは、なんかとっても可愛く思えちまった。はは・・母性本能をかきたてられたって言うのかね?あたしは、ヒースの頭をくしゃくしゃ撫でると微笑みかけた。
「ランディなんかあたしに任せておきな。今度文句言ったら、あたしがあいつを容赦しないよ!それにさ・・あんたの真剣さはランディも分かってるはずなんだ。心配なんだろ。」
「すみません・・みなさんにご心配をおかけして・・・でも僕大丈夫です。きっと蜘蛛とも戦えます!・・・いいえ、戦います!ですから・・・」
「ああ・・分かった、分かった・・置いてきゃしないよ、安心おし!」
「は、はい・・・。」
その夜、あたしは宿の中庭でヒースの歌を夜が更けるのを忘れて聞いていた。戦闘中以外で聞いたのは初めてだった。ヒースの無垢な魂を感じさせずにはおられない、聞く者の汚れを拭い去っちまうような・・純な頃に戻っちまうような・・・透明感のある素敵な歌声だった。
・・ははっ・・・つい涙しちまったよ。あたしとした事が・・・。

 


**続く**


Thank  you  for  your  reading!(^-^)

前ページへ 目次へ 次ページへ