夢つむぎ

その8・古の力



「あいつを・・・ティナを愛していた。だが、自分の中の戦士の血を捨てられなかった。そして・・・泣き叫ぶあいつをおいて、旅に出た。これは、報いだ。あいつの愛に答えてやれなかった。自分だけの夢を求めた者の当然の死なのだ。どうか・・・あいつに・・・」
倒れたセラクは、いや、セラクが離れたその肉体にウォーレンの意識が蘇る。そして、息絶え絶えにそう言い残すと、ウォーレンの身体は剣もろとも塵となって消えた。その後には、一房の髪の毛が残っていた。それはティナと同じ色の髪だった。
「どうして、死んじゃうんですか?本当に好きだったら死んじゃだめじゃないですか?ティナさんが、もっと悲しむじゃないですか?」
滅多に口を開かないヒースが悲痛な顔をして、じっと見つめながら呟いた。
「ホントだよ・・本当に好きなんだったら・・・」
続ける言葉が見つからない・・(意地でも生き残って・・そして・・・)
その髪の毛を拾い上げる手が震える。・・ティナに渡さないといけない・・・だけど・・・だけど・・・・・
「結局はあたしたちが殺しちまったんだね?・・頼まれたのに・・ティナに・・頼まれたのに・・・あ、あたしたちが・・・・」
その場にしゃがみ込み、思わずその髪の毛を胸に抱き締めたあたしは、涙が頬を伝わるのを押さえきれなかった。ティナのすがりつくような一途な目が脳裏に写っていた。
大きくため息をついてからランディがあたしの肩に手をかけた。
「どうしようもなかったのさ・・・こうするより・・・すでにウォーレンじゃなかったんだからな・・・・」
「だけど、だけど・・悲しすぎるよ、こんなの・・・あ、あの子は・・ティナは・・・・待ってるんだよ・・・ウォーレンを・・・じっと寂しさに耐えて・・・なんて言ったらいいんだい、あの子に?・・」
涙目でランディの方を振り向く。その横のアッシュさえも心なしか悲しい表情を見せている。
「ヒルダ・・・・」
ランディがそっとあたしを立たせ、アッシュは、軽くぽん!とあたしの肩を叩くとその通路の奥にある階段に向かった。その後ろ姿は、ウォーレンの死を知らせるのは忍びないと語っているようでもあった。
「待って下さい、アッシュさん!」
その足をヒースが止める。
「一度町に戻りましょう。じゃないと、ティナさんは、いつまでたってもウォーレンさんの帰りを待ってますよ。」
悲しくても事実は事実、伝えるべきだ、とヒースは主張する。・・・・・自分だって今にも泣き出しそうな顔をしてるくせに。でも、ヒースの言ってる事も分かる。アッシュは足を止めると、ゆっくりと振り向いた。何も言わないが、みんなで決めようと言ってるようだ。
「そう・・・すべきだろうね・・悲しくても、事実を受け止めなけりゃ、あの子はいつまでも悲しげな目をしてウォーレンの帰りを待つだろうからね。ウォーレンの影だけを見つめて一途な目で・・・」
「そうだな・・・」
短く呟くと、ランディは空間転移の呪文を唱えた。

一瞬にして周りの景色は変わり、あたしたちは、町の入り口にいた。
そこには、門柱によりかかったようにして目をつむっているティナがいた。
ティナはあたしたちの気配を感じたのか、その目を開けた。
ぐずぐずしてても仕方がない。もう決めたんだ。・・だけど、ティナの目を見たらその決心も鈍っちまった。

で、結局、ティナに何も言わず宿に来ちまった。ヒースやランディも何も言わなかった。その日はそのまま宿に泊まり、次の日、あたしたちは出かけることにした。

翌朝、あたしたちは、いつもより早い朝食を取っていた。
「アッシュ、これ・・」
あたしは、前日渡せなかった髪の束をアッシュに渡した。渡すべきだと分かっていてもティナの目を見ると渡せそうもなかったからさ。
その時だった。
「そ、その髪は・・・?」
その声にはっとして、あたしたちは戸口の方を見た。そこには、真っ青な顔をしたティナが立っていた。
「き、昨日・・なんとなくあなたたちの様子がおかしいと思ったので・・・そ、その髪は・・・それは・・それは、確かに私があの人に託した私の・・まさか・・・まさか・・・・彼は・・・おっしゃってください、あの人は・・・?」
ランディが静かに立ち上がり、ティナに近付きならが何か言おうとした時、ルオンが口を開いた。
「誤解なさらぬことですな、レディ。あの男を追いつめたのは、あなたです。あなたのいう『愛』などというくだらないものが、あの男を弱らせ、死に至らせたのです。・・それにしても、何の助けの手も差しのべぬあなたの神とやらも酷いものですな。」
テーブルに駆け寄り、自分の髪を震える手で握り締め、唇を固くかみしめたティナは冷たい言葉を放ったルオンをきっと見つめた。
「そうです・・私は恋人である前に使徒でした。あなたのおっしゃる通りなのかもしれません。でも、これを試練というには悲しすぎます。」
大粒な涙がティナの瞳からはらはらと溢れ落ちるのと同時に、ティナは、くるっと向きを変えると走り去っていった。
「ル、ルオン・・あんた、なんて事言うんだい?!」
あたしは思わずルオンを睨んだ。
「おや?アッシュ、私を責めるというのですか?死神とまで言われたあなたに、そんな心があるとは、滑稽なものだ。」
見ると、確かに、アッシュのルオンを見る目も、いつもよりきつい。
「・・いえ、あの子の恋人が死んだのは、意外とあなたのせいかもしれませんよ。なにせ、あなたの周りは、死の匂いが漂ってるのですから。」
「ルオンっ!あんた言い過ぎだよっ!」
「おや?レディ、レディは、そうは思わないのですか?」
『死神アッシュ』・・その呼称があたしの頭に甦り、一瞬あたしは返答ができなかった。
−−ガタッ!−−
アッシュが勢いよく立ち上がる。思わずあたしはびくっとした。
少し悲しそうな顔をして、アッシュは黙って戸口に向かう。
「・・・・・」
−−ガタン、ガタン・・・−−
あたしたちは黙って彼の後をついていった。

そして、あたしたちは、再び城へ来ていた。
城へ入った途端、暗やみからいきなり剣がアッシュの顔面に突き出される。
キースがきっとアッシュを見つめていた。
「ウォーレンを殺したんだろ?そうなんだろ?あいつは、俺が兄とも親友とも尊敬していた男だ。答えによってはこの剣がお前の喉をかききるぞ。」
キースは、返事をしないアッシュをしばらく見つめていたが、はっとひらめいたように、険しい顔を一段と険しくする。
「思い出したよ、あんた、仲間殺しのアッシュだろ?もっと早く気づけばよかったよ。地獄の使者がこんな身近にいたってことにな。あいつは言ってた。古えのどのような戦にも負けぬ力を探すのだと。そして、俺を誘い旅に出、そして、消えた。お前たちがあいつを策略にはめたんだろ?その力を知って手に入れたかったんだろ?そして、ウォーレンが邪魔だったんだろ?」
有無を言わさずキースは、アッシュに切りかかった、が、狙いは大きく外れ、剣は空を切った。
「覚えてろよ!お前たちを許しはしない!いつか必ずウォーレンの敵をとってやる!そして、俺はウォーレンが得ることができなかった古えの力とやらを手にいれてやる。仲間殺しの手などに渡すものか!」
「あっ!お待ちよっ!」
キースはアッシュを、あたしたちをきっと睨むと、城の中に消えて行った。
「あの少年を生かしておくのですか?珍しい事です。」
ルオンがにやりとしながらアッシュに言う。
「あんな青臭い小僧一人殺っても、なんの自慢にもならないからな。そういうあんたは、どうなんだ?」
少し喧嘩腰のもの言いのランディ。
「くくく・・・いえ、しかしこれは、なかなか面白い戦闘が期待できそうですな。」
少し不気味な感じもする笑みを浮かべるルオンは、ランディの言うことなど全然気にしていない。
全く、このおじんはどういう奴なんだ!分かってはいたけど、あたしも頭にきていた。



**続く**


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