夢つむぎ

その7・神の使徒


 

「あ・・あの・・あなた方ですね、あの城に入られたというのは・・・」
次の日の朝、あたしたちが食事をとっていると一人の可愛らしい女の子がテーブルに近寄って来た。
さらさらのショートカット、真っ青なつぶらな瞳の、いかにも清純そうな女の子。
「申し遅れました、私、ティナと言います。神の教えを伝える伝道師です。お願いしたいことがあって・・・。」
「可愛い子だな、なんだ、頼みってのは?このランディ様に何でも話してみな。」
早々立ち上がったランディはその子の手を取ると自分の横にイスを持ってきて座らせた。
(やっぱり、こうきたか・・・)
あたしには、ランディの尻から狼のしっぽが生えているように見えた。
「あっ・・すみません。」
ティナはそんなランディに少し戸惑いながらも、イスに座るとあたしたちを見回しながら話し始めた。
「あの・・・人を探しているんです。ウォーレンという名の戦士です。」
「待てよ・・宿とそれと地下室であった虫の好かない二人組のでかいほうが、確かそんな名前で呼ばれていなかったか?」
「彼に・・ウォーレンにお会いになったのですか?では、やはり彼はこの地にいるんですね。」
曇っていた彼女の顔が、少し輝いたように見える。
「私は彼の行方を我が神の信託で追いました。彼の行く末には凶星が輝いていたのです。私は彼を追いました。でも、この地についてから印象が散漫なのです。私もあの城に行ったのですが、入れないんです。あの城は私を拒否するんです。お願いです。彼の事を探していただけませんか?他に私にはなす術がないのです。私にできるお礼でしたら何でもします。」
ティナのその大きな瞳は涙がこぼれ落ちんばかりに潤んでいる。
無意識にあたしは、そんな彼女を昔の自分の姿と重ねていた。そう、こんなに汚れきっちまう前のあたし・・盗賊家業に足を踏みいれる前さ。遠い、遠い昔の事さ・・・信じきってた男に踏みにじられる前の・・・純な・・・いけない、いけない!しめっぽいのは、あたしにゃ似合わないさね!しんみり昔を振り替える玉じゃないはずだよ!
「かまわないよ、あたしは。どうだい、代わりにその首のペンダントをあたしにくれるってのはさ?」
あたしはわざとぶっきらぼうに言った。
「このホーリーシンボルをですか?それで彼を探していただけるのなら、どうぞ、お持ち下さいませ。」
迷う様子もなく、すっと首からペンダントをはずすとティナはあたしに手渡してくれる。
「これは私が仕える神の印です。お持ちください。あなたをお守り下さるでしょう。どうか彼の事をお願い致します。」
「頼みが男を探すってのは気に入らねーが、こんな可愛い子ちゃんに頼まれちゃ、いやとは言えねーな。よーし、俺様も一肌脱いでやろうじゃねーか。」
「あ、ありがとうございます。そのホーリーシンボルを彼に見せれば、私が来ている事がわかるはずです。・・どうか、よろしくお願い致します。」
ティナは深くお辞儀をし、一緒に食事をというランディに丁寧に断るとテーブルを離れ、何度となくあたしたちの方を振り返りお辞儀をしながら立ち去って行った。
食事を終えるとあたしたちは早速城へとやってきた。今のところ偽アッシュの解決策はないけど、ウォーレンを探すっていう仕事ができたからね。ランディなんかえらく張りきっちまってるよ。
大広間に入ると例の二人の戦士が何やら言い合っているのが聞こえてきた。あたしたちは急いで声のするほうへ行ったんだけど、そこには若い方の戦士しかいなかった。
「何だ、喧嘩して、おいてきぼりでもくったのか、坊や?」
ランディが面白そうにからかう。
「うるさいっ!あんたたちには関係ないよっ!畜生、なんで今ごろ帰れだなんて、ウォーレンの奴?」
「おっ、おい・・ウォーレンって・・やっぱり・・?」
ランディの言うことなど全く聞いていない、若い戦士、キースは引き留める間もなく、奥へ走っていった。
「おい、やばいぜ、見失っちまう!」
「ああ、そうだね。急ごう、アッシュ!」
あたしたちはキースの消えていった方向へと急いだ。

だけど、通路は入り組んでいるし、モンスターやウォリアーとかバーサーカーとかいうの兵士が、またか、というほど襲って来てさ、結局見失っちまったよ。
そして、また鏡が並ぶ通路に来ていた。
「ふう・・またここで行き止まりだよ。」
そう呟いた時だった。あたしはティナがくれたホーリーシンボルがほのかに輝いている事に気づいた。
「な、何・・・?」
あたしがもたれかかっていた鏡の中にもう1つ鏡が写っていた。慌てて振り返ったんだけど、そこは、壁にしか見えない。
「アッシュ、水晶柱を貸しておくれよ!」
あたしは思わずそう叫び、アッシュから手渡されたその水晶柱をかざしながら、一見、壁にしか見えない所に近づいた。
「やったっ!」
ちょうど鏡を通り抜けるように、その壁を通り抜ける事ができたのさ。
後は、ランディの空間感知の魔法で調べながらその一角を探索した。だけど、入り組んでるなんてもんじゃない!複雑な上に各部屋や通路は、全部鏡で行き来するようになってるんだ。こっちじゃない、あっちじゃない。この鏡じゃなくってあの鏡?なんて事を繰り返してようやく奥まった部屋の前まで来た。その部屋から漂ってくる妖気から、そこにいるのが、ただ者じゃない事を伺わせていた。
あたしたちは、緊張しつつ扉を開けた。

そこには、あたしたちが大広間に入った時、女官に化けていたあのセラクがいた。
自分はタルシスの力馬鹿とはわけが違うとかなんとか偉そうな事を口走っていたセラクだ。彼はしばらくじっとあたしたちを見つめていた。そして、黙って剣を抜くと襲いかかってきた。
「タ、タルシス?」
セラクが召喚したのは、あの倒れたはずのタルシス。
でも、そんなことでは動揺しない。タルシスは案外呆気なく倒れた。
だけど・・・セラクには全く攻撃が効かない。あのアッシュの剣でさえ!あたしたちは次第に焦ってきた。ルオンももう精神力がつきそうで、回復魔法が使えそうもない、回復剤もあまりないし・・・
「きゃっ!」
セラクの攻撃を咄嗟に交わした時だった。あたしは、何かに気を取られたように呆然と突っ立っているセラクに気づいた。
彼の視線はあたしの首筋に向けられている。その一瞬、みんなもセラクのそんな様子に気づいていた。
そう、彼の視線はあたしがティナからもらったホーリーシンボルにあった。
「こ、これが・・・?」
あたしはそれを首からはずすと、咄嗟に彼に投げ付けた。
投げ付けられた彼は、明らかに動揺しているようだった。そしてその隙を見逃す仲間ではない。一斉に切りかかる。ホーリーシンボルのお陰なのか、ついさっきまでの余裕はセラクにはなかった。今度は確実にその攻撃をその身に受け始めた。一挙に形勢逆転、あたしたちは寸でのところで優位に立つことができ、倒す事ができた。セラクの身体は崩れ去り、そして、塵となって消えちまった。
「たいそうな口をきいたわりには、呆気なかったな。所詮、俺様の敵じゃないぜ。」
「はん!勝手な事言ってるよ。」
あたしは後に残ったホーリーシンボルを拾い上げながら、自分の都合のいいことを言ってるランディに皮肉った。
「こんなところに鏡が・・・」
ヒースが部屋の片隅で手鏡を見つけた。ニーラのルーンが縁に刻まれている。
「あれ?裏に何か書いてありますよ?」
「なんて書いてあるんだい?」
あたしはヒースに近寄りながら聞いた。
「『真実を見つめぬ者は、己に討たれる』って・・どういう事なんでしょう?」
「なんかはっきり分からないけど・・まぁ、一応あたしが預かっておくよ。」
「ここはラスムスの鏡の間でしたな。それはラスムスの手鏡ってところでしょう。
真実を見つめる・・・どうでしょう?あの偽アッシュに使ってみては?」
ルオンが鏡を見つめながら呟いた。
「それ、いいかもしれないねっ!」
あたしたちは早速偽アッシュのところに向かった。でもその前に回復剤を買いに町まで行かなくっちゃならなかったけどさ。何しろ一筋縄じゃいかないからね、この城の探索は。油断禁物、冷静第一。魔法のアイテム『糸巻き』で城にワープできるようにしておくことも忘れなかったさ。

そして、果たして鏡が功を奏するのか心配しつつ、今あたしたちはその扉の前に来ている。これが効かなかったとしたら万事お手上げさ。あたしは祈るような気持ちで扉を開けるアッシュについて行った。

そこには、前来た時と同じように、もやの中にアッシュの姿をした者が立っている。それは、微動だにせず、こちらをじっと見つめている。
「ヒルダ、例の鏡をよこしな。アッシュのご兄弟といつまでも遊んでいるわけにはいかねえからな。」
差し出されたランディの手にあたしは、ラスムスの鏡を置いた。
一歩先に出たランディが鏡をかざすと、もやの中のアッシュの姿は少しずつ薄れ、そして、消えた。
「やったっ!」
「ちぇっ、戦闘もなしかい?臆病者め!」
ランディは拍子抜けしたみたいだった。
もやもすっかり晴れたその通路を進み、行き止まりになっていた扉を開けた。

と、そこには地下であったあの男が立っていた。男は黙ってこちらを見ている。
「あ、あんた、ウォーレン、ウォーレンだろ?」
あたしは思わず叫んでいた。が、男は黙ったままだ。
首のホーリーシンボルを外すと、あたしは男に近づこうと歩を進める。
「待ちな、ヒルダ。俺に任せろよ。」
「えっ?」
あたしが不思議に思って立ち止まると、ランディは、いきなり魔法弾を男に投げ付けた。
「な、何をするんだい?」
あたしはつい叫んじまった。だけど、男は右手を上げ、いとも簡単にそれをかわしてたよ。
「ぼろが出たようだな。何でそんな格好になってるか知らないが、お前、あのペテン氏野郎だな?」
「な、なんだって?」
あたしはその言葉に驚いてランディを見つめた。
「中には少しは使える者もいるようだな。いかにも、私はセラクだ。」
男はにやりと笑うと言葉を続ける。
「お前たちには分からぬ感覚であろう。美しかった身体が時を追うごとにうじがわき、腐臭を放っていく、あの汚わらしい感覚。腐れ果てた身体は私には相応しくない。あの男はお前たちより弱かった。昔の、幸せな幻影でもろくも崩れさってくれた。だが、この身体は、私にはいささかがさつすぎる。より強く、そして、美しい身体が私には必要だ。お前たちならよかろう・・そして、日々服を変えるように、身体を変えよう。これは、新たな楽しみ。王とてお咎めにはなるまい。」
「冗談じゃねえぞ。俺様の美しい身体が、てめえみたいなきちがいの着せ変え人形にされてたまるかよ!」
ウォーレンの姿のセラクは、その長剣を握るとあたしたちに突進してきた。それと同時にランディは呪文を唱え始める。アッシュも剣を抜き構える。
「ちょ、ちょっと待っておくれよ、そいつはウォーレンなんだよ・・殺しちまったら・・・・」
あたしは焦った・・殺しちまったらティナがどれほど悲しむだろうか、と。
「があっ!」
「危ないっ、ヒルダ!前に行くんじゃないっ!」
[痛っ!」
前に出て見せようとしたホーリーシンボルには、全く見向きもせずセラクはあたしに切りかかってきた。その一瞬、ランディがあたしの腕を掴んで引き寄せてくれたんで、なんとかまともに受けなくてすんだんだけど・・・
「あきらめな、ヒルダ・・多分、ここにいるのはウォーレンの身体だけで、彼の心はひとっかけらもありゃーしねえぜ。」
あたしを後ろに控えていたルオンの方に押しやると、攻撃をかわしながらランディが叫んだ。
「おそらく・・さきほど私たちが倒した鏡の間のセラクがウォーレンだったのでしょう・・今更どうしようもないでしょうね。」
あたしに回復魔法をかけてくれながら、ルオンがいつもの調子の無表情で言う。
殺らなきゃ、殺られる・・あたしは納得しながら、だけど、悲痛な思いで、弓を構え、分身したセラクの一人に狙いをつけて、それを引き絞る。
・・・悲しみに沈んだティナの顔がちらっとあたしの脳裏を過ぎっていった。



**続く**


Thank  you  for  your  reading!(^-^)

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