夢つむぎ

その5・再生の輪



「ん?」
北側の左隅にあたるだろうと思われる部屋で、あたしはその壁から微かな風が流れてくるのを感じた。前来た時はうっかりみすごしちまったらしい。
「妙だね、この壁の奥から風が流れてくるよ。このあたり何かありそうだね。」
「どれどれ?」
ランディがさっそく近づいてきた。壁に顔をくっつけて調べる。
「・・・そうかぁ?」
「はん!鈍感な奴にゃ分かりゃーしないよっ!」
「なんだとぉっ?!」
またまた口げんかになりかかったところをアッシュが割って入って来た。でも、別に喧嘩を止めに、じゃない。彼はあたしとランディの間に入るとその壁を押し始めた。すると、壁は重い音を立ててゆっくりと回転した。
−−ギイイ・・−−
「回転扉だったのか!」
「そらごらん!あたしの感は当たるのさ!」
ざまーみろ、あたしはちらっとランディを見るとアッシュの後についた。

回転扉の向こうは地下墓地ではなかった。もっとも同じように死臭とかび臭さの充満したあまり気持ちのいいところじゃないけどさ。
再び壁伝いに進み、ある部屋の扉を開け入った時だった。あたしたちが足を踏み入れると同時に地面が浮き上がり、死者の群れが現れた。否応がなしに戦闘に入る。が・・戦闘に入ると同時に仲間の姿が見えない。まさかあたしだけ残して逃げた?・・・なんて事があるわけない。ルオンやランディならまだしもアッシュもいないってことは・・・あたしだけここに飛ばされたとか・・・?扉に仕掛けがあってみんなそれぞれ別の所に?
そんな事を考えてる間にもゾンビの集団はあたしめがけて襲ってくる。接近戦じゃあたしの得意な弓もあまり役に立たない。あたしはショートソードをかまえると、アッシュに教わったとおり、と言っても必死だからでたらめだったかもしれない、とにかく必死で剣を振り回していた。だけど、多勢に無勢、一匹や二匹ならまだしも・・・あたしは覚悟を決め、それでも簡単にはくたばらないぞ、と感覚のなくなった腕を振り回していた。

「おい・・・・おいっ・・・おいってばっ!大丈夫か?」
「えっ?」
その声に気づいたあたしの目に入ったのは、山のようなゾンビでもなければ、アッシュでもなかった。それは、町であった二人の戦士。若い方、キースって言っていたっけ、彼があたしの両肩を抱き揺すっていた。彼の後ろにはごっつい戦士、ウォーレンが表情もかえず、ぶすっとした顔で回りを見ていた。
「気がついたか?」
「えっ?あ、あたし・・何を?」
回りをみるとアッシュたちも呆然と突っ立っている。あたしと同じように傷だらけで。
あたしの肩から手を離しながら、キースがいかにもおかしそうに言う。
「何やってたんだよ、あんたたち?仲間割れにしちゃ、ぶっそうすぎやしないか?」
「仲間割れ?」
「大方何かにたぶらかされたんだろう?意志の弱い者をこの城は見逃さないからな。この先へ進のを諦めたらどうか?」
アッシュの方を向いたウォーレンが小馬鹿にしたように言った。
「ウォーレンの言う通りだね。何のためにここにいるのか知らないけど、目的を達成する前に狂い死にしないようにな。」
「はははははっ!」
笑いながらもう片方の扉から出ていく二人を見つめ、あたしたちは事の成り行きを理解した。
「ちくしょう!あいつらも気に入らないが、この俺様があんなまやかしに騙されたってのはもっと気にくわないぜ!」
ランディが地団太踏んで悔しがる。あたしだってそうだ。あんなに簡単にかかっちまうなんて情けない!
−−キン!−−
黙っているけどアッシュもそうらしい。いつもより乱暴に剣を納めると奥の扉へと歩き出した。

そして、気を取り直して奥へと進む。ここは地下牢だった。牢の中にはおびただしい数の白骨が折り重なっている。きっとここで餓死した者たちなんだろう。

「あっ、奥の牢で何か動いたよ?」
モンスターか?と思いながら近づいたそこには、一人の少年がリュートを抱えてうずくまっていた。
「ふーん・・かわいい子じゃないのさ。あたし好みだね。助けてやろうじゃない。いいだろ?ちょっと待ってな、坊や。」
牢の奥に後ずさりし震えている少年にほほ笑みかけると、あたしはみんなの返事も待たずにカギを開けにかかった。
「こんなカギ、あたしにかかっちゃなんて事ないさ。」
−−ガチャリ−−
「さ、出ておいで、坊や。」
少年はまだ奥で震えている。
「かわいそうに、こんなとこに入れられたんじゃ無理もないさね。だけど、もう大丈夫だよ。」
少し落ち着きを取り戻したのか、少年はおずおずと奥から出てきた。
「あ、ありがとうございます。僕、ヒースっていいます。あ、あの一応吟遊詩人なんです。伝説の竪琴を探して旅をしていたんですが、いつのまにかこんなところに迷い込んでしまって・・・そ、それで・・・」
少年から青年になりかけのようなまだ雛鳥といった感じの少年。整った顔だちに肩までの髪。吟遊詩人と言うだけあってなかなかいい声をしている。
「だけどよく殺されなかったね?」
「ええ・・このリュートを奏でていると襲ってこれないみたいなんです。僕、取り囲まれるようにして、ここに閉じ込めれちゃったんです。」
「なるほどねぇ・・・」
「お願いです。邪魔はしません。僕も一緒にいさせて下さい。お役に立てることもあるかも知れません。」
ヒースはあたしの後ろに立っているアッシュたちを気にしながら少し震えて言った。
「ああ、いいよ。だけどこのおにいさん方には気をつけるんだね。もたもたしてるとばらばらにされかねないよ。」
「おいおい、人聞き悪いじゃないか、ヒルダ?この俺様がそんな人非人に見えるってのか?」
「気にしなくていいんだよ。あたしがついているからね。」
あたしはそんなランディなんか無視し、ヒースにほほ笑みかけた。
「は・・はい。」

そうして、仲間が一人増えたあたしたちは、地下牢の探索を進めていった。牢屋番は結構強かったけど、アッシュの相手じゃなかったね。ほどなくしてタルシスがいるであろう部屋を見つけた。扉の向こう側から、ごおごおという音に混じって聞き覚えのある話し声が聞こえてくる。
「できすぎた真似をしたな、セラク。奴らは俺の獲物だ。お前のくだらん幻術の助けなど必要ないわ。」
「お前のやり方にしびれを切らしたまでのこと。タルシス、お前はこれに頼りすぎだ。確かにこのサークルの再生の力は偉大だ。だが事が長引けばかえってあれを刺激する。我らと王との誓いを破ることにもなろう。トリニトラとアリエルとて黙っていないぞ。これに頼らずあの虫けらどもを始末しろ。それとも長き眠りの間に侵入者すら倒せぬほどまでに落ちぶれたか。」
「これ以上俺を愚弄することは許さん。お前は鏡の間でおとなしくしておればよい。俺のやり方に口をだすなとあの2人にも伝えておけ。」
そして、声の主は外にいるあたしたちの気配に気づいたのか、こう響いてきた。
「扉の外にいるのは誰だ?」
あたしたちは顔を見合わせると、さっさと扉ノブに手をかけているアッシュの後に続くべく歩を進めた。
その部屋の中央には魔法陣のようなものが描かれ、どこからか青白い光が放たれており、ごおごおと不気味な音が部屋中に満ちていた。
「あ、あれって・・もしかして心臓かい?」
そのサークルの中央に赤い物体が浮き上がっている。光と呼応するようにうごめいているそれは、確かに人の心臓だった。
そして、サークルの中から扉の外で聞こえた声が響いてきた。そう、確かにタコ入道の声だよ。
「どうだ、黄泉と現世をつなぐ輪の輝きは?美しかろう?珍しかろう?もっと近くへ寄れ。よく見るがよい。」
「禁断の呪法を行う者がいたようですな。心臓を取り出し、その肉体を不死と化す術です。このサークルがあの戦士を甦らせているのですよ。」
ルオンがいつものごとく目を細め嬉しそうに、そして静かに言い放つ。このおっさんの言い方はどうも気に入らない。感情を押し殺したような冷たさもさることながら、独特の嫌味を含んだ感じっていうのか、う〜ん・・なんて言っていいんだか、とにかく、うさんくさい坊主だよ。僧侶の高潔さなんてのは全くない!修業僧だなんて自分は言ってるけど、絶対普通じゃないね。闇の僧侶って感じがするね。油断禁物。今はあたしたちと一緒に行動してるけど、いつかなんかやらかすとあたしは睨んでんだ。ん、ホントに。
何があろうと俺の行く道を進むって感じで、いつものごとくアッシュは黙ってそのサークルに足を踏み入れる。勿論、油断なんてしてないけどね。で、あたしたちも勿論その後に続く。
すると、その中からあたしたちを引きずり込むように無数の手が延びてきた。ベックコンだ!術が効きにくい上に催眠波を出す、今のところ最も面倒な相手だ。その冷たい手があたしたちを捕らえて離さない。腰まで捕まれたあたしはその冷たさにぞっとしながらも反撃を開始した。仲間に遅れを取るわけにはいかないし、ましてや、自分の身ぐらい自分で守らなくっちゃ!
アッシュが『紅蓮の刃』を繰り出す。ランディは『光の白刃』、ルオンは『業火』で、最後にいたため幸運にもサークル内に入ってなかったヒースは、まだ攻撃系の歌は知らないらしく、攻撃力を上げる歌、『BRAVE』を真っ青になりながらも歌っている。・・で、あたしは・・・何にも特技がないんだよね・・ただ必死で剣を振り回しているだけ・・・・。とまぁ、そういう訳で偉そうな事を言ったけど、結局アッシュに助けられたってとこだね。はははっ・・・
サークルから出た方がいいと判断したあたしたちは、とにかく無数に出てくるかと思われるベックコンを倒しながら扉の方に後退した。するとサークル内から再びタルシスの声が響いてきた。
「お前たちごときが再生の輪に触れることはできん。わが命は契約の元に保たれ、扉の封印をなす。お前たちは俺と亡者共に追われ死ぬしか道はないのだ。」

何度試みても結果は同じだった。なんとかサークル内の心臓を掴もうと必死で輪に踏み込むんだけど、その度に無数のベックコンが現れる。後はタルシスの高笑い、というパターンで埒があきそうもなかった。仕方なくあたしたちは一旦町に戻る事にした。長老に聞けば何かいい方法でも知っているかもしれないと思ったのさ。でも、魔法のスクロールの『EXIT』を買ってくるのを忘れたので、来た道を戻る事になった。
ところが、もう技や術を繰りだす気力がなくなっちまって・・・もう少しで上への階段ってところであのベックコンに道を塞がれてしまったあたしたちは、近くの部屋に逃げ込んだ。そこはあの生気のない男のいる部屋だった。

「ユリウスか?・・・いや、違う。だが、吟遊詩人だな。お前に頼みがある。この土笛を吹いて見てくれ。」
男はヒースを認めると大切そうに持っていた、が、みすぼらしい土笛を差し出した。「は、はい・・・。」
何の事だか訳が分からず、しばらく手に持ったその土笛をじっと見つめていたヒースだったが、ゆっくりと口をつけると吹き始めた。
男はヒースの笛の音を聞き、安堵したかのように涙を流した。そして、ぽつりぽつりと話し始めた。
「お前の音はユリウスのそれに似ている。私は王に逆らった彼を助けようとして失敗し、死体は無残にもこの地下に投げ捨てられた。己の悲運を嘆きはしないが、この笛はラスムス様よりお預かりしたもの。正しき音を奏でる者に預けたかった。その笛を持って行くがいい。タルシスを倒すには地のものの力が必要になろう。ニーラの祝福を受けたものが、その笛に従うだろう。」
言い終わるが早いか、男の姿は闇に融けるように消えてしまった。
「な、なんだい、なんだい・・やっぱり幽霊だったってわけかい?」
「らしいな・・・けど、どうやら俺たちの味方ってわけだな。気の狂った王は、自分に反対する奴は全部殺したって事か・・・気の毒に。そういやぁ地下牢の壁にもそんな事が書いてあったな・・」
「ちぇっ・・・土笛なんてどうみても金にはならないさね。どうせならもっと豪華なもんをくれりゃいいのにさ。」
あたしはヒースに見せてもらったその笛をぽんとまた彼に返した。
「お前はなぁ・・せっかくタルシスを倒す為のアイテムをくれたんだぞ。そんな事言うもんじゃねーよ。」
精神力を使い切って疲れ果て、壁に持たれかかったままのランディが苦笑いしながら言った。
「だから、どうせならって言っただろ?」
「とにかく次の行動が分かったってわけだ。一旦、町に寄って要る物買って、ニーラ神殿行きだな。な、アッシュ?」
「ああ。」
同意を求められても別にランディの方を向くわけでもなく、アッシュは何か考え事をしているかのように虚空を見つめながら短く答えた。
そして、あたしたちはその部屋で少し休むと町へと向かった。



**続く**


Thank  you  for  your  reading!(^-^)

前ページへ 目次へ 次ページへ