Brandish4・外伝2 
[クレールの修行はつづく・・・] 
UeSyuさん投稿のBrandish4サイドストーリー・その2

 

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クレールはひたすら走っていた。何日か前に、また変身して周囲の森を破壊してしまったのだ。変身が解けた後、その破壊の様子を見、クレールは思わず逃げ出してしまった。なぜかはわからなかった。ただ、何もかもから逃げ出したい気分になったのだ。

・・・どれぐらい走り続けたただろうか。さすがに疲れたクレールは、道の横にある石の上にちょこんと座って休憩した。

「・・・どんどん・・・変身する間隔が・・・短くなっていく・・・」

今は大体2週間に一度変身するぐらいの割合になっていた。その変身の時期が近づくと、クレールは人里離れた地域、たとえば森の奥とか砂漠のど真ん中とか、そう言った場所に逃げるようにしていた。そのおかげか、町を破壊することが減っていった。むろん、まったく0というわけではない。

しばらくそこでじっとしていると、一人の老婆が話しかけてきた。

「お嬢ちゃん、どうかしたのかい?ずいぶんと疲れているみたいだね」

話しかけてきたのは、小柄で人の良さそうな、それでいて目つきが鋭い老婆であった。

「はあ・・・少し、走りすぎて・・・」
「そうかい、じゃあ、私たちのテントで休んでいかないかね?」

老婆に案内されたのは、旅のキャラバンのテントであった。あちこちを回って行商しているキャラバンだ。その一行の中には、商隊以外の人間も多数いた。ただ一緒に旅しているだけという人が結構いたのだ。

そのキャラバンは、旅をしている人を見ると、一緒に旅をするように誘う。そうやって、キャラバン自体の人数を増やしていた。そうすることによって、盗賊達から狙われにくくするとともに、色々な人から旅に有益な情報や知恵を得ていたのだ。一種の生活の知恵とも言える。

テントで休ませてもらいつつ、色々と聞いてみると、なんと商隊そのものより、そうやって誘った旅の人の方が多いということがわかった。途中まで同じルートを辿るので一緒に行くことにした者、ただ旅を一緒にすることで楽しんでいる者、はたまたこの商隊に誘われた別の商隊さえもいた。

キャラバンの人は皆親切であった。確かに、情報や知恵を分けてもらう、盗賊を近づけないための頭数そろえ、という意味もあったのだが、それ以上に人々は皆親切であった。食事も出してもらった。旅の知恵を教えてもらった。他にも色々親切にされた。

そうこうして、クレールも一緒に旅をすることになった。キャラバンの仕事を手伝いながら、一緒に旅をしていた。
食事の用意、皿洗い、子供の世話。そういった、何でもないような仕事をクレールは次々とこなしていった。子供達もすぐになついた。

食事の時など、皆で色々な話をする。旅先での失敗談、故郷のおもしろい風習、珍しい食べ物の話。たわいもない雑談が交わされていく。

それら、普通の人にとってはなんと言うこともないようなことであったが、クレールには全てが新鮮に感じられた。
今まで、クレールはいわゆる「普通の暮らし」というものをあまり経験していなかった。母をその手に掛けて以来、ずっと自分に潜む何かわからない物におびえて暮らしてきた。父に捨てられ、修道院での暮らしを始めたばかりの頃は、その恐ろしい物から救ってもらいたくて、ただひたすら祈り続けた。その後、巫女としての修行を始めたが、それは普通の暮らしとはほど遠いものであった。

そのため、クレールは「普通の暮らし」にあこがれていた。何も恐れる物もなく、日々ただのんびりと平穏に暮らす・・・。そんな生活を求めていた。

今、クレールは理想の生活にかなり近い暮らしをしていた。「神の血」という不安要素はあるものの、それ以外は実に平穏な暮らしであった。

「・・・今・・・私・・・すごく幸せだわ・・・」

そう言って、クレールは眠りについた。

そんなある日の食事の時・・・

「ねえ、あなた知ってる、あの噂の女の事」
「噂の女?」
「あちこちで暴れ回っている、銀色の髪をした女の事よ」

それを聞いてクレールははっとした。もしかすると、自分のことではないのか・・・。詳しく聞いてみると、それはまさしく変身していた自分のことであった。

・・・私のことが・・・噂になっている・・・

もし、自分の正体がばれたりしたら、おそらくこのキャラバンから追い出されてしまうだろう。そう思うと、そのことを黙っていることに対して良心がちくちくと痛み始めた。いっそのこと、キャラバンから出ていこうか・・・。しかし、クレールにはこの幸せな生活を捨てることはできなかった。


・・・そして、時間は残酷に過ぎ去っていった。次に変身してしまうまで、あとおよそ4日と迫ってきた。

クレールは悩んでいた。このままここにいれば、キャラバンの人たちに迷惑がかかってしまう。しかし、この幸せを失いたくもない。そんな葛藤に悩まされていた。

その時、キャラバンの一人が大騒ぎでキャンプへと飛び込んできた。

「お・・・おい、カジキタムスはあるか!?」
「いや・・・今切らしているが・・・まさか!」
「ああ、そのまさかだ。ジョンがメイフコブラにかまれてしまった!」

メイフコブラというのは、この辺りメイフ地方にのみ生息している毒蛇で、非常に臆病な性質をしている。そのため、滅多に人前には現れない。その一方、目の前に何かを突き出されると、攻撃されると思って反射的にかみついてくる性質も持っていた。その毒は、かまれた人は100%死んでしまうぐらい強力な物で、その上どんな薬や魔法を用いても解毒できなかった。ただ、唯一の特効薬「カジキタムス」を除いて。

そのカジキタムスはある植物の花からとれる薬で、そう高価なものではない。ある季節になるとその木は大量に花を咲かせるからだ。しかし、全くの時季はずれになる今の時期では、そう数はない。薬の薬効があまり長持ちしないからだ。そのため、今の季節には皆メイフコブラには近づかないようにしている。

しかし、まだ幼いジョンはそのことを知らなかった。そのため、手をかまれてしまったのだ。

テントにジョンが運ばれてきた。大人達は必死に手当を行った。他の子供達はそれを心配そうに見つめる。そのうちの一人がクレールに問いかけてくる。

「ねえ、クレール姉ちゃん。姉ちゃんは魔法が使えるんだよね?」
「ええ、少しはね。正確には『呪術』という分類になるんだけど・・・」
「ケガとかも治せるんでしょ?」
「一応ね・・・」
「だったら、ジョンを治せないの?」
「ごめんね・・・メイフコブラの毒は魔法や呪術では治せないの・・・」
「・・・じゃあ、じゃあ、ジョンは死んじゃうの・・・!?」
「ううん・・・そんなことない・・・きっと助かるわ・・・」

そう言って子供達を安心させようとするものの、クレールにはどうすることもできなかった。

いや、正確には方法はあった。たとえカジキタムスがなくとも、メイフコブラの毒を中和してしまう方法が。

「神の血」の力を使うのだ。「神の血」の力で、メイフコブラの毒の構成元素を組み替え、体に無害な物にしてしまえばいいのだ。巫女としての修行を積み重ねてきた今のクレールの実力なら、それは簡単にできることであった。
しかし、それを行うためには「神の血」の力を解放しなければならなかった。すなわち、変身しなければできないのだ。それは同時に、自分の正体を皆に教えてしまうことになり、まず間違いなく追い出されてしまう。

クレールはまた新しい葛藤に悩まされていた。どうすればいいのか、自分では判断できず、テントの隅っこでただただふるえているだけであった。

そうこうしているうちに、ジョンの様態は徐々に悪化していった。見る見る間に真っ青な顔になっていき、息づかいも苦しそうになっていった。

「ジョン、しっかりおし!」
「ゲホッ!」
「キャアアアア!」

とうとうジョンは血を吐いた。もはや、誰もがジョンを絶望視した。その時・・・

「ごめん、そこをどいてっ!」

看病していた女の人をかき分け、クレールはジョンのベッドの横に座った。そして、手をかざして精神を集中し始めた。黄金色に輝き始める瞳・・・。

「クレールちゃん、一体何を・・・」

その瞬間、クレールからまばゆい光が放たれた。思わず目を伏せる人々。人々が次に目を開いたとき、そこにはクレールの姿はなかった。その代わり、まったく別の姿をしたクレールがそこにはいた。

「・・・もう、大丈夫よ・・・」

その様子を見て、キャラバンの人々は驚いた。まるで別人の姿に変わったクレール、そのクレールが行っている見たこともない術、そして、次第に血色を取り戻していくジョンの姿。そのどれもが、常識離れした光景であった。

「こ・・・これは一体・・・!?」

人々が驚きのまなざしで見守る中、クレールは術を終えた。ジョンはすっかり治ったのか、何事もなかったようにすやすやと眠っていた。
その時、周りの安堵の雰囲気にもかかわらず、クレールはうなだれて細かくふるえていた。

「クレールちゃん、これは一体・・・?」
「・・・!まさか、あの噂の・・・!」
「いやッ!言わないで!・・・それ以上・・・言わないで・・・お願いだから・・・」

クレールは反射的に耳をふさいだ。ふるえも一層ひどくなった。キャラバンの人々はクレールに話しかけようとしたが、なんと言って声をかけてやればいいのかわからず、ただキャラバンの人々同士でざわめくだけであった。

「私・・・私・・・」

そう言って振り返ったクレールは、何かを訴えたいような様子で口を動かして泣いていた。その姿は例の噂の女と完全に一致していた。ただ、哀しみをたたえたその瞳を除いて・・・。

その表情を見て、誰も声も立てられなくなった。

・・・これがあの噂の女・・・あちこちの町を破壊していた、あの噂の女なのか?その正体はあの優しくおとなしいクレールだった・・・

数日間一緒に暮らしてきたキャラバンの人間は、誰一人としてそのことをにわかには信じられなかった。

「クレール、あんた一体・・・」
「うわあああああぁぁぁぁ・・・・・・!」

クレールは絶叫し、自分の荷物を持って、テントから走り出した。

「あ・・・待ってくれ!」

しかし、クレールは常人を遙かに上回るスピードで森の中へと消えていった。

クレールは逃げたかった。ただひたすら、遠くへと逃げたかった。なぜかはわからなかった。しかし、一刻も早くその場から離れたいという気持ちがあった。
その思いのせいか、クレールの「神の血」が力を発揮し始めた。背中から翼が生えてきたのだ。そのおかげで空を飛べるようになり、地面を走るのよりも早く移動することができた。

「もういや・・・どうして・・・どうして私だけ・・・!」

そう叫びながら、クレールはその背中の白く美しい、まるで天使の羽のような翼を広げ、ひたすら遠くへと逃げていった。

 

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