◆第二十五話・天然巫女さん登場〜♪◆
  

 「きゃ〜〜・・アレスさん、どうしましょう?あたしったらまた壁際にくっつけてしまったわ。」
(ふ〜〜・・・・)

ガドビスタルを倒したあと、その先にあった転移の魔法陣で城へと戻ったアレスは、そこでエレーヌとカールの言い争う会話を耳にし、エレーヌが止めるのも聞かず、自らを培養する施設を作ったというバドラー王の後を追っていったカールの後を追い、城を離れた。

そこは、町から城へと続いていたダークゾーンの行けなかったエリアだった。
そう、壁越しに魔物が徘徊する気配は感じていても行くことができなかったエリアなのである。
悪魔シリーズの武具の力を借りなければ、進むことが困難な場所。不意に出てしまったそこで、アレスは、敵に注意を払いつつ急いで着替え、剣と盾も交換しなければならなかった。

結構広かったそのエリアは、縦横無尽と思えるほどの落とし穴が口を開けてアレスを待っていた。その落とし穴はその下のダークゾーンへ導いてくれた。
視界がほとんどないそのエリアをなんとか突破し、アレスは、そこから『地底要塞への跳躍の形紋』と標されていた転移の魔法陣に乗って、今クレールといるそこ、FORTRESS1Fへと来ていた。

−ガコン!−
地底要塞らしきそこの広い範囲を占めるその一角、そこに入るとすぐ壁にかかっていたプレートには、こう書いてあった。

『ただひたすらに知力と強靱さをもって開かれる扉がある。地に開く全ての目を閉ざすことで、活路は生まれる。』

そして、通路であるそこには床一杯のスイッチがある。そう、ちょうどそう書かれたプレートの下である。
そこに立つと、不思議な事に、それまでアレスとクレールが必至の思いで、ドアの前に開いている穴を塞ごうと、自分たちの身の丈以上の大きさの大岩を転がしてきたそれが、なんと元あった場所に戻るという、いわば、リセットスイッチだった。

注意書きが物語っているように、その巨大な大岩を動かすには、ひたすら体力・・と、そして、方向転換させるときを考えながら転がしていく軌道計算(計算というほどでもない。ともかく転がしたい方向とは対面の空き場所があるように持っていくのだが。)が必要だった。

勿論、アレスは、それを常に頭に置いて大岩を移動させていた。
そう、そのエリアを突破する為には、どうあっても入らなければならないだろうと思われた部屋の前には、1つだけでなく、複数の穴が大きな口を開いていたのである。注意書きによると、地に開く目らしいのだが・・・・目と言うより口の方があっている気がした。

そして、あと1つというところで、なんと思いもしない人物、つまり冒頭のクレールがそのエリアに足を踏み入れてくれたのである。
勿論、踏み入れたと同時に、リセットスイッチを踏むこととなる。
そして、アレスのそれまでの努力の甲斐もなく全ては泡と帰し、一瞬で巨大な大岩は元の位置にテレポートしたのである。

そして・・・訳を知った、というか、いちいちアレスが文句を言うことも、あと1個だったのに、などと話すわけもないが、いまいち天然ではあったが、結構頭脳明晰、敏感であるクレールは、それを悟ったのである。
文句を言うわけでも、責めるわけでもない、ひたすらもう一度大岩を転がしてこようと、大岩のあるところへ足早に歩いていくアレスにぺこぺこと頭を下げ、ひとしきり謝った後、クレールも協力し始めたのだった。

が・・・・男であり、そして、鍛え抜かれた強靱な体躯のアレスと違い、魔法力はあるものの、体力的には華奢な少女でしかないクレールでは到底無理だと思われた。
それでも、持ち前のガッツ精神で、クレールは頑張った。アレスが離れたところにある大岩を3つ移動させる間に、最も近距離の位置にあった大岩を、それでもなんとか少しずつだが、転がしていたのである。

だが、通路に阻まれたそこは、方向転換させるときを考えながら転がさなければならない。
思いっきり全身の力を振り絞ってそうしていたクレールが、その力加減を謝って壁際まで転がしてしまったとしても、責めるわけにはいかなかった。
といっても、これで何度目かなのである。
穴と大岩の数は同じ。1つとして無駄にはできなかった。そして、にっちもさっちもいかない位置に止めてしまった場合、エリア入口にあったスイッチを踏むしか方法はないのである。
そして、・・そのスイッチは、全ての大岩を元の位置に一瞬で戻した。

(見ているだけでいい。と言った方がよさそうだが・・。)
さすがのアレスも、そう思いつつため息をついていた。
多少ドジなところがあるのは、バノウルドの地下洞窟で出会ったことからアレスは十分承知していた。そして、結果としては、失敗であっても、彼女が何事に対しても、心底一生懸命取り組んでいることも知っていた。

(オレも、ダークゾーンからここへ転移してきたとき、うっかり悪魔シリーズの装備のままだったから、しばらく金縛りで身動き一つ取れなかったしな。)
己の失敗を思い出すアレス。
転移してきたところが仕切られた小さな小部屋だった為、敵がそこにいなかったからよかったものの、敵と遭遇していれば、例え戦神(鬼?)のようなアレスでも、ひとたまりもなかっただろう。

「え?・・・で、でも・・・アレスさん、1人に任せるなんて・・あたし・・・・。」
ここで待っていろ、と大穴がいくつも開いているドアの前で、床を指さしたアレスに、クレールは、申し訳なさそうに答えた。
「あたしが邪魔してしまったんだし・・・あたし・・・少しでもお手伝い・・・」
他人が苦労しているのに、黙って見ているだけはできないとその澄んだ瞳で告げているクレールの肩を、軽く・・・あまりにも細くて軽いつもりでも、砕けてしまいそうなその肩を、アレスは本当に軽くぽん!ぽん!と触れ、1人歩き始めた。


(そ、そうね・・・・さっきからあたしったら邪魔ばかりしてることになるの・・よね?)
さすがのクレールもそう悟り、アレスの好意に甘える事にした。


−ズシン!・・・シャッ!−
「きゃあっ!アレスさんっ!やったわっ!」
そして、最後の一つを無事穴の中へ落としたと同時に、そのドアは開いた。

「お疲れさまでした、アレスさん。」
クレールは急いでアレスに駆け寄ると、その額や頬を流れる汗を拭く。
(おっと・・・・)
例え敵でなかろうと、物理攻撃可能な距離までは決して他人を近づけないアレスだったが、大岩を運び続けた疲れと、そして、相手が巫女のクレールだったこともあったかもしれない。が、触れられるほど近づけてしまった自分自身の注意散漫といえる状態になっていた意外性に驚くと共に、その汗をふき取るというクレールの行動にある種面食らう。
(オレが恐くないのか?)
極悪非道な悪党、戦神、戦鬼、闘神・・・さまざまな呼称があったが、どれも、クレールのような華奢な少女が気後れすることもなく近づける雰囲気ではないはずだった。
決して脅しているわけではないが、無言のまま突っ立っている無骨な戦士。クレールのような少女には、その姿だけで恐怖心を感じ、決して近づかないのが普通だと思えた。
そして、次にアレスは思い出していた。あの地下洞窟でのことを。
そこでもクレールは、純粋に、そして、全く臆することもなくアレスに接していた。
(これが巫女さんってものなのか?それとも単なる恐いもの知らず?)
汗をふき取っているその腕を握って辞めさせることもできた。
が・・・アレスはされるままになっていた。
そんなことをすれば、また余計なことをしてしまったと、クレールは平謝りをしかねない。悪いことでもないのは確かである。
もっとも、自分にはまるっきりマッチしないシチュエーションだな、とは感じたが。

多少くすぐったいような恥ずかしさも感じながら、アレスはそんな自分を心の奥で自嘲していた。
しばらくは、予期しなかった賑やかな道行きになるかもしれない。
(しかし・・・こんなところで再びこの巫女さんに会えるとは思えなかったな。)
ドーラでもあるまいし。とアレスは考えていた。
そして、改めて思い出す。今いる場所に来るまでの道を。
(手強いあの魔物群たちが犇めく道を通って来たんだよな。監獄島と忘れられた島からの行程はなかっただろうが・・あとは、オレと同じように。・・・あのダークゾーンも越えて。)
それは、とりもなおさず、クレールの力の強大さを物語っていた。
多少ドジで天然ではあるが、小さいとはいえ彼女の故郷であるエルフの国の統治を任されることになる立場である暁の巫女・・・まだ少女の身でありながら、その力を認められ、一族を率いる巫女になることを名指しされただけはある、とアレスは考えていた。

「暁の巫女・・か・・。」
「え?」
ほとんど聞こえない程度のものではあったが、思わず声に出したアレスの言葉に、クレールは手を止め、声のした方向、つまりアレスの顔を見つめた。

「え?・・あっ・・・きゃっ!、ご、ごめんなさい・・・あたしったら・・つい・・・」
当然アレスと視線が合う。そして、無意識にではあったが、密着といえるほど男の傍に寄り、しかも、汗を拭くなどということをしてしまったクレールは、その時初めて自分のしていたことを自覚し、慌ててアレスから離れた。

そして、そんなクレールの反応に、ふっと軽い笑みをこぼし、開いた入口から部屋の中へ入っていくアレスの後ろ姿を、クレールはじっと佇んだまま見つめていた。

「お、男の人なのよね・・・アレスさん。・・・あたしったら・・考えもせず、なんてはしたないこと・・・。」
それまで気にならなかったアレスの汗くささが、一気にクレールの鼻についていた。(といっても悪い意味ではなく。)
(男の人の・・におい・・・)
そう思った途端、自分のした行動に恥ずかしさを覚え、一人、クレールは、その場で真っ赤になっていた。


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