◆第二十六話・ウォールの魔法と死せぬ門番◆
  

 「きゃあっ!アレスさん、あっちよ、今度はあっちへ向かってるわ。あ・・さっき作ったイリュージョンの壁が消えてしまったわっ!」
そのエリアの終着点、アレスとクレールは、少し広めの真四角な部屋に来ていた。

その部屋には、ドアが3つ。1つは2人が入ってきたドア。そして、もう一つは、宝箱のある小部屋、そして、最後の1つ・・それが次のエリアに繋がっているだろうと思われるのだが・・・それが問題だった。

「きゃっ!」
−ぐいっ!−
「あ、ありがとう、アレスさん。」
そこに来るまでに手に入れたウォールの魔法の術書。2人はそれを読んで、イリュージョンの壁を作ることで、開かずの扉を開けようとしていた。
というのも、その3つ目のドアを開けるには、その部屋の中央の床にある平たいスイッチを踏まなくてはならないのである。
一人がそのスイッチを踏み、もう一人がドアを通れば容易いと思ったのが、いかんせん、クレールの体重は軽すぎるせいなのか、扉はびくともしない。
アレスが乗れば開くのだが・・・そうするとクレールは扉を通ることができても、アレスができない。当然のことながら、クレールはその提案を拒絶した。
そして、部屋の入口のプレートに書かれてあった『死せぬ門番の力を借りよ』という言葉通り、そこにいた巨大な亀を誘導し、なんとかスイッチの上に乗せようとしているのである。

死せぬ門番・・それはその言葉の通り、魔法もアレスの剣技もまったく受け付けなかった。従って、一時的に壁を作り進行方向を変えて上手にスイッチの上に誘導しなければならなかった。
が、計画通りにはなかなか進まなかった。それは、魔法の壁の術の継続時間が短かったせいもあった。
といっても、巨大亀は大人しく、わざわざ襲ってくるような事はなかったが、ちょうど壁が消えたとき、巨大亀の進行方向にいた場合、その攻撃は致命傷になるほどの強烈さだった。
今も、その巨大亀の攻撃を受けるところだったクレールを、アレスが瞬間的に移動して助けたのである。

「え?ドアの横に立っていろって?・・で、でも、アレスさん・・・」
すぐ目の前にしか壁は作れない。ドアの横では、協力することにならない、とクレールはアレスの提案を断ったが・・・アレスは、ちょこまかとクレールに動かれるより、自分だけの方がいいと思ったのである。
「わ、わかりました。ドアが開いたとき、アレスさんがいつでも走って来れるように道を確保しながら、あたしのところに亀さんが来ないように壁を作ってます。」
ため息をつき、クレールの前でじっと立つアレスに、ようやくクレールもそのことを悟って頷いた。

が・・・
「開いたわっ!アレスさんっ!今よ!・・・あっ・・・・・」
(オレの道まで塞いでるだろ?)
「ご、ごめんなさいっ!アレスさんっ!」
壁の向こうからクレールの声が飛んでくる。
(ふ〜〜・・・・やはり、一人の方がいいかもしれん・・・・このドジかげんはドーラとどっこいどっこいか?)

ドアまでの道をふさいでいる壁が消えたときには、亀をスイッチの上に留まらせていた壁も消え失せていた。

「ご、ごめんなさいっ!アレスさんっ!」
アレスの元に駆け寄り、ぺこぺこ頭をさげるクレールに、アレスが文句を言うわけはない。(そうしなくても何も言わないが)

そして、そんなことの繰り返し、ようやくクレールと共にアレスもどのドアを無事くぐっていた。

「あ・・・・・」
(ん?)
そして、先にドアをくぐったクレールの小さな叫び声を受け、アレスは何事かとクレールに近づいた。

−カチッ!ガコン!−
気まずそうな顔をして、壁にあったスイッチを押してからクレールは今通ってきたドアに向かった。そして、ひょいと門番のいるはずの部屋を見る。そう、門番は床のスイッチから離れているのに、ドアは閉まらない。
「・・・や、やっぱりだったのね・・・ごめんなさい・・・・・アレスさん・・・・・。」
「は〜〜〜〜・・・・・・・」
さすがのアレスも大きくため息をついていた。

最初から周囲を調べていれば、事はすんなり解決したのである。
そう、苦労して巨大亀を移動させなくとも、アレスが床のスイッチに乗り、クレールがドアから出て、ドアのオート閉鎖のスイッチをオフにすればよかったのである。

「ア、アレスさん・・・・」
「まー・・いいさ。一人だったら、同じことだったんだろうからな。いや、もっと(時間が)かかったかもしれん。」
「アレスさん・・。」

いくら徹底した無口で通しているアレスも、目の前で謝り続けるクレールには声をかけないわけにはいかなかった。

「あ!アレスさん!今度は任せて!」
防御魔法を張って火が勢い良く躍り出ているせまい通路、地獄の炎の道を抜けると、再び巨大亀のトラップの部屋があった。

嬉しそうに言ったクレールの顔を見ながら、アレスは、ひょっとしたら2回目はドアの向こうにスイッチはないかもしれない、とも思いながら、軽くクレールに頷いてスイッチの上に乗った。
たとえスイッチがなく、ドアが閉じてしまったとしても、アレスは一人の方が気楽でいいとも思っていた。

が・・・
−カチッ!ガオコン!−
ドアのスイッチは確かに向こうにあった。
(あまいトラップだな・・・いや、侵入者は1人だとしか想定してないってことか?)

アレスは、そんな事を考えながら、にこやかに手をふっているクレールの方へ歩いていった。


そして・・・
「きゃあっ!アレスさんっ!ごめんなさいっ!」

「・・・・・・・・」
不意に飛び出してきた炎に襲われ、アレスの髪は焦げてぶすぶすとくすぶっていた。
床にあったスイッチをクレールが不用意に踏んでしまったのである。
「あ・・ど、どうしましょう?アレスさんの髪が・・・」
人間を一呑みにしてしまうほどの火玉でもあった。が、アレスの鎧は火の耐性もある。プラス、クレールが慌てて駆け寄って消し止めてくれたせいもあって、身体は大丈夫だったが、無防備の髪の先が焼けこげてちりちりになっていた。
「あ・・でも、アレスさん、そのヘアースタイルも似合ってるような気が・・。そうよ!」
パン!と手をたたいてクレールはアレスを見上げながら、嬉しそうに付け加えた。
「ちょうど天然パーマみたいで素敵よ、アレスさん♪」

(天然はあんたの方だろ?)
例え何があろうと、どんなことにでも動じないアレス。が、クレールのこの天然的思考には、呆れ気味だった。
(この巫女さんに統治されたら、エルフの国はどうなるんだ?・・・そうか、だから、修行続行ってわけか?)

アレスは少し呆れた笑いをその口元に浮かべると、その通路の奥を調べる為黙って歩き始めた。作動したそのトラップの解除方法がどこかにあるはずだと思いながら。


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