◆第十七話・闇を駆ける幻、そして城内◆
  

 (しかし・・・城への隠し通路が魔の空間になっていることを、町長は知ってたのだろうか?)
暗闇の中、アレスは一人考えながら慎重に足を運んでいた。
(いや、どっちにしろ、流れの厄介者を追い払えるんだ、そして、町長に取っては、そこで流れ者が死のうがどうしようが関係ない、ということなんだろう。)
町長夫人は、素直じゃないから慇懃な態度をとっていると言ったが、アレスには、どう贔屓目で見ても、そうは取れなかった。素性にしれない流浪の剣士。そして、腕は、闘技場や山賊を軽く倒した事で知っている。危険人物はなるべく早く街から追い出した方がいいに決まっている。いつどこで街の住民に剣を向けるかわからないといったところだろう。

(ん?)
ふとアレスは前方の暗闇の中で怪しげに紅く輝くものが見えた。
(魔物か?)
手にしている悪魔の剣をぐっとにぎりしめ、アレスは警戒する。
(な、なんだ・・・こいつは?)
そして、近づいてきたその魔物の姿に、アレスは少し拍子抜けする。
それは、まるで人の大きさのぬいぐるみのように見えた。ちょうど丸々太った熊のような感じだが、なんともその顔が笑えるのである。
赤くまん丸な目が暗闇の中で異様に光っていた。そして、にへら〜〜といった感じの曲線を描いた真っ赤な唇。
が、面白いと感じたのは一瞬のこと。獲物を見つけて嬉々として近づいてくるその魔物からは、狂気とも言えるような瘴気がにじみ出ていた。
−ヒュオン!−
(むっ?!)
どうやら片手に鞭を持っていたらしかった。空を裂き、それは勢いよくアレスに向かってくる。
−キン!−
金属なのか?と思うほどの衝撃が盾に走った。
(まともに身体で受けてはひとたまりもないな。)
そう判断したアレスは、距離を取るため数歩空ける。鞭と剣、リーチの差がある。が・・・・

−ヒュッ!−
−ザシュッ!−
鞭が繰り出されるその瞬間、アレスはその軌道を避け魔物の懐に飛び込むと同時に、鞭を持つ腕を切り落とす。それは、一撃では倒せないと本能で判断したからである。それならまず武器を無くすことが一番の策なのである。
「ギッ!」
腕を切り取られた痛みで、悲鳴をあげた魔物は・・・続けて入ったアレスの攻撃で反撃の間もないうちにその場に倒れた。
(全力で斬りかかって4太刀か・・・・結構皮が厚いからな。)

あとは、頭巾をかぶった魔導師のような者・・死神と言った方がいいかもしれない。最初にあった丸っこい魔物より倒すのは簡単だった。


が・・・この暗闇はどこまで続くのか・・それはまるっきり見当が付かない。方向感覚さえないそこでゆっくりしているのは、危険だった。アレスは慎重に壁にそって進んでいく。


「アレス!なにぼさ〜っとそんなとこで寝てんのよっ!早く来なさいよっ!」
(ん?!)
どのくらいその暗闇の中を進んだのだろう。アレスがダークゾーンへ入ったのは、夕方だった。当然時間がたつほどに眠気がアレスを襲うようになる。が、ここで寝ては魔物の餌食になることは目に見えていた。一晩街で宿を取ってから来ればよかったか、と思ったアレスだが、すでに手遅れ。今更戻るのも馬鹿馬鹿しい。戻る方が早いか城までの道を進むのが早いか、その判断もできなかったが、時間的には結構進んでいた為、アレスはともかく前進する事に決めたのだが・・・・・ドアを開け、中にいた魔物を殺して周囲に気配がないと感じたアレスが、ついそこで眠ってしまったのである。
−ドスッ!−
ドーラの罵声が聞こえたような気がして目を開けたアレスは、目の前に迫っていた魔物の剣を咄嗟に避け、横に転がる。
−キン!−
(オレとしたことが油断してしまったな・・・・)
寝込みを襲われたことに自分を叱咤しながら、アレスは今一度大きく振り下ろされてきた魔物の剣を盾で受け、そして、攻撃へと移る。

−ズン!−
とどめをさして、改めて周囲を調べたアレスは、ドアを閉めて安全地帯だと思いこんでしまったそこが、実は部屋ではなく、ただ単に通路と通路を繋いでいるドアだったことに気づく。
(こう暗くてはな・・・・)
ふっと嘲笑を浮かべ、アレスは先を急いだ。疲れと暗闇がいつまた眠りの中へ誘い込むか分からなかった。体力はポーションで回復できても眠気を無くすポーションはない。心して進まなければ、とアレスは自分を今一度叱咤した。

(しかし・・・ドーラか?・・・・・なぜあの女の幻聴が聞こえたのかという疑問もあるが・・・・・まー、ここはそのおかげで助かったと言えるだろうな。)
もし、魔物の一撃を受けていたら・・・・・例えその痛みで目覚めたとしても、決して軽い怪我などでは済むものではなかったはずである。あとの戦闘は無傷のときより不利であることは確か。そして、敵は気を抜いて戦える相手でもない。
一応、幻聴に感謝し、アレスは先を急いだ。


そして・・・・・

「し、しまったっ!」
その階段がダークゾーンの終わりだというプレートも印も何もなかった。そして、いつもなら第六感が働き、用意周到の状態で次のエリアへ足を踏み入れるのだが・・・やはり眠気があったのだろうか、まだ続くと思ったダークゾーンは階段までだったらしい。
階段を上がりきったところ、密室だったそこは、やはり闇に包まれている。故に・・・気づかなかったのだが、アレスは大失態を犯していた。
そう、ダークゾーンが終われば、今身につけている武具は、アレスの体力を奪っていく。嬉々として・・・その時を待っていたかのように。
(くそっ!オレとしたことが・・・)
金縛り状態でアレスはなんとか身体を動かそうと必至になっていた。
全身から力が失せていくのが手に取るようにわかっていた。
(こ・・こんなことで死んでたまるものかっ!)
「ぐ・・・ぐお〜〜〜〜!!」
必死の思いが金縛り状態から瞬間的に身体を自由にさせた。ほんの数秒だった。
(こ、今度こそっ!)
その数秒の自由な時、アレスは少しずつ鎧の留め金を外していった。

「ふ〜〜・・・・・」
ようやく自由になったアレス・・・さすがのアレスも安堵という気分を味わっていた。あと少し金縛り状態が続いていれば、どうなっていたか・・・考えたくなかった。
−ガラン−
忌々しげに、なんとか脱いだ悪魔の鎧を蹴りあげるアレス。
が・・・・ダークゾーンではそれが必要なのである。
自嘲めいた笑みを唇の両端に浮かべアレスは悪魔シリーズを四次元箱の中へとしまった。

(しかし・・・ここが鍵のかかった扉に遮蔽された密室でよかったな。でなければ、上がってきたところでおだぶつだった。)
階段の反対にあるドアの向こう。そこからは兵士の闊歩する足音が聞こえていた。番兵の足跡だろうか?規則正しい響きがする。
ここが目的地の城内であるとアレスには確信できた。

(それはともかく・・・しばらく休むとするか。)
城内に入れば、また休憩する場所も時もあるかどうか分からない。ポーションは温存しておくべきだ、と判断したアレスは、そこで一眠りし、体力を回復することにした。

(ドーラはどこにいるのか?あいつのことだ。またのろいとかぐずとか言いながら不意に目の前に現れるのだろうか?)
・・・そして、また穴に落ちるか大岩に追いかけられる?
「ふっ!」
まるで目の前で展開されているかのようにアレスの目にその光景が見えていた。
思わず両端を上げてこぼした笑みらしきものは・・・少し前の自嘲めいたものとは違っていた。


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