◆第十八話・絢爛豪華、黄金の居住区◆
  

 (権力の誇示か、あるいは、単なる趣味か・・・)
アレスは王城内を歩いていた。何も考えず第六感の囁くまま進んでいったそこは、まぎれもなく国王の居住エリア。正門らしき大扉から続いていた通路は、そこまでの質素な造りと異なり、豪華絢爛な内装が続いていた。
金細工でできた壁と、そこにちりばめられた宝石。定感覚的に大粒のエメラルドが輝いている。その為にはどれほどの重税がかけられたのか・・・押して計り得ることである。資源豊かな属国を保有する強国であればそれも可能だろうが、たとえそれら材質が全て黄金でなく、単なる金張りであろうとも小国ブンデビアにとって、通常国民から徴収できうる税金だけでは捻出できない額だろうと思えた。
(地下に宝物の眠った古代遺跡でもあったか?)
ふとアレスの頭にそんな考えが浮かんだと共に、ビトールの地下迷宮の事が脳裏を過ぎる。宝とそして、魔物の宝庫だった。
(全てを制する力を持つプラネット・バスター・・・・あの剣をどうするつもりだ?)
本能が取り返せ、とアレスに指令していた。そして、何よりも手にしっくりときたプラネット・バスターをアレスは気に入っていた。まるでアレスを待っていたかのように自分の手の中に収まった剣。その感覚は、自分自身の身体の一部が戻ってきた、そんな感覚だったのである。
言葉を変えて言うのなら、探し求めていた恋女房にようやく出会った。そんな感覚かもしれなかった。

(しかし・・・あの女は何者だ?なぜオレに城の内部に繋がるカギを渡した?・・・まるでオレを待っていたかのように?)
襲いかかってくる衛兵を切り倒しながら、城2階への階段を目指して進むアレスは、少し前に出会った女性のことを考えていた。


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「あなたがアレスですね?私はエレーヌ。この城の城主に仕える者です。」
この豪華絢爛なるエリアに入るとすぐアレスは行き詰まった。真っ赤な絨毯がひかれてあったそこは、確かに真っ直ぐに進めば王に出会えるだとうと思われた。が・・・その先にあった扉は固く閉じ、アレスを拒んだ。所持していた合い鍵では開く気配はみせなかった。
そこでアレスは、少し戻り、左右にあった扉の左側のドアをカギで開けてす進んだ。右側も合いカギではあかなかったからである。が、すぐにドアで行き止まりとなったそこには、女性が立っていた。まるでアレスが来ることを知っており、そこで待っていたかのように。
そして、大の男でも、名うての賞金首でも向けられれば無意識に視線を反らしてしまうアレスの静かだが威圧感を伴う視線をしっかりと受け止め、そして、返していた。そこには感情というものがないような不思議な視線だった。賊に対する蔑視でも嫌悪感でもなく冷たさを感じさせない冷たさ。そんな視線だった。
「わかっています。プラネット・バスターを探しているのですね。あの剣は、城に隣接する地の塔にあります。」
何も答えようともせず、が、一応自分自身を観察しているようなアレスに、エレーヌと名乗った女性は言葉を続けた。
豊かな濃紺の髪と雪のような肌が、その身にフィットしている真っ赤なドレスによって強調されていたが、それよりも、色違いの瞳がアレスの目をひいた。緑と紫の瞳。それは、神と悪魔の瞳であり、その瞳を有する人物は人間であって人間ではない。不思議な力を、神と悪魔の力を持つ特別な者だという話を、アレスは思い出していた。いつ、どこで耳にしたのかは忘れたが、伝承の人物としての話にあったような記憶があった。
そして、目の前の女性は、確かにその種の人物であると感じられた。その白い頬には何か特別の力を持つと思える模様が、真っ赤な紅でほどこされ、それとは対照的に、形の良い唇は紫にぬられている。
アレスの耳に響くリンとしたその声も彼女の全身からにじみ出ている雰囲気と相まって、神がかりに聞こえた。それはまるで神の啓示を口にする巫女とも感じられた。
が、アレスにとって例え神だろうが悪魔だろうが関係ない。彼は、己の進もうと思った道を妨げるのなら排除するまでである。
だが、ほのかな敵意はあるものの、妨害する気配はないエレーヌを攻撃するようなそぶりもなく、アレスはじっと彼女が話し終わるのを待っていた。
そして、エレーヌもそんなアレスを予想してたのか、話の区切りで一旦反応を待ちながらもたんたんと言葉を続けた。

「塔へ入るためにはカギが必要です。城のどこかにかくされているとは思いますが、私にもどこにあるのかは、わかりません。」
すっとエレーヌは、アレスの進行方向に位置しているドアを指さして続けた。
「その扉の奥に、城の2階への扉を開けるカギがあります。私にできるのは、それをあなたに差し上げることくらいです。早く、プラネット・バスターを取り戻してこの国から去って下さい。」
城の2階へ続く扉。それはつい今し方アレスが諦めて戻ってきた絨毯の先にあった扉だと判断できた。
「あなたは・・・きっと、この国に災いを呼ぶ人です。私にはわかるのです。」
その扉のカギをアレスに差し出したエレーヌの瞳は、もうそれ以上言うことはないとアレスに語っていた。
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(オレが奥の小部屋からカギを持ち出し2階へ続く扉に向かうまで、彼女はそこに立ってオレを監視しているかのように見つめていたが・・・国王に仕える巫女なのか?プラネット・バスターを使うことによって引き出されるであろう特殊な力を懸念して・・・それを阻止するためにということか?)
敵でも味方でもない、とアレスはエレーヌを分析しつつ、忘れられ島の遺跡の入口の壁にあった高僧の言葉を思い出していた。

『もはや、ここまでだ・・・・私は運命に妥協したわけではない。だが、死を悟った限り、私は私の知る全てのことをここに残そう。

かつてこの地に栄えた古代国家は、海より渡来した神々によって興されたものだ。私はそれを調べるためにここを訪れた。
まさにこの発見は偶然だったのかも知れない。この島が忘れられたものになったのも、神の意志なのだ。全てはここから始まったのだ。
私はベルサドス島とこの島で、暗黒文字を目にした。ビトール正教の教典にある古代ビトリック文字と同じものだ。このことが語るものは、
我が宗門の聖地が証明されただけではなく、伝承に残る『全てを制する力の源』が、今も存在していることを示している。
恐るべき事実だ。神はその事実を隠すため、この島を海流で隔て、忘れられたものにしたのだろう。それがなぜ、今になって・・・・。

残念だが私には、ここまでの役目しか与えられていないらしい。私の屍を見る者よ。今、この国は悪しき想念に満ちている。王に力を与えてはならない。『全てを制する力の源』には、触れてはならないのだ・・・・。どのような事があろうとも・・・・。』


(呪われた王国、ビトールの王と同じか・・・・・・支配者はなぜそうも力を誇示しようとするんだ?)


「ずいぶんと暴れてくれたな。相変わらずの反応だ。無事に監獄島ベルサドスから脱出できたのだ。さっさと消えてしまえばよいものを・・・。」
(ん?)
そんなことを考えながら2階へ上がり少し進んだアレスの目の前に、カールがその姿を現した。
「どうだ?城の3階には上れないことがよく分かったか・・・。城の警備は地下の研究所で制御されている。力づくでも登ることはできん。」
相変わらず独りよがりの言葉だった。
アレスは今2階へ上がってきたばかりなのである。まるですでに城中の行けるところは全て行きつくしたような言葉をカールはアレスに向かって吐いていた。
それにアレスはエレーヌから目的の剣は城に隣接している塔にあると聞いていた。アレスの目的は塔であって城の3階ではなかった。が、塔へ入るためにはカギが必要だと言われたことも確か。そして、エレーヌは2階へのカギをくれたのである。
(カギは3階にあるのか?では、どうやったら3階へ行けるというのだ?)
アレスは考えていた。が、目の前の人物は傭兵時代肩を並べたカールなのである。そして、今は敵である。いつ攻撃されてもいいように一応身構えてはいる。
「ここで、オレたちのケリをつけるのも悪くはない。」
アレスは全くそんなつもりはないのだが、あくまでもアレスをライバル視しているカールはそうだった。どちらの力が、腕が上か・・それはカールにとって、いつかははっきりさせなければならない事だった。

「カール様!侵入者はまだ見つかりません!」
ケリを付けるも何も、アレスにとってはどうでもいいことだったカールとの勝負は、不意に駆け寄ってきた兵士の声によって遮断される。
声をかけられる数秒前、近づいてくる数人の兵士の足音に、カールは咄嗟に兵士側から見えないようにアレスに背を向けて立ったのである。曲がり角でもあり、そうすることによって兵士たちからは全身ではないが一応隠れることになり、たとえ見えたとしても、侵入者とは判断されない。カールの配下の傭兵だと彼らは判断するはずなのである。
そして、カールは、必要なければアレスが斬りかかって来ないことも承知していた。必要と思えば卑怯という文字はないアレスである。背後であろうとなんであろうと攻撃してくる。が・・・カールは不思議に、今敵対してはいるが、アレスは斬りかかってはこないだろうと感じていた。

「今一度城内をくまなく探せ!」
「はっ!」
(何を考えてるんだ、こいつは?)
一度は取り押さえておいて、今は兵士の追求からかばうかのようなそのカールの言葉の意外性に、アレスはカールの背中を見つめていた。
「・・・ここでは邪魔が入る。もう一度だけ、勝負は預けるとしよう。」
兵士の集団が立ち去ると、カールは彼らの後を追うようにそこを後にした。
(つまり・・・どうあがいても城の3階へは行けないからという余裕からか?)
が、行けないと言われれば、どうあっても行きたくなる。人情とはそういったものである。アレスは、ともかくそこから城内を探索し始めた。行き止まりだと言われようがなんだろうが、己の目で確認しなくては納得がいかない。


(な・・なんだ・・・こいつらは?)
その先にあった少し広めの部屋には、、全身鎧で身を包んだ鉄の兵士がいた。が、彼らにアレスの剣がまったく効かない。
(つまり、これが3階へ行けないというカールの自信か?)
部屋の奥まった中央の床に魔法陣らしきものが見えた。そこを数体の鎧兵士が守っているということなのだろう。そして、その魔法陣の先にあるのが、今回のオレを巻き込んだ騒動の核心か?)
なぜだか単にそこにプラネット・バスターのある塔へのカギがあるだけではない、とアレスは感じていた。
まるで作り物の兵士のような彼らは、その部屋に入らない限り攻撃はしてこない。
(とはいえ・・・オレの剣がまるっきり効かないのも・・・少しショックだな・・・)
鎧の材質もさることながら、彼らの周りは攻撃を寄せ付けないバリアーが張り巡らされているらしく、剣も魔法も全く受け付けない。
ともかく、まだ城内の探索は始めたばかりである。そこだけに執着する必要はない。
アレスは、その場所を後にした。


(しかし・・・・やはり3階へは行けないということだな。)
行くことができる範囲は全て行った。が、確かに回ったその広さから判断して3階はほんの少し。中央の肝心な部分へ行く通路が見つからない。一応3階への階段はあったが、道はすぐ行き止まりとなっていた。

が、その黄金で塗り固められた王の居住エリアは、普通の城ではなかった。人間の兵士も確かにいるが、鎧兵士といい、そして、胸も露わなほぼ全身裸の女性。一振りで首と胴体を切り離すことができるような大剣を持っているその女性は、人間とは言い難かった。魔の瘴気を纏う鬼神のような攻撃力を持つ彼女らは、明らかに魔に属する者と判断できた。
そして異常なまでのその数に、アレスは氷の魔法の必要性を感じた。剣では負ける気はしないが、探索はいつまで続くのかわからない。楽にそれをしのげる方法があるというのなら、そうすべきなのである。


そして、そのエリアを後にして、アレスは城内のまだ行っていないエリアの探索に移った。ごく普通の石造りのエリアへと。


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