◆第十六話・持ってけどろぼー!◆
  

 「ありがとー、おじさん!」
(お、おじさん・・・た、確かにそうかもしれんが・・・・)
忍者屋敷から街へと戻ったアレスは今街の西側に広がる山にある山賊のアジトにいた。
結局忍者屋敷で、目的としている城への足がかりは何も得られず、手に残ったのは山のような武器とアイテムだったアレスは、当然、情報を求めてこの山へ足を向けた。が・・・・町はずれ、山への道は、街の自警団と言うべきものではないが、街の男達が順番に立つ見張りによってどうしても通らせてもらえなかった。
そこで、アレスが次に選んだのは、闘技場である。娯楽の少ないこの街で、たった一つの娯楽らしい娯楽。腕に自身のある街の男や近隣の街からやってきた格闘家が賞金ほしさにその腕を競い、又、見物人は、その勝敗にお金を賭けて楽しんでいた。
結構値のいい賞金の理由は、どこから強いれてきたのか、イーフリート(炎の魔人)との戦いが挑戦者に用意された初試合でもある。が、当然、アレスの敵ではない。一度に2匹のイーフリートとの試合を余儀なくされたアレスだが、そこはアレスなのである。ものの数分で倒してしまった。そして、次に現れたのが、無敵を誇るその闘技場のチャンピオンなのだが・・・・隣国随一の腕と言われる女格闘家だったが、やはりアレスにとっては敵ではなかった。かといえ、女とは思えない腕であったことは確かである。ひょっとしたらアレスより筋肉がついているのではないかと思わせるような隆々とした筋肉を惜しげもなく露出している人物でもあった。
(露出度は、ドーラとどっこいどっこいか・・・・しかし・・・こう筋肉質ではな・・・・)
やはり女性は女性らしい体つきの方がいい、と思ったとか思わなかったとか。(笑
それはともかく、最終試合でその女格闘家アンバー・ガルシアを倒したことにより、アレスは山賊に誘拐されたという町長の孫娘の救出を頼まれたのである。
入り組んだ迷路のような山道には、多少苦労はしたが、山賊などはアレスの敵ではない。山の要所要所に立っていた見張りを順に倒し、こうして今そのアジトにいるわけである。


「本当に、ありがとうございました。」
おじさんと呼ばれ、少なからずショックを受けているなどということに気づくはずもなく、12〜4歳ほど思われたその少女は、アレスが縄をほどくと、丁寧におじぎをした。
「教会へお祈りに行く途中、突然見慣れないおじさんたちに捕まってしまったの。誰も救けにきてくれないんだもん。本当に不安だったの。でも、きっと誰かが救けにきてくれると信じてたわ。 おじさん、本当にありがとう。」
どうしても『おじさん』という言葉が強調されているかのようにアレスの心に響く。
「あっ、そうだ! そこの宝箱の鍵、北側に流れる川を越えたところにある本杉の木の根本に隠してあるって、山賊たちが言っていたわ。
調べてみたら?わたし、みんなが心配してると思いますから、急いで帰ります。失礼します。」
アレスに対する礼のつもりなのか、部屋の隅にあった小さな宝箱。それを指さして説明すると、少女は今一度ぺこりと頭を下げ、アレスが街まで送ろうと言う前に小屋から出ていった。
(・・・・まー、山賊は一人残らず倒したからいいようなものの・・・結構山道は険しかったのだが・・・・・慣れているのだろうか?)
実際、山賊がここに住み着くまで街の人たちにとって、森深いこの山は、ときとしてピクニックやキノコ狩りなど、身近な存在だったのである。少女が街までの道を知っていたのも、一人でさっさと帰ってしまったのもうなずけることではあった。一応そのことも情報の一つとして耳にしていたアレスは、少女の後は追わず、そこから北にあるという3本杉のところへと向かった。

(なんだ、この付近一帯の地図か・・・・)
さほど大きくないその宝箱に、武器は入っているとは思わなかったが、開いては山賊なのである。多少なりとも金目のものがあると思ったアレスは、がっかりする。城への抜け道でも描いてあれば別だが、簡単明瞭なその地図は、必要だとは思えなかった。
(さてと・・・ここにもそれらしき情報は何もないが・・・・・・・あと考えられるとすれば・・・)
ぼんやりとその地図を見ながら、アレスは考えていた。行けるところは行き尽くしていた。あと考えられるなら、町長である。仮にも城の麓の街の長。秘密の抜け道を知っていたとしても、いや、ひょっとしたら作ってあっても不思議ではなかった。
アレスは、少女の救助を頼まれたときのその初老の男のことを思い出していた。やせ形でそう形容するのはおかしいとも思われたが、のらりくらりと事をうまく運ぶ古狸・・・雰囲気はその呼称がぴったりだった。

「わしはこの城下町の町長じゃが。あんたの腕を見込んで、折り入って頼みがある。孫娘が山賊に連れていかれてしまった。500G払う。デイジィを助けだしてもらえんじゃろうか。」
それは、頼むという態度というより、命令と言った方がよかった。そして、黙っていたアレスに対して続けて言った言葉が、流浪の剣士であるアレスを見下していることをはっきりさせた。
「だめか? えーい。じゃ、じゃあ、700Gでどうじゃ?・・・・こっ、この業突張りの極悪人め!人の足元を見おって・・・・。1000Gならどうじゃ!これで文句はなかろうて!」
別に足らないと言ったわけではない。いつものごとく黙っていただけである。
そして、町長は、アレスの右手を取ると、押し込むように半金の500G紙幣を握らせ残りは無事救出してからだ、と慇懃な視線で言い放って、立ち去っていった。
「早く孫娘を救け出してくれ。まさか、前金を受け取っておいて、救けにいかん気じゃ、ないじゃろうなぁ? 頼んだぞ。」
睨みをきかせ、その脅し文句を忘れずに残して。もっともそんな睨みも脅し文句もアレスにとっては全く効果はない。
あとは、街の男達がアレスを囲むようにして山の入口まで連れてきたのである。
たとえどうであれ、気の進まない事をするアレスではない。金を突き返して城への道の探索に専念することも脳裏を過ぎったが、少女の弟らしい少年の真剣な想いが、アレスを救出に向けたのかもしれない。


そして、先に帰った少女により、アレスが彼女を助け出したことは街中に知れ渡っていた。
アレスが街へ入ると、それを待っていたかのように町長が足早に歩み寄ってきた。
「世話をかけたな。ほれ、受け取れ。残りの半金の500Gだ。」
頼まれた時と同様、町長はいきなりアレスの手を取ると、その中へ紙幣を押し込んだ。
「なんだ。それだけでは不服か?えーい、業突張りめ。だったら納屋にある宝もやるわい!この、ならず者め!」
そして、またしても何も言わないアレスに業を煮やし、というか、流れ者など意地汚いと心底思っているらしく、用意していたとみられる小さな鍵をアレスに見せて汚くののしる。
くれるというものを断る理由はどこにもない。アレスはすっとその鍵を彼の手から取る。
すると、やはりな、といいう蔑視を向け足早にアレスの前から立ち去ろうとする。が、そうする前に、アレスの手が町長の腕をぐっと握った。
「な、なんだというんだ?もう何もないぞ?その鍵は長年わしが貯めてきた金塊が入っている宝箱のものだ。」
(・・・・・)
山賊を倒したことと、そして闘技場で女格闘家を倒したアレス。そのアレスにぐっと腕を掴まれ、町長は恐怖を感じる。
「城へ行きたいんだが。」
それは、アレスにとって何日ぶり、いや、数ヶ月・・ひょっとしたら数年ぶりの会話だったかもしれない。(一言だけだが)
「なにぃ? 城に行きたいだと?」
恐怖の表情を顔に浮かべながらも、町長の目つきがますますいやなものを、罪人を見るような目つきになった。
「わ、わかった・・・・わしの家まで付いて来るがいい。」
一瞬、そしてかすかだったが、町長のその返事に満足したアレスの口元があがった。町長なら知っている、その予測が当たったことに満足して。

「そこの本棚を調べてみろ。内緒じゃがな、この屋敷の裏庭から城への抜け道があるんじゃ。」
家につき、奥まった書斎に案内すると、町長は吐き捨てるように言った。
「もう、やるものは何もないぞ。何処へなりと、勝手に行くがいい。」
ーバタン!−
言われなくともアレスはそのつもりである。用のないところに長居は無用。
本棚に近づこうとしたアレスに、ドアの開く音と共に駆け寄ってきた小さな影があった。
「おじさん、ありがとー。」
それは少女の弟であった。必至の想いを込め、山賊の山に入るアレスを見送っていたあの少年だった。
「うちのひとを悪く思わないでおくれ、剣士さん。口ではああ言ってるが、ホントに感謝してるんだよ。」
町長の妻らしい初老の女の言葉に見送られ、隠し通路を足早に進んだアレスの瞳には、純真な輝きの少年の瞳が写っていた。


そして・・・・・
(早くもこれか?)
その昔、ここに城と街ができたとき作られたという隠し通路。代々の町長がそれを知っているだけで、それまで一度として使われたことのないそこは、魔物の住処となっていた。
そして・・・どこでどう異界と繋がってしまったのか、万が一の時の城からの脱出路とはなりえない不気味な空間となっていた。

『畏怖の装い無き者、立ち入るべからず』
重い鉄の扉を開けて足を踏み入れたすぐそこの壁にはそんなプレートがあった。が、その前にアレスは本能で、そこがビトールの地下迷宮にあった魔のエリア、一筋の光も射し込まない暗やみに包まれた悪魔の空間なのだと悟っていた。
(ダークゾーンか・・・)
そこにいた魔物は、悪魔シリーズのものでなければ、攻撃も防御も効かなかった。通常のところでは金縛り状態にして動きを封じ、体力を奪う鎧。同じように持っているだけで体力を奪っていく盾。そして、自分を攻撃してしまう剣。それらは、ここでこそ相手の攻撃を防ぎ、そしてダメージを与えられるるのである。いや、それらでなくては、この空間に生息している魔物には一筋の傷も与えることはできない。

(やはり1歩先も見えないここにも、あちこちに落とし穴があるのだろうか?)
アレスは悪魔シリーズに手早く身を固めると慎重に狭く闇に閉ざされた通路を進んで行った。

ふと心の中で呟いた落とし穴という自分の言葉に、ドーラを思い出しながら。


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