◆第十話・カナヅチ返上・・そして地上へ◆
  

 (地下水か・・・・)
凍死することもなくなんとか氷のエリアを抜け出たアレスを待っていたのは水の都・・・ではなく、入り組んだ洞窟内を地下水が縫うように流れ、行く手を阻むエリア。が、軽くジャンプすれば渡ることのできる幅でもある。
だが、アレスの脳裏にふと悪い予感が浮かんだ。
(ひょっとしてこの先に地底湖でもあるのか?)

(おおっと・・・・)
扉の向こうは鋭い槍が仕込まれた落とし穴、なんていうものもそのエリアには山ほどあった。落ち着いて進めばどうということもない。
途中毒の霧などのトラップやミノタウロスの攻撃などを交わしながらアレスはそれでも順調に進んできた。

そして、その予感は当たる。
【触れよ、壁に填められた小島。飛び石となりて道を作らん。】
アレスは近くのプレートに書かれていたその言葉を思い出しながら目の前に広がる地底湖を見つめていた。

(壁に填められし小島か・・・・壁と同じようにみえるスイッチなのだろうな。)
付近一帯の壁を注意深くアレスは調べる。・・・までもなく、一見してスイッチだと分かる壁模様。
(もう少し手の込んだトラップにしたらどうだ?)
余分な事を考えてはいるが、頭の中は今後の対策と予防で忙しく計画をたてている。
(どこまで続いてる?深さは?そこに水棲の魔物はいるのか?)

そんなことを考えながらもともかく飛び石を渡っていく。飛び石が途切れた時は、附近の壁を調べればいい。スイッチはすぐ見つかった。崩れかかった壁を見落とすアレスでもない。それに関する苦労はなかった。

が・・・・・

−ザザーーーー!−
不意に水中から躍り出る水棲、シーサーペント。巨大な水蛇であるそれが、アレスに襲いかかる。
しかも1体や2体ではない。
その巨体が完全に水に隠れると言うことは、水深もそれなりにあるということである。
従ってアレスはいつもより増して注意を払う必要があった。
相手は水棲、水の中などお手の物である。そして、こちらは・・・・水中は苦手というか・・・カナヅチなのである。

(おおっと・・・)
加えて飛び石のなんと滑りやすいことか。ここへ来る道も全体をコケが覆ったような道で滑りやすく、魔物との戦いに熱中しすぎると足を滑らせて、にたりと大口を開けてまっている落とし穴のエサとなりがちなのである。
が、落とし穴ならまだしも、シーサーペントのエサとなっては、消化されてしまう。
アレスは慎重な上に慎重を重ねながら、飛び石を渡り、スイッチの探索をし、そして、シーサーペントと戦いながら進んでいった。

(っと・・・どうやら湖もこれで終わりらしいな。)
道の先はまだまだ地下水が流れてはいたが、もはや広い地底湖ではなかった。細心の注意を払わなければいけなかったエリアを無事克服したアレスは、先を急ごうとした。
が、ふとアレスは思いつく。

(もしも、彼女がこの先にあるという漁師町にいたら・・・・)
出口ももう近い、とアレスは本能で悟っていた。
彼女とは解説しなくても分かるだろうが、ドーラのことである。
クラーケンに食べられたとは全く考えられなかった。故に・・・助けなかったことに関し、いつもよりドーラの罵声は増量されるはずである。
「こう静かだと、ドーラの罵声がなつかしいと思いがちなんだが・・・」
自嘲しながら、アレスは呟く。
魔物の咆吼はあるものの、勢いよく口から飛び出るドーラの言葉のような賑やかさはない。
−ふっ・・・・−
アレスは軽く笑うと向きを変えた。

(この先必要になるとも限らん・・・ドーラに気付かれても難解だしな。)
そうは思ってもドーラがその弱みにつけ込むような事は、まずもってしない、とアレスは踏んでいる。そう、それに関してはおかしな確信があった。
が・・・
『なによ〜、あんた!泳げないのぉ〜?!そんないい体格してぇ?うそでしょぉ?』
あきれ返ったようなバカにしたような声が、実際に今ドーラから浴びせられてるようにアレスの耳に飛び込んでいた。
そして、たぶん、こう続くだろうとアレスの妄想(笑)は続く。
『う、嘘よっ!そんなのっ!あ、あのアレスが・・・お師匠様を殺した極悪非道の大悪人のアレスが・・・あ、あんたが、カナヅチなんて・・・・うそよーーーーーっ!』
もっともそれはアレスの被害妄想(?)からくるのかもしれないが、ともかくアレスは、せっかくのチャンスということで、泳ぎの練習をすることにした。
何しろそこにはギャラリーはいないのである。
え?魔物がいる?魔物はギャラリーには入らない。人間でなければ支障はない。誰もアレスが泳ぎの練習をしていたとしても何とも言わないし、その意外性に笑いもしない。
・・・嬉々として襲ってくるだろうことは確かだが。

ということで、人目を気にする必要性はないが、安全の確保の必要性はあった。
目に見える範囲のコウモリや邪精、もちろんシーサーペントは先に倒す。

(つまり、何を修得するにも、肝心なのは気持ちの持ち方だ。それを克服しなくては命はないという状況を作れば修得も早いはずだ。)
泳ぎ方は知識としては知っていた。ただ、実際にそうするチャンスがなかっただけなのである。

(よし・・・・1匹だけだな・・)
シーサーペントのその攻撃だけを避けて倒すことなく無視してここまで渡ってきたアレスは、今一度飛び石を渡っておびき寄せると、1匹だけ残して後は全て倒す。

そして、最後の1匹と格闘。
仲間をそして連れ添いを殺されたそのシーサーペントは怒り狂ってアレスに襲いかかる。そのスピードも激しさもそれまで以上のものである。
そのシーサーペントに対して今一度岸に戻ったアレスは、水中では邪魔になる鎧を脱ぎ、そして剣も片隅において、ダイブする。

−ザザザザザ・・・・−
怒りに燃えアレスを追うシーサーペント。浅瀬でその攻撃を上手に交わすとアレスはそれの背ビレにしがみつく。
「グギャアアアーーー!」
捕らえ損ねた獲物を探し、そして、その背にしがみつく何者かの気配を感じ、シーサーペントは暴れる。
−ザン!−
勢いよく深みへと潜る。
−ゴポポポポ・・・・−
潜るのはカナヅチでもできる。(笑
ツルツルと滑りやすいその背ビレから手が放れないようアレスはしっかと掴み、タイミングをみる。
そして、その息にまだ余裕があるうちに適当なところで背ビレを離す。
その離れた感覚に、シーサーペントの瞳がギロリと動き、視野の中入ったアレスを捕らえようと追いかける。鋭い牙を光らせた口を大きく開け。

−ザザザザザーーーーー−
アレスは、己が命を賭け、水をかく。そしてその勢いに乗って水面へ出、瞬時に呼吸をすると、シーサーペントの攻撃を交わして再び背ビレに掴まる。

つまりは、その繰り返しを泳ぎの練習としたのである。

(さてと・・・そろそろコーチに印籠を渡すとするか。)
−ズン!−
上手く誘導し、渡りきったところの岸にあがると、そこに置いておいた剣を手にし、追ってきたシーサーペントをアレスは軽くその一振りで倒す。

「いい運動にもなったかな?」
そして、ここに、たった一つあった弱点をも見事に克服し、自信に溢れたアレスが誕生した。
(おい、オレはそんな大げさに思ってなどいないぞ?)
(あ・・し、失礼しました。)・・・・ちろっと軽く睨んだようなアレスの視線がそう言ったように思え、筆者は思わずどきり(爆


【汝、試練を極めたものとする。いざ、地上へ抜けよ!新たなる試練のために。】

(試練を極めたといいながら、新たなる試練とは?・・・・極めたとは言えないんじゃないか?)
地上に抜けよ、などと言われなくてもアレスは進む。ふと過ぎったそんな考えを心の中で呟きながら。

ようやく出ることのできる地上。地上への狭く急な道を上がりながら、アレスの脳裏には、怒りに燃えたドーラが仁王立ちしている姿が鮮明に写っていた。

『何してたのよ、このぐずっ!まったくとろいんだからっ!そんなダンジョンにいつまでかかってんのよっ!あんた、それでもあのアレスなのっ?!』

「ふっ・・・・・」
またしても、いもしないドーラの罵声が耳に響き、腐れ縁だな、と思いながらもアレスの口からは軽い笑いが漏れていた。
それは決して嫌な感情ではなく、どちらかというと歓迎・・とまではいかないが、当たり前の光景、そこにあって当然のドーラとの出会い、そんなような感じを受け、アレスは黙々と道を進んでいった。


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