◆第三話・定例事項◆
  

 (ん?・・・・・)
破れかかったドアの破壊は簡単だった。休息後、ドアを破壊して独房の外に出たアレスは、すぐ脇にナックルを見つける。
(なぜ、こんなところに武器が?)
そうは思ったが、あるものは利用しない手はない。
アレスはさっそく手にはめる。銅製のそれは、なくてもあってもあまり大して違わないとも思ったが、それでも、素手よりは多少なりともいいような気もした。

そして、予想通り、そこには魔物の姿があちこちに見られた。が、その数はそんな大したものではない。バノウルドと比べれば静かなものである。
それでも剣もなく、そして、素手とさして代わらないナックル装備の拳では、それら魔物を倒すのに、数発要した。

だが、そんなこんなでもアレスは着実に進み、まるでゲームかのようにあちこちに武器や回復剤、そして鍵が放置してあるのを見つけながら、アレスは人のいるエリアへと足を踏み入れていった。

「その顔には見覚えがある・・・そうか・・貴様がアレスか。」
そのエリアで、牢名主と言われたその人相の悪い男は、アレスの顔を見るとそう呟いた。
アレスの入れられた独房と違い、そこは、一帯が牢らしく、それぞれ思い思いの穴にござを敷き、自分のねぐらとしていたようだった。
「噂通り無口だな。」
何も言わず、しかも牢名主である自分をも無視するかのように横を通り過ぎるアレスに、彼は気分を害しながらも、安堵もしていた。
最下層であるそこは、凶悪犯が揃っている。その中で牢名主と呼ばれる限りは、その悪行もそして力も十分自信をもっていた。が、相手がアレスとなると、それはまた別格だった。賞金首の中の賞金首。未だかつてだれ一人としてアレスを倒した奴はいない。ここへ投獄されるのも、砂漠で倒れなかったらできなかっただろう、と噂されていた。それほどの男なのである。
が、彼も一応牢名主と呼ばれている。アレスに無視されて黙って見過ごすことはできなかった。
「勿論、上を目指すんだろ?」
自分の前を立ち去るアレスを追いかけるかのように声をかける。
「オレはシャバよりここの方がよくてな。せいぜい頑張るんだな。以前、上を目指した坊主が上への目印やらなんやらを残していってる。それをたどっていけば行けるはずだ。それから・・・第一層への階段の前には関門の部屋というのがあってな、恐ろしく腕の立つデスガードがいるが・・・お前なら倒せるだろう。」
言葉が終わるまで立ち止まって聞いていたアレスに、牢名主はほっとする。一応彼の面目は保たれたわけである。

(なんだ・・・たったの4階か・・・)
アレスはそこにいた囚人からの情報で、そこがバノウルドの地下迷宮とは比べものにならないくらい小規模なものだと知り、気が抜けていた。
(大げさな奴だったんだな、カールは。)
絆を断ち切るも何も、こんな地上に近い洞窟では・・・とアレスは呆れ返っていた。
(だが、それ以上に強い魔物がいるのか?そのデスガードとはどれほどの腕なのだ?)
そうは思っても、そこまで来る途中、最下層だというのに、大した魔物はいなかった。巨大蛾と青スライム、そして人間の頭大の蜘蛛。
(上へ行くのを阻止するんだからな。上の階ほど強い魔物がいるんだろうが・・・、武器が放置してあることといい、まるで上がってこいと言っているみたいだな。二度と出られない監獄と言われるわりには甘いな。・・甘すぎる。・・だが、それも周囲を荒海が囲んでいるという絶対の自信からか?)
例え上がってきても逃げることはできない、だからこそ、看守たちは、それに幾ばくかの金を賭け、ここでの娯楽としているのだろうか、そんなことを考えながら、アレスは牢獄エリアを後にした。
ん?空腹はどうしたって?勿論、囚人たちから分けてもらい、それは満たされていた。・・・極悪人の賞金首、アレス、機嫌を損ねたら何をされるかわからない、そう思った彼らは、彼らにとっては最も貴重な食料を競ってアレスに差し出したのである。


途中、所々に仕掛けられている落とし穴に、アレスはドーラを思い出していた。
(どこもさして変わらないな。落とし穴などそう大した仕掛けでもないだろうが・・・。)
一見して危ないと分かる地面。時には自然に出来た穴もあったが、ほとんどは人の手によるものらしく、中には鋭い竹槍が上を向いていた。
(それでも、あいつなら落ちるんだろうか?)
ふとそんなことを考えたアレスの顔が多少だがほころぶ。
落とし穴は彼女にとって天敵なのか、それとも相性がいいのか?いや、良すぎて感知できないのか?

「アレスっ!あんた、そんなところを何うろうろしてんのよっ?!さっさと上がってくんのよっ!」
「ん?」
ふとドーラの罵声が聞こえた気がして、アレスは周囲を見渡す。
(いくらなんでもそんなわけないよな?)
ふっと笑い、アレスは足を早めた。

ドーラの声が聞こえたからではない。自分自身がそうさせていた。が、なぜか上へあがれば、そこにドーラがいる。アレスにはそんな気がしていた。


そして、第2層。
自分がいた4層からそこまで来るのにもそう大したトラップはなかった。変わったトラップと言えば、天井から岩が落ちてくるエリアだったが・・それもそう大したスピードではなく、アレスは余裕で岩を避けることができた。イリュージョンの壁など慣れたものである。

(なんだ、このお宝は?)
そこには3つの宝箱があり、それぞれには銀製の鎧、盾、剣が入っていた。
まるで獲ってください、とでも言っているようなそれに、アレスは警戒する。
(まー、触らない方がいいだろう。)
ものに執着する方ではなかったし、こんなところにそんな高価なものが置いてあるということ事態がおかしかった。アレスは手をつけず、付近の探索を続けた。


そして、隠しスイッチなどを順調に見つけ、先に進むと・・・
『分不相応な力に頼れば、必ず後で後悔が待つ。銀の鎧はここに納めよ。』
そう書かれたプレートがある扉があった。
びくともしないその扉の他に進む道はない。
(つまりこれは・・・銀の鎧をここへ入れろ、ということか?)
オレは持ってきてなどいないのに・・・と、アレスは来た道を戻って鎧をそこへ入れる。
(『後で後悔』って・・後で悔やむから『後悔』って言うんだがな・・・)そんなどうでもいいことを考えながら・・・。

そして、開いた扉を進み、またしても同じようなプレートのある扉を見つける。
『盗人は進めない。銀の盾は返せ!』
(・・・・盗人でなくても進めないじゃないか?オレは持ってないぞ?)
現に持ってないのにその扉は鎧の時と同様びくともしない。
まるで盗むのを絶対の前提としているかのようなその言葉に、アレスは少しむっとする。が、ここは監獄であったと思い直す。
(盗んで当たり前か・・・と、すると・・・・)
宝箱の部屋に戻り、銀製の盾を取りだし、そして、ふと思いつく。鎧もそうだった。そして、今回は盾。あとは剣があるな。
今一度戻ってくるのも面倒だと感じたアレスは、ついでだからと、剣も宝箱から取り出して持っていくことにした。

そして・・・・
盾を指定された箱に入れ、扉を開けてその先に進んだその先には、やはりプレートがあった。が・・・
『銀の品々は持ち出せない。忠告を聞かず、銀で作られた物を持ち出そうとしていないか。』
(なんだ・・・剣は必要なかったのか?)
剣を持ったままでは、その扉はびくともしなかった。
(3度目はなかったということか・・・やれやれ・・・)
小さくため息をつき、今までと違って納めるべき箱がそこになかった為、アレスは剣がいれてあった宝箱の部屋まで戻ろうとした。が、次の瞬間思い直す。
(面倒だ・・だいたいオレは持ってくるつもりなどなかったんだ。どっちかというとあんなプレートがあるから、それがないと扉は開かないと思ったからなんだ・・・。)
アレスは、ぽん!と地面に銀の剣を放ると、持ったままだとびくともしなかった扉を開け、先の道を進んだ。


そして、その先に関門の部屋はあった。が・・・
アレスの敵ではなかった・・・・。

順調に進んだ。本当に順調に進んだ。
第一層最後のトリックと言える、『真実は一つ』と書かれたプレートに並んだ6つのボタン。その先にある扉を開く為のものだが、それも第六感が見事に当たり、右から2つ目のボタンを押したアレスは、一発でその先へと進んでいく。

(これで、定例のトリックは全て揃ったか?)
落とし穴、イリュージョンの壁、そして崩れかかった壁、と見知ったトリックが揃っていた。
(いや、まだ罠つきの宝箱にはお目にかかっていないな。)
そんな悠長なことを考えながら、アレスは地上に繋がっているだろうと思われた階段を上がって行った。


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