◆第二話・監獄という名の迷宮?◆
  

 「アレスよ・・。」
おぼろげな意識の中、アレスの耳に聞き慣れた声が聞こえていた。
「俺たちが真に戦う定めならば、上がって来い。逆境の絆を断ちきり、運命を変えてみろ。」
誰だお前は・・・・・?
どうやら意識だけは覚醒したが、むき出しの土の床にしたたかに打ち付けられた鉛のように重く感じる身体の機能は、まだ覚醒していないようだった。

「う・・・・・」
その男が去ってから数分後、ようやくアレスはその身体を起こした。
「まだ・・・身体が重いな。」
それもそうである。砂漠の熱と乾きに倒れたアレスの武器を取り上げ、そのままここへ連れてきていた。手当も何もしたわけではない。ただ、死んでしまっては楽しみがないということで、一応頭から水をぶっかけることはしたが。

そこは、辺境地にある小国ブンデビア。その国が所有する監獄島ベルサドス。
荒れ狂う海峡に挟まれたその島は、自然に守られた鉄壁の要塞。生きて、いや、例え死んでも、一度投獄されたら二度と出られないと言われている魔の監獄だった。そこには勿論凶悪犯もいたが、国王に逆らった、いや、国のため、国王の為と進言した忠臣でさえも、意に染まないということのみで罪状をでっちあげられ、投獄されていた。
しかも、そこは自然にできた鍾乳洞に手を加えたものであり、なんと魔物の巣窟でもあった。
任務とはいえ、娯楽どころか何もすることがない看守たちは、そこで賭をして、それを唯一の楽しみにしていた。その賭けとは、投獄した罪人が無事地上まで這い上がってくるかどうかである。
地下4層まであるその監獄は、罪状が重ければ重いほど、そして、力のあるとみなされる罪人ほど、下層へ投獄される。
そして、彼らはその罪人が這い上がってくるかどうかを賭けるのである。
『例えどんな罪人でも、魔物が徘徊するその地下洞窟から無事這い上がってこられれば、無罪にする。』それがいつしかベルサドスでの約定となっていた。

だが・・・・未だかつて地上まで這い上がってきた者はいなかった。いや、たった一人、僧だったか予言者だったか・・・例に漏れず国王に進言したために投獄された男が上まで行ったらしいと、獄中では噂があった。面倒見のいいその男は、上へ向かう要所ようしょに、次のエリアへの道しるべを書き残して進んでいったらしいが、本当に地上に出たのかどうかは、定かではなかった。
それに、第一層への階段の前には、関門の部屋というのがあり、そこには、デスガードと呼ばれる番人がいるとも言われていた。たとえそこまで辿り着こうとも、その番人の餌食になる。そうとも噂されていた。


その最下層のしかも通常牢獄とされているエリアではなく、魔物が徘徊している中心の独房にアレスは投獄されていた。通常牢獄エリアは、一応、結界らしきもので魔物の侵入は阻止されていた。勿論そのエリア外は魔物で満ちている。
わざわざ選りすぐった腕利きの兵士10人近くを引き連れて、彼らはアレスをそこまで運んだ。

(・・・・カール・・・・・・奴が・・・・)
重い身体と、重い頭、思考能力が極度に低下していたその頭で、アレスは考えていた。
ある国の傭兵として、カールとは、共に戦場を駆けていた。その腕はアレスのものと近く、いや、同等だったかもしれないが、ともかく、彼は異様にアレスをライバル視していた。勿論、アレスにとってはそんなことはどうでも良いことだった。自分より強かろうがどうだろうが、関係ない。向かってこれば全力でその敵を倒す。たとえ同じ陣営にいようがいまいが、アレスにとってはただそれだけのことだった。
が、完全に何もかも無頓着だというわけではない。常に冷静に周囲には気を配り、情報は例えどんな小さなものでも入手しておく。それがアレスの常だった。
何時いかなる時に、人としての時の終焉を迎えても構わない。だが、最善を尽くし、その時を避ける。それが無意識だったが、アレスの中でできあがっていたポリシーのようだった。
生に執着はしない。だが、死を望んでいるわけでもない。
訳の分からない人生観のようだが、アレスは、動物の本能だとでもいうように、そこに意思があってないような日々を過ごしていた。


(しかし・・・『逆境の絆を断ちきり、運命を変えてみろ。』とはどういうことだ?・・・これが逆境という意味なのか?・・・単に牢獄に入れられただけだろう?)
自分が入れられたわけでもないのに、何を深刻に考えてるんだ?と思いながら、アレスはようやく立ち上がった。
(這い上がってこい・・・か・・・言われるまでもない。オレはオレの足の向くままに行くだけだ。オレがどこかに留まる・・それはオレの魂がこの肉体を離れた時だけだ。)

周囲の壁を調べてみても何も仕掛けらしきものはない。
(正攻法でドアから脱出だな。)
ドアの外に人の気配はなかった。が・・・・魔物の気配があった。
湿った土とカビの臭い、そして、魔物の気配。アレスはバノウルドの地下迷宮を思い出していた。
(ひょっとしたらここもそうなのか?)
独房と言っても周囲はむき出しの土だった。それらを集合して考え、アレスは、またしても地下迷宮を彷徨うのか、とふと自嘲する。
(よくよく魔物付き地下迷宮とは縁があるようだ。)
地上であろうと、地下であろうと、アレスにとってはさして関係はないようにも思えたが、それでも、やはりじめじめした地下より地上の方が気分的にいい、と感じるのは、アレスも同じようだった。

(さて、今回の地下迷宮はどのくらいの深さなのか?)
カールが、「逆境から這い上がれ」とまで言った地下牢獄。アレスはそんなのんきとも言えることを考えながらもバノウルド級の迷宮を覚悟し、まずは、目の前の扉を調べることとした。

鍵穴らしきものもないその扉は、どうあっても開きそうもない。が、幸いにも鉄製ではなく、木でできている。厚みはありそうだが、なんとかなるかもしれない。
−バスッ!ガスッ!ドスン!−
ハイキック、ローキックそして体当たり、と武器を取り上げられていたアレスは、たった一つ残されている武器、己の身体を使って扉を壊し始めていた。
(しかし・・・気を失っている間に、体力は幾分回復し疲れも多少とれたようだが、・・・喉の渇きと空腹感は・・・なくならないな。)
『腹が減っては戦が出来ぬ。』・・・・自由になろうと扉と格闘していたアレスだが、まだまだ疲労しきっている身体と、そして空腹感に、軽い目眩を覚え、少し休もうと思ったその時・・・アレスの攻撃を集中して受けていた扉の一部がぐしゃっという音と共に、外の景色を見せていた。なんとか手が通るほどの穴だが、後は簡単だ。

アレスはそれを確認すると、ふっと笑みをみせてそこへ腰を下ろす。

(外には魔物がいるんだ。急ぐことはない。現状では、安全地帯がどこにあるか、それがあるのかどうかもわからない。・・・この程度の空腹では死ぬこともないしな。)
疲れを取ってから外へでよう。
出られる見通しもつき、幾分気が楽になったアレスは、壁にもたれて一眠りすることにした。


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