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滑って転んでアナザーワールド?いや、DIABLOワールド・・・[1] |
その日、友人宅からの帰り道、私は不意に降り始めた雨の中を走っていた。 雨は小雨になっていた。私はゆっくりと身体を起こした。 「あ〜あ・・・どろどろになっちゃった・・・でも、雷が落ちたのに助かったなんてラッキーよね?」 そう思いながら、その雷が直撃したのがCDだったと思いだし、慌ててそこを見る。 「あれ?」 そこにあるはずのCDがなかった。 「おっかしいなあ?・・・え"?」 それはまさに「え」に点をつけた驚きだった。 「私・・公園の中を走ってたんだったわよね?」 私は全くの見知らぬ場所に立っていた。 「うが〜」 「『うが』?」 背後で何かのうめき声のようなものが聞こえ、振り返った私は硬直した。 「ひ!」 一目でゾンビだと判断できるその身体。鼻を突く腐臭、破れた衣服の隙間から、腐ってただれた皮膚や肉が見え隠れしている。 「な、なんなのよ、これは?」 もしかして夢を見てる?頭の中でそんな考えが浮かぶ。 そんなことを考えている間に、ゾンビはその気持ちの悪い腕を高くあげ、攻撃態勢に入っている。 「きゃあ!」 防御しようにも何も持ってない。思わず目を閉じてそこへしゃがみ込む。 −ボン!− 「おい、大丈夫だったか?」 「え?」 火炎の音がした直後、男の声がし、私はおそるおそる振り返った。 「見たとこローグでもないようだが・・・一般人か?なんでこんなところにいるんだ?」 「あ・・・・・・ああ〜〜〜っ!」 私は、驚きのあまり、立ち上がりながら失礼なことに彼を指さして叫んでしまった。 「ニール・ザ・ネクラマンサー・・・・ちがっ!ネクロマンサー!!」 そう、怪訝そうな顔をしてそこに立っていた背の高いやせ型の男は、その体型と言い、服装といい、確かに私が知ってるゲーム、ディアブロのキャラの1人、ネクロマンサー、死霊使い! 「あ?・・・・だれがネクラだって?」 「だ、だから、訂正した・・・でしょ?・・・」 その不気味とも言える睨みの怖さに、私の声は必然的に弱々しい。 「まー、いいが・・・・どこかで会ったか?」 「え?」 「そうだろ?オレの名前知ってたってことは、どこかで会ってるってことなんじゃないか?」 「あ・・・た、たぶん・・・会ってはいないと・・・って、え?ホントにニール?」 「お前なー・・・・仮にもオレは命の恩人だぜ?なんだよ、その態度は?」 「あ・・ご、ごめんなさい。それと・・ありがとうございました。」 私は慌てて深々と頭を下げて謝り、お礼を言った。 「あ・・あの、ところで、ここはどこでしょうか?」 これは、夢?確か公園を走っていて、泥濘に足を取られて崖から落ちて・・・CDに雷が落ちて・・・・ど、どうなってるの? さっぱり訳が分からない。夢としか言いようがない。 「おい、大丈夫か?」 ニールは私の額に手を充てる。 「襲われたとき頭の打ちどころが悪かったとか?」 「あ・・あの、私・・・突然ここへ来てたんです。」 「突然?」 「は、はい・・・・訳がわからなくって・・・。」 「ふ〜〜ん・・・・転移の魔法陣に乗ったとかでなく?」 「え、ええ・・・・」 「うーーん・・・シャーマンでも召喚しやがったのかな?」 「シャーマン?」 「ああ、フォールンっていう魔物なんだが、そのボス格がシャーマンなんだ。」 「赤いのと青いの?!」 「ああ。だけど、人間を召喚するなんて聞いたことないがなー?」 ぽりぽりと頬を書きながら考えているニールを横目に、私はディアブロに出てくるその魔物を思いだしていた。 シャーマンを倒さない限り、レッドフォールンもブルーフォールンも限りなく再生される。 「ま、いっか。深く考えることもないだろ?」 「は、はー・・」 なんという順応の速さだろう、私は少し呆れていた。いや、いい加減というか? 「目の前の事が事実だ。それさえ把握していりゃいい。」 「そ、そうなんですか?」 「分かりもしないことで悩んでいても仕方ねーだろ?」 それはそうかもしれない、と私は感心してしまっていた。 「ここはな、魔物のエリアとの境界線ってのかな?最前線と言った方がいいか?通称血の荒野と呼ばれてるところだ。」 「血の荒野?」 思わず大声が出た。 「そ、そんな・・・」 「そんな、ってなー・・・さっきも言っただろ?これが事実。オレがここにいて目の前にあんたがいる。違うか?」 「ち、違わないです。」 「まー、とにかくローグキャンプまで送ろう。」 「え?送ってくれるんですか?」 「知らん顔して放っておくわけにもいかんだろ?」 ニールは私をつま先から頭のてっぺんまでじろじろ観察して、少し小馬鹿にしたような視線で言った。それは、たぶん、到底戦士とは言えそうもない全く鍛えてない身体と、ゾンビとの一部始終で魔法使いでもなさそうだと判断したんだろう。 でも、ニールがこんなに紳士だとは思わなかった私には、意外な言葉だった。 「と思ったが・・・アカラに言われた事をやりとげないと入れてくれそうもないんだ。」 「入れてくれない?」 「ああ・・オレも昨日ローグキャンプに流れ着いたところでな。」 「ネクロマンサーだったから、みんなに敬遠されたんだ?」 その途端、ニールの視線がきつくなった。 「あ、ご、ごめんなさい。」 「・・・・・」 小さくなっていた私をしばらく睨んでいたニールは、ため息を付いてから苦笑いした。 「まー、それが普通なのかもな・・。」 「・・・・」 「ったく・・・ネクロマンサーのどこがいけないってんだ?」 ニールは私から視線を逸らすとぼそっと小声で吐いた。 「ということは、洞窟へ魔物退治に行くところなのね?」 「あん?なんであんたがそんなこと知ってんだ?」 「あ、い、いえ・・ち、ちょっとそんな気が・・・・」 怪訝そうな表情でニールは立ち止まって私を見ている。 「あ・・だから、あの・・最前線ならそうじゃないかな〜って・・・」 あはあはあは、と私はごまかし笑い。 「まー、いいか・・・ほれ、行くぞ!」 ごまかし笑いがきいたとは思えないが、ともかくニールは再び前を向いて歩き始めた。 「あ、・・・でも、私・・・。」 「なんだ?」 魔物のいつ洞窟へ行く・・・恐くなって立ち止まった私をニールが振り返る。 「そっか・・・あんたは戦士じゃなかったな。んー・・・どうすっか?」 あごに手をあてニールは考え込む。 「まー、なんとかなるんじゃないか?オレの後ろをついてこりゃいい。あそこの魔物くらいオレにとってはお茶の子さいさい。ちょろいもんさ。」 「え?行ったことあるの?」 「いや、ない。」 がくっとずっこけた私に、ニールは明るく笑った。 ネクロマンサーの笑みは気持ち悪いかもしれないと思いながら、私はひきつったような笑みを返していた。 でも・・と私は思った。 話の中のニールはとっても強いんだから、大丈夫のはず。なんといっても最終目的である魔王を倒している。順調に進んでたから、大丈夫のはず。 それに、夢だし、と思いつつ、私はニールの後に付いて歩き始めた。 「何きょろきょろしてんだ?そんなにここが珍しいか?」 「あ・・そ、そういうわけじゃ。」 きょろきょろ見回しながら歩いている私をニールが笑った。 だって、例え夢だとしても、こうしてディアブロの世界を歩いている。普通夢だともっと漠然としているものなのに、このリアリティー。まるで雷のショックでディアブロの世界へスリップしてしまったみたい。これを興奮しないでどうするというんだろう? でも、どうせなら、ネクロマンサーじゃなくて、やっぱりかっこよくてハンサムな戦士・・・パラディンの方が良かったな・・い、いや、アマゾンのお姉さまとかサシャナみたいな魔法使いもいいかも? 「なんか言ったか?」 「あ、いえ・・なんでも。」 声に出して言った覚えはないが、ニールは何かを感じたらしい。私は慌てて否定した。 「ガオッ!・・グオーーー!・・ニヒヒヒヒヒ・・・・キーーー!− 魔物の洞窟・・・そこは気持ちの悪い叫び声が響いていた。 「あ・・・」 ぞっとして、思わず前をいくニールの服にしがみついた私の頭を、ぽんぽん!と軽く叩くニール。 そして、片手を上げスケルトンを召喚する。 「きゃあっ!ふっくん?それともたっくんかな?もっくんかも?」 恥ずかしいことに、その召喚されたスケルトンを見て、私は目を輝かせて叫んでいた。 「んとに、あんたってやつは・・・」 呆れ返った表情で私を見ているニールに、思わず舌をぺろっとだして照れ笑い。 ふっくんでもたっくんでももっくんでもなかったけど、とにかくスケルトン大活躍! 「あんな細くて強いのね?」 「そりゃそうだ。そこらのスケルトンと一緒にしてくれんなよ、なんてったって、オレの召喚するスケルトンは」 『生前たっぷりカルシウムを取ってるからな。』 「へ?」 「ふふっ♪」 「ぶわははは!」 「あはははは!」 タイミング良くはもった私たちは、大笑いしていた。 「いやー・・・どうしようもない一般人だと思ってたら、なかなか理解度あるじゃないか?」 「あ、ど、どうも。」 「どうだ?修行しちゃみないか?」 「え?・・・そ、それって、ひょっとして、ネクロマンサーの?」 「ああ、さっきの言葉は気に入ったぜ。素質あるかもしれん。」 「そ、素質って・・・あはあは・・・」 私はひたすら焦り笑い。 そんな気持ち悪いことはしたくない。 「しかし、なんだな・・・・入り組んでいる上に、こう敵が多くちゃなー・・・・一体どれだけ倒せばいいんだ?アカラは一掃してくれって言ってたからな。」 一人焦っていた私はばかみたいだった。ニールは冗談で言ったらしい。 「一掃なんだから、全部倒せってことでしょ?」 「そうだよな。」 「入り組んでいるけど、そんなに深くないはずよ。とにかく出会った魔物を片っ端から倒して行けば、そのうち終わるんじゃない?」 「んー・・・そうだな。って、おい、なかなか肝の据わったこと言うじゃないか?」 「あ・・そ、そう・・かな?」 でも、魔物との戦闘と、死体を前にするとどうしても足が竦んでしまってだめだった。 その都度、呆れたような顔をしていたニールだったが、そのうち諦めたらしい。 なるべく私に死体や血しぶきが飛ぶ魔物との戦闘を目にする機会を避けるように配慮してくれた。 それは、アンデッドを愛するネクロマンサーであるニールは、人間などにそんな気を使うことはしないだろうと思っていた私にとって、意外なやさしさだった。 そして、目の前に残った1匹の魔物を倒すと同時に、洞窟に明かりが差し込む。 「あ・・・・あの魔物が最後の1匹だったんだ。」 神々しいその光。ゲームのようにナレーション?は聞こえてこなかったが、光がやさしくそれまでの苦労を労ってくれている、そんな感じを受けた。 「そうなのか?あれで最後か?」 「うん、そうよ。」 「オレは光より暗闇の方が好きなんだがな?」 「ふふっ・・ニールらしい。」 「だろ?」 そして、私たちはローグキャンプへの帰途についた。 「ねー・・ニール・・・」 「なんだ?」 「あ、あのね?」 「なんだよ?」 「あ、あの・・・・ト、トイレ・・・」 私はもうがまんできなくなっていた。なんとかローグキャンプまで我慢しようと必至で堪えてはいたのだが。 「トイレ?・・・んなもんあるわけないだろ?」 「だ、だって・・・」 「その辺でしとけばいいだろ?」 「そ、そんなー・・・」 「魔物を警戒してんなら、オレがここで見張っててやるから、後ろでさっさと用足ししちまえ。」 「ええ〜?・・・そ、そんなー、う、後ろでだなんて・・・・」 「ん?」 「え?」 しばらく私の顔を見つめていたあと、ニールは笑った。 「なんだ、坊主じゃなかったのか?」 「え?」 「大丈夫だ。坊主にしか見えないような未熟児に興味はない。」 「な、何それ〜?し、失礼にもほどがあるんじゃない?」 十分承知はしているけど、それはあまりにも断言しすぎってものだ、と私は思った。 「いやなら、もう少し我慢するんだな。キャンプにならあるからな。」 「う・・・・あ、あとどのくらい?」 「そうだな・・あと10分も歩きゃ着くだろ?」 「10分・・・・ニ、ニール・・・・」 おそらく私はこの上なく情けない顔をしていたと思う。こんなはずかしい思いをしたのは初めて。 「ほら、そこの茂みならいいだろ?早く済ませろよ?」 落ち着かなかったけど仕方ない。私は急いで茂みの間へ走っていった。 そして、無事ローグキャンプへ着く。 魔物一掃という依頼をこなしたニールはなんとかローグたちに受け入れられ、私は・・・ニールの説明から判断されて、遠見の占者ということになってしまった。 アカラにじっと見入られた私はまるで蛇に睨まれたカエル。そして、キャンプ地でアカラの決定は全てなのである。 洞窟内で、先に起こることをつい口走ってしまった私をそう判断しても仕方ないかもしれない。 「私は今あの男にある依頼をしようと思っておる。それをあててみよ。」 睨むようにアカラからそう訊ねられたとき、思わず墓場のブラッドレイヴンと言ってしまった私は、彼女からしっかり信用されてしまったのである。 答えられなければキャンプ地から追い出すとでも言っているようなアカラのきつい視線に、誰が抵抗できるというのだろう? ともかく、私って墓穴を掘った? しかも、以後ニールと同行することを命じられてしまった。探索が順調に進むため。 確かに、何が起こるかはある程度覚えているけど、全てその通りだという保証はない。 そして、・・・いつまでたっても醒める気配がないこの夢は?・・・・私は少し不安を覚えていた。 夢よね?これって?・・・それとも、流行の異世界スリップ? 他に空いているテントがないから用意できるまでという理由で、アカラのテントを仮宿とすることになった私は、目一杯緊張して寝袋に入っていた。 「でも・・明日になったらエリーを探してみようっと。それから・・・そのうちサシャナとも会える?いいところで目が醒めちゃうなんてことないでしょうね?」 もしも話の通りなら・・・とそんな期待感も抱きつつ、私はあれこれ考えていた。 |