続・精霊のささやき
そ の 4 ・ カル=ス、困惑


  (しかし、この感情はなんなのだ?)
シェラを前に乗せ愛馬にまたがって森を駈けているカル=スは考えていた。
(なぜあのような態度を取ってしまったのか?なぜあのように落ち着きがなくなり、いらついたのか・・・。)
老婦人の屋敷でとった自分の行動を分析していた。
(つまりそれは・・・シェラの言う彼女の優柔不断さへの苛立ちではなく、世間一般でよく言われる『やきもち』というもの・・・か?)
(まさか・・・私が?シェラは単なる私の部下だ。直属の部下、12魔戦将軍の1人だが、どちらかというと目立たぬ存在であり・・つい先ごろまでは男とばかり思っていた・・・そのシェラに?)
目の前には彼女の後姿、いや、柔らかく跳ねるつややかな黒髪があった。彼女の身体とはこぶし1つほどの空間があるのみであり、
手綱に向けられた両腕は、彼女の身体にといっても正確には腕同士だが、一応密着している。
どう考え男と思ったのか?その彼女を見てそう考えていた。確かにその細い線は男とは言いがたい。

そうか、おそらく初めて会ったときのあの戦いぶりだろう、とカル=スはそのときのことを思い起こしていた。迷いやためらいなど微塵も感じられず小気味よさも感じられるくらいの戦いぶり。息も乱さず一瞬にして数十人を倒すその瞬殺技。しかもまるで華麗な演舞を見ているかのような軽やかさ。それを見て私はてっきり青年だと思ったのだ。いや、性別を感じさせなかったというほうが正しかったのかもしれない。そこが気に入り部下にならないかと声を掛けた・・?・・・・いや、その少し寂しげな瞳・・・目の前のものなど何も入っておらず、ただ虚空を見つめているような瞳が、心の奥底で気になったからなのかもしれない。戦いも空気とざれあっているだけだとでもいうようだった。
が、私の理想に共鳴し、それから忠実な部下として従ってくれている彼女は、もうそのようなことはない。常に忠誠心に燃えた瞳を投げかけてくる。
忠誠心・・・主人に対する絶対の信頼の上に成り立つ忠誠・・・・。そうだ、何をおいても彼ら12魔戦将軍は私の命令を忠実に遂行する。たとえその身を犠牲にしようとも。私と彼らの間には完璧なまでの主従関係がある。相互における絶対の信頼関係が。
シェラに対してもそれは同じはずだ。他の魔戦将軍同様、私の忠実な部下・・・のはずだ。が・・・あのいらつきは・・・・・・・・部下へのものとは、どう考えても言いがたい・・・・・。

「カル様。」
不意にカルの思考はシェラの言葉でさえぎられた。
「どうした?」
[ダーク・シュナイダー殿やヨーコ殿の居場所が判明致しました。」
「なに?」
「シルフが探し当ててくれましたので、そちらに向かおうかと思うのですが。」
「うむ。」
−カツ!−
その首をやさしく叩いてシェラがその方向を示すと、カル=スの愛馬は、勢いよく駈け始めた。

そして、2日後、2人は無事ダーク・シュナイダー、ヨーコ、そしてナメクジ姿のバ・ソリーと小さな村の酒場で出合った。
「よう!カル、ようやくお姫様を助けだしたのか?遅かったな。」
「シェラさん!」
「ヨーコ殿、ナメちゃん!」
「ナメー!」
シェラはヨーコとバ・ソリーと再会を喜んだ。
「カル、カル・・・」
そんな3人(?)を横目で見つつ、ダーク・シュナイダーはカル=スをおいでおいでをして傍に呼ぶ。
「愛馬に相乗りか・・なかなかいい雰囲気じゃないが、もしかして、もうやっちゃったとか?」
「ダーシュ!」
そのような事実はないのだが、ついカル=スは大声をだしてしまった。そして、その会話に一瞬ヨーコ、バ・ソリー、そしてシェラは固まる。が、次の瞬間、シェラはダーク・シュナイダーを睨んでその前に仁王立ちになる。
「ぶ、無礼な!カル様は我が主。そのようなことあるわけがない!」
「な〜んだ・・・ちぇっ、つまんね〜の。」
(ちっとはお堅いカルもこれで柔らかくなったかな〜と思ったのに・・・)とシェラの怒りなどどこ吹く風、ダーク・シュナイダーはつまらなそうな顔をする。
「いくらダーク・シュナイダー殿でも言っていいことと悪いことがあるぞ!」
「まーまーそんな恐い顔しなくても。せっかくの美人が台無しだよ。」
(お前に言われても嬉しくもなんとも・・・・)と言いたいのをシェラはぐっと我慢した。カル=スの前でダーク・シュナイダーの悪態をつくわけにもいかない。
「酔っているのか?」
「あん?オレ様がこれっぽっちの酒で酔うわけねーだろ?せっかく2人っきりにさせてやったのに、まったく。まーいいさ、カルがいらねーんだったら、オレ様が・・・」
−ドガッ!−
シェラの手を取ろうとするダーク・シュナイダー。身の危険を感じ後ろへ身をそらせるシェラ。そしてヨーコの100tハンマー炸裂が同時だった。
「いってーーー・・ヨ、ヨーコさん・・・?」
「るぅしぇ〜ぇ?」
思いっきり殴られ、あっという間に大きく成長した頭のたんこぶをなで、その痛さに目に涙を浮かばせて小さくなるダーク・シュナイダー。完全に怒ったヨーコは、再びハンマーを高くあげる。
「ち、ちょっと待て!じ、冗談だよ、冗談!」
「冗談に聞こえないんだってばー!」
−ドコン!−
「ス、ストーーップ!ヨ、ヨーコさん、愛してる〜!」
「う〜るさ〜〜〜い!」
よたつきながらもなんとか2打目を避けると、ダーク・シュナイダーはヨーコに追いかけられながら酒場の外へと逃げていった。

「・・・・」
残されたカル=スとシェラは呆然としていた。2人の知っている爆炎の魔術師として恐れられた人物とは到底思えない光景だった。
「ナメ、ナメ〜・・」
「え?ヨーコ殿とはずっとあんな調子?」
バ・ソリーから旅の話を聞き、シェラの頭はぐちゃぐちゃになった。世界中から恐れられた非情の魔術師。それがヨーコの前では子犬のようになっている。
「ということは・・・すり込み教育というものなのか?」
育った環境などを考慮するとそうなるか、と一人納得するシェラ。
「なんだ、その大きなナメクジは?」
「あ・・、こ、このナメクジは・・・」
カル=スの言葉にシェラはどうしようかと一瞬迷ったが、目でバ・ソリーの許可を得るとそのナメクジがバ・ソリーのなれの果てだと説明した。
「ふむ・・なるほど。」
あの地獄のど真中、そこからいつの間にかここへ来ていたことを3人(?)は改めて思い出していた。
どこで情報を集めてもここは明らかに世界が違う。アンスラサクスの爪あとの欠片もない平和な世界。あの状況では世界のどこを探してもそのようなところはなかったはずである。
「やはり異世界というわけか?」
カル=スの思いは、ふとまだ出会っていない部下に飛ぶ。
こうしてる間も破壊は続いているのだろうか?仲間は?非難していた人々は?同じ思いの中、しばし沈黙がそこにあった。

そして、5人(?)での旅が始まった。元の世界へ戻り方は未だに判明しない。が、焦っても仕方ない。5人は魔物や魔獣の退治などを引き受けては情報収集しつつ旅を続けた。
それまでのカル=スとの2人旅、ともすれば部下であるまじき気持ちを感じ、そんな自分自身に動揺する。そういうこともなくなりシェラはほっとしていた。多少・・・しまった、と思う気もちも、心の奥にはあったかもしれないが・・・・・。

が、別の気遣いも必要となっていた。宿に泊まると、シェラにちょっかいだそうとするダーク・シュナイダーと、それを阻止するヨーコとの大騒動が夜の空に響き渡ることになった。
それには、シェラよりカル=スの方が気をもんだ。女好きのダーク・シュナイダーである。いかにヨーコがついているとはいえ、100%阻止できるとは限らない。

「ダーク、シェラは私の部下だ。たとえあなたであっても手を出すことは、許さん!」
何回目かの失敗後、思い余ったカル=スはダーク・シュナイダーに言い寄った。
「な〜にを言ってんだか。それともなにか?カルは部下のプライベートにまで口をはさむのか?」
「そのつもりはない。が、シェラにその気がないのだから・・」
「そんなことわからねーぜ。だいたいお前にその気があるならさっさと抱いちまえばいいだろ?そうすりゃこんな心配もなくなるんだぜ。」
「ダーク!」
意地悪そうに言うダーク・シュナイダーを、カル=スは思わず大声をあけて睨みつける。
「なー、カル、お前だって男なんだ。男と生まれた限りはだなー・・」
「くおーら!ルーシェーッ!」
「え?・・・・あ、ヨ、ヨーコさん・・・」
ダーク・シュナイダーが振り向くとそこには怒りで顔を赤くしたヨーコが立っていた。
「カルにへんなこと教えるんじゃないっ!」
−ガツン!−
「いってーーーー!」
拳骨で思いっきり殴られる頭を抱えてその場に小さくなるダーク・シュナイダー。
「でも、それいいかもしれないよ。」
「ヨ、ヨーコ殿?」
ダーク・シュナイダーを叩いた後、自分に向かって言ったヨーコの言葉に、カル=スは自分の耳を疑った。
「だってそうでしょ。ずっとみてきたけど2人ともいい線いってるみたいなんだもん。そうなればルーシェだってもうちょっかいだそうなんて思わなくなると思うな、ぼく。」
「・・・ヨーコ殿・・・」
「男と女に主も部下も関係ないよ。ね!カル!なんならぼく、協力するよ!」
ばっちん!とウインクして言うヨーコにカル=スは困惑した。
「待ってください、ヨーコ殿。私とシェラは、そういった感情は・・」
「ゼロじゃーないと思うな、ぼく。」
カル=スの言葉は、にっこり笑ったヨーコにさえぎられた。
「というより、2人とも認めようとしないだけなんじゃないの?」
「ヨーコ殿!」
そう言われ、カル=スは自分の心の奥の声を耳にした。ダーク・シュナイダーたちと合流してから忘れていたあの気持ち。いや、もしかしたら無意識に心の奥へ押し込めたのかもしれない感情・・そして嫉妬・・・。
「ほら、部屋で一人で心細くしてるだろうから。」
「ヨ、ヨーコ殿・・」
ダーク・シュナイダーにされたのなら振り切っただろう。が、自分の背をぐいぐい押しているのは、ほかならぬ女性のヨーコ。乱暴に払いのけるわけにもいかず、カル=スはシェラの部屋のドアまで来てしまっていた。
「じゃーね♪」
そういって廊下を立ち去っていくヨーコの後姿を見ながら、カル=スはこの上なく困惑していた。

宿の2階にある広間。すっかり眠気が失せてしまったダーク・シュナイダーとヨーコがお茶を飲んでいた。
「無駄だってヨーコさん。そうだな、カルのことだ、よくやってもお休みの挨拶・・・いや、おそらくそれもしないで、今ごろは自室で寝てると思うぜ。」
「そっかな〜。あの2人お似合いだと思うんだけどな〜。お互い理解しあったいい恋人になれると思うんだけど。」
夢見ごこちで呟くヨーコはいつになく隙だらけ。そのヨーコを見て、ダーク・シュナイダーの目が輝く。
「そんな人の事心配してなくても、オレ達はオレ達でー・・・」
−パッコーーン!−
「しょ、しょんなー、ヨーコさ〜〜ん・・・・・」
ダーク・シュナイダーが手を伸ばすと同時、横にあった大型灰皿がダーク・シュナイダーの顔面に思いっきり叩きつけられた。
「.・・・ったく、油断もすきもないんだから〜!」
−バタン!−
気絶したダーク・シュナイダーを残してヨーコは自分の部屋に戻っていく。
東の空は、ゆっくりと白んできている。窓際のバ・ソリーだけが熟睡していた。



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