続・精霊のささやき
そ の 3 ・ 受難つづき


 「さて、出かけるとするか。」
「あ、はい。」
陽もあがり、軽く食事を取ると、シェラとカル=スは、再び森の中をゆっくりと愛馬で駈けはじめた。
そして、陽が天空高く上がる頃、二人は小さな村に着いていた。
「村が見つかってよろしかったですね。」
「ああ、そうだな。これで少しはこの辺りの事情もわかるだろう。」
「はい。」
村は2日後に祭りをひかえ、その支度に賑わっていた。
「ちょうどいいですね、いくぶん資金調達できそうです。」
祭りならちょうどいい、吟遊詩人として歌えば少しはお金も入るだろう。
「すまないな、シェラ。」
「当然のことです。気になさらないで下さい。」
答えながら、シェラはこれでようやくほっとできると思っていた。
それは、すぐ耳の後ろでするカル=スの声・・吐息までも聞こえてきそうなその状態に、シェラの心音はずっと上がりっぱなしだった。
(カル様はなんとも感じてらっしゃらなくても、私は・・・・)
気が動転して理性も何も飛んで行きそうなのを、シェラは必死に抑えていたのだから。

宿を探すとさっそく二人はそこへ入った。
「いらっしゃい!見かけないお客さんだね。祭りでも見にきたかね?」
「え、ええー、まー・・・。部屋はありますか?2部屋お願いしたいんですが。」
「2部屋かい?」
ちらっと2人を見ると宿の女将は続けた。
「祭りの稼ぎ時で部屋は空いてないよ。1部屋ならあるんだがね。」
「ひ、1部屋ですか。ほかに宿はありませんか?」
いくらなんでもカル=スと相部屋するわけにはいかない。
「この村には宿はここだけだよ。」
泊まりそうもないと判断したのか、女将はぶっきらぼうに答える。
「1部屋で結構だ。泊めてくれぬか?」
「あ、はいはい、よろしゅうございます。」
「カ、カル様?」
驚いてカル=スを振り向くシェラ。
「稼ぎ時に一人1部屋なんて言えばどこの宿へ行っても同じだろう。」
「し、しかし、カル様。」
「私なら構わん。」
(カル様は構わなくても私が・・・)
とシェラは心の中で叫んでいた。が、カル=スがそんなことを思うわけはない。
「どうぞごちらです。」
「シェラ。」
「あ、はい。」
なかなか動こうとしないシェラをせかし、カル=スは先に立って女将の案内についていく。
(あー、もう〜どうにでもなれ〜!)
半ばやけっぱち、シェラはその後をついていった。

「ふ〜・・・・野宿とはまた違うんだから・・・・・・」
部屋に入り、荷物を置くとシェラはしばらく休んではどうだ?というカル=スの言葉を聞けばこそ、まるで逃げるように部屋を出た。
そして、村の中央にある広場へ来ていた。
「賑やかだな。みんな楽しそうだ。」
すうっと息を吸うと、口ずさみ始める。のどかな村の様子を描いた戯曲を。

−パチパチパチー
シェラが歌い始めると同時に1人、2人とその歌声に耳を傾け始め、歌い終える頃には広場は人垣で半分うまっていた。
「祭りのおかげでいい声が聞けたよ。」
「うっとりしちゃったよ。」
「祭りが終わってもいてほしいな。」
人々は口々にシェラの歌を褒めて、立ち去っていく。
「よかった。みんな祭りで結構財布の紐がゆるくなってるらしい。まーまーの収入だ。」
受け取ったお金に満足しつつ、懐にしまう。
「失礼、歌姫殿。」
「え?」
カル=スのところへ戻ろうとするシェラにどこかの屋敷の召使と思われる身なりをした人物が声をかける。
「先ほどの歌を拝聴してまして、ぜひお屋敷にお招きしたいと女主人が申しておるのですが。」
「女主人?」
「はい、あちらの馬車に。」
男が指し示した馬車の中で一人の老婦人が微笑んでいた。
「お招きは嬉しいのですが、私も主人の共をして旅をしておりますので、許可を得ないことには。」
「さようでございますか。それでは宿までお送りいたしましょう。それで、もしよろしければ、ご主人様ともどもご滞在くださいませ。」
先回の人狼のようにおかしな気は感じない。シェラは一旦は遠慮したものの、女主人みずからどうあってもと請われ、宿まで送ってもらうことにした。

そして、その日の夕方、シェラとカル=スは、老伯爵夫人の館に来ていた。
(よかった。別部屋になって。)
シェラはほっと胸をなでおろしていた。
そして夕食後、あれこれ旅の話や付近の話をしたあと床についた。
「今日はゆっくり眠れそうだ。」
シェラは窓の外の木陰からさす月見ながら静かに眠りについた。

翌日、朝食後散歩に誘われたシェラは、伯爵夫人から思いがけない提案を聞かされた。
「で、ですが、私は・・・・」
「あら・・・普通、娘さんならだれしもそうでしょう。幸せな結婚、それが一番よ。あなたのご主人とて、召使の幸せを考えないわけはないわ。」
「そうですが、でも私はカル様に一生ついていくと・・・・」
「あら・・・でも一生主は主。そして供は供。それ以上はないんだし、もしあってもあなたのような方が日陰の身になるなんてもったいないわ。あなたならいいお話も多いはずよ。」
「わ、私とカル様はそのような関係ではありません。それに私にとってカル様にお遣えすることが、何よりの幸福なのです。」
「日々の糧まであなたが担ってですか?」
そんなことは部下として当然の事だというシェラの返事も待たず、老婦人は悲しげに首をふり、シェラの頬をそっと両手で包み込んだ。
「私にはあなたくらいの年でこの世を去ってしまった娘がおりました。・・・あの子の幸せが私の生きがいだったのに・・・」
(私はあなたの娘さんではありません)その言葉はシェラの口からでなかった。
「だから、つい同じ年頃の娘さんをみると、幸せにしてあげたくなるの。」
「でも、結婚だけがその人の幸せだとは私は思いません。」
カル=スの傍にいるからこそ得ることが出来る充実感。それは常に感じていることだった。カル=スがいてこそ自分がある。自分の存在を感じられる。
「だとしたらそれは、あなたがまだ気づいてないから。」
「気づいてない?」
「そう。自分が女性だということ。気づいてもいい頃よ、もう。」
「あなたのおっしゃってることがわかりません。私はどうみても女です。」
そう、男だったらもっと役立てたかもしれないと思ったこともある。
「そうじゃないの。もっと・・そうね、もっと女としての心の奥の気持ちや感情。」
「・・・私は今のままで十分だと思いますが。」
「そうね。大丈夫、そうなるから。」
にっこり笑うと、老婦人はわけがわからず答えようがないシェラの傍をあとにした。


 その日の夕方。祭りの前夜祭パーティーが開かれ、その席上でシェラとカル=スは老婦人の言葉に耳を疑った。
「というわけで、私の養女となったシェラです。みなさんよろしく。」
「ふ、夫人?」
驚いて自分を紹介する老婦人を見つめるシェラ。
「そのようなこと、聞いた覚えも了承した覚えもないです。」
小声で言うシェラを笑顔でたしなめると老婦人は小声で言った。
「大丈夫、私にまかせておきなさい。ご主人様もきっと了承してくださいますよ。」
「あ、あの・・・」
そしてシェラの次の質問は、次々に声をかけてくる招待客でかき消されてしまった。

その翌日、祭りの当日。村は一層賑やかになっていた。
その賑やかさの中、シェラは憂鬱な表情で自分に与えられた部屋で座っていた。前日のパーティーでは次々と訪問客から話し掛けられ、カル=スと話す時間は全くなかった。そして、朝になったがまだカル=スとは会っていなかった。
(誤解されてないだろうか。)
まさかカル=スが老婦人の言葉を真に受けるとは思えない。思えないがあの老婦人の調子にはまると・・・・
そう思うといてもたってもいられなかったが、シェラが部屋から出れないのには訳があった。
それは、昨日の宣言にはおまけがあり、屋敷には求婚者がわんさとつめかけていた。
『祭りのメインイベントに婚約披露パレード』・・・それを執事から聞いたときは、まさか自分のとは思ってもなく、寝耳に水とはこのことだった。
(とにかく、カル様にお会いして事情を話して、ここを出ないと。)
そうは思っても肝心のカル=スの姿がない。聞けばなにやら老婦人に頼まれ朝早くでかけたとか。
(夫人の策略だな。)
そうは思ってもどうしようもない。

「シェラ、どう思って?」
顔を輝かせて微笑みながら部屋に入ってくる夫人に、シェラは静かに口を開いた。
「茶番劇は終わりにしてくださいませんか。私は・・・」
「し〜!あなたの心配していることはわかっててよ。みなさんのお目当てがあなたじゃなく、財産じゃないかということでしょ?大丈夫、そんな不埒者は一掃したから。」
「は?」
「どうぞ入ってくださいな。」
「失礼します。」
「この方は村はずれの別荘にいらしてたシュンベルノ公爵様なの。一昨日あなたを広場で見かけたときから気になってらしたそうなのよ。」
まるで自分のことのように嬉しそうに紹介するその男は、精悍で誠実そうな青年。シェラよりも頭一つ背の高い彼は、ゆっくりと近づき丁寧に挨拶する。
「はじめまして、シェラ嬢。あまりにも突然で当惑されてらっしゃるかと思いますが、私の気持ちに偽りはありませんし、夫人は急くようなことをおっしゃられておられますが、ゆっくりでいいのです、私という人物を理解してもらえる機会をいただけませんか?」
あまりに急な展開に呆然と立ち尽くすシェラの手をとり、公爵はその甲にそっと口づけしてやさしくシェラを見つめる。
「わ、私は・・・・」
シェラの思考は停止していた。今までこんな扱いは受けたことはなかった。常にカル=スの部下として、己に与えられた任務を全うすることのみ考えてきたし、男を装っていたシェラを女として扱うものは誰もいない。いや、女とわかってからも同じ志を持つ同士であり、魔戦将軍としか彼女を扱っていない。しかも淑女として扱われるなどあるはずもなく・・・・。
「私はあなたの思ってらっしゃるような女性ではないのです。私は・・・」
そう、魔戦将軍として理想世界実現のために非常なまでの戦いをしてきた。それ以外の何者でもない。常人のようにはなれない。
「女性は守る人ができると変わるのですよ。」
「あなたを見ていると、常にピンと張り詰めた空気があって・・肩の力を抜いて、ね、守ってもらいなさい。暖かい家庭、それが女としての幸せよ。」
「いえ、私は・・・・・」
はっきりと断らなければいけない、そうは思っても夫人の嬉しげな顔を見て言い出せなくなってしまっていた。
「はっきり言わぬそなたが悪い。」
「え?」
不意に響いたカル=スの声に驚いて戸口を見る。
「伯爵夫人、大変世話になったのに申し訳ないが、私は彼女を単なる供とは思ってはおらぬ。」
「カル様・・?」
「そなたがいつまでも『様』などつけているから悪いのだぞ。カルでよいと何度も申しただろうが。」
「は?」
「貴殿にはすまぬが、私は彼女を手放す気はない。失礼。」
「カ、カル様?」
公爵を冷たく睨むとカル=スは、ぐいっとシェラの手首を握り、そのままさっさと部屋を後にした。
不機嫌極まりない表情のそのカル=スに引っ張られ、シェラの頭は蒼白になっていた。

そして、その数十分後、シェラは再びカル=スと相乗りで森を進んでいた。
「・・・カル様、申し訳ございませんでした。あのようなことでカル様のお手を煩わせてしまい本当に。・・あ、あの、下りてもよろしいでしょうか?やはり私は手綱を・・・。」
後ろからなんとなく不機嫌そうな冷風が漂ってくるのを感じたシェラは、小さく声を出した。主人であるカル=スにたとえ一時の芝居であれ、あのようなことをさせてしまった、とシェラは自分の優柔不断さから来た失態を心底恥じると共に後悔していた。
が、カル=スは何も答えず馬を駆っている。
「もしそなたが望むなら戻ってもいいのだが。」
数秒(シェラには数十分に思えた)後、カル=スの言った言葉に、シェラは一層身を固くした。
「いえ、そのようなことは決してございません。」
「そうか?」
「はい。」
−ヒヒヒン−
カル=スの愛馬が軽く嘶き、軽やかに駈け始めた。


          

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