続・精霊のささやき
そ の 2 ・ 魔爪秘話


 「さあ、着きました。ここが私の城です。と申しましても田舎ゆえ、あまり立派なものではありませんが。」
ガレイユの言うとおり、その古い城はお世辞にもあまり立派とは言えなかった。が、それなりの広さは持っていた。
2人は別々の部屋に案内され、しばらくくつろいだ後、パーティーへ出席した。

ごく内輪なものだったらしいパーティは、近隣の主立った者たちばかりで、一応それなりの情報を得ることができたが、ここがどの辺りなのか、それは相変わらず断定できなかった。

「・・・世界が違うということでしょうか?」
「ふむ・・・不可思議な現象だが、そうとしか考えられぬな。地理といい人物といい耳にしたことのないものばかりだ。向こうは向こうでこちらの言う事は全く分からないようだった。それに彼らが知る限り、アンスラサクスによる破壊などの形跡も何もない。」
「はい。」
事実、知らない者のいないであろうダーク・シュナイダーのことやカル=ス、魔戦将軍などのことも誰も知らなかった。

 そして、その夜遅く・・・・・・
「ん?」
ぐっすりと眠っていたシェラが何かの気配を感じ、身体はそのまま動かさず、そっと目を開ける。
部屋は、窓から差し込んでくる明かりのみで暗い。が、確かに何かがシェラの様子を伺いながら動いている気配がした。

−ガバッ!−
怪しい影がベッドのシェラを襲うのと、シェラが飛び起きたのと同時だった。
−ダンッ!・・シュッ!ザクッ!−
一瞬のことだった・・・侵入者は2人。縄を持ったその男たちは、1人は思いっきり壁にたたきつけられ、失神し、もう1人は、シェラの魔爪で身動きできなくなった形で壁に張り付いていた。
「残念だったな。私が普通の獲物でなくて。」
「・・・・・・」
喉元をかすめて壁に刺さっている爪に、声もだせに冷や汗を流す男を、シェラは冷ややかに見つめる。
「人買いか?こうやって今まで何人の旅人を騙してきた?」
「く・・・・」
観念したかにみえたその男の形相が変化し始めた。それは、見るみる間に狼に変化していった。
「人狼?・・・とすると人買いではなく餌というわけか?」
そう思った時、外から黒い影が次々と飛び込んできた。月明かりで彼らが明らかに先の侵入者の仲間、人狼だと判断できた。
−ザスッ−
壁に貼り付けた人狼を躊躇なく始末すると(ここは普通の少女ではなく、やはり魔戦将軍といったところ。)、シェラは他の人狼の攻撃に備えて身構える。
(・・・隣の部屋のカル様は、・・・)
カル=スが人狼などに負けるとは露ほども思っていない、が、できるなら、こんな些細なことで主の手を煩わせたくない思いで、シェラの心はカル=スに飛んでいた。が、別にすきがあるわけでもなく、人狼たちは、そのただならぬ気に攻撃を躊躇していた。
−バタン!−
「シェラ、大丈夫か?」
そのとき、勢い良く扉が開くと、カル=スが入ってきた。
「あ、はい、カル様。ただ今このものたちを始末してからそちらへ伺おうと思っていたところです。」
「そうか。だが、こちらからも同類がぞろぞろこっちへ向かってきているぞ。」
廊下を見つつ、カル=スが言う。
「そうなのですか?」
「予定通り事が運ばなかったのが、よほど気に入らないらしい。」
「そうそう予定通りにいくはずないのが常だと思いますが。」
「たいした数でもないが・・・1匹ずつ倒していたのでは少し面倒か・・・」
そう言うとカル=スは、低く呪文を唱え始めた。
部屋にいる人狼は、何が始まるのかと気にはなったが、シェラが目の前に立ちはだかっている為、呪文の詠唱を遮ることもできずにいた。
そして、数秒後、屋敷のあちこちに氷漬けの人狼のモニュメント(?)が立ち並んでいた。
「このようなところに長居は無用だ。出かけるとしよう。」
「はい。」


 そして、小一時間後、2人は篝火を焚き、野宿をしていた。
「せっかく屋敷で身体を休めることができると思ったのだが、残念だったな。野宿になってしまったが、身体の方はどうだ?」
「あ、いえ、私でしたら大丈夫です。ご心配なさらないで下さい。」
「そうか。ならいいのだが・・・。先に休んでいいぞ。さっきの騒動で眠気がどこかへいってしまったようだ。」
「そのようなわけには参りません。それに、私も目がさえてしまったようです。カル様こそお休みになって下さい。竪琴でも弾きましょうか?」
「いや、今日はいい。」
−パチパチパチ−
しばし2人は、言葉を交わさず、燃えさかる炎を見つめていた。


 「シェラは、確か北国の生まれだったな?」
その沈黙を破ったのはカル=スの方だった。
「はい。・・・何もないところです。」
「そうか。よかったら話してくれないか?夜明けまでまだ時間がありそうだ。」
「たいしたことはありませんが。」
「構わぬ。が・・・話したくなければ無理にとは言わぬが・・・。」
「が?」
火を見つめたまま答えていたシェラは、ようやくカル=スの顔を見る。
「そなたは、すでに知っているのであろう?」
(私の過去を)とそこまでは言わず、カル=スは、軽く口元を上げ笑った。
それは、シェラの昔のことを全く知らないのは、不公平ではないか?とでも言っているようだった。
「・・・・本当に特別これといったことはありません・・・面白くもなんとも・・・・」
そのカル=スの笑みを見ながら、シェラは、幼い頃の記憶が蘇ってくるのを感じていた。
思い出したくないのは事実・・・が、そのシェラの意に反し、先ほどの人狼の出現も影響して、こんこんと湧き出る泉のように浮かんできていた。
シェラの答えにカル=スは何も言わない。が、シェラは、ぽつり、ぽつりとその記憶を話し始めていた。



 「私の生まれた村は、北国の森林地帯にある小さな村でした。父は木こりで生計をたてていました。母は諸国を旅する吟遊詩人だったのですが、ちょうどそこで体調を崩し、その時親身になって看病してくれた父と恋に落ちて一緒になったようです。幾分術の使い手でっもあった母は、けが人や病人の治療などをしていたようです。が・・・・・・」
「が?」
「片田舎の迷信深い村人は、感謝すると同時に、その力を恐れてもいたようで、それを感じた両親は村から離れた森の入り口付近に家を建て、そこで暮らしていました。いつかきっと理解してくれるとその日を待ちながら。そして、私が生まれました。それでも幼い頃は、村の子供達とよく遊んだものです。子供には関係ありませんから。」
「そうだな。」
「ですが、そう、あれは、私が12歳の時です。人狼が村を襲ったのです。」
「人狼が?」
「ええ、そうです。」
そう短く答えると、シェラは少し悲しげに顔をゆがめるとゆっくり目を閉じた。
「そう。なぜ突然人間の村を襲ったのか、子供だった私には全くわかりませんが、とにかくその前兆とでも言うのでしょうか、そんなものはあったようで、私の両親は、そのことで呼ばれたらしく、折しも襲撃のあったそのとき、私も村長の家にいました。・・・・・・・」



−ガタタン!−
 「た、たいへんだ!村長!人狼の集団が・・・」
玄関の戸が開くと同時に、そう叫んだ村の男の身体が前のめりになって倒れ込んできた。
「何っ?!」
そう叫んで村長と村の主立った者、そして、シェラの両親は、立ち上がりながら入り口を見る。
目に写ったのは、倒れた男を平然と踏みつけて怒濤のようになだれ込んできた人狼の集団。
「くっそー!」
慌てて壁に立てかけてある斧や農具など、およそ武器になりそうなものを手当たり次第に握り、人狼の攻撃に対抗する。
が、突然だったのと、やはりそこは人狼と人間との力の差。村人は次々と倒れていく。
「シェラっ!」
呆然として奥に突っ立っていたシェラをかばって、母親は彼女をすっぽり覆うようにして倒れる。
「かあさん!」
「しっ!黙ってて!いい?動いちゃだめよ。いなくなるまでじっとしてるのよ!」
「う、うん・・・・」
覆い被さった母親の陰でシェラは緊張しながらも、すぐ傍に母親がいるから一応安心感もあった。が、それもすぐなくなってしまう。
それは、少しずつ冷たくなっていく母親の身体に、幼いながらそれが母親の『死』を意味するのだと悟ったから。
「か、かあさん?かあさん?」
母親の身体の下で、必死の思いで小声で呼ぶ。が、母親はもはやびくともしない。
「かあさん・・・・・」
涙が湧き出てくる。その涙で潤んだ瞳には、相変わらず人狼たちに襲われる村人の姿が写る。
必死の形相で斧や鍬を振り回して応戦する村人、それをあざ笑うかのように、その鋭く長く伸びた爪で次々と引き裂いていく人狼。家はもはや跡形もなく壊され、隠れ場を失った村人が通りを恐怖に染まりながら逃げまどっている。
「・・・・・武器・・・何か武器があれば・・・・」
いつの間にかシェラはそう考えていた。そして、その視線は、舞うように人を引き裂き、家々を破壊していく人狼のその鋭い爪を追っていた。まるで魅入ってしまったかのように。
そして、その後、しばらくの事は、シェラの記憶にはなかった。
再びシェラが我に戻ったとき、そのとき、シェラの周りには、人狼の死体が重なっていた。
「え?」
そして、自分の手を見ておどろく。その指先は・・・人狼よりもするどく長い爪があった。真っ赤な鮮血で染まった爪・・・・そして、自ら負った傷から流れ出る血と人狼の返り血で染まった自分自身がそこにあった。
「きゃあああああ!」

その爪と血に染まった自分自身を見たショックで失神したシェラが次に気がついたのは、村でなんとか壊されずに残っていた家の中。その事件から3日もたっていた。
気づいたシェラは、慌てて自分の手を見る・・・恐るおそる。
そして、手の先に失神する前に見た長い爪がないのを確認すると、思わずほっとした。
ぼろぼろだった服も着替えさせられており、身体のあちこちの怪我も手当がしてあった。
あのことは夢だったのか・・そう考えながら、まだ頭がぼおっとしたまま外へ出たシェラは、それが夢でなく事実であったことを知った。
村は、その爪痕をくっきり残していた。
後かたづけに追われる村人。誰もがどこかしこに酷い怪我を負っている。
「・・・とうさん・・かあさん?」
辺りをきょろきょろと見回すシェラ。そのシェラに気づき、1人の老婆が顎で村はずれの野原の方を指し示す。
「野原にいるの?」
思わずそう聞いたシェラに、老婆は真っ青になってあたふたと転がるように立ち去る。
「?」
不思議に思いつつ歩いていった野原には、掘り起こされ、新しく土を盛ったような小山ができていた。そして、その前に幾重にも手向けてある花束。
「あ・・・・・」
明らかにそれは、人狼の襲撃がやはり夢ではなく事実であり、そこが、村人たちのお墓であり、その中にシェラの両親も眠っていると、子供心にも確信でした。
「と、とうさん・・・かあさん・・・・みんな・・・・ああ・・・・・・・」
がっくり膝をつくと、しばらくシェラはそこで泣いていた。

そして、泣き疲れて戻ってきたシェラを待っていたのは、村人の冷ややかな目だった。
シェラのおかげで、なんとか生き残れたといっても過言ではなかった。が、その事実より、村人はシェラの人間離れした攻撃性の恐怖に震えていた。
人狼に充分対抗し得る鋭い武器と化した爪・・・・そして、無意識のうちに放った魔法・・それは、普通の人間にとって恐怖の他のなにものでもなかった。
一応、命が助かった恩も感じていないわけではなかったが、それ以上に恐怖の対象となってしまっていた。常に遠巻きにシェラを見、まるで魔物でも扱うかのように、食事を彼女の目の前に置いて逃げ去っていく。
「魔女の子は魔女・・・くわばら、くわばら・・・」
しばらくすると、影でそう囁かれる声が聞こえてきた。
仲が良かった子も、もはや決して近寄ろうとはしなかった。

「村を出よう・・・・・」
シェラはそう決心した。
人狼との戦いの記憶はほとんどないとは言え、かすかだが、覚えもあった。
人狼の鋭い爪のようにするどく長く伸びた爪、そして、それは、一振り、二振りと、人狼と攻撃を交える度に自分自身になじんでくるのを感じていたことを身体が覚えていた。爪の先まで神経が行き届き、そして、少しでも強力な武器になるようにとの無意識の願いに応えるかのように、爪はどんどん変化していった。
「そう・・・確かにあれは私だった・・・・・人狼より鋭い爪を振りかざして戦っていたのは・・・・」
おそらく心の底の強い願いが爪を変化させたんだろう、と子供心にも理解できた。自分の心が、強力な武器が欲しいと節に願ったその思いが、念が、作りあげた凶器だと・・・・・。
ぶるぶるっ!その結論に達したとき、思わずシェラは身震いした。そして、その記憶と思いが、村人の冷たい仕打ちが当たり前のように感じさせた。
「私はどうしたらいいの?・・・かあさん・・・・・・・」
頼るべき両親はもういない。シェラは、冷たい視線に追いやられるかのように村を後にした。
そして、破壊し尽くされた自分の家へ立ち寄ると、瓦礫の間からなんとかまだ使えそうなもの掘り出し、シェラは二度と戻らない事を誓って、そこを後にした。
途中、街までの道とは反対の、それまで一度として通ったことのない道を行くシェラに、未来は全く見えてなかった。絶望が彼女をすっぽりと覆っていた。
そして、その始まったばかりの旅で、再び魔物に襲われたとき、はっきりと確信した魔爪。
今回意識ははっきりとしていた。それは、今の自分に必要な武器であり、受け入れなければならない事実だった。

 数ヶ月後には、母から習った竪琴と精霊魔法、そして、強力な武器となった魔爪、いつしかそれらを駆使し、そして、より一層磨きをかけていくシェラの姿があった。
 ある時は、吟遊詩人、またある時は、病人を助ける術者、そして、ある時は、魔物ハンター、といった旅が続く。勿論、降りかかった火の粉は、自分で払い落とさなければならない。例え相手が人間でも。
・・・・何のために生きているのか?私の行くべき場所は?落ち着ける場所はもうないの?受け入れてくれる場所はこの世界にあるの?再び安らぎを与えてくれる場所は?・・・もうどこにも・・ない?・・・・そんな思いに駆られながらの、永遠に続くかと思われた一人旅が続いていた。
・・・・・カル=スと出会うまで。

「・・・シェラ。」
「・・・・・すみません。少ししゃべりすぎたようです。・・・」
「いや。」
東の空が明るくなり始めていた。シェラは、カル=スの落ち着いたそして、自分をそっと包み込むような視線を感じながら、正面のカル=スでなく、その白んでいく空をぼんやりと眺めていた。


カル様・・・・・・・・
夕顔さんからいただいたシェラのイラストです。
素敵なシェラをありがとうございました!

 

*****その1に戻る・その3に続く*****

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