続・精霊のささやき
そ の 1 ・ 思いがけない同行者

 

karusyera2.jpg (36138 バイト)
夕顔さんからいただきました。
ありがとうございました!


 「シェラ・・・大丈夫か、シェラ?」
ここは、吸血伯爵ダイ・アモンの城の一つ、その広間で気絶している女を抱き抱え、その身体を揺すりながら声をかけている男が一人。
女の名前は、シェラ・イー・リー、その外見からは連想できそうもない魔戦将軍というなにやら恐ろしげな肩書きを持つ人物、そして、男は、氷の志高王という異名を持つカル=ス、彼女が心から仕えている主だった。
「う・・ん・・・・・」
少しずつ意識が呼び覚まされていく彼女は、カル=スの声が次第にはっきり聞き取れるようになってきた。
「シェラ?」
「え?」
と、突然がばっと飛び起きる。勿論カル=スの声に敏感に反応したからに他ならない。
「カ・・カル様?」
これ以上の驚きはない、といった表情でカル=スを見た途端、シェラは、すばやく身体を起こすと、ずざざっと後退し、片膝をついてうなだれる。
「も、申し訳ございません。まさか、カル=ス様がおいでとは・・い、いえ、カル=ス様のお手をわずらわせるような事になってしまっていたとは・・面目次第もございません・・・。」
シェラの頭は自分が何を言っているのかわからないほどのパニック状態になっていた。
「まー、いいではないか、そのように緊張せずとも。他に誰と言って見とがめる者もいないし。」
「し、しかし、私は・・・」
「とにかく無事でよかった。伯爵の居城に囚われていると聞き、驚いて駆けつけたのだが・・よかった、よかった。」
「はっ、もったいないお言葉・・いたみいります。しかし・・・」
「しかし?」
「あ、い、いえ、どなたからお聞きになられたのか、と思いまして。」
「ああ、森を彷徨っていたら、ダーク・シュナイダーとヨーコ殿に逢ってな、早く助けに行け、と言われたのだ。」
「そ、そうでしたか・・で、ナメ・・あ、いえ、バ・ソリーは近くにはおりませんでしたか?」
「バ・ソリー・・いや、他には見なかったが・・・そう言えば、どういうわけかヨーコ殿の肩に大きなナメクジらしきものが乗っていたな。」
思い出すように話すカル=スに、シェラはそれがバ・ソリーだとは、言いそびれてしまった。
ともかくバ・ソリーが無事だということは確かではある。
「それで、カル様は、どうしてこのような場所にいらしたのですか?」
「う〜む、それは私にもよく分からないのだが、気がつくと森の中を彷徨っていたのだ。」
「そうですか。」
「で、これからカル様はどうなされるおつもりでしょうか?さしあたって目的地は?」
「うむ。ジューダス城もあのようなことになってしまったからな。行くとすれば前の城だが、この地が一体どの辺りなのか全く分からないといっていい状態だからな。ともかく町か村を探してみるつもりだ。おそらくダーク・シュナイダーたちとも合流できると思うのだが。」
「わかりました。お供させていただきます。」
「うむ。ところでダイ・アモンの姿が見えないようだが?」
「そういえばそうですね。」
「もっともここにダイ・アモンがいたのなら、シェラも今のシェラでなかったかもしれんが。」
「も、申し訳ございません。不覚にも吸血鬼などの術に落ちてしまい・・・魔戦将軍として面目もございません。」
「まー、そう固くならずとも。さて、立ち上がれるのなら出発しようと思うのだが?」
「はっ。大丈夫でございます。」
すっと勢いよく立ち上がりすぎ、めまいを覚えシェラはふらっとなる。
「大丈夫か?」
「は、はい。大丈夫です。」
慌てて差し出されたカル=スの腕に抱き留められ、シェラは、一層大丈夫でなくなる。
「も、申し訳ございません。もう・・大丈夫ですから。」
「そうか?無理しなくてもよいのだぞ。」
「は、はい、ありがとうございます。」
破裂しそうなほど鼓動している心臓を静にしろ!と叱りつけながら、シェラはゆっくりと歩き始めた。
「どうぞ。」
玄関の扉を開け、頭を垂れてカル=スの通るのを待つ。外には彼の愛馬が待っていた。
その愛馬に颯爽と乗ると、カル=スは、再びシェラがパニックに陥るような言葉を発した。
「乗っていかぬか?」
(ええ〜〜〜〜!?カ、カル様と相乗り〜?)
全身硬直状態で、シェラはカル=スを見つめていた。
「まだ本調子ではないのであろう?」
「い、いえ・・し、しかし、私のようなものが・・・・わ、私は、手綱を引かせていただくだけで光栄であります。」
「だから、そのように固くならずともよいと申したであろう。」
「ありがとうございます。しかし、部下が主人と同乗など、できるわけがありません。」
「私がよいと申しておるのだ。それとも何か?」
「は?」
軽く笑うカル=スのその笑みに少し意地悪さが含まれているようだった。
「イングヴェイでないのが不足か?」
「は?あ・・い、いえ、決してそのようなことではなく・・ただ、部下たるもの、立場をわきまえることが肝要かと・・・・それに私とイングヴェイは別に・・」
「いいから、乗れ!」
赤くなって言い訳するシェラに再び笑みを投げると、すっとその身体を引き寄せた。
「カ、カル様?」
すでにその身は、馬上であり、しかもカル=スの前。それ以上言葉も見つからず、シェラはひたすら真っ赤になって身体を固くしていた。
「馬に乗れぬ、ということでもあるまい?」
「は、いえ、決してそのようなことはございません。」
「ならよいではないか。」
ははは、と軽く笑うカル=スに、それ以上言う言葉が思いつくはずもなく、耳元に響くカル=スの声にシェラは目一杯緊張していた。

 しばらく森の小道を進んでいくと、前方に1件の家が見えてきた。
「カル様、人家です。あそこで少し休んでまいりましょう。」
「そうだな。」

そこは、どうやら旅人の休憩所となっているらしく、店のオーナーらしい夫婦と数人の旅人が店先のテーブルでくつろいでいた。
「いらっしゃい。」
2人の姿が目に入ると、女将らしい女がにこやかに声をかけてきた。
「しばらく休ませてもらいたいのだが。」
すっと馬から下り、シェラに手を差し伸べながらカル=スが言う。
「す、すみません。」
すっかり恐縮しっぱなしのシェラのその一段と真っ赤になっていた顔を見て女将が心配そうに声をかける。
「どうぞどうぞ。熱でもあるんかね、お連れさん?」
「あ、い、いえ、そうじゃないです。」
馬から下りながら慌てて言い訳するシェラの額に、すっとカル=スの手が伸びた。
「あ・・・・・」
「ふむ・・・そう言えば、少し熱いようだぞ。木陰で休ませてもらった方がいいようだな。」
何か言おうとするのだが、何も思いつかない。シェラの頭の中は真っ白・・・顔は、いよいよもって真っ赤っか。
「どうぞ、どうぞ。井戸の傍の大木の下がいいですよ。あまり熱があるようでしたら薬湯でもお持ちしますが?」
「ああ、すまない。そうしていただこうか。」
「あと、お食事などどうですか?」
「そうだな。」
「あ、あの・・私でしたら大丈夫ですから。」
ようやくの思いで、そう言うと、シェラはカル=スの差し出す手を丁重に断ると思いっきり大股に歩いて木陰のベンチへと向かった。


「ふ〜〜・・・」
ベンチに座ると大きくため息をつき、シェラはまだ破裂しそうなほどの心臓を必死になってなだめていた。
「・・・ホントに調子狂ってしまう・・・・でも、元に戻られてよかった。部下思いのカル様に。」
ちょっと親切すぎるとは思ったが、それでもアンスラサクスに操られているカル=スではなく、本来のカル=スに戻っていることに、シェラは心から安堵すると共に、嬉しかった。
井戸の傍の木陰は、涼やかな風が水気を乗せやさしく吹いていた。
「でも、ここは一体どこなんだろう?地獄の入り口は?一緒に移動していたみんなは?」
いろいろ考えてみた、が、全く検討がつかない。


「シェラ、パンとスープをもらってきたぞ。」
「え?あ・・も、申し訳ございません。」
まさかカル=スがそのようなことをするとは思わず、気楽に休んでいた自分を恥じ、ガタッと勢いよく立ち上がった。
「そう気にするな。」
「気にするな、と申されても・・」
パンとスープの皿を両手に持ち、にこやかに微笑むカル=スとは真反対に、シェラは緊張した面もちで、今回は真っ青になっていた。
「そのようなこと、部下である私がするべきことなのですから。」
「いいではないか。知る者は1人もいないのだし。」
−コトン−
慌てて差し出したシェラの手を無視してテーブルに皿を置く。
「私の分のスープをもらってくる。」
「あ!私が参ります。カル様は先に召し上がっていて下さい。」
「遠慮は無用だ。自分はじっとしていて病人を動かす私ではないぞ。」
「ですから、別にどこも悪く・・・・」
すぐにでも取りに行こうとするシェラの両肩に手を添えると、そっと座らせ、カル=スは再び店の中へ入っていった。
「・・・いいのか・・な?」
とまどいを覚えつつ、シェラは黙って座って待つことにした。

−コトン−
「それじゃ、スープが冷めないうちにご馳走になろうか。」
「はい。」
この上なく幸福感と、これまた今まで味わったことのないほどの緊張感の中、シェラはカル=スと共に食事を取った。

「さてと・・」
「あ!私が片づけます。」
食器の後かたづけをしようとするカル=スを慌てて制し、シェラはガチャガチャと皿を重ねた。
「では、その辺りを少し廻ってくる。」
「情報収集なら、私が・・・」
「いいから、そなたは休んでおれ。」
「そ、そんなわけにはまいりません。主人にそのような事をさせるなど、もってのほかです!」
「いいじゃないか。女の子はね、時には甘えるってことも必要なんだよ。」
いつの間に来ていたのか、井戸の横ににっこりと笑う女将が立っていた。
「無理は禁物だよ。」
「あ、そうじゃなくて・・」
「いいからいいから。休ませてもらっときなさい。」
シェラの手から食器を取ると、女将は朗らかに笑いながら店へと向かって行った。
気がつくとカル=スもいない。
「ふう・・・」
こうなったら仕方ない、と覚悟を決めるとシェラはベンチに座り直す。
「休んでいろって言われてもね〜・・・」
実際には病人でも何でもないわけだから・・居心地悪そうにきょろきょろしていたシェラは、ふと腰にくくりつけてあった小型のハープに気づく。
−ポロロロン・・ポロロロロ・・・・−
ベンチから大木の根本に移動したシェラは、そこへ座るとすうっと深く息を吸い、軽く口ずさむように歌い始めた。
「ルーーーララーーーー・・・」


−パチパチパチ!−
「え?」
目を瞑り大木にもたれて歌っていたシェラは、歌い終わったと同時に鳴った拍手に、ふと目を開けて自分の前に立っている人物を見上げた。
「すばらしい・・さぞかし名の通った歌姫なのでしょうね、あなたは。」
「あ、い、いえそんなことはありません。」
がっしりした戦士風の男だった。緑色の瞳、そして、赤茶色の短い髪が少し浅黒い肌に映え、日に透けて所々金髪に見える。男の紳士的な態度から、ある程度身分のある者に思えた。
「いえいえ、ご謙遜を。ハープの音色といいあなたのその澄んだ声といい・・・そして、歌も・・・あなたのように美しい・・・。」
「え?」
そう言うと同時に、その男はシェラの手を取って、その甲に口づけをした。
思いがけないその男の行動に、シェラはそのままでぽかんと見上げいてた。
「私の連れに何か?」
カル=スの声に、はっとしたシェラは、慌てて自分の手を引く。
「ああ・・なるほど、お連れの方がみえたのですか。そうでしょうね、歌姫一人で、旅するのはあまりにも危険すぎる。それもあなたのような若くて美しい方が。」
カル=スを目にしても気が動転するといったそぶりはなく、男はシェラからカル=スに視線を移すと歩み寄った。
「失礼。私はこの近くの城に住むガレイユ男爵と申す者です。」
「カル=スと申す。」
差し出された手をカル=スは軽く握って挨拶を交わした。
(・・・いけない、ちょっと気を抜きすぎてた?)
あまりにも無防備だったことを少し反省しながらシェラは2人の会話を聞ていた。
「町へは急いでも今宵は野宿となります。どうでしょう?無理にとは申しませんが、私の城へ立ち寄ってはいただけませんか?今宵、ちょっとしたパーティーの予定があるのです。是非歌姫殿に歌っていただきたいのですが。」
「ふむ。さしあたって予定があるというわけではないが・・」
ちらっとシェラの方を振り向いたカル=スは、人が集まればそれなりに情報量も増えると考え言葉を続けた。
「少し体調を崩しているようにも思えるのだが・・。」
「そうなのですか?それはご心配でしょう。今宵一晩と言わず、回復されるまでご滞在してくださってもいっこうに構わないのですが・・・それでは、歌は・・・ご無理でしょうか?」
カル=スから再び自分に視線を向けたガレイユにシェラは微笑んで答える。
「大丈夫です。」
「それはよかった。これで私も鼻が高いというものです。しかし、無理でしたら遠慮なくおっしゃって下さい。」
返事の変わりに微笑むとガレイユはすっかり満足した表情でカル=スを見る。
「では、支度が出来次第出発ということで。」
「いや、支度というものは何もない。身軽な旅だ。」
「そうですか。では、出かけるとしましょうか?」

再びカル=スの馬に同乗しガレイユの城に向かうシェラだが、なぜだかつい先ほどの時とは違い、冷気が漂っているように感じるのは、単なる気のせいなのだろうか・・・。
無言で馬を進めるカル=スの雰囲気もなんとなく異なり、かと言ってどこがどう違っているのかはっきり指摘できないが、どうしたのか聞くわけにもいかず、シェラはまた違った緊張感に包まれて、前を行くガレイユの後ろ姿を見ていた。


*****その2に続く*****

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