続・精霊のささやき
そ の 5 ・ 精霊王


 しばらくドアのところで立っていたが、やはり自室へ戻ることにするカル=ス。が、ふと部屋の中から人の気配がしないことに気づく。
「シェラ?」
返事はない。部屋にいればたとえ寝ていてもカル=スの声には反応するはずである。
「入るぞ。」
−カチャリ−
ドアにカギはかかっていなかった。中は暗く、シェラの人影はない。ベッドの横の窓が空いたままになっており、カーテンが風で揺れている。
バスルームだろうか、と思い様子を伺い、気配がないのを確認すると念のため覗いてみる。
−バタン−
やはり誰もいない。
「階下にでも行ってるのだろうか?」
宿の階下には狭いが一応ロビーらしきものと、食堂がある。そこへでも行ったのだろうか、とカル=スは階下へと下りた。
「おや、早いねー・・・というよりあれから眠てないんだろ?」
朝の支度のため、早くも起きていた宿の女将にロビーであう。
「お騒がせして申し訳ない。」
「ははは、まーしょうがない、といえばしょうがないんだけどさ。ほかにお客さんがいなくてよかったよ。」
ぽん!と気安くカル=スの肩をたたいて笑う女将。根っからの朗らか女将のようだ。
「おかげであれからうたた寝しちゃってね、こんな時間になっちまったよ。」
「まだ十分早いと思いますが。」
「一般的にはそうなんだけどね、あたしにとっちゃ暗いうちに起きるのが普通なのさ。」
「そうですか。ところで連れの女性を見なかったでしょうか?黒髪の方の。」
「さーて・・・、今日はまだ見てないねー。食堂にも誰もいなかったし。どうしたんだい、部屋にいないのかい?」
「え、ええ、そうなのです。」
「あの騒ぎで眠れなくて庭にでもいるかもしれないね。」
「そうですね。かもしれませんね。」
カル=スは軽く女将に会釈すると、宿の外へ出た。

が、やはりシェラはどこにもいない。
「いったいどこへ?」
カル=スの胸に悪い予感が走る。
「ヨーコ殿!」
もしかすると、と思いヨーコの部屋へ行く。
「どうしたの、カル?シェラは?」
「いや、それがシェラが部屋にもどこにもいないんだ。」
「えー?」
眠りに入るところだったのか、眠そうに目をこすりながら話していたヨーコの目が大きく開かれる。
「まさか、またルーシェくんが?」
そんな時間はないはず、と思いつつ、ヨーコはカル=スと共に慌てて広間へと急ぐ。が、そこにはまだ気絶しているダーク・シュナイダーと窓辺には熟睡しているバ・ソリーがいるのみ。

「シェラ・・・・」
今一度シェラの部屋へ行ってみる。が、やはりそこはもぬけの空のまま。
「どうしちゃったんだろ?まだ散歩には早すぎるし。」
朝日が地平線から顔を出し始めていた。時間的にも早すぎるし、たとえそうだとしてもシェラが黙って出かけるわけはない。
考えられることは、誰かに連れ去られたということ。が、仮にも魔戦将軍なのである。簡単に連れ出せる相手ではない。
「カルが来たときには、もういなかったんだよね?」
「そうだ。」
「うーーん・・・・・一体どこへ?まさかダイ・アモンがしつこく狙ってたなんてことは・・・」
窓の外へ身を乗り出して、外の様子を見るヨーコ。
「たとえそうだとしても、誰も気づかないことはないはずだ。」
当然抵抗するはずである。そうなれば同じ宿の2階にいて、気づかないわけはない。
「付近を捜してくる。」
カル=スは愛馬へと急ぎ、ヨーコはダーク・シュナイダーをひっぱたいて起こして一緒に探させることにした。
「シェラ、どこだ?」
不安に逸る気持ちを抑え、カル=スは愛馬を急かし、付近を駆け回っていた。


 「お目覚めですか?」
「え?」
淡く輝く光の玉の中、その中のベッドの上で目覚めたシェラは、自分の置かれた状況と、目の前の人物に驚いて目を見張る。
「何者?」
そして次の瞬間、さっと身を翻し、ベッドを下り、その横でシェラは構える。
「ああ、そのように警戒されなくとも。」
やさしく微笑む長身の青年。長い緑の髪と緑の瞳。うす緑色の衣装にうっすらと透けてそのしなやかな身体がみえる。
「シェラ・イー・リー、何か感じませんか?」
その微笑に邪気も敵意もない。というよりも、その青年の全身からシェラにとっては覚えのある波動を感じた。
「人間ではない?・・・・精霊・・か?」
シェラはそう確信するとゆっくりとそして無意識に構えをくずしていく。
精霊魔法を使うシェラにとっては、精霊は友であり、よき理解者、協力者である。警戒は無用だ。
「そうです、シェラ。やはりあなたは、私が思っていたとおりの方です。」
「思っていたとおりの?」
青年はすっと右手をあげ、その場にテーブルとイスをだし、シェラに座るようにと微笑ですすめる。
そして、シェラがゆっくりと座ると、その前のイスに座り、シェラをやさしく見つめる。
「私は精霊王。」
「精霊王・・・ではここは精霊・・の・・世界?」
「そうです。」
「なぜ私がここに?カル様やヨーコ殿は?」
「ここは普通の方では来られません。」
「来られないって、現に私がこうして・・」
「いえ、私がお連れしたから、あなたはここにいるのです。」
「あなたが?・・・何のために?」
「あなたを私の花嫁にするために。」
「は?」
あまりにも唐突なその言葉に、シェラは一瞬耳を疑った。そして、次の瞬間に夢かと思って自分の耳を引っ張ってみた。
「痛ーっ・・・・」
どうやら現実らしい。その痛みに小さく声をだすシェラ。
「夢と思わたのですか?そうですね、夢と言えば夢なのかもしれません。」
「それはどういうことだ?」
わけのわからぬその言葉に、シェラの口調はきつくなった。
「あなたをあの地獄から連れ出したのは私の供の者たちです。」
「やはり異世界だったというわけか・・・」
「そして、あなたがお仲間と旅をしていたその世界とこことはまた違います。」
「・・・どういうことだ?それに、こうして私を連れてきたのなら繋がっているのではないか?」
「そうですね、あなたの心という媒体を通してなら。」
「私の心?」
「そうです。あなたの精神世界と言ったほうがいいかもしれません。」
「精神世界?」
しばらくじっと考え込むシェラ。そして、ふと1つの結論に達する。
「・・・・・それでは、私は自分の心が作り上げた世界を旅していたということか?」
「そうです。」
「カル様やヨーコ殿たちも巻き込んで?というよりもしかして私が夢の中で作り上げているだけなのか?」
「なかなか察しのよい方ですね。でも少し違ってます。」
「違ってる?」
「はい。なぜなら彼らは本物なのですから。」
「本物?」
「そうです。」
にっこりと笑い、シェラの手をとって立ち上がらせる。
「こちらへ。」
精霊王に手をひかれ、歩いていったところには、人間大の光の玉が浮いていた。
「これがあなたの世界の現状です。」
その球体にはぼんやりとだがを映し出している。じっと見つめていると、それはすこしずつはっきりし、それがあの地獄の様子だとわかるまで数秒もかからなかった。
破壊され尽くした瓦礫の間を逃げまどう人々、と殺戮を楽しむ悪魔たち、・・・そして、見知った人影の傍に横たわる自分自身。
「こ、これは?」
「そうです、それが本当の姿。今のあなたのはずです。」
精霊王は、球体に張り付くようにして見入るシェラの肩をそっと抱きしめる。
「あのような地獄はあなたには似合わない。未来も何もない、絶望しかないあの世界は。」
「・・・・・・・・では、カル様やヨーコ殿たちは?」
「あなたの心、いえ、魂と申した方がいいでしょうか、それに引かれ同じようにやってきたのです。」
「魂が?」
「そうです。平和な世界へと。」
「し、しかし、それは偽りでしかない・・それは本当にあるべき姿ではない!」
「シェラ・・私はあなたが気に入ってるのです。苦しみしかないところへは帰したくない。」
「それでも・・・それでも・・・・・・・」
シェラの頭は混乱していた。今までの出来事、平和なあの世界、それはすべて自分が引き起こしたこと?己の精神世界に自分をも含め、カル=スたちをも封じ込めている?
「シェラ、ここなら日々平穏に暮らせます。彼らも平和なあの世界で暮らせるんですよ。」
「確かにそうかもしれない。が、偽りの世界で生きていて、何の意義がある?」
シェラは思わずそのやさしげな瞳を睨む。
「だめなのですか?」
悲しげな色を徐々に含んでいくその瞳に、シェラは思わず口篭もる。
「だめ、という問題ではなく・・・・・・」
「シェラ・・・」


 「王よ、どうされるおつもりですか?あのままでは彼女は本当に死んでしまいます。」
「そうですね。」
精霊世界。光の宮殿の一室で精霊王は思案にくれていた。
時がたてばわかってくれるだろうと思っていたシェラは強情だった。食事もそして、精霊の力による回復も拒み、身の回りに結界を張り、一切を絶っていた。
「しかたありません・・・今は帰すとしましょう、彼女の本当の世界へ。」
「しかし、王、あの世界は・・・」
「それでも決心は変わらないでしょう。あそこまで強情だとは思いませんでした。」
「あきれ返られました?」
「いえ、ますます気に入りました。どの世界でも自然は破壊されそして私達精霊は忘れ去られ、この世界にいる精霊達でも弱ってきています。彼女を迎えることができれば、この世界は、精霊たちは、昔の元気を取り戻すことができるのではないかと思ってしまうほど。」
「王・・・。」
ほう、と大きくため息をつくと、精霊王は供の者に白百合の根を1つ渡した。
「これを粉末にし彼女の全身にかけてください。そうすれば目覚めるはずです。そして、彼女が連れてきた人たちもそれぞれあるべきはずのところへ戻るでしょう。」
「はい。」
うやうやしくお辞儀をすると、その精霊は白百合の根を大事そうに抱えその部屋を後にした。
「これ以上あなたの苦しむ顔は見たくありませんでしたが・・・・」
光球が映し出している地獄の1丁目、岩場の上に横たわるシェラの無残な姿を見、精霊王は悲しげに目を閉じた。
「記憶は持っては帰れない。また初対面からやりなおしですね。でも、近いうちにお迎えに行けると思いますよ、シェラ。そう、近いうちに・・・。」

 肉体が消滅してからなら戻るも何もないでしょうから、と精霊王は微笑んだ。


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