銀の守護聖 
別世界・もう一つの物語(8)
 

**たぎる激情**

 次の日の曜日に公園に誘うとは言ってみたものの、いざセクァヌの顔を見るとランディーたちは言い出せずにいた。
そして、そんなことをしているうちに、早くも土の曜日。
今日こそ、誘うおうと3人は職務が終わったあと、セクァヌの私邸、闇の守護聖の屋敷へとやってきた。

「持ち主が変わると建物も変わるもんだね。」
「そうだよな。前はこう薄暗い空気が覆っていたというか・・・。」
「でも、昼寝にはいいんだぜ。」
「あ!ゼフェル、もしかして今でも昼寝に来てたりして?」
「は〜?来るわけないだろ?女の子のとこなんだぜ?」
「あ、あはははは・・そ、そうだよな、うん。」
目を大きく開けて少し赤い顔をしながら否定したゼフェルに、ランディーもマルセルもほっとする。
そしてちょうど彼らが門をくぐろうとした時、カツカツカツと蹄の音と共に、馬に乗ったセクァヌが姿を表した。
「え?」
3人は目を見張る。守護聖の執務服姿しか見ていない彼らは、その姿と、そして、馬に乗れたことにもおどろいたが、それよりも、やはりオスカーの時と同様、その傷跡に注意が行き、声も出さず思わずじっと見つめてしまう。
唖然としている3人にセクァヌは馬上のまま軽く頭を下げると、それ以上彼らに構わずそのまま馬を走らせる。
−カカッカカッ・・・−
走り去っていく時の後姿で3人はまたしても驚く。後ろの傷跡は・・・前のものよりずっとくっきりと浮かび上がっており一段と痛ましく見えた。
「・・・・・・・・・。」
その傷跡を見たことにひどく罪悪感を覚えた3人は途中一言も話さず、重い気持ちで私邸へと帰っていった。

そしてその夜、セクァヌは確かに落ち込んでいた。オスカーや3人のこともあったが、急激に変わった環境と気づかれ、そして何よりも、ここが故郷ではないことに、気落ちしていた。激動の時期が過ぎ、穏やかな日々を送っていたとしても、ここの生活とは違っていた。族長としての座は退いたものの、慕ってくる人は多い。毎日なんだかんだと相談や意見を交し合うという日々を送っていたセクァヌにとって、平和すぎて退屈でしかなかった。加えてさほど仕事らしいこともしていない気がし、本当に自分が闇のサクリアというものを持っているのか、それが役立っているのか、その手ごたえが何もなく、苛立ちばかりが膨らんでいた。

−カカッカカッ・・・−
そのやるせない激情を馬を駆ることによってセクァヌは発散しようとしていた。思いっきり風を切り、できることならどこまでもいつまでも駈けていたい。そう思っていた。
そのセクァヌを乗せている馬・・・それは故郷の星から持ち出してきたただ一つのもの。戦場を共に駈けてきた愛馬と今は亡き恋人アレクシードの愛馬との子供だった。恋人の形見となった愛馬イタカは、セクァヌのその心を知ってか、いつもより速く、激しく駈けていた。


「・・・こんなところで寝てしまっているのか・・・・」
森の奥、オスカーは大木の下で馬に寄りかかって寝ているセクァヌを見つけて驚いた。勿論セクァヌがまた馬で遠出していないかと思って探しにきたわけである。
「ぶるるるる!」
セクァヌは完全に寝入ってしまっていた。が、その代わりに彼女の愛馬が、オスカーが近づくことを拒絶した。彼女が起きないように首をあげた彼は、まるでセクァヌを守るかのようにオスカーを睨みつけ、尾をたて、歯をむいて威嚇する。
「わかった・・起こさない。」
「ぶるるるる!」
「触りもしない!誓ってもいい!」
少しでも近づこうとすると歯を剥く馬に、オスカーはしばらく距離をとってじっとその馬と見合っていた。
「せめてマントをかけさせてくれないか?」
そうしていてもただ時がすぎていくだけだった。オスカーはあくまで警戒を解かない馬に思わず頼んでいた。
「ぶるるるる・・・」
と、オスカーの気持ちが通じたのか、馬は、それまでたてていた首をそっと寝かした。
「悪かったな、邪魔して。」
そっと自分のマントをセクァヌにかけると、後ろ髪を引かれる思いで、オスカーはそこを後にした。

そして、翌日の日の曜日。
早朝、オスカーの私邸には、いつものようにランディーが剣の稽古にきていた。が、その日は違っていた。マルセルとゼフェルも一緒だった。
何か話でもあるのだろうか、と思いつつ、オスカーはランディーの相手をしていた。
-キン!キン!ガキッ!−
「どうした、ランディー?いつもの剣と違うぞ!」
その日は全く調子がでないランディーに、オスカーは早めに切り上げることにした。
「今日はこれまでにしよう。何か話があるのだろう?」
そう言ったとき、ふと見た囲いの外に馬に乗ったセクァヌの姿を見つける。
「セクァヌ・・・・」
オスカーだけでなく3人も思わず彼女を見つめる。
目で屋敷内へ入ることの許可を受けたセクァヌは、門から入ってくる。
そして、馬から下りると、マントを持ってゆっくりとオスカーに歩み寄る。
「すみません。これを。」
「あ、ああ・・・・」
短く答えてオスカーはマントを受け取る。
「ありがとうございました。ご心配おかけして申し訳ございません。」
お辞儀をしたセクァヌがひどく寂しげに思え、オスカーは思わず、しかも思ってもいなかったことを口にした。
「どうだ、一汗かいていかないか?」
それはおよそプレイボーイが女性に対して口にする言葉ではなかった。
そんなことを言われたセクァヌも、そして聞いていた3人も、言った本人のオスカーも驚いていた。
正確には、3人組にはその一汗がなんなのかはわかっていなかったが。ともかく誘ったことに。
「おい、一汗かくって・・・なんだ?」
「さー?」
まさか剣の事だと思わず小声でぼそぼそ言い合っていた。
オスカーはなぜそのようなことを言ったのだろうと、自問自答し、マントを受け取ったときに直に彼女の手に触れたことを思い出した。それまで手をとったことはあるが、どのときも薄手ではあるが手袋をはめていた。しかもセクァヌは指先をオスカーの手に乗せたのみ。しっかりと触ってはいなかった。
今回もしっかりとではなかったが、思わず触れたその手は、小さいとはいうものの、その手自体は少女のものというより、剣士のもの。しかも相当訓練した手だと剣士の本能で感じ、つい言ってしまったのだとオスカーは判断する。

「よろしいんですか?」
しばらくの沈黙のあと、にこりと微笑みながらセクァヌが言った。
「勿論。」
「では・・・お手柔らかにお願い致します。」
セクァヌはその時点で、自分がどういう人物であったか、オスカーと、そして少なくともそれ以上の地位にある人物は知っているだろうと悟った。

「剣は持っているか?」
「いえ。」
その会話で3人は再び驚く。声も出ないほど。
「では、剣を貸そう。どの程度の剣がいいんだ?片手か?」
「はい。中剣があるといいのですが・・」
オスカーの剣はずっしりとした両手持ちの剣である。
「中剣か・・・確か奥の部屋にあったな。」
目配せして使用人に取りにいかせる。
「少し型が違うのだが・・2本ある。どちらがいいんだ?」
「オスカー様の剣は両手持ちの剣。一振りの重さが違います。」
「いや、オレも残った中剣を使おう。」
「いいえ、できれば一番慣れた剣でお願いしたいのです。」
「そうか。それでよければ、オレはいいが・・・大丈夫か?」
「それはおそらくオスカー様がご配慮くださるかと・・・。」
「そうだな。」
「では、私はこの2本ともお借りしたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
「2本?君は両手使い・・・か?」
「ええ〜〜〜!!マジで剣を使える〜〜?」
3人はまたまたびっくり。
「つたない腕ではございますが・・・」
「そうか。ではいいだろう。」
「ありがとうございます。」
と、そんなとこにオリビエとルヴァがやってきた。実は、二人ともセクァヌの屋敷へ行ったのだがいなかった為ぶらぶらしてたら偶然ここへ来ていたという。そして、話を聞いて3人と同じようにそのことに驚く。

「では・・・」
「よろしくお願い致します。」
すっとオスカーが剣を構えると同時にセクァヌも2本の剣をそれぞれの手で構える。
そして、深く息を吸い込みカッと目を開けた。
「う・・・・・」
その瞳にオスカーはくぎ付けになる。
その視線は、月夜に見たあの鋭利な視線。ただ違っていたのは横からの朝日を受け金色に輝いていた。
そして、セクァヌの雰囲気は、いつものものではなく、静かではあったがそこに人を圧倒させるような激しさもあった。まるで静かに燃える銀色の炎。そのことにもオスカーは驚き、そして知らず知らずのうちに引き込まれ、いつしか軽い手合わせだということを忘れてしまった。
そこには純粋に剣士として、同じ剣士のセクァヌを見つめるオスカーがいた。

 

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