銀の守護聖 
別世界・もう一つの物語(1)
 

**クラヴィス出奔**

 「クラヴィス様がアンジェリークの新宇宙へ行っちゃったってホント?」
「なんだよ、マルセル、いきなり大声で!」
ある麗らかな日の曜日の朝、鋼の守護聖ゼフェルの私邸の中庭でのことだった。
「あれ?ランディーも来てたの?オスカー様のところへ剣の稽古に行ったんじゃなかったの?」
日の曜日の早朝は、風の守護聖ランディーが炎の守護聖オスカーに剣の稽古をつけてもらいに毎週通っていることは、聖地にいる全員が知っていることだった。だからこそ、本当ならランディーの方が話しやすくても、マルセルはゼフェルのところに来たのに。
「行くには行ったんだけど・・・クラヴィス様のことで、急にジュリアス様から呼び出しがあったとかで留守だったんだ。」
「そうだったんだ・・・。」
3人はしばらく芝生の上に座って空を見つめていた。
事の起こりは闇の守護聖クラヴィスの突然の聖地出奔。
勿論、女王である金の髪のアンジェリークには話が通してあったらしい。だが、それでもそのニュースには、誰しも驚き、そして思った、このままクラヴィスが帰ってこなかったら闇のサクリアはどうなるのか?と。
「どうなるんだろ?もしクラヴィス様が帰って来なかったら・・・?」
「サクリアを無くしたわけじゃないんだろ、クラヴィス様は?」
「うん。だから余計に問題じゃないか?」
「だよな・・・サクリアが無くなったのなら、新しい守護聖が迎えられるはずだ。でも・・・・・」
「でも、やるよなクラヴィス様も・・・アルカディアの事件以来ずっとふさぎがちだったけど。ついにやったーって感じだな。」
ゼフェルが鼻をぽりぽりかきながら呟いた。
「ふさぎがちって・・・クラヴィス様の暗さは元からだろ?ほとんど自室に閉じこもって・・」
「寝てばかりだよね?」
ランディーの言葉尻をとってマルセルが頷く。
「お前たちが知らないだけだって。」
ザッとゼフェルが立ち上がりながら言う。
「何を?」
「ああ・・・オレがクラヴィス様の中庭が昼寝にちょうどいいって、時々行ってたのは知ってるよな?」
「あ・・うん、知ってる。」
「知ってるよ。誰にも邪魔されなくていいからって。」
「うん。で、時々窓辺にいるクラヴィス様を見たことがあるんだけど・・・」
「けど?」
「うん。確かにぼ〜っとしてるというか、昼行灯というか・・とにかくそんな感じで立っているだけだったクラヴィス様だけど、オレみたいに休みに来てる鹿なんかの小動物を見て、ときたまにっこりとする時もあったんだぜ。」
「ええ〜〜?あのクラヴィス様が?」
マルセルが丸い目を一段と大きくして叫ぶ。
「ああ、それはぼくも聞いたことがある。確かアンジェにだったか・・・それを見て一見冷たくて暗くて恐そうなクラヴィス様も本当はやさしいんだってわかったとかなんとか言ってたよ。」
「冷たくて暗くて恐そう・・・・た、確かにな。」
思わずその言葉に3人とも納得する。
「でえ・・その、なんだ・・・アルカディアの事件以来、同じように立ってはいるんだが・・・なんとなく寂しさが漂ってるっていうか・・・心がそこにないっていうか・・・それでも何かを追っているというか・・・・ああ〜もう〜!うまく言えん!」
ゼフェルは一人癇癪をおこしていた。
「いつもそんな感じじゃないの?」
マルセルがぜんぜんわからない、とでも言いたいように聞く。
「うーーん・・・違うって!窓から外を・・・空かな?見上げてるクラヴィス様の目は前のような無表情じゃなくて、温かくて、とても穏やかで・・・それでいてどこか寂しそうで沈んでいる・・・っていうか・・・」
上手く言い表せず、ゼフェルは自分の頭をぐしゃぐしゃとかき回す。
「つまりそれって・・・・」
ランディーがはっとしたように口を開いた。
「恋してる?」
はっとしたようにお互いを見つめ合う3人。
「そ、そうだ!オレ、それが言いたかったんだ。多分、それだな。」
ゼフェルが言いたかった言葉が見つかりほっとしたように言う。
「相手はアンジェなんだよね。」
ぼそっと言ったマルセルに、ランディーとゼフェルはまた別の意味ではっとする。
茶色の髪のアンジェリーク。新宇宙の女王。誰しも心を奪われずにはいられない微笑みを持つ女の子。
アルカディアの事件は解決できなかったと言っても、一生懸命努力していたのは知っている。自分たちと同じくらいの少女であるにもかかわらず、女王という重責にも屈せず、いつも笑みを絶やさず、アルカディアの住人を、そしてアルカディアをなんとか守ろうと必死になって頑張っていたけなげな女の子。誰にでもその温かい笑みを投げかけ、少しも女王であることを鼻にかけたりしない控えめな少女。だから、誰しも、もしもアンジェリークと本当に心を通い合わせることができたなら・・と思ったことはあったはず。
それを・・・首座のジュリアス様やモテモテのオスカー様ならともかく・・・いつもぐ〜たら寝てばかりいたクラヴィス様と・・・
そう思ったらなぜか怒りが沸いてきた。
「くっそーーー!なんだか知らねーが、無性に腹がたってきやがったっ!」
ガン!とベンチの足をゼフェルは思いっきり蹴った。
「ゼフェルっていつもぶすっとしてアンジェにきつくあたってたじゃないか?」
「なんだとー?オ、オレがいつ・・・オ、オレはただ・・・ど、どうもあいつと目をあわせると照れちまって・・・・」
真っ赤になってマルセルにくってかかる。
「まーまー、落ち着けって。」
仲裁に入ったランディーに、マルセルはほっとする。
「今更言ったってしかたないだろ?」
う”・・・・・・言った本人のランディーも含め3人共に落ち込む。

「それよりもさ、幸せだといいな。」
少しの空白のあと、ランディーが空を見上げながら言った。
「そうだね。向こうの宇宙で。」
宇宙が見えるわけではない。が、そこに新宇宙を思い描いてしばし3人は2人の幸せを願っていた。

「・・・っと・・・・でー、闇のサクリアはどうなんだよ?」
突然、思い出したようにゼフェルが叫ぶ。
「あ・・・・・」
再び3人は考え込む。
が、話が元に戻ったところでちょうどタイミング良く、ゼフェルの召使いロボットが走ってきた。
「ご主人・・・陛下から緊急の召集です。」
「は?日の曜日に・・か?」
「そうでやんす。」
3人は顔を見合わせると、急いで宮殿へ向かった。

 

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