★ -[1]Prologue- ★
 

 広大な宇宙の中に、水の惑星、セジュルはあった。そのほとんどは水で覆われ、ごく一握りの大地に人々は生を営んでいた。
他の星との交易がほとんどないその青く美しく輝く星は、近くを通る旅行者の目に宝石のように映り、神秘さを漂わせていた。



「ユーイ・・ユイ、起きなさい。」
暗闇の中、少女は母親に起こされる。
「かあさま、どうしたの?」
「いいから、早く服を着て。」
そう言われて着せられたのは、少年の服。
「え?これわたしのじゃないわよ?」
「いいから、早く!」
母親に急かされるまま少女は服を羽織る。
「さ!早くこっちへ!」
一体何なのかわからなかった、が、尋常ではない母親の様子に少女は素直に従う。

「こっちよ・・早くっ!」
月明かりの下、裏口から屋敷の裏に広がる森へと駆け込む。
「かあさま?」
母親の青ざめた表情から、何か固い決意を感じ、少女は口数も少なく、手をひかれたまま必死になって走っていた。
「あ!」
「ユイ!」
張り出していた木の根に躓いて転んだ少女を慌てて母親は抱きおこす。
「こっちよ!早く!」
わけもわからないままひたすら森を駆けていた。

−ヒュンヒュンヒュン−
森の上空を数機の小型飛空艇がライトで下を照らしながら飛び交う。
「こっちよ!」
母親は少女を木々の間に引っ張る。

−ヴィィィィィィlーーーーーー−
レーザーの声にはっとして立ち止まり、周囲を見ると、1つ丘を隔てたところに照明が集中していた。
その灯りの中心に少女と同じ背格好の女の子がいた。
が、少女にはすぐそれが女の子ではなく、幼いときから一緒に遊んでいるリイトムという男の子だとわかる。レーザーを避けるようにして丘を駆け下りている。
「リイトム?・・・どうして私の服を?」
そう思ったその時、幾筋もの光線が少年の身体を貫いた。
「リイトム!」
思わず母親からその手を離し、少女は叫ぶ。
少年の身体は一瞬にして消滅した。

「早く!こっち!」
呆然としていた少女を急かし、母親は森の奥へと進む。
森の奥には、霧に包まれ深く澄んだ湖があった。なんとかしてそこへ辿り着こうと母親は必死になっていた。

そして、眼下にその湖が広がっていると言われる崖。その崖を前にして母親は一瞬躊躇う。
そこには水聖が住むと言われる深く澄んだ湖があるはずだった。1年中霧に包まれた湖と人を立ち入らせない森が広がっているはずだった。
そして、上空にはまだ飛空艇が飛んでいる。木々の影から出れば発見されるかもしれない。
とはいえ、いつまでもそこでじっとしているわけにはいかない。
母親は、死を決心して少女の手を握りしめて崖に向かって走り始めた。


−フィーーン−
目聡く2人を見つけた飛空艇が近づいてくる。
母親は少女の目をじっと見つめる。
「いいわね、ユイ、何があっても生きるのよ。何があっても。」
「え?」
少女がどういう意味か聞こうとしたとき、母親は、ドン!と勢いよく少女の身体を崖から突き落とす。
「水精セジュレリ様、どうかご加護を!」
と、同時に数艇の飛空艇から発射された光線が母親の身体を貫き、瞬時にしてその身体は消滅した。
「か、かあさま?」
落ちていく少女の目にその光景が焼き付く。



−ザッパーーン!・・・ゴボボボボ・・・・・−
崖から湖面まで約10m。少女はその間に気を失っていた。


ゆっくり沈んでいく少女の周りで大きな水泡がわき上がってきた。
−ごぼっ!・・・−
そして、不確かな水の形が1つ、また2つと少女の周りを回り始める。
「人の娘(こ)か?」
「そうだ、人の娘(こ)だ。」
「・・・いや、・・この娘は、星の娘(こ)だ。」
「星の娘(こ)・・・・我らの星の娘(こ)・・・」
不確かだったその水の固まりはすうっと一つの形を作っていく。
ゆっくりと人間の顔と2本の腕を持つ魚人の姿を作っていく。が、その身体は水のまま、半透明でいて身体の中が見えるわけでもない。身体の向こうが透けてみえるわけでもない。見えそうでみえない不思議な身体。
「星の娘(こ)だ。」
その腕で少女を抱くと、ゆっくりと水面に身体を伸ばす。
−ザザザザザ−
水面に半身を出した不思議な生物は、魚の形態をした下半身を2本の足に変化させると、そのまま陸に上がり、そこに広がっている森の中へと足を進み入れた。
−ズシン、スシン・・−
霧の中、森の木々を割って奥へと入っていく。


−ピチョン、ピチョン・・・−
全身から水を滴り落としながら、5m程もあろうかと思われる身長のその生物は森の中心へと向かっていた。

「グロード・・・グロード、いないか?グロード?」
生物の低い声が森の中へ響く。
「なんだ、セジュレリか・・・・どうしたその人間は?」
森が揺れ、木々が揺れ、そしてその木々から滲み出るように出た霧が、人型を作っていく。
セジュレリと呼ばれたその不思議な生物よりも一回り大きい緑の髪と瞳を持った土色の巨人となった。
「この娘(こ)は、星の娘(こ)だ。」
「星の娘(こ)?・・・我らの星の娘(こ)・・か?」
「そうだ。」
「また諍いか?人間(奴ら)は?」
「そうらしい。」
そう答え、セジュレリは、霧でみえるはずがない少女が落とされたと思われる崖の方を見上げる。
「・・・・愚かな・・・・。で、お前はその娘(こ)をどうするつもりだ?」
「我らの中では死んでしまう。グロード、お前に頼みたい。」
「オレに?・・・オレが助けると思うか?」
「星の娘(こ)だ。」
ふふん、と笑ってグロードと呼ばれた巨人は続ける。
「オレはいつ消滅してもかまわん。星の娘(こ)であろうが、なかろうが、関係ない。」
「そうか?」
「置いていくのは勝手だが。」
ふふっと笑い、セジュレリは大木の根本に少女を置くと、湖へと帰って行った。
「ふん!オレは知らんぞ。」
少女をちらっと見ると、すうっとグロードはその姿を霧に融かした。

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