Stardust Stargazer
−星屑(ほしくず) 星見人(ほしみびと)−


 
その3・宇宙海賊イガラ 



イラスト by COSMOSさん
  
  

  自艦の貨物庫に向かいながら、イガラは考えていた。
なぜこんなにも素直に頭に響いてきた声に従ってしまったのか、通常なら、たとえ攻撃システムを持たない脱出ポッドでさえ正体不明ならば、決して自艦に近づけさせないものを。
(しかもご丁寧に、貨物庫に収容だと?調べもしないうちにか?生命反応?それがどうした?戦火から逃れてきたのだろうが、なんだろうが、オレには関係ないはずだ。見ず知らずの他人なんだ。いや、敵かもしれん。わざとオレの懐に飛び込んできたスパイかもしれんというのに・・・)
今なら間に合う。貨物庫はまだ無酸素状態だ。たとえ正体不明のその漂流艇に人間あるいは何か他の生命体が乗っていたとしても、船外へは出ることはできない。このまま再び宇宙へ放りだしてしまえば。
ふとそんな考えがイガラの頭に浮かんだことも確かだった。
が、それは、もう一人のイガラの意志により行動に移す前に打ち消された。
(何を恐れてる?血も涙もない海賊艦長イガラが?宇宙連邦艦隊の大編隊でさえも、船体にあるオレのマークを認識すると同時に退却していくという・・・このオレが?あんなちっぽけな救命艇に乗っているその生き物に?)
「ははは・・・・」
自嘲的な乾いた笑いを小さく発すると、イガラは、貨物エリアへと繋がっているシューターの扉のスイッチを押した。

−シュン−
銀色の筒状のシューターの扉が開き、イガラは躊躇することなく足を踏み入れ、そして、当然というように、無意識に貨物エリアへのボタンを押す。

(なぜか懐かしいような気がした・・・あの声の響きに。切実に思いを込めたあの声に・・・・なぜか・・・・ずっと昔・・・そんな事が・・・・気づいたら、収容しろと言っていた・・・。命令の撤回はあるべきではない。・・・あってはならない。)
ゆっくりと下りていくシューターの中、珍しくイガラは本人が気づかないだけで、センチメンタリズムに陥っていたような感もあった。


宇宙海賊イガラ。海賊船ヨルムガドの艦長。群がるのが大嫌いな一匹狼。少数精鋭、信頼に足ると感じたわずか10人に充たないクルーのみの構成で、宇宙中を荒らし回っている海賊の首領である。
本名は本人でさえも分からない。が、その自分とそして仲間以外には、情け無用、敵対するものは全て排除するという冷酷さから、同じく海賊を生業としている者たちからも恐れられている。
そして、また、イガラは不死身だという噂もあった。
それは、宇宙海賊イガラという存在が、人類が宇宙に進出し始めた当初から、その存在の痕跡があるからだった。
単なる同名か、代々イガラという呼称を引き継いでいるだけなのか、あるいは、まったく関係ない何者かが、単にその名を騙っているだけなのか・・真実は誰にも分からなかった。
ヨルムガドのクルーにも、それについては分からなかった。
事実は、本人にしか分からない。いや、ひょっとしたら、本人でさえも、分からないかもしれない。
そして、常に仮面をかぶっている彼の素顔を知るものもいない。


普通、このような時、イガラ自ら出向くことは滅多にない。こういったことは部下の役目であり、彼は報告を待っていれば良かった。が、今回に限り、頭に響いた声が気になり、部下任せにはしておけなかったのである。・・なぜだか・・・。
そして、そうした通常では考えられない命令であっても、クルーたちは全員イガラの命令には忠実なのである。それは、彼の第六感に一目も二目もおいているからである。追いつめられたときこそ発揮されるイガラのインスピレーション。それは、それまでにも、幾度となく奇蹟とも言える脱出劇を経験させてくれていた。絶対服従はそこから来るのである。有無を言わさぬイガラの命令、そこに間違いはないと思っているからである。(海賊業が正しいとは言わないが。そこは、彼らもイガラと出会うまでのいろいろな経緯からその道を選んだのだからということで、まー・・理解?してもらいたい。)


貨物エリアの前、イガラはエリア内の酸素状態を確認してから、ドアを開け中へと入る。
そして、どんな厳重なロックでも簡単にパスを割り出し開けてしまうと言う特殊小型アナライザーを使い、3重の密閉状態になっていた漂流艇のハッチを開けた。もちろん、ポッド内部は生命維持装置が働いており、酸素も希薄ながら、仮眠状態なら十分といえる濃度を保っている。
(なんだ、やはり声の言ってたとおり、面白くもねーガキじゃないか?)
弟を助けて、と言っていた声を思い出しながらイガラはポッドの中を覗き込むようにして、そこに横たわっている5,6才の少年に視線を落とす。
と、その瞬間、意識不明と思えた少年がすばやく動いた。


「おい・・・チビガキのくせに、なかなかやるじゃねーか、坊主?」
「船を・・船の進路を戻せ!この脱出ポッドが来た方向へ進路を向けるんだ!」
少年のズボンのベルトと思われるものがイガラの太い首を捕らえていた。
余裕の笑みで少年を睨むイガラの視線の先に、ベルトの端を震える手で力の限り握りしめて引っ張っている少年の真剣な顔があった。


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