### [こぼれ話] 頑張れ、アレクシード(2) ###

 今後、どう軍を進めていくか、ますます激しくなっていく戦況に、それに対する念密な計画を立てるため、そして、その為の資金繰りのため、その地での滞在は伸び続けていた。というのもその地を後にすると、資金援助を頼めれるような大きな街はない。そして、街の自警団とは言え、かなりの兵力を持つその街は、安全度も高かった。勿論、ガートランドに抵抗している数少ない街の一つでもある。


「なー・・」
「どうしたの、あらたまって?」
その夜もアレクシードは商人の館へ出かけており、セクァヌは相変わらず集まりに顔を出していた。そして、訓練の合間、横に座ったハサンがごほん!と咳払いをしてから、いつもと違った雰囲気で彼女に話しかけてきた。
「名前を聞いちゃいけないか?」
「え?」
「あ、いや・・・言いたくないんだったら、構わない。無理にとは言わないが・・・」
「あ・・・・」
できたら教えて欲しいと語っているそのハサンの態度に、セクァヌは戸惑い、慌ててハサンから燃えさかっている火の方へ顔を向ける。
「私・・・・」
困ったようなセクァヌに、ハサンは明るい笑みを見せる。
「気にしないでくれ。困らせるつもりじゃなかったんだ。ただ・・・そう、ただ、いつまでも『あんた』じゃ、ちょっと寂しいような気がしてな。」
明るくサッパリとし、爽やかな感じのハサンは、セクァヌもいい人だとは感じていた。が、それは異性としてではなく、同じ兵士としてしかとらえていない。それは、セクァヌを女として意識しているハサンとの決定的なズレでもあった。
もっとも、ハサンはそのズレを感じていたからこそ、意識させる、いや、少しは意識して欲しいという思いからも、その言葉を口にしたのだが。
「オレは・・・いや、あんたは名乗る必要ないから、黙って聞いてくれればいい。オレの名はハサンっていうんだ。」
セクァヌと同じようにパチパチと音を立てて勢い良く燃えるたき火を見つめながら独り言のようにハサンは話し始める。
「一応、小隊長してるが・・・・ははは・・だ、だめだな・・他に言うことが見つからない。」
すくっと立ち上がったハサンをセクァヌは見上げる。
「聞かない方がいいかもしれないな。名前が分かると、昼間だろうと会いたくなって探しに行ってしまいそうだ。確か女性部隊の隊長のカサンドラは・・・そういった規律にうるさいほど厳しかったからな。・・それも、同じ隊長として分かる。」
恋愛は、人間である以上否定はできないが、時として戦況に不利になることもある。一応軍規としては恋愛を禁じている。といっても兵士としての自覚の上でのそれは、見て見ぬ振りの扱いでもあった。軍筆頭のセクァヌとアレクシードの事もあり、あからさまに禁止令は出せないというものでもある。
が、恋愛に流され、見るからに恋人であるといったような、ともすると軍紀を乱さないともかぎらない恋愛は、当然御法度である。そして、特に隊長のカサンドラは、それに目を光らせていた。軍に属している限り、兵士としての認識と責任を優先することは必要不可欠であり、当然である。目に余る行動をするのであれば、兵としての任を解かざるを得ない。
「ハサン・・私・・・」
「ああ、気にしないでくれ、ホントに。だけど・・そうだな、あんたにはそう呼ばれたいな。」
そう言って笑ったハサンはセクァヌの口から自分の名前が出たことに、ひとまず満足していた。

セクァヌは、再び兵士のうちの一人と剣を交え始めたハサンを見つめながら、その名前から、記憶を辿っていた。
「ハサン・・・・確か第8部隊の小隊長・・・。」
シャムフェスら軍の幹部との会議の時、彼らの口から時折その名前は出ていた。そのめざましい戦果に加え人望もあり、まだ小隊長だが、幹部でも一目置いている人物の一人でもあった。直接言葉は交わしてはいないが、見回りの時、大隊長から紹介を受けたこともある。
「彼・・・だったのね。」
そして、彼の思いが真剣だということもセクァヌは感じていた。
「バカね、私って・・・鈍いんだから!」
もっと早くこうしなくてはいけなかった、とセクァヌは後悔していた。それは、もう二度とここへは顔を出すまいと決心したことである。アレクシードが自分をどうとらえているか、今ではそれは分からなくなってしまったが、自分がアレクシード以外の人を好きになることは、おそらくないだろう、と、セクァヌは悲しさと共に決意していた。
そこがどんなに居心地が良くても、これ以上ハサンの心を乱すようなことは避けなければならなかった。彼なら、そして、まだ今の内なら、それも可能のはず。まだ、恋愛までには発展していないそれは・・・・日が経てばきっと薄れるはずだと彼女は判断した。
気兼ねない仲間同士の楽しい語らいと族長としてではない自由な自分の時間・・・セクァヌはその夜限り、それらと決別した。


「おい、彼女、今日も来ないじゃないか?」
それから数日後、ぼんやりとたき火を見つめて座っている方が多かったハサンに、その帰り道、一人の男が声をかけた。
「何かあったのか、彼女と?」
「あ、いや・・・別に・・・。」
短く答えてからハサンは小さく呟いた。
「・・・というより・・・・そうだな・・振られたってことだろ?」
「ハサン・・・お前?」
声をかけた男はハサンの親友、リザク。
「いや・・・名前を言っただけなんだけどな・・・・来なくなったってことはそういうことだろ?」
それまで見かけた雰囲気からてっきりうまくいくと思っていたリザクは、ハサンの言葉に耳を疑った。
「ちょっと待てよ、そう決めつけなくても。病気とか・・・夜回りの任務が続いてるとかあるだろ?」
「今夜の見張りは、彼女よりずっと背も高くがっしりとしたいかにもアマゾネスって感じの女だった。」
「確認したのか?」
「ああ、それとなくな。」
「彼女、いつも一人で来てたよな?」
「ああ、同僚といっしょとかじゃなかったな。女連中のほとんどは、仲のいい者と連れだって来るんだが。」
2人の視線は、思わずすっと傍を通っていった女性兵士だと思われる人物の後ろ姿を追っていた。彼女たちはだいたい2,3人一緒に来ている。
「実はな・・・オレのことは気にせず来て欲しいと言いたくて・・昼間探りを入れたんだ。」
「なるほど。」
ハサンの言葉に、リザクはにやりとする。
「背格好から判断しようと、見回りの振りをして部隊内を通り抜けてみたんだが・・・。」
「ほう・・で?」
「彼女くらいの小柄な兵士もいたことはいたんだが・・その、なんていったらいいのかな・・・雰囲気が違うんだ。」
「雰囲気・・か・・・それは顔が見えているせいじゃないのか?」
「あ、いや、見えていたとしても、それは変わらないと思うんだ。」
「うーーん・・・・変わらない、か・・・だが、ここでのようにすぐ近くにってわけにもいかないだろ?」
「そうだけどな・・傍を通り過ぎるだけでも感じるんだ。この兵士は彼女じゃない、とな。」
「ハサン・・・お前・・・・」
そこまで真剣になっていたのか、とリザクは目を丸くしてハサンを見つめ、軽い気持ちでからかったことを恥じる。


それから数日後、軍はその地を発つことになり、出立のため忙しく立ち回る兵士の中をセクァヌは見回っていた。
(ハサン・・・・)
その中にハサンの姿を見つけ、セクァヌは思わずイタカの足を止め、自分でも気づかないまま見入ってしまっていた。
そして、そんなセクァヌをじっと見入っている男が一人。そう、言わずとしれたアレクシードである。連日の商人の館で開かれる宴のせいで、2人はいつもの就寝前にゆっくりと持つ会話の時間がなくなってしまっていた。そして、なぜかアレクシードを避けるようなセクァヌにより、昼間もその状態が続いていた。
(お嬢ちゃん、まさか・・・・・)
セクァヌの視線の先にハサンを見つけ、アレクシードの心臓は大きく踊った。
(まさか、あの男の事が?・・・)
シャムフェスから、セクァヌがどうやら正体を隠し、若い兵士たちが自主的に訓練している集まりに出ているらしいと聞いていた。
その集まりに出ているうちに、年の近い男と意気投合した?・・・その男に恋をしたのか?と、アレクシードは絶望を感じながら心の奥で叫ぶ。
どうあがいても縮めることは不可能な年齢の差。それは、セクァヌもだが、アレクシードも感じていた大きな壁。

「ん?」
そして、セクァヌがその場を離れようとイタカの向きを変えたとき、ふと顔を上げたハサンは、その後ろ姿にはっとする。
(彼女か?・・・い、いや・・・・・あの後ろ姿は・・・あの馬は・・姫様・・・。)
明らかにその馬はセクァヌの愛馬イタカであり、乗っているのは姫に違いなかった。が・・・・ハサンはそれでも気づく。背格好とそして、全身からにじみ出ている雰囲気が紛れもないあの訓練の場に共に居合わせた女性兵士だということ。
「ま、まさか・・・彼女が姫・・様?」
ハサンの脳裏に、数日間そこでのセクァヌの記憶が蘇っていた。
少し控えめではあったが、気さくに誰とでも親しそうに話していた彼女。にこやかに話に耳を傾ける彼女。剣を交えることは少なく数回しかなかったが、彼女の素直さが心に残った。
「まさか・・・・・」
その可能性が高いことをハサンの思考の半分は肯定し、そして、もう半分は否定していた。
(だが・・・あの夜から来なくなったということは、そうじゃないのか?)
手をとめ、去っていくセクァヌの後ろ姿を見つめつつ、ハサンは冷静に分析し始める。
(それに、女性部隊に彼女らしい兵士はいなかった。)
彼女がセクァヌだというのなら、全ては理解できた。そして、公然となっている事実、彼女にはアレクシードがいる。全兵士の憧れともいうべき大陸一の戦士アレクシード。手も足も出ない相手である。
「まさか・・・・姫様だったとは・・・・・。」
今思えば、その背格好からセクァヌだと判断できないことはなかった。が、まさか軍を率いる族長であるセクァヌが気軽に若い兵士たちの集まりに顔をだすとは思ってもおらず、全く頭になかった。
ハサンはがっくりと全身から力が失せていくのを感じていた。
と同時にふとある思いがハサンの脳裏をかすめた。
ひょっとしたら興味本位の物見的な気持ちで新兵の集まりに顔をだしていた?それとも内情視察的な考えで?
そう思ってから、ハサンは自嘲とともに首を振った。彼の会ったセクァヌからはそんな感じは全くなかった。素直な控えめな性格の女兵士。ハサンは姫だと知らなかった時に直接感じた彼女が本当の彼女だと改めて思い起こしていた。
幼い頃から周囲にいるのは大人ばかり、そして、自分は族長として一族を率いていかなければならない。そこには、誰しももつであろう同年代との気ままで気楽な語らいなどなかったであろう。確かにアレクシードがいつも傍にいる。が・・・それでも時には族長としてではなく自由に語らい一人の少女に戻りたいのではないか・・・・。
ハサンは彼が出会ったセクァヌを思い出しながら、彼女の姿が消えていった跡を、しばらくじっと見つめていた。

そんな事があった数日後、ハサンはリザクと共に、野営地の夜回りをしていた。
「移動がしばらく続くらしいから、集まりもないが・・・どうだ?何かわかったか、彼女のこと?」
「あ?・・あ、ああ・・・・・」
「なんだ、気のない返事だな?」
リザクは軽く笑うハサンを不思議に思っていた。ハサンのその女性兵士への思いが明らかに真剣なものだと感じていたリザクは、その意外さに拍子抜けする。
熱血漢・・ハサンがその言葉を地でいく男だということは親友であり、付き合いの長いリザクは当然知っている。が、その態度は到底そのようには思えない。
だが、それ以上何も話そうとしないハサンに、何か特殊な事情があるらしいと、リザクは深追いすることを止めた。

「ん?」
茂みの向こう側で人の気配がしていた。そこはテントを張った陣営から少し離れたところ。その野営地を見渡すことができるような小高い場所である。
「まさか敵が?」
2人はだまってお互いに確認しあうと、その茂みをぐるっと回り込んで様子を伺った。

−ブルルルル・・−
敵ではないことはすぐ判断できた。そこには馬を伴った味方の兵士が一人、野営地を見下ろせる岩に腰かけていた。
(誰だ?)
時間はまだ就寝前の自由時間であった。だが、一人で野営地を離れることは、普通の兵士ではできないはず。
「おい・・まさか・・彼女?」
リザクがハサンを見つめて呟く。その後ろ姿は、あの女性兵士とあまりにも似通っていた。
「おい?!」
小声をかけてもハサンは、微動だにせず、呆然としたようにそこに立っている。なぜ見つかったのに声をかけない?彼女じゃないのか?少なくとも、背格好は酷似しているんだ、確認するくらいのことはしてもいいはず・・とリザクは不思議そうにハサンを見つめていた。

「あ・・だめよ、イタカ・・・?」
その2人の目の前で、不意に馬がふざけてその兵士のフードを取った。
「ひ、姫様?」
露わになった銀の髪、その顔立ちを目のあたりにし、リザクは声のでない叫びをあげ、横のハサンに視線を移す。
「ハサン・・お前・・・知って・・・・?」
立ち上がって愛馬イタカに声をかけているセクァヌを、悲しげな切なげな表情で見つめているハサンがそこにいた。
「それで・・お前・・・・・・」
なぜ人一倍い熱血漢のハサンが何も行動を起こさないのか、リザクははっきりと悟った。


「見回りですか?」
「あ・・は、はっ。・・・そ、そうであります。」
心ここにあらずといった感じで棒立ちになっているハサンに気を取られていたリザクは、突如セクァヌに声をかけられ驚いて直立不動を取って答える。
その口調は、気さくに話したあの時の女性兵士ではなく、確かに族長、セクァヌの口調。だが、声は・・・明らかに同じものだと感じた。
「ご苦労様。」
「ははっ。」
セクァヌは、そのまますっと横を通り過ぎていった。
「ハサン・・・・」
その通り過ぎていったセクァヌの姿を目で追うハサンとリザク。
どことなく寂しげな後ろ姿には、新兵の集いで楽しそうに火を囲んでいた彼女にはなかったものだ、と2人は感じながら、馬に揺られ、夜風になびく銀の髪が暗闇の中に消え失せていくまで、じっと見つめ続けていた。


その後ろ姿にハサンは今一度決意していた。一兵士としてそれまで以上に軍の為、スパルキアの為、そして、セクァヌの為に精進する・・・それが今の自分ができるただ一つの事だからである。
族長でないセクァヌを知った、おそらくあれが少女としての本当のセクァヌ、それだけでも十分だ、と言い聞かせていた。


ハサンとのことは、彼の自発的な終止符でそれ以上の展開も何もなく終わったが、セクァヌとアレクシードの間にできた心のすれ違いはそうはいかなかった。
傍目では変わらないようにみえる2人だが、シャムフェスだけは敏感にそれを感じていた。

「アレク!」
「何だ?」
「何やってるんだ?」
「何って・・・何のことだ?」
シャムフェスが何を言いたいのか分からず、アレクシードは不思議そうな顔をして聞き返した。
「アレク・・・あれほど言っただろ?」
「何をだ?」
「言葉だけは惜しむなって。」
「な、何のことだ?」
何が言いたいのかすぐわかったアレクシードは思わずぎくっとする。
「オレだって責任を感じていないわけじゃない。できるなら宴にはオレだけで行きたかった。・・だが、どうあってもお前に来て欲しいと言われてな。」
今更何を?とアレクシードはシャムフェスの顔を見つめた。
「宴のあとのフォローしてなかったんだろ、お前?」
「フォローと言ってもだな・・・・」
怒ったり拗ねたりしてくれたのなら、本心でぶつかってどうにかなったかもしれなかった。が、セクァヌはにこやかにアレクシードを遠ざけた。そして、ハサンのことがある。
「もしかしたら、お嬢ちゃんには・・」
好きな男ができたかもしれない、と続けようとしたアレクシードより早く、シャムフェスがまるでその不安を見透かしたように断言した。
「姫の気持ちは以前と少しも変わっていないさ。悪いのは・・姫を不安にさせたままにしておいたお前だ。」
「あ・・おい!」
シャムフェスはそれだけ言うと、アレクシードがとめるのも聞かず、立ち去っていった。
「もし、そうだったとしても・・今更どうすりゃいいんだ?」
『アレクはもっと自由でいてくれていいのよ。私だっていつまでも子供じゃないんだから。一人でも・・大丈夫よ。』
セクァヌの自然からではない、作ったような笑顔と、その時の言葉を思い出し、アレクシードは、その場に座ったまま頭を抱え込んでいた。


そして、そんな状態に2人があったとき、セクァヌが重症を負う。
意識の戻らないセクァヌの横で、アレクシードは必死の思いで祈っていた。
「頼む、気が付いてくれ。もし気が付いてくれたのなら、オレは・・今度こそ照れくさいなどと思わん。愛してるでも好きだでも何でも言ってやる。お嬢ちゃんが納得してくれるまでオレは・・・何度でも・・・何十回・・いや、何百回でも・・。」


が、目覚めたセクァヌが、ずっと傍についていてくれたアレクシードのその態度から彼の想いを感じ取ったことで、2人の中は無事元通りになった。
そして、その時の決心もどこへやら・・・アレクシードの口から愛の言葉は出ないまま。


「ロト?・・・本当にあの時のロトが?」
数年前、セクァヌが銀の姫だと知らずに一日一緒に遊んだ少年、ロト。彼が入隊してきたことを知り、セクァヌは懐かしさで目を輝かした。勿論、公の場でそのような態度をとることはないが、新兵の名簿に目を通していたセクァヌの言葉と嬉しそうな口調に、アレクシードの心は、再び不安を感じる。
「・・・アレク・・・・」
そんなアレクシードの気持ちを敏感に感じ取ったシャムフェスは、呆れるようなため息とともに、彼の肩をぽん!と叩く。
「ここまで来て鳶に油揚げをさらわれたなんてことになったら、大陸一の戦士も単なる笑われ者だぞ?」
「シャムフェス・・・」
「それにな、今後、また姫にあの時のような不安を感じさせるようなことがあったら、その時はオレも黙っちゃいないからな。」
「何?」
シャムフェスのその手の言葉は冗談とは聞こえず、思わずアレクシードは声を荒くする。シャムフェスがその気になれば、その巧みな会話とムードで、女はいとも簡単に落ちる。
「ははは・・・心配するな。姫の気持ちは変わりっこないさ。・・・残念ながらな。」
そんなに心配なら、セクァヌの心が離れないように、不安にさせないように言葉を惜しむな、とシャムフェスは目で付け加えて、テントを出ていった。


「お、お嬢ちゃん?」
「え?なーに?」
2人きりになったテントの中。アレクシードに声をかけられたセクァヌは、見終わった名簿を閉じて、彼を見つめる。
「そ、そのロトというのは、あの時の・・あの祭りのときの少年か?」
「ええ、そうよ。まさか本当に入隊してくるとは思ってなかったわ。」
嬉しそうに答えたセクァヌとは反対に、そんな質問をするつもりではなかったアレクシードは、焦る。
(そうじゃないだろ?オレが言いたいのは・・・・。)
「あ、あのな、お嬢ちゃん・・・」
「なーに、アレク?さっきからおかしいわよ?」
「あ、あの・・だな・・・」
にこやかに微笑みながら自分を見つめるセクァヌを目の前に、口にしようと思いつつ、やはりアレクシードの口から甘い囁きは出そうもない。
「そ、その・・・星がきれいだぞ。少し散歩でもしないか?」
「え?」
それでも、思いがけないその言葉にセクァヌは嬉しさで目を輝かせる。
「ええ、アレク。」


「アレク・・これのどこが星がきれいなの?」
特に夜空に気付いていたわけではない。咄嗟にそういったアレクシードは、テントから出ると同時に見上げた空が今にも雨粒が落ちてきそうな曇り空だったことに、あんぐりする。
「あ、い、いや・・・・そ、そうだな・・いつの間にか雲ってしまっていたんだな。」
「もう!アレクったら。」
くすくすと笑うセクァヌを横に、アレクシードは、さてどうしたものか、と一人焦り気をもんでいた。


頑張れ、アレク!星は出てなくても散歩はできるじゃないか!


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