### エンディング(1)・アレクシード ###

 そして、翌日からセクァヌは飛び回った。まるで悲しみを忘れようとするかのようにあれこれいろいろ指示し、何かあると真っ先にそこへ駆けつけた。傍目には悲しみから立ち上がり、意欲的に動いているかのようにみえた。が、シャムフェスはそんなセクァヌを見るたびに胸が痛かった。
まるでピンと張った糸のように常に張り詰めているセクァヌ。微笑んではいてもどこか違う。いつその糸が切れてしまうのか・・・心の支えになれない自分がシャムフェスは悲しかった。

そんなセクァヌを、シャムフェスは気付かれないようにそっと見守っていた。
時として励まし、時として叱り、シャムフェスは自分の心の傷よりセクァヌの方が心配だった。


「アレク・・・見てくれてる?国は、人々は立派にこの土地に根を張ったわ。」
平地が見下ろせる高台に、1人セクァヌはイタカに乗って来ていた。そのイタカはアレクシードの形見となった馬。やすらかに寿命を迎え亡くなった前の愛馬イタカとアレクシードの愛馬との子供。セクァヌはアレクと名づけようとも思ったのだが、それはあまりにも切なく、同じイタカとした。

「アレク・・・・」
その丘のほぼ中央にアレクシードの墓があった。
『もしもオレの身に何かあったら、お嬢ちゃんとよくいくような小高い丘へ、国が再興できたのなら、国を見下ろせる小高い丘へ埋めてくれ。』と生前シャムフェスに頼んだものだった。
セクァヌは日に一度はここに来ていた。胡弓を弾いて歌ったり、アレクに話しかけたり、そして、どうしようもない時、イタカの首に抱きつき、一人涙していた。

イタカから下りるとセクァヌは胡弓を弾き始めた。
豊穣の歌を歌う。が、それはセクァヌの家に伝わっているものではなかった。アレクシードから実は、と打ち明けられていたセクァヌは、その歌詞を変え、精霊王を湛えながら、愛する人と共に生きていく歌にしていた。


「姫・・・・」
その日も、少し離れた所から気付かれないようにシャムフェスはセクァヌを見守っていた。
「!」
歌を歌い終わり、そろそろ帰ろうとして立ち上がったとき、何か良くない気配がし、セクァヌは身構える。
(誰かが私を狙ってる?・・・どこから?)
緊張がセクァヌの全身を走る。
辺りに注意を払いながら、ゆっくりとイタカに近づいていく。
−ヒュン!−
1本の矢が放たれた音がした。
「こっちから?!」
矢が飛んでくる方向をセクァヌは見る。
それは、一瞬の出来事。
その矢はセクァヌではなく、彼女を見守っていたシャムフェスを目掛けていた。
「シャムフェス!」
咄嗟にイタカに飛び乗りシャムフェスへと駆けつけるセクァヌ。
(もう誰かが死ぬなんていや!私の前で死ぬのは絶対いや!)
心の中で叫ぶセクァヌの脳裏には全身に矢を受けたアレクシードの姿が映っていた。
(1本だけじゃない!)
頭の中で警鐘が響いていた。
−キン!−
1本目、シャムフェスは簡単にその矢を剣でなぎ払う。
がやはり続けて矢は飛んできていた。
「来てはだめです、姫っ!」
そう叫んだ馬上のシャムフェスとセクァヌの身体が交差したその時。
ードシュッ!−
1本の矢が深々とセクァヌの胸に突き刺さった。
「姫ッ!」
−ズブッ!−
「くっ!」
−キン!ガキン!キン!−
腕にささった矢をぐいっと抜き、切りかかってきた刺客とシャムフェスは剣を交える。

「姫ッ!」
そしてその刺客を倒すと馬の上でぐったりしているたセクァヌに駆け寄り、下へ降ろす。
(こ、これでは・・・・)
その胸の真中に深々と突き刺さった矢。止め処なく流れる血。矢を抜きたくとも抜けない状態だった。抜けばより一層強い痛みと共に、確実に死を早める。
「姫ッ!・・姫ッ!」
すでに気を失っていたセクァヌの身体をゆする。
「よかった・・・シャムフェス・・・」
目を開けたセクァヌは、シャムフェスの無事を喜ぶ。
「何がいいものですか!わ、私など、私など・・・」
言葉にならなかった。シャムフェスの両目から涙があふれ出る。
「大丈夫、アレクが・・堪えた痛みなら・・・私・・も我慢できるから。」
「何をおっしゃってるのです、姫ッ?!」
「アレク・・痛い・・・死はいつやってくるの?・・・アレクは・・・痛く・・なかった・・・?」
激痛とかすんでいく意識・・・セクァヌは両手を上に伸ばした。
「アレク・・・・・」
「お願いです、お気を確かに!姫ッ!・・・あ・・愛してるのです、私は・・・私はあなたを・・・・」
堪えきれなくなったシャムフェスは、ぐっとセクァヌを抱きしめ、それまで心の奥底にしまっていた気持ちを吐きだす。
「・・ごめんなさい・・・・あなたにはとっても・・・感謝してます・・いつも私を見守ってくれてて・・・でも・・・・」
「姫ッ!」
パタっと伸ばしていた両手を落とし目を閉じたセクァヌを、シャムフェスは必死になって揺り動かす。
(頼む、連れていかないでくれ!アレク・・・頼む!)
シャムフェスは心の中で泣き叫んでいた。
「シャム・・フェス?」
うっすらと目を開ける。
「は、はい?」
もう死がそこまで下りてきていた。それでもシャムフェスは必死の思いで腕の中のセクァヌを見つめていた。
「後は・・お願いね・・・・」
「そ、そんな姫ッ!」
「・・・アレク!・・ああ、アレク、来てくれたのね・・・・」
「姫ッ!?」
弱々しさの中に笑みを浮かべ、セクァヌは下ろした両手をゆっくりと上へあげる。
「アレク!」
「や、やめろ、アレク・・・頼むから・・アレクーーーーッ!」
アレクの傍に行った方が幸せだとも思った。が、それでもシャムフェスは叫ばずにはいられなかった。
「お嬢ちゃん・・・」
(アレク!)
アレクシードの声が聞こえた気がしてシャムフェスは心の中で叫び、びくっとする。
パタッと両手が落ち、いくら揺すってももうセクァヌの目は開かなかった。
「ひ、姫ーーーーーーーーーーーーーッ!」

美しい夕焼けだった。ふと見上げたシャムフェスの目に、その夕焼けの空に、愛しそうにセクァヌを抱えるアレクシードの姿が映る。
「悪いな・・お前の気持ちは分かっていたが・・オレはお嬢ちゃんがいなけりゃダメなんだ・・・」
そんな声がシェムフェスの心に聞こえた。
腕の中で幸せそうにアレクシードを見つめるセクァヌの姿と共にその姿はゆっくりと消えていった。
「ばかやろーーーーーーーーーーーー!!」
冷たくなっていくセクァヌの身体を抱きしめ、シャムフェスは泣き叫んでいた。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「おぎゃー、おぎゃー!」
「う、産まれたか?」
「はい、旦那様、とってもかわいらしい女の子ですよ。」
「おお・・・なんてきれいな・・瞳が光を弾いて輝いてる。」
「あなた。」
「ああ、よくやったな。かわいい子だぞ。まるで銀の姫の生まれ変わりのようだ。」
「・・・・そうですわね。」
「そうだな、伝承の姫の名をもじってセーヌとつけよう。」
「セーヌ・・いい名ですわ、あなた。」
セーヌと名づけれらたその少女は、両親の愛を一身に受け、すくすくと育った。

そして、ある晴れた日。
−ポンポンポポーン!−
「まだ?ねー、ママ、まだなの?」
少女は祭りに行く仕度を母親にしてもらっていた。
肩まである髪を1つにまとめ、みつあみにしてもらっていた。
「ほらほら、じっとしてて。リボンが曲がってしまうわ。もう少しだから。」
「早く、早くっ!」
「そんなにあわてなくてもお祭りは始まったばかりよ。」
少女の10歳の誕生日、そして、その日は銀の姫セクァヌの聖誕祭でもあった。中央広場は祭りの客で賑わっていた。
「はい、きれいにできたわ。行ってらっしゃい!」
「はい!行ってきます!」
たたたたたっ!と家から走り出て、少女は勢いよく中央広場へと走っていく。

「キャッ!」
中央広場の入口付近、少女は小石に躓いて転んでしまう。
「いったーーーーー・・ああ〜〜ん・・ひざ小僧すりむいちゃった・・・」
「大丈夫か、お嬢ちゃん?」
太く男らしい声が聞こえ、少女は見上げた。
そこには、旅人らしい一人の男が陽の光を背に受けて微笑んでいた。
「ちょっと待ってろ。」
男はそう言って袋からきれいな布を取り出すと、少女のひざに巻きつけた。
「さー、これでよし。どうだ?」
「ありがとう。あ、あの私セーヌ、あなたは?」
「オレか?オレはアレク。」
「・・・・アレク・・・」
「立てるか?」
差し出した男のその大きな手に、なぜかとてもなつかしいような感じを受け、少女は何のためらいもなく自分の小さな手をその上に重ねる。
そして、男もなぜかこの小さな少女に離れがたいような不思議な感覚を覚えていた。
「穏やかでいいところだな。今日は祭りで賑やかそうだし。・・そうだ、案内してもらえるか、お嬢ちゃん?」
「ええ、いいわよ。」
元気よく答え、にこやかに微笑んでいる少女にさわやかな笑みを返し、男はすっと少女を肩に乗せて祭りの中へと姿を消していった。


「ねー、アレク・・・お嫁さんにしてくれる?」
「ん?・・・そうだなー・・・」
「ダメなの?」
「今はまだ早いだろ?」
「じゃー、いつ?」
「うーーん・・・お嬢ちゃんが18位になったら・・かな?」
「ホント?!」
「ああ。」
「約束よ!?」
「・・・わかった。」



 銀の鷹姫と呼ばれた少女がいた。
軍を率い、強国から一族を解放し、新天地に新たなる国を興したスパルキアの姫。銀の飛翔、彼女の進軍の様を人はそう呼んだ。

 月光を反射し銀色に輝く鋭い視線、馬を駆り、その馬上で躍動する銀の髪。心まで射抜くかのような鋭さと、安らぎを湛えた穏やかさとの2つの顔を持つ銀色に輝くの瞳。誰しもその不思議な輝きを放つ銀色の瞳に囚われ魅了される。

セクァヌのその伝承はいつまでもいつまでも長く伝えられていった。
スパルキアの銀の鷹、銀の姫、戦の女神、勝利の女神。
・・・・・歴戦の勇者アレクシードの名前と共に。


***Fin***

戻るINDEX