火馬誕生

 


その日は風の強い日だった。


「チト!あんたのとこのヒイロ、お産始まったって?」
「うん。ぼくが帰る頃には産まれてるって父ちゃん言ってた。」
「楽しみね。オスかなメスかな?」
「元気ならどっちでもいいよ。」
「そうね。」
「早く仔馬に乗って森を走りたいな。」
「チトったら、気が早いんだから〜。」
−あはははは♪−

自然に恵まれた谷間の村、12歳の少年チトと同い年の少女カヤは、学校から帰る頃には産まれているだろう仔馬の話で盛り上がっていた。


そして、その日の授業が終わり、走って帰ろうとしたとき、村人の声が校庭に響いた。

「火事だっ!山火事だ〜っ!」
「え?火事?」
ふと見ると火の手はチトの家の方角。
−ダッ!−
「あ!待ってチト!あたしも行くっ!」
弾かれたように走り始めたチトの後を追ってカヤも走った。



「そ・・そんな・・・・・・」
「あ!チトっ!それ以上近寄っちゃいかん!」
息を切らして駆けつけたそこはチトの家が見える丘の上。すでに火の海となっているその一帯へ近づくのは無理だった。
それでも走って行こうとするチトを村人が抱き留める。
「父ちゃんと母ちゃんは?ヒイロは?仔馬は?」
真っ青な表情でチトは自分を抱き留めた男に聞く。
チトの問いに、男は力無く首を振った。
「え?」
「ねー、おばさんは?おじさんはどうしたの?」
カヤもまた真っ青な表情でその男に聞いた。
「・・・火の回りが早すぎたんだ・・・・この風だからな・・・」
口をつぐんだ男の表情で、2人はチトの父母とそして、親子馬がどうなったか悟る。
男はチトの肩をやさしく包んで慰める。
その辺りに姿が見えないのは、なんとか助けようとしている間に、馬小屋が火に包まれ、逃げ場のなくなったそこでおそらく2人とも焼け死んだのだろうと思われた。
「そ、そんな・・・だって、今朝までは・・」
仔馬が産まれそうだ、と嬉しそうにチトの父も母も笑っていた。そう、確かに今朝の事だった。
「う、うそだ、そんなの・・・嘘だっ!」
「チト!」
炎に向かって走って行こうとするチトを、男は今一度しっかりと抱いて止める。
「・・父ちゃん・・・母ちゃん・・ヒイロ・・・・・それから・・ぼくの・・仔馬・・・・」
「チト・・」
涙を溜めてがっくりとその場へ座り込んだチトの手をカヤはぎゅっと握りしめる。どんな名前にしよう?あれこれ考えて楽しみにしていた仔馬・・・。


「父ちゃ〜〜ん!・・母ちゃ〜〜ん!・・・・ヒイロ〜!!・・それから、それから・・・名前もない・・・ぼくの仔馬・・・」
燃えさかる炎に泣き叫ぶチトの叫びは、最後には消えてなくなっていた。


「あ、あれは・・・?あれは・・・何?」


その炎の中心がゆらっと揺らめき、その部分だけ動いているように見えた。
錯覚かと思いながら見つめていると、その炎のように見える固まりはゆっくりと近づいてくる。


「火・・・火の馬?」
それは、ちょうど産まれたばかりの仔馬の大きさ。
−ブルルルル・・ヒヒヒヒヒーーーン!・・−
「わあっ!」
大きく嘶き、高く前足を上げたその馬は確かに敵意を持っていた。
「タケル!」
が、チトが思わず叫んだ仔馬の名前。決定ではなかったが、いつくかの候補のなかから気に入っていた名前を叫んだチトに、全身を炎に包まれたいや、全身から炎を燃え立たせているその馬は前足をそっと下ろしてチトを見つめる。
−カカッ・・ー
「タ、タケルーーー!」
しばらくチトを見つめていた馬は、不意に勢い良く駆けだし、彼らの目の前からどこへともなく走り去っていった。



炎に包まれた仔馬。それは確かにチト親子が誕生を楽しみにしていたヒイロの子供だった。

だが、運命の悪戯と呼ぶには残酷すぎた生誕の時。
この世への第一歩、仔馬の生への第一歩は、死への一歩だった。
そして、まだ生を知らぬ仔馬の生への渇望か、はたまた生まれたばかりの我が子に対する母馬の切望だったのか・・・生まれた出た仔馬はその瞬間に死に、そして変化を遂げた。・・・・炎の馬として。



幸せな暮らしが待っていたはずだったその仔馬は、悪魔の馬の烙印を押され、各地を逃げまどい、山深い奥地を転々として成長していった。
その過程で自分の意志で身体から炎を消すことを覚えたが、すでに時遅く、人間との溝は大きなものとなっていた。


火馬・・・・全身から炎を消しているときでさえ、そのたてがみと尾は真っ赤に燃えさかる炎。

いつしか人間の間では、その火馬を乗りこなすことが勇者の証だと言われるようになっていた。
悪鬼であろうと何であろうと、その炎で燃やしつくしてしまう猛る馬、火馬は、勇者を目指す男たちの憧れとそして、目標となっていく・・・・。

  


◆ 猛 ◆

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