☆ その2・ニーグ村 ☆

 

「わあー、きれい!」
家は山頂近くの森の中に位置していた。木漏れ日が降り注ぐ木々の隙間からは、真っ青な空が見える。家の前から村に向かって続いていると思われる小道の両側は、草と野花の絨毯。
(季節は春か初夏ってところね。)
「うーん、いい気持ち!」
渚はそのすがすがしい空気を胸一杯に吸い込んだ。
「モンスターが出るからな、気をつけろよ。」
「ええっ、こんなに素敵な所なのに?」
渚はイルのその一言で、せっかくのいい気持ちもどこかへ吹っ飛んでしまった。
「どんなにいい所でも、出るものは出るんだよ。あまり離れるなよ。一応これ渡しておくからな。」
そう言ってイルが渚に渡したのは、使いこなされた登山ナイフ。
「それと、これを腰につけておけ。ナイフを入れておいてもいいしな。」
ちょっと刃先に触れるだけで切れそうなナイフを持たされて、落ちつかない渚の態度に気がついたのか、イルが自分の腰につけていたなめし革で作られた腰袋を差し出した。渚はそれを受け取ると、ナイフの刃がしっかりと鞘に収まっているのを確認してから袋に入れた。
「そんなにきょろきょろしなくても大丈夫だって!」
笑いを堪えながらイルが渚の方を見ている。
「だって、モンスターが出たら・・・。」
「真っ昼間からモンスターは滅多に出ないさ。そうだな、出ても蜘蛛とか蛇とか、だな。」
「蜘蛛・・・・・・蛇?!」
「ん。夜なら別だけどな。でもまぁモンスターって言えるかもな?何て言ってもでかいから。」
「で、でかいってどのくらい?」
「そうだな、蜘蛛の場合なら、でかくて俺たちの頭位の大きさかな?種類によっては毒を持っているからな、気をつけないと。蛇はだいたい2メートルから10メートルってとこだ。だけど、だいたいこっちから脅かすとか、腹の空いている時以外は何にもしないからな。どおってことないと思うぜ。」
「イ・・・・イル・・・・・・。」
「何だよ?気色悪い声をだして?」
渚にとって蜘蛛と蛇は大の苦手なのである。ただでさえ苦手だというのに、大きさが大きさだ、渚は恐怖で真っ青、声は完全にうわずっていた。
「わ、私、家でおじいさんと待っていた方が・・・・・。」
「駄目だって。俺の留守のうちに男の餌食になりたいってんなら別だけどな。」
「え・・餌食って・・・。で、でもおじいさんがいるでしょ?」
「だーめだ、昔はえらく腕のたった魔導士らしいが、今じゃただの薬師のじいさんだ。それにいつも今時分から昼寝するんだ。一端寝ると滅多なことじゃ起きないんだな、これが。それに一度顔を見て覚えてもらえばこの辺りじゃ、お前に手を出す奴もいなくなるしな。まあ、よそもんなら別だけどな。」
「覚えてもらうって・・・私の事?」
「そう。」
イルは、にたにたして渚の方を見ている。彼女は何かイルの都合のいいように、はめられているような気がしてきた。それと同時にギームの言った『所有物』という言葉が頭に浮かんできた。
「いやならいいんだけどな、・・いやなら。」いたずらっぽく目を輝かせながら渚を見る。
「行かなくても男達が順番になんだかんだと言って顔を見に来るだろうしな。なんと言ってもニーグは黒の森に一番近い村なんだ。魔導士が一番始めに手をつけた事は言うまでもない・・・娘が1人もいなくなってもう・・・・かれこれ・・・」
(ギ、ギクッ)
蜘蛛や蛇もいやだけどそれもいやだと渚は思った。
「大丈夫だって、蜘蛛や蛇も滅多に出ないからさ!」
足を止めた渚に少し脅しすぎたなか、と思ったイルは、振り返ると元気づけるように言った。
「う・・・・うん。」
夢の中だからいくら噂になろうと公認になろうといっか、と渚は思い、蜘蛛と蛇に出くわさない事を祈りつつ、イルの横にぴったりとくっつきながら歩き始めた。
(でも、やっぱりどうせなら、年相応の・・・・)
並んで歩いてみて、渚はイルの身長が思ったよりあることに気づく。だいたい彼女の肩くらいだ。それに山で暮らしているせいか体格も結構がっしりしている。ちょっとやせ型だが、日に焼けていかにも健康的な少年といった感じ。
(顔だって悪くはないし・・・もう少し歳が上なら申し分ないんだけどな。)
「どうしたんだ、渚?」
「う、ううん、別に。ただ、今のところ何にも出ないからよかったって思ってたの。」
渚は慌てて目をイルから反らしながら言い訳する。
「ま、出てこない事を祈ってるんだな。」

「もうすぐだぞ。」
休憩しながらもう3時間くらい歩いただろうか、歩き疲れてきた渚は、いいかげんいやになってきていた。が、もうすぐ村というその一言でほんの少しではあるけど、渚には周りの景色を見る余裕ができた。なるほど、道も最初の頃より広がってきているし、木々もあまり混み入っていない。
「いい所ね。」
「ああ、これでモンスターが出ずにいてくれりゃーな。それと・・・も少し女の数が増えてくれりゃーもっと平和なんだろうがな。」
(全くませてんだから、子供のくせに。もっと子供らしい口の利き方すれば可愛らしいのにな。)
「何か言ったか?」
「う・・・ううん、別に。・・・あっ、あれ村の入口かな?」
遠くに木で作られたアーチが見え、その周りは柵でぐるっと囲んである。
「ああ、そうだ。ここまで来れば、もう蜘蛛なんかも出ないから大丈夫だ。」
「良かった。」
「その代わり、男たちが遠巻きに・・・」
「えっ?」
渚の目には、何やら人だかりがアーチ付近にできているのが写った。
「イ・・・イル、大丈夫かな?」
渚は思わずイルの上着の裾を引っ張る。
「大丈夫だって!以外と気が弱いんだな。家での鼻っぱしの強さはどこへ行ったんだ?何ならもっとくっついてれば・・・・」
−バッシーーーーーーン!−
急にイルに引き寄せられた渚は、条件反射で思いっきり彼の頬を叩いてしまった。
「えっ?あっ、イ、イル・・・・ごめんなさい。」
イルよりも渚の方がびっくりしておどおどする。
「その方が渚らしいよ。」
『くっくっくっ』と笑いながらイルはそれでも少しは痛かったのか、片手で頬を押さえていた。
「よお、イル、来たな。」
村の入口まで来ると案の定ギームが声をかけてきた。遠くから見えた人だかりはもうなかった。
「ああ、村長は?」
「集会所にいるぜ。お前が女を連れてくるってんで、他の奴らもみんな集まってるんだ。気をつけろよ、一杯入って気が立ってるからな、みんな。」
「イ・・・・イルぅ・・・・・。」
「ったく、暇人だなぁ・・・」
他人事のように気楽に言うイルに渚は、はらはらしていた。
本当に大丈夫なんだろうか?という渚の心配をよそに、イルはどんどんその集会所に向かって行った。

−ガタガタ、ガタン、ガラガラガラ−
少し立て付けが悪いのか大きめのその引き戸は大きな音を立てながら開いた。
中には長い机が2列置いてある。一番奥の中央に初老の少し太めの男、そして机の周りには10人位の男たちがいた。そのまとわりつくような視線を感じた渚は、意に沿わなかったが、イルにくっつくようにして、男たちの真ん中を進んだ。
「こんにちは、村長。」
「ああ、イル、元気そうだな。そっちが噂のおじょうさんか?」
にこやかなその村長は、ほがらかでとても気さくな人に思えた。
「そうだよ。渚だ。」
「あの、渚です。よろしくお願いします、村長さん。」
「よろしくな、渚。村長のガイキナルだ。」
村長は渚に笑いかけると男達の方を向いた。
「さあ、仕事に戻った、戻った。」
「だが、村長・・・・・・」
男の中の1人が逆らうように言った。
「そのことは今日の仕事が終わったらまた話そうではないか。」
「村長、あんたの言う事はそればっかりだ。もう我慢ならねぇんだ、俺達は!」
「デルロ、そんな恐い顔をするものじゃない。渚が恐がってるだろう。さあ、他の衆も、今晩またゆっくり話そうではないか!」
村長が両手を広げ、出ていくように指示すると仕方なく1人、また1人去って行った。
「びっくりさせてしまったかな、渚?だが、悪い奴は一人もいないから安心なさい。」
「は、はあ・・・・・。」
そうは言ってくれてもどうも落ちつかない彼女ではあった。
「ここでは落ちつけと言う方が無理だな。それじゃ、私の家へ行くとしよう。」

村長の家と言っても他の家とあまり変わらない大きさのごく普通の家。イルはグナルーシからの手紙を渡し、渚を村長に頼むと用事を済ましに出て行き、村長は夫人のカーラを渚に紹介すると奥へ入って行った。

「うちの人が、女同士の方が落ちつくんじゃないかって。こんな風じゃなきゃ、とってもいい村なんだけどね。」
「いつ頃からなんですか、その、娘達がさらわれ始めたっていうのは?」
「そうね、5年くらい前からかしら・・最初は村や町を襲ってさらって行ったんだけど、どこの家でも娘は地下室へ隠したり早々と嫁がせたりするようになってしまって、最近じゃ召喚までするようになったみたいね。これだとどこに隠れていても見つけれるから・・・それを阻止しようと貴族やお金持ちなんかは魔技を雇ったりもしているけれど、普通の家ではそんなこともできないし、男の格好をさせるくらいね。ところで、あなたは何処から来たの?」
「え・・・ええ、それが・・・・・。」
どうしよう、渚は答えに困った。ここが自分の夢の中で、なんて事言っても信じてもらえるはずもない。確かに夢にしてはリアルすぎるようだが、そんな事はあるはずがないし、と彼女は思っていた。
「まさか・・・・・見つかる以前の記憶がないんじゃ?」
困った顔をし、黙り込んだ渚にカーラはそう決めつけた。渚は丁度いいとばかりにコクンと頷く。
「そう・・・・かわいそうに。でも大丈夫、グナルーシ老とイルがついているから心配はいらないわ。きっとそのうち記憶も戻るわ。あなたの家に帰ることだってそのうちできるから。」
カーラの話からどうやらグナルーシは今でこそ引退しているが、腕の立つ賢者だったらしいことがわかった。とすると、イルは見習いってとこかな?と渚は思った。
「それにしても、問題は『黒の森の魔導士』ね。あなた、そこから逃げて来たんでしょ?せっかく召喚した娘をむざむざ逃がすわけないわ。そのうち何らかの手を打ってくるでしょうしね。村の男達もこれ以上黙ってはいないだろうし・・・・このところ黒の森にみんなで乗り込もうって話ばかりなのよ。王様が魔導士に賞金をかけた事も一因してるんだけど、でもやっぱりあなたが逃げて来たって事で、今までさらわれた娘達がまだあの森の中のどこかで生きているんじゃないかという希望も出てきたって事もあるわ。」
「でも、相手が魔導士とモンスターじゃ・・・・・。」
「そうなの、普通の戦いじゃ・・・・。」
「こっちも腕の立つ魔導士とか、戦士とか雇えば?」
「腕に覚えのある人はとっくに黒の森に出向いてるんだけれど、誰1人として奥へ入って帰って来た者はいないのよ。」
「相当腕の立つ魔導士なんですね。」
「それもあるけど、黒の森は不思議な力を持っていて奥へは進めないようになってるらしいの。モンスターも手強いし。」
「じゃ、もし村の男の人たちが行ったら・・」
「多分、帰って来れないでしょうね・・。」
「・・・・・・・」

奥の部屋では、用事を済ませたイルと村長がグナルーシからの手紙を広げ話をしていた。
「村の若い衆も、私の力ではもう止めれない状態になっておる。かと言って黒の森に行かせるのは、死にに行かせるのと同じ事だし・・・・。」
「だから、俺が渚と一緒に行くよ。」
「だが、本当にあの娘が姫巫女の代わりとなりうるのだろうか?」
「少なくともおじいはそう思っているようなんだけどな。」
「手紙にもそう書いてはあるが・・・そんな風には見えないんだが。」
「俺もどう見てもそうは思えないんだけど。だけど、姫巫女の一族と同じ黒髪に黒い眼だろ?」
「ふむ・・・・それで地下神殿へ入ってみる・・・と。だが、もしあの娘がそうでなかったら・・・・。」
「地下神殿を守っている神獣の餌食・・・だな。」
「神殿は今やモンスター共の住処となっておる・・・・中心にある地下へと続く扉の前までさえ行き着くかどうか・・・・その前にモンスター共に殺されるのが落ちだと思うんだが。」
「地下への扉まで渚を送れれば・・・・」
「それはそうだが・・・生半可な事じゃないぞ。」
「俺ではおじいの足下にも及ばないかもしれないけど、でも・・・・」
「そうだな、村の若い衆の我慢ももう限界にきている。私ももう止める方法がない。」
「だから、渚に賭けてみるしか方法はないんだ!」
重い空気が2人を包み込み、しばらく一言も話さなかった。

「わかった。洞窟の門の鍵は渡そう。なんとか地下神殿の扉に行き着けさえすれば・・・そこまではモンスターに侵されてはいないだろうからな。しかし、本当に一時とは言え、封印の護符であるグナルーシの杖を取っても大丈夫なのか?」
ようやく口を開いた村長は、意を決したようにイルを見つめた。
「大丈夫だって!そこはおじいが責任を持ってもう一度入り口を封印するって言ってるから!」
「・・・・・老いたとは言え、あのグナルーシだ、大丈夫だろう。後は、あの娘が本当に選ばれた娘であれば良いのだが・・・・・。いやいや、もうこうなればそうであってくれなくてはならないのだ。」
村長はそう言うと本棚の後ろの隠し戸棚を開け、小さな木箱を取り出した。
「ここにその鍵が入っておる。」
イルが木箱の紐を解き、蓋を開ける。中の小袋には赤銅色に輝く小さな鍵が入っていた。
「じゃ、一度おじいの所に戻ってから神殿に行きます。」
「ああ、賢者グナルーシによろしく。若い衆はなんとか押さえておこう。イル、お前と渚に神のご加護があらんことを。良い知らせを待っておりますぞ。」
「はい、じゃ、急ぎますのでこれで。」

「渚、帰るぞ!」
カーラとすっかり打ち解けいろいろ話していた渚は、もっとそこにいたかったのだが、有無を言わさぬイルの態度に普通ではない何かを感じ、また訪ねる事を約束すると村を後にした。
家に着くまでイルは足早に歩き、渚が話しかけても何か聞いても全く返事をしなかった。何か村であったのか、と渚は少し心配になってきていた。
そうして、ようやく家に着いた時には、すでに夜の帳が下りていた。

 

♪ to be continued ♪


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