伊吉と対峙した時と同じく、カルロスとのそれは一瞬の勝負だった。カルロスは倒れこそしなかったものの、勝負は決まっていた。
『勝者、真壁!』
そして、その後順調に勝利を収め、真壁は優勝者として、王夫妻の前へ進み出ていた。
「見事であるぞ、真壁。」
「はっ!」
真壁はこれで家の再興が、そして、にっくき小山田倍雪に対する積年の恨みも晴らすことができると、笑みが浮いてくるのを止められなかった。1つの国の中の小さな領主ではない。ゴーガナスという大国の王になれるのである。といっても、すぐではないが、ともかく現国王が王女を溺愛していることもあり、それは可能であるはずだった。
が・・・・気づいてみると、王夫妻の隣にいたはずのその王女ミルフィーがいなかった。
「では、最終試合を。休憩が必要とあらば、お待ち致しますが。」
「何?」
横から声をかけられた真壁だけでなく、王夫妻もそして周りの警備兵、そして満場の見物人も驚いて見つめる。
真壁の横には、鎧姿もりりしい王女、ミルフィーが剣を片手に立っていた。
「姫っ!そ、それはなんとしたことか?」
「恐れながら、陛下に申し上げます。確かに優勝者とも申しましたが、私がその腕を認めざるをえない人物とも申しあげたはずでございます。」
一礼を取り、ミルフィーははっきりと断言する。
「さすれば、この私を負かすことは必需のはず。」
「し、しかし、姫。もし万が一・・・」
「万が一、私の身に何かございましたら、それはそれで、よろしいではありませんか?勝者にはそれなりの報奨を渡すということで。」
「し、しかし、姫・・・」
「腕を認められぬ男の元へ嫁ぐつもりはございません。」
「む・・・・・・」
「しかし、この男、真壁の腕は、先刻の試合の通り、そなたも承知しておろう。」
「剣士の腕は、我が身を持って知り得るのでございます。」
ミルフィーはゆっくりと真壁の方を向いた。
「その事は、あなたもご承知でございましょう。」
「しかし、拙者は、婦女子に剣を向けるなどということは・・・」
「女では、剣士と認められぬと?」
きっと睨んだミルフィーの思いもかけなかった威圧感に、真壁は思わず飲まれた。
「ま、まさか、そのようなことはござらぬ。ござらぬが・・・」
「ならば、勝負を。小一時間もあれば、その程度の疲れはとれますでしょう。必要ならば薬師に薬湯をもらい、ゆっくりと休養をお取りください。一時間後、ここでお待ちしています。」
くるっときびすを返すとミルフィーは、国王が何か言おうとしてるのも構わず、そこを後にした。
まさか最後に王女が優勝者に挑むとは思っても見なかった競技場は、大騒ぎとなる。
その時迄の間、人々は口々に王女を心配していた。真壁の腕は、それまでの試合で分かりすぎるほど分かっていたためである。もうどこを探しても真壁に対抗できうる剣士はいないだろうと、人々は話す。
「ひょっとして、代理人を出すとかか?」
「今更代理人もないだろ?」
「そうだよな・・・もういないよな?それらしき剣士は全て出場したはずだ。」
「じゃー、王女は・・・ひょっとすると意に添わぬ男の元へ嫁ぐなら、死んだ方がいいということなのか?」
「あ・・・そ、そういわれれば・・・そうかもしれんな。」
「お、おい・・どうなるんだ、この先は?」
「試合が終わってからのお祭りを楽しみにしてたんだぞ?」
「そうだ。試合もそうだが、その後、1週間はどんちゃん騒ぎができる、しかも、ただってことだったから、オレなんか田畑売って来たんだぞ?」
「オレなんか女房子供を質に入れて・・。」
「おいおい・・・・」
「って、冗談だけどな・・・でもそれくらいの気持ちで来てる奴は多いはずだぞ?」
「そうだよな。異界からも結構来てるらしいしな。」
王夫妻も例外ではなく、必至になってミルフィーを説得しようとしていた。が、ミルフィーは部屋に鍵をかけ、断固として会おうとしなかった。
そして、一時間後・・・・
「本気でよいのでござるか?」
「でなければ、あなたの負けになるのみです。」
「う・・・・・」
静かに真壁を見据えて言ったミルフィーに、真壁はぞくっとする。それは・・・武者震い、ミルフィーのその気迫に真壁はそれまでの試合相手以上に緊張感を覚えていた。加えて好敵手との出会いに無意識に喜びが全身を震わせていた。
(この震えは・・・・そうか、あの気迫・・・・・ただものではない・・・女と思ってかかれば、少女だなどと思ってかかれば・・・おそらくは・・・・)
そしてまたミルフィーも、そんな真壁を見て緊張と嬉しさを感じていた。
(悔いはない。たとえ負けても・・・。そして、私は負けない。絶対!)
今日のこの時のために、老婆の家から出発して以来ずっと夜間夢の中ではあったが、神龍である銀龍に鍛えてもらっていた。おかげで、昼間ぼんやりしていることが多くなり、昼行灯の王女と側近の者が噂するようになってしまったくらいである。その汚名挽回の為にもミルフィーは勝たなければならないと思っていた。
闘気が競技場の空気を押さえていた。
息を吐くのも戸惑われるほどの緊張感が、支配していた。
(な、なぜだ・・・女の身でこのような闘気を・・・いったいどうやったら身につけられると言うのだ?)
だが、真壁もそこで負けるわけにはいかなかった。自分の半分程の年齢であり、しかも、少女に負けるとあっては、それまでの修行はなんだったのかと言うことになる。真壁は今一度、ミルフィーを睨んだ。
が、それがそもそもの間違いというものである。ミルフィーに関しては、年齢と性別は、いや、時と場合によっては、人間という種族も考えない方がいいと言えた。何しろ銀龍との鍛錬の最後、見事その神龍の頭を叩いたのである。誰も知らないが、創世の神龍の太鼓判付き剣士の座を勝ち取っていたのである。(しかし、まだ守護騎士ではない。)
いつまでもにらみ合ってままでは勝負がつかない。真壁はそう判断すると、己の力を信じ、ミルフィーに向かっていった。目の前の人物が、目的の王女であるということも忘れて向かっていった。
−ふっ!−
入った!と思った真壁のその一振りは、紙一重の差で交わされていた。
(む?)
真壁のそう思ったその一瞬、常人なら見落としてしまうほどの瞬間的なその隙に、ミルフィーの剣が入っていた。
「う・・・・・」
すばやく次の構えをとろうとした真壁の眉間を指し、ミルフィーの細い剣が光っていた。
「ま、まいり・・・。」
「ちょっと待ってくれない?」
「は?」
「いいから、このままで聞いて。このくらい近づかないと審判にも聞こえちゃうから。」
「は、は〜・・・・」
勝負は決まっていた。そのはずなのに、それを待てというミルフィーに、真壁はすっかり当惑していた。
「ここで私が倒してしまうと、あとの祭りを楽しみにしていた人が困るのよ。」
ミルフィーは休憩間に、レオンとレイミアスから人々の声を聞き、考え直していた。
「は?」
「だからね、あなた、この剣を払ってくれない?」
「は?・・し、しかし、そうすると?」
「いいのよ。ここでの名目上はどうであろうと。」
「と・・・申されると?」
「あなた、この世界の人間じゃないでしょ?」
「は・・・あ・・・・・そ、そのようでござるが・・・」
「良かった。」
「は?」
「だから、私をここから連れだしてくれればいいのよ。勝者に嫁ぐのだから、陛下も文句は言えないはずよ。」
「で、ですが・・・」
「八百長で勝ったんじゃ、本当に私を妻にする気はないでしょ?」
剣士の意地に賭けても、とミルフィーはにこっとする。
「あ・・・・」
「そんなそぶりを少しでもすれば、あの世へ送ってあげるだけだけど?」
「あ、い、いや・・・せ、拙者は・・・」
「そう。実際は負け、よね?」
「は・・・、さ、さようで・・・・。」
真壁は冷や汗たらたら。
「私の実力はわかったわよね?」
「は、はっ。身にしみて。」
「では、持参金もらって、あなたの世界へ行きましょ。」
「あ、あの・・・」
「私はどこでもいいの。自由と冒険があるのなら。」
にっこり笑ったミルフィーに、真壁はもうどうにでもなれの気分だった。
−キーン!−
「勝者、真壁!」
どっとわき上がる歓声。そして、祭りは始まる。
「で、ここへ来た理由は?何か目的があっての事なんでしょ?あなたの目に写っているのは私じゃなかったわ。」
「は・・・・・し、しかし・・・」
「しかしもかかしもないわ。いいから、話してみて。悪いようにはしないから。」
剣をちらつかせたミルフィーにあらがう術はなかった。
そして、レオンとレイミアスを伴って、ミルフィーは真壁と共に、黒船に乗ってゴーガナスを後にした。
そして、一大劇が始まった。真壁家を貶めた小山田倍雪の一家と言わず、一族郎党全て、レイミアスの術で病の床に伏せ、長身の山伏レオンが、主君を招いたその御前で火を焚き祈祷する。そして、巫女ミルフィーの口から出る証言の数々。締めとして、最後にその火の中から現れるは神龍(ドラゴン形態ではなく、その地の言い伝えによる神龍にあわせた姿)。小山田倍雪は、真壁家の事のみでなく、他にも数々ある自分の悪行を洗いざらい吐くこととなり、その頭上に乗ったミルフィーの口を借りて命じた神龍(勿論ミリアが化けている)の言葉により真壁家は再興、再び重臣として抱えられることとなった。
そして、一件落着となったはずなのだが・・・・
「姫・・・拙者は心底あなたに惚れもうした。姫の行くところならどこへなりと!」
「ち、ちょっと待ってくれない?家は再興したのよ?あなた、家はどうするの?」
「家督は、拙者と同じく名を変え細々と暮らしていた遠縁の者に譲りもうした。」
「え?」
「父との約束も果たした今、拙者は自由でござる。」
「自由でござるって・・・・」
「姫の傍にて修行を積み、いつか、本当に姫を倒し、妻に・・」
「え?」
「あ、いや・・・最後の言葉は聞き流してくだされ。」
「聞き流してって・・・・しっかり聞こえたわよ!」
「そ、それでは・・・いつか、姫がそのお気持ちになられましたら、ということで。」
「え?」
「急ぎは致しませぬ。これでも拙者、気の長い方でござる。」
ミルフィーの前に畏まって頭をつけ、真壁は真剣な思いを告げていた。
「ち、ちょっと・・・・・・・」
「たとえ一生その機会は巡ってこなくとも、拙者は一向に構いませぬ。姫のお傍にいられるのであれば。」
せっかくカルロスがいなくなってすっきりしたのに・・・とミルフィーは目眩を覚えていた。
「あ!姫っ!?」
「ミルフィー!?」
(今倒れても私が負けたことにはならないわよね?)
・・・目の前が真っ暗になっていくのを感じながら、ミルフィーはそんな事を考えていた。
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