朝、私は窓から差し込む日の光で目が覚めた。
「お、お兄、じゃない功史?」
私の目の前には功史の胸があった。
「あ?ああ・・おはよう。」
私の声で功史も目を覚ます。
「お、おはようじゃないわよ!」
思わず、枕を抱え、ベッドの上で真っ赤になって座る。
「ああ、ごめん。明け方すっごく冷えて風邪ひきそうだったんだ。悪いと思ったけど、こっそりもぐらせてもらったよ。」
「あ、あのねぇ・・」
「操が期待してるような事はしてないぞ。」
「だ、誰が期待してるって?」
−コンコン−
手に持った枕をもう少しで功史に投げつける所だった私は、ドアのノックで止まった。
「朝食だよ。」
「あっ、はい。」
慌てて功史は起き上がりドアを開けに行こうとした。
−ガチャリ−
功史がまだベッドから出ないうちにドアは開いた。どうやら女将は合鍵で開けたらしい。
「早く食べてくれないと片づきゃしないよ、全く!」
文句を言いながら、ミルクとパンが乗ったトレーを持ってずかずかと入って来た。
「は、は〜ん・・・やっぱり女だったじゃないか?!」
女将はベッドの上の私と功史を見てにやっと笑った。
「あ・・あの・・・」
「いいから、いいから。こういったもんは、きっかけさね。お蔭で上手くいっただろ?」
女将は満足そうに功史にウインクする。
「お、女将・・・」
功史も言葉を失っている。
「いいねぇ、若いってのは!まぁ、大事にしておやり。」
はっはっはっと高らかに笑い、女将は部屋を出ていった。
「こ、功史・・・」
「ま・・いいんじゃない?」
功史はベッドから出るとソファに座った。
「ミルクが冷めるぞ。操も食えよ。」
「う・・うん。」
まっ、いっか、夢なんだから・・・。
「う〜ん、おいしい、このミルク。」
「搾りたてだからな。」
「ふ〜ん、そうなんだ。」
「このパンだってそうだ。女将が毎朝焼くんだ。」
「ホント、ふっくらしてる。」
つい今し方の一件も何処へやら、私たちは、そのおいしい朝食に満足していた。
「さてと、冒険の準備でも始めるとするか?まず、操の服と身の回りの物だな。」
「うん、そうだね。やっぱりパジャマじゃ。」
私はパジャマの両袖を引っ張りながら言った。
「九時頃になれば、向かいの雑貨屋が開くんだ。確か服もあったと思う。」
「お兄、じゃない、功史って随分知ってるのね?」
「そうだな、ここには一月以上いるからな。」
功史は頭に手を充て天井を見ながら言った。
「一月以上?・・この夢の中に?」
きょとんとした顔で、功史を見る。
「まっ、深く考えるなって。」
功史は天井から私に目を移すと笑った。
「な〜んか、いまいち分かんないんだけど。」
「いいって、いいって!気にしない、気にしない!楽しもうな、操!」
「ふ〜ん・・・まぁ、いいかぁ・・・」
頭をぼりぼり掻きながら、それ以上聞くのを止めた。聞いても分からないみたいだから。
「これ、下に置いてくるね。」
「ああ、俺、シャワー浴びてるからな。」
私は功史の上着を羽織ると、トレーを持って部屋を出た。
階段を下りると、カウンターのところに女将が座っていた。
「あ、あの、女将さん、これ。」
「ああ、ありがとうさん。」
にこっと笑った女将は、私から受け取ったトレーを奥に置きに行った。
「ちょいとお待ちよ。」
私が部屋に戻ろうと階段を上がりかけると、女将が声をかけた。
「これ、私のお古なんだけどさ、よかったら着ておくれな。」
「ど、どうもありがとうございます。」
私は上着とパンツを貰って部屋に戻った。結構気さくないい女将のような気がした。
部屋に戻ると、功史がシャワーを浴びている音がしていた。
「操も浴びたらどうだ?さっぱりするぞ。」
「う、うん。今日はいい。昨日お風呂入ったから。」
キュッと蛇口を閉める音がして、功史が身体を拭きながら出て来る。
「あー、さっぱりした。昨日遅くまであそこで呑んでたもんな。」
−ドキン−
功史の裸の上半身を見て、起きた時の事を思い出した私は、顔が赤くなっていくのを感じた。
「あれ?どうしたんだ、その服?」
私とは反対に功史は何も感じないらしい。
「あ・・うん。これ、女将さんに貰ったの。若い時のなんだって。」
服を広げて見せた。赤い顔を功史に見られずにすんでちょうどいい。
「女将も若いときは結構痩せてたんだな。」
「そうみたいね。」
「それじゃ、着替えたら下りて来いよ。町を案内してやるから。」
功史はシャツを取ると部屋を出ていった。
あまり大きくないその町は、少し歩くともう町外れになっていた。町の外は荒野が広がっている。遠くに森も見える。その森を過ぎると次の町に着くと功史が教えてくれた。でもその森が結構広くて、おまけに狼なんかの肉食性動物もいるとかで、危ないんだって。森を1日で抜けるのは無理らしく、どうしても野宿が必要という事で、小屋が1件あり、旅人は大抵そこで一泊するんだって。
「功史、もうそろそろお店が開くんじゃない?九時過ぎてるわよ。」
私は、填めていた時計を見て言った。それは功史がくれた物。
「なんだ、操は寝る時もはめてるのか?」
その時計を見た功史は嬉しそうに微笑んでいた。
「う、うん・・・。」
ちょっと照れくさくて私は下を向いた。だって功史に貰ったのだから、はめて寝てたんだもん。
「サンキュッ、操。」
功史は私の肩に手をかけると、ぐっと自分の方に私を引き寄せた。
−ドキン!−
私の心臓がまた踊りだした。別に功史に告白されたわけでもない、ただ、時計をくれて、自分の呼び方を変えてくれ、と言われただけなんだけど、その時からどうも意識し始めちゃってた私なの。その前はそんな事もなかったんだけど・・・。
「お店まで競争ね!」
私は功史の腕を抜け、店に向かって走りだした。
「お、おい、操!」
慌てて功史が追って来る。
「遅いぞ、功史!」
恥ずかしさをごまかす為、私はわざとおどけていた。
店でいろいろな物を買い、冒険の準備をし終えた私たちは、町外れの炭鉱跡に一人で住んでいるという老人ギャシーに会いに行った。彼に魔法を教えて貰おうというわけ。功史はもう教えてもらったんだって。彼は魔法発動の基本とその人に合った杖をくれるとか。でもその前に、資質を見る為の何かしら試練があると功史は言った。私はドキドキしながら炭鉱の中に入って行った。
真っ暗なその坑道の中を歩くのは、いい気持ちじゃなかった。功史がいるからいいようなものの、私一人じゃ怖くてとても歩けない。ランプの明かりを頼りに、私たちは奥へ奥へと歩いて行く。
迷路のような坑道を功史はさっさと歩いて行く。2,30分歩くとドアで行き止まりになっていた。
「ここだ。」
功史はそう言うと、そのドアを開けた。
「じいさん、いるか?話してあった連れを連れて来たんだ。」
私の手を引いて功史はその中に入った。
小さな部屋だったそこには誰もおらず、その奥にあるドアを開けて、坑夫の恰好をした背の低い老人が出てきた。
「おお、功史か。なーるほど、その娘があんたの言ってた連れか?」
老人というには随分高い声だった。
「はい、そうです。で、お願いできますか?」
「ふむ・・・ちょっと待て。」
ギャシーは近くに来ると、じっと私を見上げ見た。その背は1メートル程しかない。
茶色の大きなギョロ目、まっ赤な団子っ鼻、真っ白な髭も髪も下まで届きそうな程の長さ、髪は後ろで三つ編みにしている。
「そうじゃな・・・鈍そうじゃが・・・ま、なんとかなるじゃろうて。杖さえ無事探せればな。」
「に、鈍そうで悪かったわね!」
初対面の人にいきなり言われ、頭にカチンと来た。
「ハッハッハッ!その勢いで行けばいいじゃろう!まぁ、そう急がんでも、どうじゃね、お茶を一杯?」
「はい、頂きます。」
功史は私が悪く言われたのに、反発もせずにテーブルに着いた。
「操もここへ座れ。」
「操と言うのかね?いい名じゃ。今お茶を持ってくるから、待ってるんじゃぞ。」
ギャシーはドアを開けて奥へ入って行った。
「功史、ひょっとして、ギャシーって・・ドワーフ?」
私は功史の隣のイスに座りながら言った。
「さすがゲームおたくの操だな。そう、ギャシーは250歳のドワーフだ。」
「仲間は?」
「頑固親父でな、仲間の事は聞いても話してくれないんだ。俺が魔法を教えてもらう時だって、散々だったんだ。気に入った奴にしか教えてくれないからな。2週間もこの奥を掘らされたんだぞ。」
「ふ〜ん・・・じゃ、功史は気に入られたんだ。」
「まぁな。苦労したもんな。」
「久しぶりじゃ。魔法剣をやってから、滅多に来てくれんのじゃよ、この薄情もんは。」
にこにこして、ギャシーはお茶を運んできた。
「魔法剣?」
「働いてたんだって。道具を買うのに金がいるだろ?働かないと金は入らないからな。」
「丸一日働いてた訳じゃ、なかろうに?」
ギャシーは少し拗ねた顔をしていた。
「ね、魔法剣って?」
「あ、ああ、これだよ。」
功史がそのポケットから出して見せてくれたのは、10センチ程のナイフの鞘のような物。
「これが、魔法剣?」
私はそれを手に取るとじっと見た。
「馬鹿にしちゃいかんぞ、操。それはドワーフ一の細工師、このギャシー様が丹精込めて造った物じゃ。ほれ、せっかく入れたお茶が冷めてしまうぞ!」
「は、はい。頂きます。」
私は慌ててお茶を飲んだ。
「いい匂い、これ、ハーブティーね。」
「そうじゃ。旨いじゃろ?」
「ええ。」
「そうじゃろ、そうじゃろ。」
「何が入ってるか分かるかね?」
「ううん、分かんない。」
「ハッハッハッ!正直な娘じゃ。気に入った、最高の杖をやろう!」
「お、おい、じいさん、俺の時と馬鹿に待遇が違やしないか?」
「可愛げの無い野郎と可愛い娘っ子、そんな事は当たり前じゃ。」
ギャシーは、にこにこしながら再び奥へ入って行く。
私はぶすっと怒ったような顔をしてる功史を見てくすくす笑っていた。
「ほれ、これじゃ。」
私の前に出してくれたのは、輪の部分が銀の黄水晶の指輪だった。
「指輪?」
私は、手の平に乗せてくれたその指輪を見た。
「そうじゃ、右の薬指に填めるんじゃ。」
ギャシーは、私の手からそれを取ると、右薬指に填めてくれた。その瞬間、ポワッと淡い黄色の輝きを放ったような気がした。
「杖にしたい時は、強く願うんじゃ。」
「強く願う・・じゃ、『指輪よ、杖に!』」
指輪をじっと見ながら言ってみる。でも、一向に変化する気配がない。
「駄目みたいよ?」
「まだまだ気持ちが足らんのじゃ。そうじゃな、危険な目にでも会えば、使えるようになるじゃろうて。まぁ、旅立てば、否応無しにそうなるじゃろう。急くことはない。」
「それで、これでどんな魔法が使えるんですか?」
「まぁ、大抵の魔法は使える。攻撃魔法でも回復魔法でもな。あんたの意思の強さによるんじゃ。まぁ、頑張るんじゃな。」
「意思の強さ・・・」
「そうじゃ。」
私たちは、ギャシーと夕方近くまで話していた。そして、その夜、再び宿屋に泊まると翌朝早く、私たちは町を出た。
さあ、いよいよ冒険の始まりよ! |