☆★ <<第1話>> 出逢い・聖魔の迷宮 ★☆

 

 覇者のラビリンス・・・その通路は複雑怪奇に入り組み、その奥へ足を踏み入れた者を出すことを拒んでいるが如く、無限の広がりをみせる聖と魔の、そして、力と財宝の眠る迷宮。
迷宮への入り口は、太古からそこに存在する天使とも悪魔とも見れる像2体に守られた神殿の地下にあった。
魔族が上質の食料を求めて集まってくるそこは、当然の如く人間達にとって、そこに眠る宝物や手にできる力と共に彼ら魔族を倒すことによって得られる名声をも魅力の1つだった。
が、帰れなくては元も子もない。彼らのほとんどはあまり奥深くへは行かず、入り口付近の探検で手軽に済ませていた。
奥へ行かずとも、宝物も力も、そして、名声も、それなりに手に入れることはできたからである。
つまり、あまり欲張らなければ、高望みしなければ、それなりに。
強者は強者なりの冒険ができ、そして、駆け出しは駆け出しなりの冒険もできるというおかしな迷宮だった。


その迷宮の通路の1つを1人の魔導師がふらふらと歩いていた。
「おお〜〜い・・だれか・・誰かいないのかぁ〜?・・・・」
今にも消え入りそうなその声は、彼の目の前に続く薄暗い通路に吸い込まれていく。
「・・・帰り道は、これで間違いないはずだが・・」
重い足取りを引きずるように、それでも少しでも前に進もうとしていた。
−わっ!−
−どすん!−
なにか柔らかいものにつまずいて転ぶ。
「なんだ?また魔物かなんかの死骸でも?」
ただでさえ疲労して動きが鈍くなっている身体に力を入れ、起きあがって今つまずいたものの正体を確かめる。
「まだ暖かい。」
慌てて胸に耳を当てる。
「生きてるぞ!」
自分の疲れも忘れ、慌ててその戦士風の人間を抱きかかえて持っていた気付け薬を口に含ませる。
「ぶう〜っ!」
「わあっ!な、なにするんだ?」
そのあまりにもの苦さで目覚めるという気付け薬。その為、戦士は口に含むと同時、気づくと同時に吹き出してしまう。
ちょうどそこに魔導師の顔があったというわけだが。
「わ、悪い。かけるつもりじゃ・・・」
申し訳なさそうな顔をして頭をかく戦士に、仕方ないか、と顔を拭きながら魔導師は軽く睨む。
「大丈夫か?」
「ああ・・・傷は大したことないようだ。・・気絶したおかげかな?」
はははっ!と照れ笑いする戦士。
「まー、運がよかったってことだな。気絶してりゃ無事なんてことがそうそうあるもんじゃないし。」
「ないのか?」
「当たり前だろ?熊じゃないんだぞ、奴らは!」
「そっか・・熊のようなわけにはいかないか。そっか、そっか。」
戦士は、1人納得しながらゆっくりと立ち上がる。
−ぐきゅるるる〜〜〜・・−
その途端お腹の虫が合唱する。
「手のかかる奴だな。」
「ん?」
戦士は、魔導師の差し出してた干しパンをもらうべきか遠慮すべきか・・思わず延ばした手を止めて考える。
「遠慮するような風合いにはみえないけどな。」
「ははは!そっか、じゃー遠慮なく。」
再び魔導師の横に座ると、パンにむさぼりつく。
そして、それをじっと見守る魔導師。

「気が済んだか?」
食べ終わった戦士に笑いながら言う。
「まーまー・・かな?あ、お礼がまだだった。ごちそうさま!」
「・・ったく・・」
呆れ顔の魔導師に、戦士はぼりぼりと頭を掻く照れる。
「で、どうだ、ものは相談なんだが、お互いパーティーを失ってしまったようだし・・一緒に外まで行くってのは?」
「方向は分かるのか?」
「ああ・・だいたいな。」
「じゃー、決まりだな。あ、水持ってないか?」
「や〜れやれ・・もしかしてお荷物を拾ってしまったかな?」
水筒を渡しながら苦笑いする。
「ここらの魔物ならオレにまかせておけって。」
「倒れてたのにか?」
「そ、それはだな〜〜・・ち、ちょっと油断しただけで・・・」
「まー、もう少し戻れば確実に安全圏だからな。ほれ!」
両手を前に上げ背負えと言わんばかりの魔導師に戦士はふくれっ面をする。
「なんだよ、それは?」
「オレは疲れてもう1歩も歩けないんだ。見たところ、背はオレより小さいが結構いい体格してるじゃないか?それに、オレは命の恩人なんだから、これくらい当然だろ?」
「う・・・」
「あのままだとそのうち食われてたかもな?」
「わ〜ったよ!背負やいいんだろ?背負や!」
受けた恩は何があっても返す。そしてそれが命ならなおのこと。
そう教えられて育ってきた戦士は、足がずれそうなほどの魔導師を背負い、出口を目指した。
その格好でいきなり襲われれば、対処のしようがない。敵との遭遇を警戒しながら。


「ん?」
何か敵意を持ったモノが通路の先に潜んでいるのを感じた戦士が、すばやく魔導師を背から下ろし、剣を抜いて構えながら、疲れ切っている魔導師を気遣う。
そして、目配せをして戦えることを告げる魔導師に安心する。
「がおっ!」
「狼だっ!」
−ガキッ!−
−ブバッ!−
−ザシュッ!−
狼のその鋭い牙を剣で交わしながら、攻撃する戦士は、突然自分の背後の気配にぞっとする。
確か魔導師が術を繰り出そうと控えていたはずである。
その魔導師のものではない気配を感じ、ぞくっとしたその瞬間、鋭い爪が戦士の頭部めがけて飛び出す。
−シュッ!−
咄嗟に避けたものの戦士の頬にできた一筋の傷跡と滲む真っ赤な血。
「な・・?」
間合いを取って今襲ったものの正体を見定めようと目を凝らす。
「そ・・そんなばかな・・・」
未だ襲いかかってくる狼と戦いながら、自分を傷つけた敵をみる。
「ぐるるるる・・・・」
戦士の目は驚愕で大きく見開かれていた。
確かに身につけているフードは、さっきまで背負っていた魔導師のもの。
が、その容貌は、魔導師のものでも、そして、人間のものではなく・・それは、明らかにアンデッドのグールだった。
「うがーー!」
彼は戦士をカッコウの餌と見なして喜んでいる。
その鋭い牙を剥き、鋭く延びた爪を戦士に向け襲いかかってくる。
「ひ、卑怯すぎないか〜!?」
咄嗟に判断し、戦士は眠りの魔法、スリープ・クラウドの呪文を唱え、効力を発したその呪文のおかげで凶暴な狼もグールも睡魔に引かれ深い眠りの中に入る。


「ふ〜〜・・・なんとか助かった・・・・」
眠った狼全てにとどめを刺し、今やグールと化した魔導師の横に座り込みため息をつく。
「・・・・まさか、グールだったとは・・・ん?」
思わず戦士は自分の目を疑った。
戦士の目の前で、グールの姿はゆっくりと元の魔導師に戻っていく。
「な・・なんなんだ、こいつは?」
「わっ!」
そして、ばちっと目を開けて起きあがった魔導師と目が合った拍子に驚いて声をあげる。
「どうしたんだ?」
「あ・・あんた、覚えてないのか?」
「あ・・ああ・・悪い。狼が襲って来たまでは覚えてるんだが、オレ気を失ってたのか?悪かったな。」
「あんたさっきまで・・グール・・・」
「ん?なんだ?こんな出口に近いところでグールが出たのか?そいつは難儀だったな。ま、今度襲ってきたらオレに任せな。なっ!」
「・・・・・・・。」
嘘をついてるようでもなく、真剣な眼差しで言う魔導師に、戦士はそれ以上何も言わなかった。
「じゃー、そういうことで。」
再び背負ってもらおうとする魔導師を、戦士は多少どもりながら睨む。
「も・・もう出口が近いんだから、いいだろ?オ、オレだって疲れてるんだからな。」
仕方ないか、と両手を上げ肩をすくめる魔導師に一応ほっとしたものの、戦士はそれから出口までの間、先に立って歩くことは決してしなかった。


「やった〜!出口だ!」
どうにか無事に出口である大扉の所まで出、戦士は、その扉に飛びつき、勢い良く開ける。
−バタン!−
「わあっ!」
「わっ!」
扉を開けた途端、何ものかとぶつかりそうになり、そして、相手の悲鳴に驚き、思わず声を上げる戦士。
「こ、今度はなんだ?」
出口の向こうに僧らしい服装をした人間が尻餅をついてる。
「あ・・あ・・・・」
全身を奮わせ、真っ青になってどもっている。
「ふ〜〜ん・・その薄草色の僧衣は見習いってところだな?」
ひょいといきなり自分の肩越しに僧を見る魔導師に、戦士は思わずぎょっとする。
「なんだ、お前も顔が青いぞ?」
理由を知らず不思議そうに戦士を見つめる魔導師。
「い・・いいから・・人の肩越しはやめてくれ。」
さっきのことがある。ミルフィーは、この態勢でグールになられては、と気が気ではなかった。
が、当の本人は全くしらないからのんきなものだ。
「あ?・・・気になるのか?」
「いいから!」
「わかったわかった。で、見習い僧侶さんは、ここへ1人で何しにきたのかな?」
にやにやして戦士から離れると、その視線を少年僧に向ける。
「ぼ・・ぼく・・・」
「まー、ともかく一旦ここを出て。」
「あ・・そうだな。」
−バッターーン!−
大きく音をさせて扉を閉めると、3人は神殿の外へと出た。
「う゛・・夜だったのか?しかも満月ときてる。」
なんとなく悪い予感が脳裏を過ぎり、思わず顔色が変わる戦士。
「う〜〜ん・・月のパワーは人を狂わせるって・・・ホントにそんな感じを受ける月だな。手を延ばせば届きそうに大きな月だ。」
そんな戦士とは反対に嬉しそうに月を見上げる魔導師。
「そ、そうですね・・・・。でも、ぼく・・・」
くるっと向きを変え再び神殿へ入っていこうとする少年僧を戦士が止める。
「そんなに震えてちゃ、中へ入ったって1分と持たないよ。」
「で・・でも、ぼく・・水晶の天使を・・・」
「水晶の天使ってことは・・ああ・・そうか法力が欲しいんだな。だけどなー・・・結構奥なんだぞ、あるのは。」
「う・・・でも、ぼく、取ってこないといけないんです。でないと・・」
「1人でか?大人でも少なくとも4,5人で組んで行くところなんだぞ。それも腕の立つ者同士でだ。」
「あ・・あの・・ぼく、今これしかないんですけど・・」
腰にぶら下げていた袋を取って、ジャラジャラとその場に開ける。
「おいおい、まさかオレたちを雇うつもりなんじゃ?そんなしけた金じゃ、1人も雇えないって。」
けらけらと笑う魔導師を軽く睨むと戦士は少年僧と視線を合わせる。
その視線は、恐怖に染まりながらも真剣な眼差しである。
「うーーん・・・回復魔法できる?」
「は、はい、一応。」
沈んでいた顔つきがその瞬間ぱっと輝く。
「食料は?」
「持ってます!」
背に背負っている大きな袋を見せる。
「ふう・・・でも、今晩は、野宿するよ。ちょっと戦闘が続いたから。本当は近くの村まで行ってゆっくり休みたいんだけど。」
「は・・い。」
少年僧の何やら思い詰めた表情から、それはできないと悟る。
「おいおい、ホントにこんな小坊主と行くのか?お前も物好きだな〜。死にに行くようなもんだぞ。」
「あんたと一緒にいるよりは、いいと思うけどね。」
「なんだよ、どういう意味だ?オレが気絶してたのがそんなに気に入らないってのか?」
「あ・・あの・・」
口論になりそうな気配を察して、少年僧が2人の間に割り込む。
「ぼくのことで喧嘩しないでください。」
「大丈夫!しないよ。」
少年僧はにこっと笑った戦士に、ほっと胸をなで下ろした。
「ともかく・・一番近い祠のでいいだろ?そこならオレ1人でも行けるだろうから。」
「あ、ありがとうございます。」
「だけど、自分の身ぐらいは自分で守るんだぞ。」
「は・・はい。」
無理だとは思ったが、一応念をおしておくことにした。
何か分けありのようであり、ほかっておけば1人で行ってしまうのは明らかだった。
「そういえば、自己紹介もまだだったな。オレ、ミルフィーってんだ。一応戦士。」
「あ・・ぼく、レイミアスと言います。一応神学校は出たのですけど。」
「なるほど・・・で、あんたは?」
魔導師に名前を尋ねようと振り向いたミルフィーは、そのやばそうな気配にレイミアスを抱えるようにして身を翻す。
−ザクッ!−
とほぼ同時に空を切った鋭い爪が地面に突き刺さる。
「ぐるるるる・・・・・」
「こ、こいつはぁ〜〜・・・・」
自分の背後にレイミアスを後退させ、剣を構える。
「あ・・あの、魔導師さんは?」
「こいつがそうだよ!」
震える声で聞くレイミアスにミルフィーは吐く。
「魔導師の時は、こいつの時の記憶がないらしいんだ。」
「ど、ど、どうしましょう?」
「どうしましょうって・・・一応坊さんなんだろ?ちょちょいと浄化させてくれよ。」
「で・・でも・・わああっ!」
−ザクッ!−
グールの爪が2人の間の土をえぐった。
「レイミアス!こっちに引きつけてるからその間に呪文を頼む!」
「で・・でも・・・・」
−キン!ガキン!−
その鋭い爪攻撃を剣でなんとか受け止めているミルフィーが叫ぶ。
が、恐怖で全身が硬直したレイミアスは、ミルフィーに突き飛ばされ時の格好のまま蒼白状態。
「早く!レイミアス!こんな至近距離じゃスリープの呪文唱えてる暇もないよ!」
「で・・でも・・・・」
−ガキッ!−
「し、しまったっ!」
グールの両の爪がミルフィーの剣を押さえる。
「浄化がだめならせめてスリープを!」
ミルフィーを頭から食べようと、ぐっと剣を押さえ、そのするどい牙のならぶ口を開けるグール。
「レ、・・レイムッ!」
思わず目を瞑って叫ぶ。
「ミ、ミルフィーさん!」
ぎょっとしたレイミアスが思わず叫ぶ。
「ス、スリープーっ!」

「ふ〜〜・・・危機一髪ってのはこのことだね。」
大きく安堵の吐息をつくと、ミルフィーは倒れ込んで寝ているグールを足蹴にしてレイミアスに近づく。
「ったく・・やればできるじゃないか!ひやひやさせて!」
「す、すみません・・。で、どうしましょう?」
「どうしましょうって、浄化するしかないんじゃない?」
「いいんですか?」
「何が?」
「だって、魔導師さんのときのこの人は、気のいい人にみえましたから。」
「だからなんだって?」
「だから、浄化するとグールは消滅します。」
「いいだろ、それで?」
「魔導師さんも、ということになりますけど。」
「う・・・そ、それは・・・・」
たとえこの状況だったとしても、命の恩人を殺してしまうわけにはいかない。
「じゃ、じゃー、どうしたら・・・・」
「多分、このフルムーンのパワーが一因だと思います。」
「明日の朝まで眠らしておけば、日中は大丈夫だし、月が欠け始めれば、あとは次の満月まで大丈夫だと思いますよ。」
「狼男だね、まるで。」
ぼりぼりと頭を掻いてミルフィーはしぶしぶ賛同する。
「もし迷宮内の法力を得ることができれば、解決策もみつかるかもしれません。」
確信はありませんが・・と、小さな声で続けるレイミアスにミルフィーは肩をすくめる。
「パワーはお月さんの見えない昼間でも影響あるだろ?明日一日は、青空の下にいた方がいいね。」
「そうですね。残念ですが・・迷宮に入るとどうなるか分かりませんから。」


とんだやっかいごとに足を踏み入れたものだ、と思いながら、ミルフィーは守護魔法陣の中央で燃えさかるかがり火の番をしながら、あれこれと考えていた。




☆★ つ づ く ★☆



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