その部隊は、闇から現れた一人の少女によって壊滅させられた。もうこれでどれだけの部隊が壊滅させられただろうか。両国の軍にとって、まだ始まっていない戦争よりも重大な被害をもたらす「黒髪の悪魔」の存在は恐怖でしかなかった。
その恐怖の源は、壊滅させた部隊の駐留していた町をうろうろしていた。
「・・・えと、どこかしら・・・あ、あった!」
そう言ってサフィーユが入っていったのは、その部隊が持ってきた食料を貯蔵していた食料庫であった。
「・・・なんだ、また干し肉と干した果物なの・・・どこかに新鮮な果物はないかしら?」
最近のサフィーユは食事を全て壊滅させた軍隊の持っていた食料で済ませていた。だが、どこの部隊でも保存のきく干し肉やパン、干した果物といったものばかりを持ってきていたので、そればかり食べていたサフィーユはさすがに飽きはじめていた。
「あ、これがあった!これなら少しは食事が楽しくなるわね」
そう言うとサフィーユは酒を箱の中からとりだし、床に座って栓の部分を魔法で吹き飛ばし、干し肉を食べながら酒を飲み始めた。
「んぐ、んぐ・・・はぁ〜、おいしい・・・」
最初に酒を飲んだ頃に比べ、サフィーユの飲みっぷりは豪快になっていった。今ではビンの半分ぐらいは一気に飲めるようになっていた。しかし、その飲む様子は少しも楽しそうな感じはせず、どちらかというとヤケ酒といった感じであった。
「・・・はあ・・・暖かくていい気持ち・・・」
サフィーユはそのまま横になって眠ってしまった・・・。
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どのぐらい眠っただろうか?目が覚めると、サフィーユは真っ暗な場所にいた。
「いったい・・・ここは・・・?」
サフィーユは、前に一度この場所に来たことがあるような感覚を覚えた。それがいつかははっきりとは思い出せなかった。しかし、この雰囲気・・・。間違いなく一度経験したことのあるものだ。
辺りを手探りで調べてみたところ、どうやら石造りの建物の中のようであった。石のひんやりした感触が、サフィーユの神経を鋭敏にしていった。しばらくして目が慣れてくると、どこからか明かりが漏れているのに気がついた。
「あ、明かりだわ。早く、こんな真っ暗なところから抜けましょ」
そこにはドアがあり、それを開けると・・・
「あ・・・」
そこにはクレールが居た。どうやらここは「神の塔」の地下にあった街区のようだ。誰もいなくなった街区のその一室で、クレールは本を読んでいた。
「ク・・・クレール・・・」
「・・・!?サフィーユ!?」
どうやらクレールは読書に夢中でサフィーユに声をかけられるまで、全く気づいていなかったようだ。その驚きぶりはちょっと大げさな印象を受けた。しかし、本当に驚いているのはサフィーユの方であった。
・・・確か、私は軍の駐留していた街の食料庫で眠っていたはずなのだ。しかし、今、私は「神の塔」にいる・・・そして目の前にはクレールもいる・・・いったい、どうして・・・!?
そのような疑問がサフィーユの頭をよぎったが、クレールに会えたことのうれしさの方が強くなり、あっという間に消え去ってしまった。
「どうして・・・ここにいるの?サフィーユ・・・」
「あなたに・・・会いたくて・・・」
サフィーユはうれしさのあまりふるえていた。目には涙があふれ出していた。しかし、クレールはそんなサフィーユの背中をぐいぐい押し始め、部屋から追い出そうとした。
「ちょ・・・クレール、何するの!?」
「出ていって・・・早く出ていってよ!」
「ど・・・どうして!?」
「もう、誰にも会いたくない!あなたの顔も見たくないの!」
その言葉はサフィーユのとってかなりのショックであった。しかし、そう言われたからと引き下がれるわけもない。サフィーユはクレールに泣きついた。
「・・・お願いクレール・・・!そばにいさせて・・・もうひとりぼっちはいや・・・」
そう言ってサフィーユはクレールの顔を見上げた。そこには、何ともいえない、複雑な表情を浮かべたクレールがいた。哀しみをたたえていたのは間違いないが、目には怒りがこもっていた。
「・・・誰にも邪魔させない・・・この・・・平穏な暮らしを・・・!」
その瞬間、クレールの体が強烈な光を放った。思わず目を伏せるサフィーユ。
「う・・うわぁ!」
「絶対に・・・誰にも邪魔させない!邪魔する者は・・・許さない!」
そのときサフィーユは、クレールが変身しようとしていることに気がついた。この魔力の感じ・・・間違いない、クレールはもう一人の自分になろうとしている・・・!
「サフィーユ!覚悟はいい!?」
日焼けしたような肌をし、銀色の髪をなびかせたクレールの拳がサフィーユの腹にめり込んだ。あまりのスピードにサフィーユには全くついていくことができなかった。さらにクレールの攻撃は続いた。クレールの素早い連続的な攻撃を食らいながら、サフィーユはあのときを思い出していた。
・・・あのとき、クレールは私の言葉を聞いた後、絶叫して私の目の前で変身した。あのときも、あまりのスピード、腕力、魔力に全く歯が立たなかった。それはあまりにも一方的な戦いだった。今度も、またそうなってしまいそうだ・・・。いや。今度は殺されるかもしれない。今のクレールからは殺気すら感じ取れる・・・。
そう思った瞬間、サフィーユの中でも何かがはずれた。
「う・・・うわあああぁぁぁぁ・・・・・・!」
「・・・!?何これ!すごい魔力・・・!サフィーユッ!」
死にたくない・・・その思いが、サフィーユにさっきまで押さえていた「闇」の力を全開まで引き出させてしまった。
「サフィーユ・・・私を殺すつもりなのね・・・!」
「・・・ハッ・・・ち・・・違う!・・・これは!」
「やっぱり・・・やっぱり私を殺すつもりだったんだ・・・」
サフィーユは、身の危険を感じたから無意識のうちに・・・、と言おうとした。しかし、すぐにクレールの様子を見て愕然とした。
「そんな・・・こんな事って・・・」
クレールは急激に魔力を高めていた。先ほどの状態でもすでに常識の範囲を超えるほどの力を持っていたにもかかわらず、さらにケタ外れの力を発揮し始めたのだ。もはや、自分も並はずれた強大な力を持っているにもかかわらず、サフィーユには自分とクレールの力の差を把握することができなくなっていた。それほどの力をクレールは持っていたのだ。
「・・・サフィーユ・・・!」
クレールに呼ばれ、サフィーユは我に返った。その瞬間、先ほどよりも強力な拳がサフィーユに命中した。その後も、まさに嵐のような攻撃が続いた。拳、蹴り、爪、そして至近距離からの魔法攻撃・・・。サフィーユはめった打ちにされていった・・・。
「はあ・・・はあ・・・クレール・・・」
そのとき、あまりのダメージにサフィーユは全く動くことができなかった。あちこちの骨が折れ、体中から血を流しながら壁にもたれかかっていた。かなりの量の血が流れ出ていた。その様子はとても正視できるものではなかった。
そんなサフィーユの頭を、近づいてきたクレールは鷲掴みにした。そしてそのまま地面にぐいぐいと押しつけ始めた。
「・・・ぐうぁ・・・!クレール・・・何をするの・・・!」
「いちいち言わなくてもわかるでしょ?」
クレールはサフィーユの頭を押しつぶそうとしていた。サフィーユもクレールの手をつかんで押し返そうとしたが、クレールの力はあまりにも強く全く歯が立たなかった。
「いや・・・やめてぇ!クレール!」
「・・・あなただって、100日巡礼の時、私を殺そうとしたじゃない」
「あ・・・あれは・・・お願い、もう許してぇ!」
「本当はそんなことはどうでもいいの・・・私が許せないのは、私の平穏な暮らしを邪魔したって事・・・私の塔へ入ってきた者・・・・平穏な暮らしを邪魔する者は、絶対に許さない・・・!!」
「も・・・もう二度と来ないから・・・だからやめてぇ!」
「そんなの信用できないわ。こうやってしまった方が、簡単で確実よ」
そう冷徹に言い放ったクレールの表情を、サフィーユは指の間からのぞいてみた。その表情には哀しみの感情や躊躇といったものが全くなかった。それどころか、安心感や喜びといったものすら感じ取れた。
「・・・ウソだ・・・こんなのウソだ・・・クレールが・・・こんな事するはずない・・・!」
「私もそう思っていたわ。サフィーユが、私を殺そうとするはずなんかないってね」
・・・そうだ、ザノンに操られていたとはいえ、自分はクレールを殺そうとした。そのことで、クレールの自分に対する信頼を裏切ってしまったのだ。そう、クレールがここまで変わってしまったのも、全て自分が彼女の心を傷つけてしまったせいなんだ・・・
心の中でそう思いながらも、サフィーユは涙ながらに叫んだ。
「違う・・・!あれは私じゃない・・・私じゃないの!」
「いいえ。あなたよ。あなた以外の・・・何者でもないわ!」
「違う・・・!違うのよぉ!」
「・・・もう・・・どうでもいいわ、そんな事・・・」
「いやあ・・・!こ・・・殺さないでクレール!死にたくない!助けて・・・!」
「・・・さよなら、サフィーユ・・・」
その瞬間、サフィーユは自分の頭の後ろの方から「メキッ」という音がしたのを聞いた・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「うわああああぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・・!!!」
サフィーユは大声を上げて目を覚ました。そこは、軍の食糧倉庫であった。
「ゆ・・・夢・・・だったの・・・また、こんな夢だ・・・」
どうやら、街区での出来事は夢だったようだ。
ここのところ、ほぼ毎晩のようにサフィーユは夢を見ていた。先ほどのようにクレールに殺されてしまう夢、逆に自分の手でクレールを殺してしまう夢、クレールが病死してしまう夢、別の誰かにクレールを殺されてしまう夢など、クレールが自分の手の届かないところに言ってしまうような内容ばかりであった。
「・・・ああああぁぁぁ!」
サフィーユは食料庫にある酒をつかみ、一気に飲み干した。さっきの夢を一刻も早く忘れたかったからだ。
「もういや・・・こんな夢・・・どうして、こんな夢ばかり・・・」
泣きながらサフィーユはつぶやいた。
「・・・私・・・いつまでこんな事を続けなければいけないの・・・いつになったら、クレールに会えるの・・・!?」
サフィーユは精神的にかなり追いつめられていた。いつまで経ってもクレールに会えないことが、戦いの日々が、そしてほぼ毎晩見る先ほどのような夢が、サフィーユの精神を徐々に、そして確実に狂気へと導いていった・・・。
・・・そんなある日・・・
「アハハハハハ・・・・ウフフフフフ・・・・」
サフィーユは、先ほど壊滅させた部隊の駐屯地の真ん中辺りで力無く座っていた。気の抜けたような笑い声を出しながらだらしなく口を開き、うつろな目で宙を見つめていた。
「ヒヒヒヒヒヒ・・・・アハハハハハ・・・・」
その目にはもはや正気を感じることはできなかった。哀しみと狂気・・・それ以外のものは、サフィーユの瞳からはもはや全て完全に消え去っていた。
「ハハハハハハ・・・・フフフフフフ・・・・」
正気を感じられない笑い声を出しながら、サフィーユはゆっくりと立ち上がった。そして、うつろな目をしたままどこかへとふらふらと歩き始めた。次の獲物を見つけるために・・・。 |