その老人は泣き崩れたクレールを何とかなだめようと必死になった。どうもそういうのに離れていない、不器用な老人のようだ。
しばらくして何とかクレールをなだめる事に成功した。
「・・・申し訳ありません・・・お見苦しいところをお見せして・・・」
「しかし、あんたも不思議な娘じゃ。この災難から運良く逃れられたと思ったら、いきなり泣き出すとは・・・」
老人は周囲を見回してそう言った。
「いえ・・・違うんです・・・」
「どういう事かな・・・?」
このとき、クレールはなぜか、この老人には全てうち明けられるような気がした。この老人の、聞き上手な印象を与えるその表情からだろうか?
「実は・・・これは・・・私が・・・」
「何!?あんたがこんな・・・?いかんよ、年寄りをからかっては」
「いえ・・・本当なんです・・・私の中にいる、もう一人の私が・・・」
クレールは全てをこの老人にうち明けた。今まで誰にもうち明けなかった「神の血」について、また、戦いを求める自分の存在を、洗いざらいぶちまけた。
「う〜ん、にわかには信じがたいのう・・・」
「・・・そうでしょうね・・・こんな普通考えられないような力・・・」
悲しそうにそう言ったものの、クレールの表情には少しだけ安堵の色が浮かび上がってきた。今まで心の底にしまい込んでいたものを、一気に外に捨て去ったような気分だ。しかし、それも長くは続かなかった。
「だんだん、自分がもう一人の自分になってしまう間隔が短くなっているんです・・・自分が、その恐ろしいもう一人になってしまうかと思うと・・・もう・・・気が狂いそうです・・・!」
そう言って頭を抱えて泣き出すクレール。
「もう・・・自分が誰だかわからない・・・!私は・・・私は一体誰なの!」
「ふ〜む、自分が誰だかわからない・・・か・・・」
その時、クレールは老人から何かを感じ取った。何か見込みのあるような様子で考え始めたように思えたからだ。
「お嬢ちゃん、あんた、『真実の鏡』という湖の話を聞いたことがあるか?」
「・・・?いいえ・・・」
「ここからかなり遠くの山の中の洞窟にあるらしいのじゃが、そこには自分の本当の姿が映し出される湖がある、という噂じゃ」
「・・・本当の姿・・・」
「もし、自分のことを見失って悩んでいるなら、一度そこへ行ってみたらどうかな?こんなところで一人ウジウジしているよりはいいと思うがね」
・・・それを聞いて、クレールは決心した。その「真実の鏡」という湖を見つけようと。なぜかはわからないが、そこに行けば、何もかもが解決するように思えたのだ。自分の本当の姿。それさえ確認できれば・・・。
どれぐらいの時間、走り続けただろうか・・・。かなり走り続けたにもかかわらず、クレールは全く疲れを感じていなかった。もはや、頭の中にはその「真実の鏡」の事しかなかったためであろう。
そして、とうとうクレールは老人に聞いた場所と思われる山を見つけた。どことなく神秘的な雰囲気を漂わせている。そして、すごいスピードで山の周辺を走り回り、その洞窟を見つけだした。
「ここが・・・話の洞窟・・・」
そして、クレールは変身を解いて洞窟へと入っていった。洞窟を歩いているとき、クレールはどこからともなく強い力を感じていた。クレールは確信した。ここに「真実の鏡」がある、と。
「・・・あった・・・これが・・・真実の鏡・・・」
しばらく歩き続けたクレールの眼前に、澄んだ水をたたえた大きな湖を見つけた。静かにたたずむその水面は、まるで鏡のようであった。周囲の鍾乳石とあいまって、かなり神秘的であった。普通の状態で見れば、うっとりするような光景であった。
「・・・・・・」
クレールはそれをのぞき込もうとしてはやめる、という事を繰り返した。いざとなると、どうにも決心が付かなかった。もし、そこの銀色の髪をした自分が映っていたら・・・。
「・・・はあ・・・はあ・・・」
息が上がるクレール。体もふるえていた。目には涙があふれていた。クレールは、今までに感じたことのないプレッシャーを感じていた。
「・・・えい!」
クレールは意を決し、おそるおそる湖をのぞき込んだ。そしてそっと目を開けた。
「・・・・ひ!」
そこには、銀色の髪をし、日焼けしたような肌、鋭い目つき、そして両手に鋭い銀色の爪を持ったクレールが映っていた。
驚いて自分の両手を見ると、そこにはいつものピンク色をした短い爪があった。ほっとして湖を見ると、そこには全く異なった姿の自分が映っていた。
「ウソ・・・ウソだ・・・!」
クレールは心の底から絶叫した。
「ウソだぁ!こんなの私じゃない!私じゃない!いやあああぁぁぁ・・・・!」
頭を抱え、大声で泣き叫ぶクレール。その瞳は、その水面に映った像を否定するかのごとく、完全に閉じていた。その閉じている瞳からは涙があふれていた。
「ウソだ・・・こんなの絶対ウソだ・・・私は・・・私は破壊神なんかじゃない・・・」
地面に座り込み、細かくふるえながら泣き続けるクレール。そのとき、クレールは背後に気配を感じ取った。
「おうおう、何をしているんじゃ、お前は」
振り返ってみると、そこにはこの前の老人が立っていた。
「あ・・・あなたは・・・」
「ほれ、あれを見てみろ」
老人は湖の方を指さしてそう言った。しかし、クレールはその方向を見ようとしなかった。
「いや・・・もう・・・いや・・・何もかも・・・もういやあああぁぁぁ!」
その時、老人はクレールの頭を軽く叩いた。
「何を言っているんじゃ、いいから見てみろ」
「しかし・・・」
「いいから、見てみな。ほれ、ほれ」
クレールはしぶしぶ湖の方を見てみた。すると、そこに先ほどと違った像が映っていた。
「こ・・・これは・・・!?」
「これが、お前の真の姿じゃ。どうかな」
そこに映っていたクレールは・・・
変身してギアコブラの毒を解毒していた。
普通の状態の魔力ではパワー不足で間に合わないような大けがをしている人を変身して治療していた。その人は何とか命を取り留めた。
今まで治療できなかった病気を、変身して次々と治療していった。人々は口々に「奇跡だ!」と叫んで大喜びしていた。
事務仕事がたまって、締め切りまでに間に合いそうになくなったとき、変身してすごいスピードで書類を処理していった。
崖崩れが起こった。その土砂を片づけるときに、変身して素早く片づけていった。
盗賊団が国を荒らし始めたとき、それをやっつけに行った。もちろん、変身していたので、あっという間に全員を捕まえることができた。
つまり、水面に映っているクレールは、その「神の血」の力をしたたかに利用していたのだ。そして、どんなことをしているときでも、その表情はおだやかであった。目つきは鋭いものの、その表情には優しさが満ちあふれていた。まるで女神のように・・・。
「・・・・・・」
不思議そうに湖を見つめるクレールの後ろから、老人は話しかけた。
「今から30年ほど前、あのブレイクマウンテンの辺りに、一人の若い女がやってきた。美しい緑色の髪をした、エルフの娘だった。その女は、あのときのお前さんのようにひどくおびえた目をしていたんじゃ」
「・・・?」
「その女はある時、お前さんと同じように変身し、山の3分の1ほどをその力で吹き飛ばしてしまった」
「・・・!!」
「いや、その時は驚いたの何の・・・。わしは慌ててその女の所へ行ってみたんじゃ。その女は、わしがそこに着くと同時に普段のエルフの姿へと戻っていった・・・」
「・・・神の血の・・・力だ・・・」
「・・・その女は、わしを見つけると、こう叫んだんじゃ。『お願いです、私を殺してください!』ってな・・・」
「・・・!!」
「あのときのその女の表情は未だに忘れられん・・・生きること、それ自身が恐ろしい、そういう思いを秘めた、悲しい目じゃった・・・」
「・・・・」
「しかし、わしはなんとか説得してここへ来させた。そして、ここで『真実の鏡』を見せた。すると、見違えるように生き生きとして帰っていったわい」
「・・・・」
「その時の娘も、やはりお前と同じような光景を目にしたんじゃ。己の能力を巧みに活用し、幸せそうに暮らしている自分の姿を」
「巧みに活用し・・・幸せそうに暮らす・・・?」
「ほれ、みてみい。あの幸せそうな顔。あれが、お前さんの本当の姿なんじゃ」
「あれが・・・私の本当の姿・・・!?」
「真実の鏡」に映った光景を見、さらに老人の話を聞いたクレールの中で、何かの変化が起こった。今までのどにつっかえていた何かがふっと消えていくような感じであった。そして見る見るうちに、絶望に満ちあふれていた表情が、にこやかな笑顔へと変わっていった。
「おじいさん・・・ありがと・・・!?」
そういって振り返ってみると、そこには老人の姿はなかった。気配すら感じない。
「・・・一体・・・あの人は・・・」
クレールは急いで外に出てみた。しかし、周囲には一切人の気配を感じなかった。しばらく辺りを探してみたが、やはり先ほどの老人の姿は見あたらなかった。首を傾げるクレール。
「不思議な人・・・でも・・・本当にありがとう」
そう言ってクレールは足取りも軽く修道院へと帰っていった。
「あ、そうだ、サフィーユのペンダント、あの小屋に置いてきたままだったわ。早く取りに行かなきゃ・・・あの場所なら、変身していけば1時間もあれば大丈夫ね・・・」
・・・それ以降、クレールが勝手に変身する事はなかった。「神の血」の力を有効に活用し、トゥルカイア王国、いや、エイザル大陸全体の歴史が始まって以来の平和で豊かな時代を築き挙げた。その時代の幕開けを担った功労者として、クレールの名は末永く語り継がれることとなった・・・
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