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【 小さな大魔導師リッツ その1・よろしくなのぉ〜 】
〜Diablo Story No13〜



 「おはよぉなのぉ・・・」
「おお、おはよう!早いんだね。」
日の出屋1階、カウンターにいた宿の主人が、2階から元気良く下りてきた
少年に笑顔で応える。
「うん!もう遊びたくって我慢できないのぉ。」
少年は、カウンターの前で精一杯の背伸びをし、にこにこ顔を主人に見せる。
身長は1mほど、グレーのローブ姿のその少年は、利発そうな青い目をすっぽり被ったフードの下で輝かせていた。
「遊びたくって・・ねぇ・・・。」
そんな少年に主人は呆れ顔で呟く。
「とにかくご飯を食べておいで。おばさんがおいしいパン焼いてくれたからね。」
「うん!食べてくるのぉ。」
トコトコトコと食堂兼酒場になっている1Fの左半分にあるテーブルの一つを選んで座った。
「おはよう。よく眠れたかい?」
宿の主人の妻である女将が少年の前に食事を置きながら声をかける。
「うん。ぐっすり眠れたのぉ。」
にこっと笑いかけると、少年は早速パンに手を延ばす。
−ハグハグ・・・−
パンを二つに分けると、両手に持ち、交互に口に入れる。
「もぐもぐ・・・ごっくん・・おいしいのぉ・・。もぐもぐ・・・うっ・・」
パンが喉につかえ、慌てて胸をドンドンと叩く。
「おいおい、坊主、飯はゆっくり味わって食べな。」
目の前に座ってやはり朝食を取っていた男が笑いながら言う。
「う、うん・・う・・ごっくん・・・はぁ・・・・・。」
ようやくつかえたパンが下へさがり、落ち着きを取り戻した。
−ゴキュッゴキュッゴキュッ!−
ミルクを勢い良く流し込む。
「ほら、ゆっくり食べろって言っただろ?」
仕方ないな、という顔で、男は少年の口許から零れたミルクを拭いてやる。
「あ、ありがとぉなのぉ。」
見ていて飽きないとでも言うように、男は少年が食べ終わるまで何だかんだと世話を焼いていた。
「ごちそうさまなのぉ。」
カップや皿を舐めきれいに食べきると、少年は満足そうにお腹を摩る。
「はっはっは!これだけきれいに食べてもらえりゃ、ここの女将も嬉しいだろうよ。」
「おいしかったのぉ。」
「はっはっは!」
そんな少年の頭を軽くなでると、男は自分の物と一緒に、少年の食器を片づけた。
「で、坊主、どうしてこんなところにいるんだ?誰か一緒にいるのか?」
少年のような子供が、魔物の住処となり果てたトリストラムにいる訳がない。
ここにいる他の冒険者同様、魔物退治に来ていた男は、「あんちゃん、あんちゃん!」と言っては、煩わしくさえ思えたほどまとわりついていた年の離れた弟を思い出していた。
「ボク、坊主じゃないのぉ。リッツと言う名前なのぉ。」
「お、リッツって言うのか。オレはロイドっていうんだ。よろしくな。」
「うん!よろしくなのぉ。」
無邪気な笑顔を見せる少年に、ロイドの顔もついほころぶ。
「リッツ、ここの修道院の地下へ潜るのぉ。魔物さんと遊ぶのぉ。」
「あ、遊ぶって・・坊主・・一体あそこを何だと思ってるんだ?」
予想だにしなかった少年の答えに、男は驚くと同時に大きくため息をつく。
(気が狂ってやがるのか・・・可哀相に・・おおかた魔物にでも親兄弟が殺されたかなんかで・・・・・)
同上の眼差しで少年を見つめながら、その頭をやさしく撫でる。
そんな男に、少年は一層嬉しそうに微笑む。
「ロイドと一緒に行くのぉ。」
「お、オレとか?」
「うん!支度してくるのぉ。」
「支度って・・あ、おい!ちょっと待てって!」
男の声が耳に入る前、早くもリッツは宿を飛びだしていた。


 「おばあちゃん、おはようなのぉ。お薬ちょうだいなのぉ。」
前日宿の女将に聞いた街外れにあるエイドリアの住居。そこへ飛び込むようにして入り、エイドリアの姿を見つける否や元気良く叫ぶリッツ。
「お、おばあちゃん・・おばあちゃんってあたしの事かい?」
飛び込んでいきなり話しかけてきたリッツに少なからずも驚いたエイドリアは、リッツの顔をじっと見つめる。
「うん!」
恐らく他の者だったら、ただでは済まなかっただろう。が、天真爛漫なリッツの笑顔に、怒りも消え失せてしまう。が、今後おばあちゃん呼ばわりされたくもないエイドリアは、自分を落ちつかせてから、ゆっくりと言い聞かせるように言った。
「いいかい、坊や。よくお聞き。」
「うん!」
目の前にしゃがみ、自分を覗き込むようにしてじっと視線を合わせるエイドリアににこっとする。
(・・とと・・・調子狂っちまうね、全く。)
「女の人をね、『おばあちゃん』と呼んじゃいけないんだよ。」
「そうなのぉ?でもリッツのおばあちゃんでもぉ?」
不思議そうな顔をするリッツ。
「そ、そうだね、坊やのおばあちゃんはおばあちゃんでいいのさ。だけど、他の女の人は、そう呼んじゃいけないんだよ。」
「どうしてなのぉ?」
「うーーん・・きっとそう呼ばれると悲しいからさ。」
「ふーーん・・」
しらばく何か考えてる風情でじっとエイドリアを見つめた後、再びその笑顔を放つリッツ。
「うん!リッツ、わかったのぉ。おばあちゃんはリッツのおばあちゃんだけで、他の女の人は、おばさんなのぉ。」
(う・・・・またしても、第2弾・・・)
エイドリアはがくっときた。普通ならおばさんと呼ばれても怒り心頭。出ていけ!と叫ぶところだが・・・。
「お、おばさん・・・」
ショックで、それ以上何も言うべき事が頭に浮かばいエイドリアだった。
「おばさんでもいけないのぉ?」
そんなエイドリアの怒りと失望と抑制とが混ざった表情に、リッツはその表現もいけなかったことを悟った。
「じゃー、おねえさんでいいのぉ?」
「ああ、そうだよ。それでいいのさ。」
ようやく行き着いた結論に満足して、エイドリアも微笑む。
「うん!ボク、分かったのぉ。」
「で、何が欲しいんだい?お使いかい?偉いんだね?」
「ううん。お使いじゃないのぉ。リッツ、今から修道院の地下へ行くのぉ。だから、お薬いるのぉ。」
「な、なんだって?」
驚いたエイドリアが立ち上がる。
「ぼ、坊やが?・・・いいかい、よくお聞き。ここの修道院はただの修道院じゃないんだよ?」
「うん!知ってるのぉ。魔物さんがいるのぉ。」
「で、何で行くんだい?」
「何でって・・・」
きらりと目を輝かせるリッツ。
「遊びに行くのぉ!」
元気良く答える。
「あ、遊びにって・・・・ぼ、坊や、気は確かかい?」
リッツの頭に手を充てる。
「確かなのぉ。だからお薬売ってなのぉ。」
ローブの中から巾着袋を取り出すと、側にあったテーブルの上に、お金を出す。
−チャリン、チャリン−
「これで買えるだけのお薬欲しいのぉ。」
言葉を失い、その場に立ち尽くすエイドリア。
そして、しばらくじっとリッツを見つめた後、大きくため息をつき、笑顔を見せた。
「分かったよ。ちょっと待っといで。」
奥へ入ったエイドリアは、その手に数冊の魔術書を持っていた。
「回復と街への空間移動、それと、ホーリーボルトの魔術書だよ。持って行くんならお金をもらうんだけどさ、ま、坊やの事だ、大サービスさ、ここで覚えてお行き。但し、今回限りだよ。」
「うん!ありがとうなのぉ、おねえさん。」
「おお、いい子だねぇ・・」
『おねえさん』という言葉に気をよくし、エイドリアはついつい、薬までもおまけをたっぷりつけていた。
「ありがとなのぉ、親切なおねえさん!」
何度も何度も振り返り、手を振ってから走って行くリッツを、エイドリアはいつまでも見送っていた。
「・・百年に一度の大魔導師の気骨・・・だけど・・生き残れるのかねぇ?
あの若さで・・・勿体ない・・・」
エイドリアの低い呟きは、小屋を取り巻く風に吹き消され、誰の耳にも届かなかった。


 そして次にリッツはエイドリアとは街の真反対にいる武器屋のワートを尋ねていた。
「おはようなのぉ、チビガキさん。」
「な?」
店の奥にいたワート少年は、その言葉に驚きと怒りを露にする。
「何言ってやがる!お前の方がよっぽど『ガキ』だろ?」
つかつかとリッツに歩み寄る。
「でも、街の人はみんなそう言ってたのぉ。見るだけで50G取るドけち武器屋のチビガキだって。だから、ボク、きちんとお金も持ってきたのぉ。」
疑うことをこれっぽっちもしらない笑顔を見せ、お金を差し出すリッツ。
「あ、あのなぁ、オレには『ワート』という立派な名前があるんだぜ。それにドけちって・・・オレにはオレなりの考えが、だなぁ・・・」
よほど殴ってやろうと思ったワートだが、やはりリッツの屈託のない笑顔に怒りを削がれてしまっていた。
「まー、お前に言ってもしかたねーか・・・。」
「そうなのぉ?ごめんなさいなのぉ。ボクはリッツ。よろしくなのぉ。」
「どうでもいいけどよ、リッツ、何しに来たんだい?」
「うん。盾をみせてほしいのぉ。リッツ、これから修道院へ潜るのぉ。」
「な、何ぃ?お前がかぁ?」
その一言で、チビガキと呼ばれた事も何もかもすっ飛んだワートが叫ぶ。
「お、お前、あそこがどんな所か分かってんのか?」
そして、リッツを心配し始める。
(気が狂ってんのか、なんなのか知らねーけど、とにかく止めなくちゃな。)
「うん!魔物さんの住んでるところぉ〜。」
「ってお前・・魔物がどんなもんか分かってないんじゃ・・?」
「分かってるのぉ。リッツ、魔物さんと遊びに来たのぉ。」
「へ?」
(こーりゃ、ダメだ。完全にあっちに行っちまってるぜ。だけど、だからと言って、餌になりに行かせるってのもなぁ・・・。)
ワートは考え込んだ。目の前にいる自分より背も小さく確実に歳下の少年を見ながら、その思いは気持ちとは反対に、自分が魔物にさらわれた時の事に飛んでいた。
(あんな目に合わせるわけにゃ・・・あんな目に・・)
それは、ワートにとって二度と思い出したくない地下の一室での恐怖の体験。

 そこにはワートだけでなく、同い年位の子供が数人、同じように縛られていた。その中には、ワートの遊び仲間も。
そして、一人ずつ祭壇に乗せられては切り刻まれていった。
その光景は、生涯忘れられない。瘴気を放つ気味の悪い魔導師たち。恐怖に青ざめる友達。助けを呼ぼうにも声も出ない。飛び散る鮮血、空間を引き裂くかのような悲鳴。そこには希望のかけらさえなかった。ただ震えおののきながら、自分の番がくるのをじっと待っているしかなかった。
「ジョン!・・ローーーイ!」
恐怖で声にならない。心の奥底で、友達の悲鳴を耳にしながら、ワートはいつしか気を失っていった。
失神してからどのくらいたっただろう、そんなにたってないのかもしれなかった。ふと気づくとドアの隙間から誰かが中の様子をじっと伺っている気配がした。そして、その瞬間、「わーっ!」という掛け声と共に、数人の戦士がどっと部屋になだれ込み、その中の一人がワートの襟首をぐいっと掴んだ。
「ぅおおおーーーーんん!」
ぞっとするような怨霊の咆哮を上げ、魔導師は、抱えられて部屋から脱出しようとしていたワートに手を延ばしてきた。
−ザクッ!−
「?」
その瞬間、ワートには何が起こったのか分からなかった。ただ、足に何やら鈍い刺激があったような気がし、男に抱えられたままの姿勢で、自分の足に目を向けた。
目に映ったのは、太股で見事に切断され、どくどくと血を流しつづける自分の右足。
と同時に、今まで経験した事のない激しい痛みが全身を駆け抜けた。
「ぐ・・ぅわあああああ!!!」
それは、届かないと悟った魔導師が、それでも、せめて一太刀と思ったのか、ワートに向かって降り下ろした斧が、不幸にも彼の右足を切断したのだった。
「ああああああ・・・・・」
血を流し激痛の中でも、その恐怖で失神する事もできずにいるワートを抱え、男は必死で来た道を疾走していた。怪我の手当てなどしている余裕は全くない。
泣き叫ぶ事も忘れたワートの目には、鬼の形相をした闇魔導師が魔物と共に追って来るのが映る。血で染まった手がワートを捕まえようと、近づいては遠ざかり、遠ざかっては近づく・・・。
それは、まるで地獄の鬼ごっこ。捕まればその場で命はない・・。

 「あああああ!!」
フィードバック・・心の平静を保つため、その奥底で幾重もの封印をする事によって、彼の記憶から消されていた地獄の経験。それが、ワートに今正に降りかかっている出来事かのようになって襲いかかってきた。
「ああああああああ・・・・」
恐怖と絶望・・激痛、悲鳴が頭の中を全身をぐるぐると駆けめぐり、ワートは、発作的に自分自身を抱きしめる恰好でその場にしゃがみ込む。彼の全身は恐怖に青ざめ、激しく打ち震えていた。
「おにいちゃん!」
その恐怖の中、ワートはふと呼ばれたような気がして顔を上げる。と目の前に暖かい光があるのを感じた。
「こ、この光は?」
目を凝らして見つめると、その中に天使の微笑みが見えた。
「あ・・・」
その瞬間、恐怖と痛みは去り、ワートはその天使に向かって手を差し出し、一歩、歩み寄った。
と、ふっと光が消える。
「あ・・・?」
天使の顔が見えたそこ、そこには、天使の笑顔のリッツが立っていた。
「リ、リッツ・・・?」
「大丈夫ぅ?おにいちゃん?」
ワートの両手をぐっと握り、少し心配そうな顔をするリッツ。
「あ・・ああ、大丈夫・・・。ありがとう、リッツ。」
全身冷や汗でびっしょり。ワートは、額の汗を拭いながらリッツに微笑んでいた。


 ワートに安く盾を売ってもらったリッツは、意気込んで宿に帰って来た。
が、当然の事ながら、ロイドはすでに出掛けてしまっている。目的地は、言わずと知れた修道院地下である。
それを聞いたリッツは、当然の如くロイドを追う事にした。
宿の主人や女将、そこにいる冒険者たちが何と言おうが聞く耳は持たなかった。
「じゃー、ちょっと遊んでくるのぉ・・・。」
リッツはまるでピクニック気分で修道院へと向かって行った。

 



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